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孟へようこそ
急ぎ足 弍
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孟の町の手前の道に差し掛かると、孟の城から迎えが来ていた。どうやら伝書鳩も無事に孟の城についたらしい。
「出迎えをありがとう。」
リョンヘはそう迎えに来た兵士を労った。
「とんでもない。王子のお帰りを、皆心待ちにしておりました。」
と兵士は笑顔で答える。見知った人間と穏やかに言葉を交わすことが、こんなにも心安らぐことだったのかとハヨンは身に沁みて感じた。
赤架ではハヨンたちのことを怪しい連中と目をつけていた者もいたし、最後の最後にはあのように周りにいた人全員に敵意を向けられたのだから、精神的に疲れることがたびたびあった。
(ソリャはあんなふうに嫌われる日々を過ごしてきたのか…)
ハヨンは馬に揺られながら、そう考えた。あんな生活を送っていれば、誰を信じればいいかわからず、ハヨン達ともどう関わるべきか困惑しているのもしょうがない。
(私が今ソリャとの向き合う中で大切なのは、同情するんじゃなくてソリャの経緯をしっかり理解しながら、ここが安心していい場所だと知ってもらうことかな。)
ハヨンはこれから新たに加わる仲間について、そう結論づけた。ハヨンは孟から帰ってきた一行の最後尾についているため、ソリャの後ろ姿しか見えていないが、頻繁に頭を動かしているようなので、新たな地に来て落ち着かないのだろう。
そうこうしているうちに、孟の城が見えてきた。1週間も離れていないのに、とても懐かしく思える。それぐらいこの城に馴染んできているのだろう。
久々の王子の帰還ということで、表門から馬で入る。リョンヘ達が帰ってくることは皆知っているので、手の空いてるもの達が駆け寄って口々に挨拶を交わす。
「皆ひさしぶりだな。今、帰った。」
リョンヘはそう言って馬から下りて、出迎えの人々の輪の中に入って行く。それにハヨン達もならって、馬から下りた。
馬に乗ったことがないソリャは迎えにきていた兵士と相乗りしていたので、下りるのを手伝ってもらっている。彼の顔はどこか引き攣っており、緊張していることが伝わってきた。
「ソリャ。私達は一足先に城に入っていよう。かなり今日は動き回ってるし、疲れているでしょ」
ハヨンは近づいて声を抑えながらそう言った。城の人たちは白虎がどんな人物なのか気になって仕方がないだろう。しかし、今の状況でソリャを好奇の眼差しの中に放り入れるのは彼を疲れてしまうと思ったので、目立たず城に戻りたかったのだ。
「お、おう…」
ソリャは人々に囲まれているリョンヘの姿を、物珍しそうに遠巻きで見ていた。その後も落ち着きのない様子で、ハヨン達と城の中を歩くソリャは、どことなくあどけなさを感じた。
(人との関わり方に迷いがあるし、卑屈になっている様子も所々あるけど、すれてはなさそうだ…。ああいう環境にいたなら、やけになったって全然変じゃないと思うのに。)
ハヨンはその様子を見て可愛らしとさえ思えた。
(これが母性というもの…?)
とハヨンは故郷の村で母や他の女人達が以前話していたことを思い出して考えたが、ないない。と打ち消した。
(あれだろうか、弟分みたいな関係になれるといいけれど…。兄弟はいなかったし憧れがある…。)
と考えながらも、まだどう話しかければいいかハヨンは少し悩んでいた。
「あのね、これからここで分からないことがあったら何でもきいて。ここは広いから、下手したら迷うと思うし。」
やや緊張しながら、後ろを歩いているソリャに話しかけた。声をかけられたソリャは一瞬驚いたように肩を揺らしたが、
「あ、おお。わかった。」
と彼は答える。当初には感じた鋭さが、幾分か和らいでいるようには感じた。とはいえ、目線は全くと言っていいほどに合わなかったが。
(嫌われてはない…よね?)
赤架にいた頃、あれほど執拗に追い回していたハヨンは、もしやソリャに苦手な女と思われていやしないかと、少し自信がなかった。
どうか彼に疎ましいと思われていないことを願いながら、次の会話を思いつくべく、頭を回転させる。悲しいことに、ハヨン自身も対人能力に優れているというわけではなく、人並みな程度でしかない。
「じゃあ、街のことなら私にきいてね!ハヨンよりも、私の方が街によく行ってるし。また今度、おすすめの小料理屋をおしえてあげるわ。」
ハヨンが困っていることを知ってか、知らずか、そうムニルが即座にそう言った。ムニルは本当に人との空気を読むことが上手で、彼の存在は本当にありがたい。
「ムニルは街の人気者だからね、赤ちゃんからおばあちゃんまで友達がいるの。彼と一緒にいればすぐに街に馴染めるよ」
「確かにそうだねぇ。まぁ、わしからすればただの坊主だけどな。」
急に背後からそう声がかかった。どうやら老婆も早々に人の輪から抜けて来たらしい。と、その時、老婆の鼻がぴくりと動いた。
「おや?あんた達、随分と汗臭くないかい?早いとこ汗を流して来た方がいいんじゃないかねぇ」
「そりゃそうよ!さっきまで山をみんなで全力疾走してきたんだから…!それにしても、うら若き乙女のハヨンちゃんやこの美しい私がいるというのに…。っ、汗臭いだなんてっ!無神経ねっ!というか、何であなたは汗一つかいてないのよ。」
ムニルが老婆に抗議の声をあげた。彼の言うように、老婆は先程まで山道を駆けてきたとは思えぬほどにけろりとしている。例え途中から兵士におぶわれていたとしても、ある程度疲労が滲んでいてもおかしくないはずだ。
(やっぱり、チェヨンさんは謎が多い…。)
ハヨンといえば、もともと武人は汗を流し、泥や血を被るものだと考えているので、ムニルのように特に怒りも恥ずかしさも感じていなかった。
「出迎えをありがとう。」
リョンヘはそう迎えに来た兵士を労った。
「とんでもない。王子のお帰りを、皆心待ちにしておりました。」
と兵士は笑顔で答える。見知った人間と穏やかに言葉を交わすことが、こんなにも心安らぐことだったのかとハヨンは身に沁みて感じた。
赤架ではハヨンたちのことを怪しい連中と目をつけていた者もいたし、最後の最後にはあのように周りにいた人全員に敵意を向けられたのだから、精神的に疲れることがたびたびあった。
(ソリャはあんなふうに嫌われる日々を過ごしてきたのか…)
ハヨンは馬に揺られながら、そう考えた。あんな生活を送っていれば、誰を信じればいいかわからず、ハヨン達ともどう関わるべきか困惑しているのもしょうがない。
(私が今ソリャとの向き合う中で大切なのは、同情するんじゃなくてソリャの経緯をしっかり理解しながら、ここが安心していい場所だと知ってもらうことかな。)
ハヨンはこれから新たに加わる仲間について、そう結論づけた。ハヨンは孟から帰ってきた一行の最後尾についているため、ソリャの後ろ姿しか見えていないが、頻繁に頭を動かしているようなので、新たな地に来て落ち着かないのだろう。
そうこうしているうちに、孟の城が見えてきた。1週間も離れていないのに、とても懐かしく思える。それぐらいこの城に馴染んできているのだろう。
久々の王子の帰還ということで、表門から馬で入る。リョンヘ達が帰ってくることは皆知っているので、手の空いてるもの達が駆け寄って口々に挨拶を交わす。
「皆ひさしぶりだな。今、帰った。」
リョンヘはそう言って馬から下りて、出迎えの人々の輪の中に入って行く。それにハヨン達もならって、馬から下りた。
馬に乗ったことがないソリャは迎えにきていた兵士と相乗りしていたので、下りるのを手伝ってもらっている。彼の顔はどこか引き攣っており、緊張していることが伝わってきた。
「ソリャ。私達は一足先に城に入っていよう。かなり今日は動き回ってるし、疲れているでしょ」
ハヨンは近づいて声を抑えながらそう言った。城の人たちは白虎がどんな人物なのか気になって仕方がないだろう。しかし、今の状況でソリャを好奇の眼差しの中に放り入れるのは彼を疲れてしまうと思ったので、目立たず城に戻りたかったのだ。
「お、おう…」
ソリャは人々に囲まれているリョンヘの姿を、物珍しそうに遠巻きで見ていた。その後も落ち着きのない様子で、ハヨン達と城の中を歩くソリャは、どことなくあどけなさを感じた。
(人との関わり方に迷いがあるし、卑屈になっている様子も所々あるけど、すれてはなさそうだ…。ああいう環境にいたなら、やけになったって全然変じゃないと思うのに。)
ハヨンはその様子を見て可愛らしとさえ思えた。
(これが母性というもの…?)
とハヨンは故郷の村で母や他の女人達が以前話していたことを思い出して考えたが、ないない。と打ち消した。
(あれだろうか、弟分みたいな関係になれるといいけれど…。兄弟はいなかったし憧れがある…。)
と考えながらも、まだどう話しかければいいかハヨンは少し悩んでいた。
「あのね、これからここで分からないことがあったら何でもきいて。ここは広いから、下手したら迷うと思うし。」
やや緊張しながら、後ろを歩いているソリャに話しかけた。声をかけられたソリャは一瞬驚いたように肩を揺らしたが、
「あ、おお。わかった。」
と彼は答える。当初には感じた鋭さが、幾分か和らいでいるようには感じた。とはいえ、目線は全くと言っていいほどに合わなかったが。
(嫌われてはない…よね?)
赤架にいた頃、あれほど執拗に追い回していたハヨンは、もしやソリャに苦手な女と思われていやしないかと、少し自信がなかった。
どうか彼に疎ましいと思われていないことを願いながら、次の会話を思いつくべく、頭を回転させる。悲しいことに、ハヨン自身も対人能力に優れているというわけではなく、人並みな程度でしかない。
「じゃあ、街のことなら私にきいてね!ハヨンよりも、私の方が街によく行ってるし。また今度、おすすめの小料理屋をおしえてあげるわ。」
ハヨンが困っていることを知ってか、知らずか、そうムニルが即座にそう言った。ムニルは本当に人との空気を読むことが上手で、彼の存在は本当にありがたい。
「ムニルは街の人気者だからね、赤ちゃんからおばあちゃんまで友達がいるの。彼と一緒にいればすぐに街に馴染めるよ」
「確かにそうだねぇ。まぁ、わしからすればただの坊主だけどな。」
急に背後からそう声がかかった。どうやら老婆も早々に人の輪から抜けて来たらしい。と、その時、老婆の鼻がぴくりと動いた。
「おや?あんた達、随分と汗臭くないかい?早いとこ汗を流して来た方がいいんじゃないかねぇ」
「そりゃそうよ!さっきまで山をみんなで全力疾走してきたんだから…!それにしても、うら若き乙女のハヨンちゃんやこの美しい私がいるというのに…。っ、汗臭いだなんてっ!無神経ねっ!というか、何であなたは汗一つかいてないのよ。」
ムニルが老婆に抗議の声をあげた。彼の言うように、老婆は先程まで山道を駆けてきたとは思えぬほどにけろりとしている。例え途中から兵士におぶわれていたとしても、ある程度疲労が滲んでいてもおかしくないはずだ。
(やっぱり、チェヨンさんは謎が多い…。)
ハヨンといえば、もともと武人は汗を流し、泥や血を被るものだと考えているので、ムニルのように特に怒りも恥ずかしさも感じていなかった。
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