164 / 221
揺らぎ
王城にて 參
しおりを挟む
「すぐに捜索しろ…!あいつは国民にも信頼されている。その上、あの小僧側に付けば面倒だ。」
「はっ!」
イルウォンのこめかみの血管は青く浮き上がり、表情はおぞましいほどに歪んでいた。怒りが最高潮に達していると悟った手下は、威勢よく返事をしてその場から去っていった。
イルウォンは足音を高く響かせながら、来た道を引き返す。イルウォンはヘウォンが逃走しないよう特殊な陣を張っていた。それは彼が城内の出入り口を通れば反応し、強制的に留まらせるというものだ。それが反応しないということは、まだ彼は城内にいる。
そして、伝令役の者を呼び、会議は延期することを貴族達に伝えるよう命じた。
リョンヤンといい、ヘウォンといいイルウォンの計画を狂わせる人物が多い。イルウォンは苛立ちがさらに募っていった。
(これもリョンヘを殺してしまえば丸く収まる…。流石にあのリョンヤンもあいつが死ねば心が折れるだろう。あいつは頭脳はあっても武芸はさっぱりだ。俺に直接的に歯向かうこともない。あいつさえ…あいつさえ…!)
昔からそうだった。イルウォンがこの国を手に入れようと動く際に、リョンヘが絡むと必ずと言っていいほど上手くいかなかった。イルウォンにとっては彼は全ての元凶のようにも思えた。
その苛立ちを紛らわせるために、イルウォンはこれから起きる戦について心を馳せる。むせかえる血の臭い、鉄の臭い、そして人々の泣き叫ぶ声…。もとより混沌や争いを愛するイルウォンには心踊る出来事だ。自分が本来好きな戦のことを思い出したお陰で、苛立った心は少しだけ凪いだ。
(ここからが…ここからが私の夢見た世界だ。それまでは少しの間耐えるだけ…今まで耐えてきた時間に比べれば大したことのない時間だ。そのためにも足枷となるものは取り払わなければ…)
そう考えながら、イルウォンはヘウォンの館に向かって駆けていく。彼の姿は人間の目で追えるものではなく、彼が通り過ぎた場所では突風が巻き起こっていた。
_________________________________
ヘウォンは一人、自室の寝台に腰掛けていた。真昼というのに部屋が薄暗いのは、窓を布で覆っているからだろう。豪放磊落な性格であるはずの彼には似つかわしくない様相であった。
ヘウォンはもう何度目かわからなくなってしまったため息をつく。この寝室は本来、彼の唯一心休まる場所だった。王専属の護衛となったヘウォンは、他の貴族のように城下ではなく、王城内に屋敷を構えている。ヘウォンは独り身であったため、屋敷はこじんまりとしていたが、それでも王城内の造りと揃えられていたため豪奢なものだった。
しかしヘウォンは煌びやかな部屋では落ち着かず、王に寝室だけは簡素な様式に変えてもらった。
そんなヘウォンの安らぎの場が、なぜ窓も覆われて暗くなっているのかというと、外から様子を覗かれないようにするためである。
ヘウォンは前王ヒチョルが弑された際、他の将軍との会議に参加するために、ソクジュンという他の兵士に護衛役を任せていた。彼はヘウォンの代役を任されることが多かったため、安心していた。
しかしそれは突然に裏切られた。予定よりも早く会議を終え、ヘウォンは王の執務室へ向った。いつものように会議を終えたヘウォンを、王とソクジュンが労いながら出迎えるところを思い描きながら執務室の扉に手をかけると、扉の向こうで何者かがうめく様な声が聞こえる。ヘウォンはその声に聞き覚えがあり、扉にかけた手から一気に体を氷漬けにされたような、そんな寒気に襲われた。悪い予感を振り払いながら、
「陛下!!」
と叫んで扉を開く。するとそこには血に塗れた主人と部下がいた。
「ヘウォン…。」
自身の主人は振り絞るようにそう言うと、目を閉じる。ソクジュンは無表情で王を貫いた剣を引き抜いた。そして、ふらりふらりと歩きながらヘウォンの方へ体を向ける。その生気のない動きはまるで傀儡のようだった。
「ソクジュン、なぜだ…」
ヘウォンはそう声をかけたが、声は上ずり震えていた。ソクジュンは誠実で賢い男だった。自身の信念に反するところがあれば、なかなか意見を変えられない、頑固なところもあったが、それ故に彼は曲がったことが嫌いで信頼に足る部下だった。
しかし、こうなっては情けをかけるわけにはいかない。ヘウォンは喪失感を震える手で抑え込み、剣を鞘から抜き払った。
一方でソクジュンも剣を構える。先に動き出したのはヘウォンからだった。重い剣を叩きつけるように振り下ろす。がちん、と鈍い金属音が響き渡った。ヘウォンの剣を受け止めたソクジュンは間合いを取ってヘウォンの懐へ入り込もうとする。
ヘウォンはそれを振り払うようにしてかわしたが、ソクジュンの戦い方について違和感を覚えていた。
「はっ!」
イルウォンのこめかみの血管は青く浮き上がり、表情はおぞましいほどに歪んでいた。怒りが最高潮に達していると悟った手下は、威勢よく返事をしてその場から去っていった。
イルウォンは足音を高く響かせながら、来た道を引き返す。イルウォンはヘウォンが逃走しないよう特殊な陣を張っていた。それは彼が城内の出入り口を通れば反応し、強制的に留まらせるというものだ。それが反応しないということは、まだ彼は城内にいる。
そして、伝令役の者を呼び、会議は延期することを貴族達に伝えるよう命じた。
リョンヤンといい、ヘウォンといいイルウォンの計画を狂わせる人物が多い。イルウォンは苛立ちがさらに募っていった。
(これもリョンヘを殺してしまえば丸く収まる…。流石にあのリョンヤンもあいつが死ねば心が折れるだろう。あいつは頭脳はあっても武芸はさっぱりだ。俺に直接的に歯向かうこともない。あいつさえ…あいつさえ…!)
昔からそうだった。イルウォンがこの国を手に入れようと動く際に、リョンヘが絡むと必ずと言っていいほど上手くいかなかった。イルウォンにとっては彼は全ての元凶のようにも思えた。
その苛立ちを紛らわせるために、イルウォンはこれから起きる戦について心を馳せる。むせかえる血の臭い、鉄の臭い、そして人々の泣き叫ぶ声…。もとより混沌や争いを愛するイルウォンには心踊る出来事だ。自分が本来好きな戦のことを思い出したお陰で、苛立った心は少しだけ凪いだ。
(ここからが…ここからが私の夢見た世界だ。それまでは少しの間耐えるだけ…今まで耐えてきた時間に比べれば大したことのない時間だ。そのためにも足枷となるものは取り払わなければ…)
そう考えながら、イルウォンはヘウォンの館に向かって駆けていく。彼の姿は人間の目で追えるものではなく、彼が通り過ぎた場所では突風が巻き起こっていた。
_________________________________
ヘウォンは一人、自室の寝台に腰掛けていた。真昼というのに部屋が薄暗いのは、窓を布で覆っているからだろう。豪放磊落な性格であるはずの彼には似つかわしくない様相であった。
ヘウォンはもう何度目かわからなくなってしまったため息をつく。この寝室は本来、彼の唯一心休まる場所だった。王専属の護衛となったヘウォンは、他の貴族のように城下ではなく、王城内に屋敷を構えている。ヘウォンは独り身であったため、屋敷はこじんまりとしていたが、それでも王城内の造りと揃えられていたため豪奢なものだった。
しかしヘウォンは煌びやかな部屋では落ち着かず、王に寝室だけは簡素な様式に変えてもらった。
そんなヘウォンの安らぎの場が、なぜ窓も覆われて暗くなっているのかというと、外から様子を覗かれないようにするためである。
ヘウォンは前王ヒチョルが弑された際、他の将軍との会議に参加するために、ソクジュンという他の兵士に護衛役を任せていた。彼はヘウォンの代役を任されることが多かったため、安心していた。
しかしそれは突然に裏切られた。予定よりも早く会議を終え、ヘウォンは王の執務室へ向った。いつものように会議を終えたヘウォンを、王とソクジュンが労いながら出迎えるところを思い描きながら執務室の扉に手をかけると、扉の向こうで何者かがうめく様な声が聞こえる。ヘウォンはその声に聞き覚えがあり、扉にかけた手から一気に体を氷漬けにされたような、そんな寒気に襲われた。悪い予感を振り払いながら、
「陛下!!」
と叫んで扉を開く。するとそこには血に塗れた主人と部下がいた。
「ヘウォン…。」
自身の主人は振り絞るようにそう言うと、目を閉じる。ソクジュンは無表情で王を貫いた剣を引き抜いた。そして、ふらりふらりと歩きながらヘウォンの方へ体を向ける。その生気のない動きはまるで傀儡のようだった。
「ソクジュン、なぜだ…」
ヘウォンはそう声をかけたが、声は上ずり震えていた。ソクジュンは誠実で賢い男だった。自身の信念に反するところがあれば、なかなか意見を変えられない、頑固なところもあったが、それ故に彼は曲がったことが嫌いで信頼に足る部下だった。
しかし、こうなっては情けをかけるわけにはいかない。ヘウォンは喪失感を震える手で抑え込み、剣を鞘から抜き払った。
一方でソクジュンも剣を構える。先に動き出したのはヘウォンからだった。重い剣を叩きつけるように振り下ろす。がちん、と鈍い金属音が響き渡った。ヘウォンの剣を受け止めたソクジュンは間合いを取ってヘウォンの懐へ入り込もうとする。
ヘウォンはそれを振り払うようにしてかわしたが、ソクジュンの戦い方について違和感を覚えていた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる