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揺らぎ
街での変化
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ハヨン達一行は孟に戻るべく歩いていた。そこには共に赤架の町を出たソリャもいる。はじめのうち彼は、ハヨン達が声をかけても必要最低限しか言葉を返さなかったが、少しずつ言葉数が増えてきたので、ハヨンはほっとしていた。
荒々しい口調は貴族や武人達と過ごす中では接することがなかったが、ハヨンにとっては故郷の若者の使う言葉と大差ないため、どこか懐かしい。
また、赤架では宿周辺に駐在していた兵士達が、ちょうどソリャと自身の娘息子に年齢が近かったようで、何かと彼に声をかけていた。さらに、ムニルが気さくに話しかけたり、老婆がにやにやしながら絡んだりと、皆ソリャに積極的に関わっているためか、当初のようなぎこちなさや緊迫感は薄れていた。
(私達が敵ではないと思ってもらえたのだろうか。人間不信になっていてもおかしくはない状況だったわけだし、少しずつでも歩み寄っていけたらいいな。)
ハヨンは年下の男性と関わることが少なかったので、少し嬉しかった。王城の兵士達はハヨンの同期は同い年かそれ以上の男性ばかりだった。そして、母のチャンヒと二人での生活だったことから、実は昔から兄弟が欲しいと思っていたのだ。
ソリャは赤架の街を出ること自体が初めてで、森の中を興味深そうに見渡しながら歩く一方で、物音に対して酷く警戒する様子を見せる。獣の耳を持っているために、聴力が良いのか、今まで人に対して息を潜めるようにして生きてきたからなのかはわからない。
ちょうど今、鳥が鳴きながら木々から飛び立ったところで、ソリャはびくりと肩を揺らす。
「ソリャ。森に入るのが初めてだと、驚くことも多いと思う。でも、私達なら余程の大群か異形の者でなければ太刀打ちできるから心配はいらないよ。」
「お、おう。別に怖いわけじゃねぇし…」
ハヨンに見透かされたことが恥ずかしかったのか、彼は目線をハヨンから逸らし、呟いた。その姿が可愛らしく、ハヨンは思わず微笑んでいた。
そんなどこか和やかな雰囲気を壊す、気の抜けた音が響く。そして老婆が悪事が見つかった子供のように肩をすくめ、にやりと笑った。彼女の腹の虫が鳴ったのだ。
「すまないねぇ、腹の虫がなっちまったよ」
「そう言われれば、もうそろそろ昼だな。」
リョンヘが空を仰ぎ、紅葉した木々の隙間から太陽の位置を確認する。高く上った太陽は、赤くなった葉を優しく照らしていた。風が葉を揺らし、ちらちらと木漏れ日が踊り、美しい。
「そうすると…大して食料も残っていないし、山を下りて店にいくか?」
リョンヘはそう言って皆に尋ねる。持ってきていた食料も、あとそれぞれ二食分ほどである。山菜取りや狩りをする手もあるが、あいにく落ち葉に覆われて山菜を見つけることにも骨が折れるだろうし、獣の気配も不思議なほどに全くない。一刻も早く孟に着きたいハヨン達にとって探すことは時間が惜しい。
「そうですね。出店でいくつか買って山でみんなで食べましょう。まだここは赤架に近いから、長居すると目立ちます。」
老婆の乗る馬を引いていた兵士が答えた。彼の言葉は正しい。白虎には獣の耳が生えているため、赤架周辺で目撃の情報が入ると、白虎を含めたリョンヘ一行の動きが把握されてしまう。赤架の住民ならまだしも、王城内部の人間に知られることは避けたかった。
「では、私が買いに行きます。」
馬を引いている兵士は、馬の世話をしなければならないし、白虎は目立つ。そうなると残るはハヨンか、もう一人の兵士か、ムニルである。ここでは最年少である己がいかねばならない。そうハヨンが手を挙げると、
「私も行きたいわ」
とムニルが続いた。思わぬ展開に、ハヨンは目を瞬かせる。
「わかった。では二人に任せよう」
「みんな仲良くね~。」
ムニルが軽い調子で言って、歩き出した。皆に見送られながら歩くというのはどこか落ち着かない。ハヨンは妙な気持ちになりながらも、歩みを進めた。かさりかさりと、踏み分けた枯れ葉が軽やかな音を立てる。ふわりと足裏を押し返す感触と音が合わさって心地よい。ハヨンはふと、幼い頃に水溜りや枯れ葉の山に足を踏み入れて遊んだ時のことを思い出した。どことなく心も童心に帰ったような感覚になる。
(早いな…。もう秋か。)
王城を追われた時が丁度夏真っ盛りの頃だった。気がつけばこうして秋も深まってきているのだから、時の流れとは恐ろしい。
こうして何とかソリャに声をかけることはできたが、まだ力になってくれるとは限らない。さらに依然、リョンヘの勢力の数は知れている。四獣一人の力は兵士の千の数を優に超えると伝説では言われているが、実際のところはどうかわからない。もし本当だとしても、リョンヘの勢力は千と数百。敵は王城を乗っ取っているため、兵士の数は武官のみの数としても1万は確実で、力の差は歴然である。
力を借りるために四獣の元を訪れている。それはわかっているのだが、こうしてムニルやソリャと関わっていくにつれて、それぞれの運命を大きく変えていることに気づき、どことなく後ろめたさがある。ソリャに至っては事の流れでここにいるわけで、力を貸してもらえるのかは依然わからないままだ。しかし、彼の力は今後のことを考えれば必要不可欠である。
荒々しい口調は貴族や武人達と過ごす中では接することがなかったが、ハヨンにとっては故郷の若者の使う言葉と大差ないため、どこか懐かしい。
また、赤架では宿周辺に駐在していた兵士達が、ちょうどソリャと自身の娘息子に年齢が近かったようで、何かと彼に声をかけていた。さらに、ムニルが気さくに話しかけたり、老婆がにやにやしながら絡んだりと、皆ソリャに積極的に関わっているためか、当初のようなぎこちなさや緊迫感は薄れていた。
(私達が敵ではないと思ってもらえたのだろうか。人間不信になっていてもおかしくはない状況だったわけだし、少しずつでも歩み寄っていけたらいいな。)
ハヨンは年下の男性と関わることが少なかったので、少し嬉しかった。王城の兵士達はハヨンの同期は同い年かそれ以上の男性ばかりだった。そして、母のチャンヒと二人での生活だったことから、実は昔から兄弟が欲しいと思っていたのだ。
ソリャは赤架の街を出ること自体が初めてで、森の中を興味深そうに見渡しながら歩く一方で、物音に対して酷く警戒する様子を見せる。獣の耳を持っているために、聴力が良いのか、今まで人に対して息を潜めるようにして生きてきたからなのかはわからない。
ちょうど今、鳥が鳴きながら木々から飛び立ったところで、ソリャはびくりと肩を揺らす。
「ソリャ。森に入るのが初めてだと、驚くことも多いと思う。でも、私達なら余程の大群か異形の者でなければ太刀打ちできるから心配はいらないよ。」
「お、おう。別に怖いわけじゃねぇし…」
ハヨンに見透かされたことが恥ずかしかったのか、彼は目線をハヨンから逸らし、呟いた。その姿が可愛らしく、ハヨンは思わず微笑んでいた。
そんなどこか和やかな雰囲気を壊す、気の抜けた音が響く。そして老婆が悪事が見つかった子供のように肩をすくめ、にやりと笑った。彼女の腹の虫が鳴ったのだ。
「すまないねぇ、腹の虫がなっちまったよ」
「そう言われれば、もうそろそろ昼だな。」
リョンヘが空を仰ぎ、紅葉した木々の隙間から太陽の位置を確認する。高く上った太陽は、赤くなった葉を優しく照らしていた。風が葉を揺らし、ちらちらと木漏れ日が踊り、美しい。
「そうすると…大して食料も残っていないし、山を下りて店にいくか?」
リョンヘはそう言って皆に尋ねる。持ってきていた食料も、あとそれぞれ二食分ほどである。山菜取りや狩りをする手もあるが、あいにく落ち葉に覆われて山菜を見つけることにも骨が折れるだろうし、獣の気配も不思議なほどに全くない。一刻も早く孟に着きたいハヨン達にとって探すことは時間が惜しい。
「そうですね。出店でいくつか買って山でみんなで食べましょう。まだここは赤架に近いから、長居すると目立ちます。」
老婆の乗る馬を引いていた兵士が答えた。彼の言葉は正しい。白虎には獣の耳が生えているため、赤架周辺で目撃の情報が入ると、白虎を含めたリョンヘ一行の動きが把握されてしまう。赤架の住民ならまだしも、王城内部の人間に知られることは避けたかった。
「では、私が買いに行きます。」
馬を引いている兵士は、馬の世話をしなければならないし、白虎は目立つ。そうなると残るはハヨンか、もう一人の兵士か、ムニルである。ここでは最年少である己がいかねばならない。そうハヨンが手を挙げると、
「私も行きたいわ」
とムニルが続いた。思わぬ展開に、ハヨンは目を瞬かせる。
「わかった。では二人に任せよう」
「みんな仲良くね~。」
ムニルが軽い調子で言って、歩き出した。皆に見送られながら歩くというのはどこか落ち着かない。ハヨンは妙な気持ちになりながらも、歩みを進めた。かさりかさりと、踏み分けた枯れ葉が軽やかな音を立てる。ふわりと足裏を押し返す感触と音が合わさって心地よい。ハヨンはふと、幼い頃に水溜りや枯れ葉の山に足を踏み入れて遊んだ時のことを思い出した。どことなく心も童心に帰ったような感覚になる。
(早いな…。もう秋か。)
王城を追われた時が丁度夏真っ盛りの頃だった。気がつけばこうして秋も深まってきているのだから、時の流れとは恐ろしい。
こうして何とかソリャに声をかけることはできたが、まだ力になってくれるとは限らない。さらに依然、リョンヘの勢力の数は知れている。四獣一人の力は兵士の千の数を優に超えると伝説では言われているが、実際のところはどうかわからない。もし本当だとしても、リョンヘの勢力は千と数百。敵は王城を乗っ取っているため、兵士の数は武官のみの数としても1万は確実で、力の差は歴然である。
力を借りるために四獣の元を訪れている。それはわかっているのだが、こうしてムニルやソリャと関わっていくにつれて、それぞれの運命を大きく変えていることに気づき、どことなく後ろめたさがある。ソリャに至っては事の流れでここにいるわけで、力を貸してもらえるのかは依然わからないままだ。しかし、彼の力は今後のことを考えれば必要不可欠である。
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