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形単影隻
人々は恐怖に踊らされる 參
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(危険だけれど行くなら今しかない…!リョンへ様をお守りしなければ。)
ハヨンとムニルは目配せをし、頷き合う。二人はやぐらの残骸の方へと走り出した。男たちの間をするりとぬけ、リョンヘの姿を彼らから隠すようにして、前に立った。
「な、何だお前たちは…!」
突然男たちを押し退けて入り込んだハヨンとムニルに男たちは各々の武器を向ける。しかし彼らの刃先はかたかたと音を立てながら動き、狙いが定まっていない。おそらく、恐怖と緊張から手足が震えているのだろう。
「私達はこのお方に付き従う者。このお方に危害を与えるつもりなら、悪いけれど、阻止させてもらう。」
ハヨンはそう答えて拳を握り、構えをとった。剣なしで戦うのは久しぶりである。
(相手が武器をもって襲ってくるとは言え、相手はみんなリョンへ様の大事な民の一人。今は我を忘れているからこうなっているけど、本当は傷つけてはいけない相手。なら、剣で戦うわけにはいかない…。)
ハヨンは彼らの様子を見ても、素手で十分闘えると踏んだ。
「戦いというのは本能的に、思わず興奮するものだ。しかし、そこで己を抑えて、冷静に戦える者が真の強者だとわしは思う」
ハヨンはいつの日か、修行の中でヨウに言われたことを思い出す。こういった、相手に傷を負わせずに、逃げられるような戦いをするのであれば、尚更だと考えたのだ。
ハヨンは頭の中で考えていたことを一度、全て追い出して空にする。
その時、風がハヨンの外套の頭巾をはためかせ、その度に彼女の顔がちらりと覗く。男達は彼女の赤い瞳が燃えるように輝いていることに気がついた。
「お前も化け物か…!これ以上化け物にこの町を乗っ取られてちゃかなわねぇ!お前ら行くぞ…!」
そう言って、一斉に男たちが鎌や棍棒を携えて走り寄って来る。彼らは目をぎらつかせ、獣のようだ。恐怖に追い詰められ、今まで押さえてきたものを爆発させると、これほどに殺気に溢れるものなのかと、ハヨンは感じた。
「二人はとりあえず逃げて!私とムニルで相手をするから…!」
「いや、そういうわけにはいかない。俺も加勢する…!」
リョンは主だからと特別扱いをされることが嫌いな人間だ。そのためかハヨンの言葉を拒否する。
「何を言ってるの…!?まずはリョンも白虎も無事でいないと、今回のこと全部水の泡じゃない!早く行って!」
ハヨンは我を忘れてリョンヘにそう言い放ち、一人の男を投げ飛ばした。
リョンへは少し俯きながら、
「悪い、先に行く。」と囁いて、白虎に声をかけていた。
ハヨンが見ていたのはそこまでだった。ムニルと夢中になって戦い、隙を見て逃げ出すまでにはかなりの時間がかかったのだ。一斉にやってきた男たちを伸した直後、それを遠くから見て警戒していた男たちは怯んだ様子を見せた。その隙に二人は逃げたのだ。
「王子と白虎の彼はどこにいったのかしら…」
珍しく髪が乱れているムニルは、そう言いながら町を抜ける道を歩く。その道の先には森があり、夕焼けに染まる空に黄色の煙が上っていた。
何か非常事態が起きて、ばらばらになったときはそこに集まると約束していたのだ。この煙を見れば、宿で待機していたチェヨンや、他の場所を探索していた兵士も気付いて集まって来るだろう。
「無事ならこの先にきっといるはずよ」
ハヨンは口の端が血でにじんでいる。武芸の達人ではない街の人々に、手加減をして戦うというのは、思っていた以上に難しかった。刃物は避けたものの、大勢でかかって来られれば、棍棒などはかわすのでやっとだった。
ハヨンとムニルが、人々の目を避けるようにして森についた時分には、すっかり辺りも暗くなっており、灯りを持ってきていなければ、何も見えなくなっていただろう。
森の小道を分け入るといくつかの人影が見えた。馬に兵士と二人乗りをしている老婆と、その側に一人の兵士、そして、岩の上に腰掛けるリョンヘと、その隣に居心地悪そうに座る白虎がいた。
警戒したように兵士が灯りを掲げるが、ハヨンとムニルが近づいてきて、顔を確認するとふっと緊張感を解く。
リョンへは素早く立ち上がり、ハヨンたちの方へと歩み寄る。
「無事で良かった…。」
ぼそりと呟いて、ハヨンとムニルの背をとんとん、と軽く叩いた。リョンへがこのように素直に恐怖や心配などを表すことは滅多になかったので、二人はなされるがままにいた。
(リョンへ様は武道に秀でた方だ。そんな方が、部下を置いて逃げろと言われるのは屈辱だったのかな…。実際、最初は嫌がってたし。普段ならば冷静に判断して白虎のことも視野に入れた動きをとれたはずだ。相変わらず心配性な人だ…)
ハヨンはそういったところが自身の主の魅力であり、愛しく思う所だが、一方で毎回心配していては心がもたないとも思った。
「リョンへ様。私達は強いんですから、心配なさらずとも大丈夫ですよ。主なんですから、こきつかってやろうって気持ちで私達を使ってもらって構わないんです。」
ハヨンはそう冗談めかして言う。思わず主人を思って陰った心など知られたくはなかった。
「ちょ、こき使われるなんて私はやぁよ!」
ムニルは焦ったようにハヨンに詰め寄る。しかし、ハヨンはそんなムニルをにやにやしながら受け流した。
「もう。でも、確かに私は伝説の青龍よ?そんなやわじゃないんだから、心配するのはお門違いってものよ。」
ムニルは少し鼻白んだような反応を見せてはいるが、それは照れ隠しだろう。
「…。そう、だな。ハヨンも立派な私の護衛だし、ムニルも強い…。私はもっと頼ることにするよ。」
気を遣わせて悪かったな、とリョンへはハヨンの頬を撫でた。その時の表情は何だか泣き出しそうにも見えて、ハヨンはなぜこんな表情をしているのか察せず、戸惑った。
「そうよそうよ!ハヨンちゃん、あなたが色々危険な目にあってて、取り乱してたんだから。その上、ハヨンちゃんを困らせたら駄目なんだからね。」
リョンヘの言葉に、なぜかムニルがむきになって怒っている。
「え?」
ハヨンは自分がそんなにも取り乱している覚えがなく、突然のことに間抜けな声が出てしまった。
ハヨンとムニルは目配せをし、頷き合う。二人はやぐらの残骸の方へと走り出した。男たちの間をするりとぬけ、リョンヘの姿を彼らから隠すようにして、前に立った。
「な、何だお前たちは…!」
突然男たちを押し退けて入り込んだハヨンとムニルに男たちは各々の武器を向ける。しかし彼らの刃先はかたかたと音を立てながら動き、狙いが定まっていない。おそらく、恐怖と緊張から手足が震えているのだろう。
「私達はこのお方に付き従う者。このお方に危害を与えるつもりなら、悪いけれど、阻止させてもらう。」
ハヨンはそう答えて拳を握り、構えをとった。剣なしで戦うのは久しぶりである。
(相手が武器をもって襲ってくるとは言え、相手はみんなリョンへ様の大事な民の一人。今は我を忘れているからこうなっているけど、本当は傷つけてはいけない相手。なら、剣で戦うわけにはいかない…。)
ハヨンは彼らの様子を見ても、素手で十分闘えると踏んだ。
「戦いというのは本能的に、思わず興奮するものだ。しかし、そこで己を抑えて、冷静に戦える者が真の強者だとわしは思う」
ハヨンはいつの日か、修行の中でヨウに言われたことを思い出す。こういった、相手に傷を負わせずに、逃げられるような戦いをするのであれば、尚更だと考えたのだ。
ハヨンは頭の中で考えていたことを一度、全て追い出して空にする。
その時、風がハヨンの外套の頭巾をはためかせ、その度に彼女の顔がちらりと覗く。男達は彼女の赤い瞳が燃えるように輝いていることに気がついた。
「お前も化け物か…!これ以上化け物にこの町を乗っ取られてちゃかなわねぇ!お前ら行くぞ…!」
そう言って、一斉に男たちが鎌や棍棒を携えて走り寄って来る。彼らは目をぎらつかせ、獣のようだ。恐怖に追い詰められ、今まで押さえてきたものを爆発させると、これほどに殺気に溢れるものなのかと、ハヨンは感じた。
「二人はとりあえず逃げて!私とムニルで相手をするから…!」
「いや、そういうわけにはいかない。俺も加勢する…!」
リョンは主だからと特別扱いをされることが嫌いな人間だ。そのためかハヨンの言葉を拒否する。
「何を言ってるの…!?まずはリョンも白虎も無事でいないと、今回のこと全部水の泡じゃない!早く行って!」
ハヨンは我を忘れてリョンヘにそう言い放ち、一人の男を投げ飛ばした。
リョンへは少し俯きながら、
「悪い、先に行く。」と囁いて、白虎に声をかけていた。
ハヨンが見ていたのはそこまでだった。ムニルと夢中になって戦い、隙を見て逃げ出すまでにはかなりの時間がかかったのだ。一斉にやってきた男たちを伸した直後、それを遠くから見て警戒していた男たちは怯んだ様子を見せた。その隙に二人は逃げたのだ。
「王子と白虎の彼はどこにいったのかしら…」
珍しく髪が乱れているムニルは、そう言いながら町を抜ける道を歩く。その道の先には森があり、夕焼けに染まる空に黄色の煙が上っていた。
何か非常事態が起きて、ばらばらになったときはそこに集まると約束していたのだ。この煙を見れば、宿で待機していたチェヨンや、他の場所を探索していた兵士も気付いて集まって来るだろう。
「無事ならこの先にきっといるはずよ」
ハヨンは口の端が血でにじんでいる。武芸の達人ではない街の人々に、手加減をして戦うというのは、思っていた以上に難しかった。刃物は避けたものの、大勢でかかって来られれば、棍棒などはかわすのでやっとだった。
ハヨンとムニルが、人々の目を避けるようにして森についた時分には、すっかり辺りも暗くなっており、灯りを持ってきていなければ、何も見えなくなっていただろう。
森の小道を分け入るといくつかの人影が見えた。馬に兵士と二人乗りをしている老婆と、その側に一人の兵士、そして、岩の上に腰掛けるリョンヘと、その隣に居心地悪そうに座る白虎がいた。
警戒したように兵士が灯りを掲げるが、ハヨンとムニルが近づいてきて、顔を確認するとふっと緊張感を解く。
リョンへは素早く立ち上がり、ハヨンたちの方へと歩み寄る。
「無事で良かった…。」
ぼそりと呟いて、ハヨンとムニルの背をとんとん、と軽く叩いた。リョンへがこのように素直に恐怖や心配などを表すことは滅多になかったので、二人はなされるがままにいた。
(リョンへ様は武道に秀でた方だ。そんな方が、部下を置いて逃げろと言われるのは屈辱だったのかな…。実際、最初は嫌がってたし。普段ならば冷静に判断して白虎のことも視野に入れた動きをとれたはずだ。相変わらず心配性な人だ…)
ハヨンはそういったところが自身の主の魅力であり、愛しく思う所だが、一方で毎回心配していては心がもたないとも思った。
「リョンへ様。私達は強いんですから、心配なさらずとも大丈夫ですよ。主なんですから、こきつかってやろうって気持ちで私達を使ってもらって構わないんです。」
ハヨンはそう冗談めかして言う。思わず主人を思って陰った心など知られたくはなかった。
「ちょ、こき使われるなんて私はやぁよ!」
ムニルは焦ったようにハヨンに詰め寄る。しかし、ハヨンはそんなムニルをにやにやしながら受け流した。
「もう。でも、確かに私は伝説の青龍よ?そんなやわじゃないんだから、心配するのはお門違いってものよ。」
ムニルは少し鼻白んだような反応を見せてはいるが、それは照れ隠しだろう。
「…。そう、だな。ハヨンも立派な私の護衛だし、ムニルも強い…。私はもっと頼ることにするよ。」
気を遣わせて悪かったな、とリョンへはハヨンの頬を撫でた。その時の表情は何だか泣き出しそうにも見えて、ハヨンはなぜこんな表情をしているのか察せず、戸惑った。
「そうよそうよ!ハヨンちゃん、あなたが色々危険な目にあってて、取り乱してたんだから。その上、ハヨンちゃんを困らせたら駄目なんだからね。」
リョンヘの言葉に、なぜかムニルがむきになって怒っている。
「え?」
ハヨンは自分がそんなにも取り乱している覚えがなく、突然のことに間抜けな声が出てしまった。
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