華の剣士

小夜時雨

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形単影隻

人々は恐怖に踊らされる

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「お祭りねぇ…。もしかしたら祭り本番の頃には、彼も移動するかもしれないわね。お祭りって人が集まってくるし…」

 そうなると裏路地にいても必然的に人と出くわすことも多くなるだろうし、隠れて過ごすにはこの街は向いていない。

「できるだけ今のうちに見つけ出す必要があるな…。そう何日も時間をかける余裕がない。」

 リョンへは眉間に皺を寄せてそう言った。そうなるのが不本意だからだろう。   
 しかたなく、三人であてもなく細い路地を歩く。そうすると視界が開けて、街の広場についた。

「この道、広場に繋がっていたんだ…」

 ハヨンは急に周りが明るくなったので、眩しそうに少し目を瞬かせながら呟く。孤児院の元院長に教えてもらったものの、まだまだ路地がどう繋がっているのかわからない所が多い。
 ハヨンたちがたどり着いた広場の真ん中には、やぐらの骨組みだけが組み立てられている。きっと祭りに使うために、準備をしているのだ。広場のあちこちに、篝火の台が据えられており、これも同様に祭りに使うものに違いない。

「祭りなんて滅多に行ったことが無かったが…。どこでもやぐらを建てるものなのか?」
「どうなんでしょう…。私の故郷にもやぐらはありましたが…。他の地域の祭りに行ったことが無いので、わかりません。」

 ハヨンはリョンヘに尋ねられたので、考えてはみたが、他所の祭りの話など人と話したこともなかった。もう少しくらい、剣術以外にも、己の外の世界へ興味を向ければ良かったかもしれない。ハヨンは王城で勤め始めた頃から、そう考えるようになっていた。いくら王族に忠誠を誓い、剣士として全てを捨てて生きるとしても、己の決めた中で生きる視野の狭い人間でいていいという理由にはならない。ハヨンは己の見識が思った以上に狭いことを、悔しく思うことが度々あった。

「私はそもそもやぐら?を見るのが初めてねぇ。まぁ、私が住んでたとこじゃ、毎日祭りみたいに人が浮かれてたけど…」
「ムニルさんって料理屋で働いてたんだよね。何だか平和そうな町だね…」

 ハヨンは首をかしげる。近年は凶作が続いたせいで人々は浮かない顔をしている。そのため、祭りの日だけは皆、歌い躍り、辛さを忘れると言う所も多い。

(ムニルが住んでいたところは、人々の暮らしも豊かなのか…。今どき珍しい話だな。)
「平和ね…。本当にそうなのかはちょっとわからないけれど…。まぁそうなのかもね。」

 ムニルは笑顔でそう返したものの、どこか歯切れが悪い。ハヨンはその事に疑問を持ったが、あまり触れてはいけない気がして黙っていた。
 リョンへはというと、やぐらが気になるらしく、そちらに向かって歩き出していた。そしてやぐらから三歩(歩は尺貫法の単位。一歩で約1.6m)程離れたところで立ち止まる。

「そんなにやぐらが興味深いかしら…?」

 ムニルはそう言って首を傾げたものの、リョンヘの方へ歩き出す。

「珍しいのかもしれないね。」

 ハヨンも彼に習ったが、なぜか胸騒ぎがした。心の臓が異様に早く動き出し、吐き気を催す。突然のことに、ハヨンは戸惑った。

(私は何にこんなに不安がっているんだろう…?)

 ざわつく胸を、高鳴る鼓動を抑えようとハヨンは深呼吸した。脂汗が地面にぽたりと落ちる。

「ハヨンちゃん。」

 その時、妙に鋭く低い声でムニルがハヨンに声をかけた。顔を上げると、一、二歩先を歩いていたムニルが立ち止まっている。

「どうしたの?」
「何か嫌な予感がするのよ…。」

 ハヨンは眉を潜めた。彼の顔は普段に比べてどこか青白い。この不安は、ハヨンだけが感じているのではないのだ。そして、この胸のざわつきは、以前にも感じたことがある。いつのことだったかと、必死に記憶をたぐり、ハヨンははっとした。

(これはもしかしたら…!)

 ハヨンはリョンヘの方へ駆け出した。ムニルもその後を追う。

「リョン!」

 ハヨンはそう大声で呼び止める。突然のことに、驚いたようにリョンへが振り向いたが遅かった。
 やぐらが突然、骨組みの一部が折れて倒れてきたのだ。ハヨンはさあっと血の気が引く。思わずその場で立ち止まりそうになった。

(間に合え…!)

 必死に足を動かしながら、心の中で叫んだハヨンの願いもむなしく、リョンヘに一本の太い骨組みが落ちてこようとしている。周囲にいた人たちは何かを叫んでいるが、助けに向かう者はいない。リョンへも足がすくんでいるのか、咄嗟に動くことができない。どちみち今動いても、他の骨組みにぶつかるだろう。
 と、その時ハヨンの横を白い物が横切る。そして、リョンヘの上に落かけていた骨組みを、片手で投げ飛ばしたのだ。
 そしてもう一本リョンヘの方へ倒れかかった骨組みを、片手で支える。その腕はもう、人の腕ではなかった。白い虎の脚となっていたのだ。
 その場にいた者は静まり返った。地面に落ちた骨組みだけが大きな音を立てる。
 その場にいた全員が驚愕の色を浮かべていた。それはリョンヘを助けた白虎自身も同じだった。呆けたような表情で、倒れた骨組みと、背中で庇ったリョンヘを見比べている。
 そんな彼の白く鋭い爪は太陽の光を受け、鋭く光いていた。
 しばらくして、人々は先程までの沈黙が嘘のように騒ぎだした。












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