華の剣士

小夜時雨

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形単影隻

追いかけっこ

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「もー、この子ったら白虎に会ってから始終こんな感じだから、私はてっきり惚れちゃったのかと思ったわよ。」

 ムニルは少し冗談めかしてハヨンの背中を叩きながらそう言った。見た目はしとやかで中性的なムニルだが、腕力はやはり男そのもので、不意打ちを食らったハヨンには少し痛かった。

「ふーん?もともと顔立ちのいい男に囲まれてるこの子がねぇ。それなら容姿はずば抜けているんだろうさ。」
「私は別に…。白虎とは仲良くなりたいとは思っていますけど、恋愛なんてそんな感情は抱いてないです。」
「ふーん?」

 二人ににやにやされながらそう言われると、ハヨンは少しむきになって答えてしまった。

(恋なんて今も王城でも縁遠いものだしなぁ。)

 ハヨンは後宮で愛する者のために一生懸命な女性の姿を見てきた。その頑張りはハヨンから見ても微笑ましく、常に優雅で誇り高く生きる女性たちを尊敬してもいた。しかし、ハヨンは一生王族に盾として剣としてこの身を捧げるつもりだったので、誰かと結婚しよう等とは毛頭無かった。
 一度は妙な貴族に付きまとわれ、芸人の姿をしていたリョンもといリョンヘに恋人のふりをしてもらい、追い払って貰いはしたが。

(そう言えば私は、リョンとは今も偽の恋人なのだろうか。)

 そこまで考えてハヨンははっと気づいた。城に戻れなくなってから、リョンへはリョンとして身分を偽ることは無くなってしまった。もし仮に、リョンへがリョンとして過ごすのならば、ハヨンをどう扱うのだろうか。

(どうって…。もうあの人も私に付きまとうことは無いんだから、リョンは恋人のふりをする必要は無いよね…)

 なぜかそれが残念に思えてきて、ハヨンは首を傾げた。

(私はリョンと恋人でいたかった…?)

 そう頭の中で考えた瞬間、慌てて己の考えを打ち消した。

(きっと私は他の人が知らないリョンの姿を知っていることに対して、優越感に浸っているだけだ。)

 近頃、己のリョンヘに対する感情が何か変わりつつあることには気付いていた。しかし、それは明らかになったところでどうしようも出来ないことだ。そのため深く考えないようにしている。
 先程からちらちらとリョンヘに視線をやってしまうが、彼は一人何かを考えているようで、そのことには気づいていないようだった。

「あら?何か悩み事?」

 ムニルもリョンヘが一人、黙り込んで考えふけっているのを見て、気にかかったようだった。

「…。いや、白虎の捜索はこのまま私たちの班だけで続行すべきではないかと思ってな。」

 リョンへは周囲の兵士を見渡しながらそう低い声で言った。

「早く見つけ出したいからこの人数を動員したんじゃろう?その上、もともとそれほど大人数ではないじゃないか。なんだって急に…」

 老婆はそう言いながら湯飲みに入った茶をすする。

「白虎の心の傷は思った以上に深そうだ。声をかけるのでさえ苦労する。その上に、入れ替わり立ち替わり顔見知りでない捜索隊の面々が話しかければ、白虎は逃げてしまうかもしれないだろう?それだったら特定の人物が積極的に関わって打ち解けた方がいい。」
「そうですね…。大勢から探されていると思うと余計に怖いですしね…」

 ハヨンもリョンへに同意した。ただでさえ人目に敏感な白虎が、見知らぬ人に次から次へと話しかけるなど、彼に不快感を与えるだけである。

「そうねえ…。今日の様子だと、街のみんなが白虎を恐れているように、白虎も人を恐れているように見えたしね…。」

 ムニルは天井を仰いでうーん、と唸った。

「ならばお前たち以外は撤退か?」

 老婆はそう言ってから肩を叩く。老婆は今日到着した状態のため、これでは無駄骨を折ったようなものである。

「いや、白虎と直接話をするのは私達がするが、今後白虎が移動しないとも限らない…。捜索自体は皆にもまかせたい。…あなたはどうする?」

 リョンへは老婆に尋ねた。

「うーむ、わしは出る幕はなさそうかね。しかしまぁ、白虎とは早く顔を合わせたいし、ここに到着したのも今日だ。この宿でのんびりして、お前たちをまっていようかね。」

 そうして、ひひひと奇妙な笑い声を上げた老婆は、何か思うところが有るかのようにも見える。やはり、彼女の真意を掴むことは至難の技で有るなとハヨンは考えるのだった。
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