華の剣士

小夜時雨

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番外編 ムニル過去編

碧色の鬼灯

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 ビョンジンの前で鱗の生えた背をお披露目したあの日以来、ムニルはそこら中の座敷で引っ張りだこになった。昔の客達は、あれほど気味悪がっていたにも関わらず、今では宝石や異国の骨董品を鑑賞するのと同じ感覚のようである。それはきっと、ムニルが教養や礼儀作法を徹底的に身につけ、装いも美しくしていることも関係しているだろう。
 人間というものは、上っ面の印象で思い込み、その人柄や自身より格上か格下かを決める。そしてその印象はよっぽどのことがなければ覆らない。
 それはムニルが散々感じてきて、身に染みていることだった。赤ん坊の頃の話を忘れたことはないし、幼い頃は妓館の者たちに散々疎まれ恐れられてきた。その経験があるため、今、人々が掌を返したようにムニルをちやほやとするのは気味が悪かった。
 その上、その人々のムニルを見る目は、以前ほどの嫌悪感は薄れたものの、人を見る目ではなかった。いつまでも人として見てもらえることはなく、その視線はムニルの体や心を縛り、自由を奪うものに感じた。

(なぜかしら…。元から自由なんてなかったのに。)

 ムニルは客から送られた鳥を眺めながらそう考えた。鳥は鮮やかな碧色で、異国との貿易の際に手に入れたらしい。この珍しい羽の色はムニルの鱗の色と合わせたのだろう。日の光に照らされた鳥の羽は目に染みるた。
 鳥は止まり木の端から端へと移動を繰り返している。本来使われるはずの羽は折り畳まれ、狭い鳥籠の中を動き回る鳥は、真の己の姿を忘れてしまったようにも見えて、哀れだった。

(珍しがって買ったのだろうけど、私には鳥が気の毒でしかないわ)

 そうしてムニルが哀れんでいることも知らずに、鳥は水の入った皿を突き始めた。

「わぁ!変わった鳥!!こんな鳥、見たことないわ!あなたが飼っていらっしゃるんですか?」

 突然座っているムニルの頭上から、声が降ってきた。思わずびくりと肩を揺らす。ぼんやりと鳥を眺めながら考え事をしていたため、その気配に気づくことが出来なかったのだ。
 慌てて振り仰ぐと、髪を肩で切り揃えた、珊瑚色の衣を纏う幼い少女だった。

(こんな子いたかしら…)

 ムニルはこの妓館で生まれ育った。そのため、大抵の妓館の関係者のことは把握している。その上この仕事柄、一度会った人物のことは忘れない。しかし、彼女のことは一度も見た覚えがなかった。
 その上、ムニルにこれ程屈託なく話しかけてきた人間はおらず、思わずこの少女は何を思って己と接しているのかと勘繰る。

「あなたとは初めて会ったような気がするのだけれど…。間違っているかしら。」
「いえ!あってます。昨日、この館に来て、これから見習いとして働かせていただくことになりました」

 歳は十ぐらいだろうか。それほど幼いにも関わらず、丁寧な口振りにムニルは感心した。これから水揚げまで、他の妓女達のように教育を受けていけば、利発そうな彼女は、かなり高位の技女になるに違いない。
 そして、ムニルに躊躇いもなく話しかけてくるのも、この館に来たばかりというのであれば頷けた。そして、いつかそう遠くない日に、ムニルの正体を知って離れていくだろう。こんなにも屈託なく話しかけてもらえることは珍しく、嬉しいことだが、その先のことを考えると気分も沈んだ。

「それにしてもあなたね、ちょっと警戒心が足りない気がするわよ。このままだと、いつか誰かに足を引っ張られてしまうわ」

 ムニルはそう言いながら、ゆっくりと少女に向かって予防線を張って行く。

(もう誰かに拒絶されるのはこりごりよ。それなら、私から離れていった方が楽だわ)
「私のことを誰かから聞いたことはないの?」
「え?どういう意味ですか?」

 少女はきょとんとした様子で問い返す。その無垢な瞳は真実を語っているとしか思えなかった。

「私がみんなから化け物と呼ばれていることよ。」

 本当に知らないのかと、鋭い目つきで少女を見る。しかし、少女はそのムニルの態度に臆する様子は見せず、空を見つめている。

「化け物…うーん…」

 そう小さく呟いているところから察するに、何か聴いた覚えはあるのだろう。少女が思い出すのをじっと待っていると、

「あっ!」

と少女が声を上げ、表情が輝いた。何か思い当たる節があるらしい。しかし、それにしては妙な反応だ。
 今まで出会った者たちは、ムニルの正体を知ったや否や、怯えたように声を震わせたり、腰が低くなったり、かと思えばムニルを低能な生き物として扱う者もいた。

「あなたがムニルさん?」
「…ええ、そうよ」

 この少女は自身に何と言ってくるのだろうと身構えながら、歯切れ悪く答えた。少女はじっとムニルの目を見つめており、何となくではあるが視線を外しづらい。

「うーん、全然気がつきませんでした。とっても綺麗な方だし、そんな恐ろしい感じの雰囲気もなかったから。」

 ムニルは目を瞬かせる。少女の言葉に拍子抜けしたのだ。

「全然って、全く?」
「何をおっしゃるんですか。全然も全くも同じ意味ですよ。」

 そう言って少女はあっけらかんと笑った。彼女の笑顔は、彼女の背中越しに見える青空によく映えていた。

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