140 / 221
形単影隻
贖罪 陸
しおりを挟む
「あの一件でわしは孤児院をやめてな。そのせいで幼い子供は他の地域の孤児院に移っていった。数人はここの辺りで奉公しているから、あの子の生活のために、時おり食事をあの子がいそうな所にこっそり置いているらしい。」
(だから白虎に食事と寝床を与えれば襲われないと皆言っていたんだ…。)
ハヨンはそれを聴いて、町の者達の噂に納得した。白虎を慕っていた者が食事をこっそり置く姿を見たか、もしくはその子達がそう言った噂を作って、白虎が無事に過ごせるようにしているのだろう。
「それで彼はこの町でもなんとか生きているのですね…」
きっと食事も寝る場所も無かったら、白虎も命の危険に晒されていただろう。この町で白虎を雇うものはいないと考えた方がいいし、金もない。
そして、これ以上騒ぎがあれば、白虎を恐れている者たちも、何か行動を起こしていただろう。本当に極限の状況なのだ。
「でも、どうして彼はこの街を出ていかなかったのかしら…。新たな町でなら、尻尾とかも隠すなりして、生活できたかもしれないのに…。」
ムニルはそう首を傾げた。それはこの赤架で白虎を探し始めた頃から、三人とも不思議に思っていたことだった。
「それはわしも想像するしかない。あの子は生まれてすぐここに捨てられた。それに、この町、いや、この郡全体で恐れられている…。そんな状況では新しい町でも、そうなるのでは…。と考えているのではないか、とわしは思っているんじゃ…。自分は誰からも必要とされていないし、されてはいけない存在だと…」
老人の考えを聴きながら、ハヨンは白虎に助けを借りようとすることがどんなに難しいことかを改めて知るのだった。
「そしてもう一つ原因があると思っている…。それはわしだ。わしは彼がここを去ってから一度だけ偶然出くわしたことがある。」
老人は手をぎゅっと握りしめた。その手は震えており、悔いるような表情を浮かべている。
「その時、わしは人ならざる彼の姿に、思わず怯んでしまった。あの子は訳もなく人を傷つけるような子ではない。それは分かっていたのに…。そして今も彼と顔を合わせて平静でいられる自信がない。」
そして老人は自身に嘲笑うかのような、なんとも言えない笑みを浮かべる。
「彼を育てていたわしでさえ、このような態度をとっているなんて、呆れてしまう。彼には本当に頼る場所が無くなってしまった。本当は私が引き取ってどこか他の町に行くことも出来ただろうに…」
ハヨン達は、彼にどのような言葉をかければよいのかわからなかった。老人はこのことで何度も自分を責めただろう。その上に自分達がまた非難をするのは違うと思うし、慰めても老人の気は晴れないことは見てわかる。
「だから、彼のことを迎えに来たお前さん達に、頼みがあるんじゃ…。決してわしのように、あの子を見捨てないで欲しい。ただのわしの自己満足と思われても仕方がない。でもな、わしはあの子がどこかで幸せに暮らしてくれることほど、願っていることはない…」
老人のすがるような目を見て、リョンヘが頷いた。
「私は彼を仲間にしたいと思っている。それは彼自身が決めることだが、もし入ってもらったあかつきには、私は彼を大事な仲間として、友として共に行きたいと思っている。」
リョンヘの声は凛と静かな部屋の中に響いた。老人はありがとう、と呟きリョンヘの手を握る。その目は潤んで見えた。
(白虎は何度も居場所を失った。そんな状況で、私たちを信じて、仲間に入ってくれる可能性は低いだろうか…)
ハヨンはあの追いかけたときの彼の後ろ姿を思い出す。それは人の全てを拒絶している心そのものにも思えた。
ハヨン達はその後、老人に白虎が今寝床としているであろう場所を教えてもらった。どうやら彼は赤架のいくつかの町の決まった場所を転々と移動しているらしい。
三人は老人に感謝を伝え、他の白虎を捜索している面々と落ち合うために赤架の中心部に戻った。
「ほほう…。白虎と顔をあわせたのじゃな?」
一人宿で待機していた老婆はにやりと笑った。実は孟から赤架までの道のりは老婆には負担が大きいと、一度は老婆の同行は却下されていた。しかし、四獣について最も詳しい人物は老婆であり、老婆自身も赤架行きたいと訴えていたため、馬に乗り、迂回路を通って今日到着したのだ。
馬に揺られながら長旅をしたにもかかわらず、老婆は溌剌としており、今も宿で注文した酒を片手に話をしている。
「はい。髪や肌が白く、とても美しい人でした。」
ハヨンは彼の姿を思い出しながらそう答える。きっと身なりにもっと気を遣える余裕があれば、よりその美しさは顕著になるだろう。そして彼の高い身体能力は、名前の通り虎を思い起こさせた。雪のような白い髪と体は儚げな印象を持たせるが、均整の取れた体はそれを打ち消し、一つの芸術品のようだった。
(だから白虎に食事と寝床を与えれば襲われないと皆言っていたんだ…。)
ハヨンはそれを聴いて、町の者達の噂に納得した。白虎を慕っていた者が食事をこっそり置く姿を見たか、もしくはその子達がそう言った噂を作って、白虎が無事に過ごせるようにしているのだろう。
「それで彼はこの町でもなんとか生きているのですね…」
きっと食事も寝る場所も無かったら、白虎も命の危険に晒されていただろう。この町で白虎を雇うものはいないと考えた方がいいし、金もない。
そして、これ以上騒ぎがあれば、白虎を恐れている者たちも、何か行動を起こしていただろう。本当に極限の状況なのだ。
「でも、どうして彼はこの街を出ていかなかったのかしら…。新たな町でなら、尻尾とかも隠すなりして、生活できたかもしれないのに…。」
ムニルはそう首を傾げた。それはこの赤架で白虎を探し始めた頃から、三人とも不思議に思っていたことだった。
「それはわしも想像するしかない。あの子は生まれてすぐここに捨てられた。それに、この町、いや、この郡全体で恐れられている…。そんな状況では新しい町でも、そうなるのでは…。と考えているのではないか、とわしは思っているんじゃ…。自分は誰からも必要とされていないし、されてはいけない存在だと…」
老人の考えを聴きながら、ハヨンは白虎に助けを借りようとすることがどんなに難しいことかを改めて知るのだった。
「そしてもう一つ原因があると思っている…。それはわしだ。わしは彼がここを去ってから一度だけ偶然出くわしたことがある。」
老人は手をぎゅっと握りしめた。その手は震えており、悔いるような表情を浮かべている。
「その時、わしは人ならざる彼の姿に、思わず怯んでしまった。あの子は訳もなく人を傷つけるような子ではない。それは分かっていたのに…。そして今も彼と顔を合わせて平静でいられる自信がない。」
そして老人は自身に嘲笑うかのような、なんとも言えない笑みを浮かべる。
「彼を育てていたわしでさえ、このような態度をとっているなんて、呆れてしまう。彼には本当に頼る場所が無くなってしまった。本当は私が引き取ってどこか他の町に行くことも出来ただろうに…」
ハヨン達は、彼にどのような言葉をかければよいのかわからなかった。老人はこのことで何度も自分を責めただろう。その上に自分達がまた非難をするのは違うと思うし、慰めても老人の気は晴れないことは見てわかる。
「だから、彼のことを迎えに来たお前さん達に、頼みがあるんじゃ…。決してわしのように、あの子を見捨てないで欲しい。ただのわしの自己満足と思われても仕方がない。でもな、わしはあの子がどこかで幸せに暮らしてくれることほど、願っていることはない…」
老人のすがるような目を見て、リョンヘが頷いた。
「私は彼を仲間にしたいと思っている。それは彼自身が決めることだが、もし入ってもらったあかつきには、私は彼を大事な仲間として、友として共に行きたいと思っている。」
リョンヘの声は凛と静かな部屋の中に響いた。老人はありがとう、と呟きリョンヘの手を握る。その目は潤んで見えた。
(白虎は何度も居場所を失った。そんな状況で、私たちを信じて、仲間に入ってくれる可能性は低いだろうか…)
ハヨンはあの追いかけたときの彼の後ろ姿を思い出す。それは人の全てを拒絶している心そのものにも思えた。
ハヨン達はその後、老人に白虎が今寝床としているであろう場所を教えてもらった。どうやら彼は赤架のいくつかの町の決まった場所を転々と移動しているらしい。
三人は老人に感謝を伝え、他の白虎を捜索している面々と落ち合うために赤架の中心部に戻った。
「ほほう…。白虎と顔をあわせたのじゃな?」
一人宿で待機していた老婆はにやりと笑った。実は孟から赤架までの道のりは老婆には負担が大きいと、一度は老婆の同行は却下されていた。しかし、四獣について最も詳しい人物は老婆であり、老婆自身も赤架行きたいと訴えていたため、馬に乗り、迂回路を通って今日到着したのだ。
馬に揺られながら長旅をしたにもかかわらず、老婆は溌剌としており、今も宿で注文した酒を片手に話をしている。
「はい。髪や肌が白く、とても美しい人でした。」
ハヨンは彼の姿を思い出しながらそう答える。きっと身なりにもっと気を遣える余裕があれば、よりその美しさは顕著になるだろう。そして彼の高い身体能力は、名前の通り虎を思い起こさせた。雪のような白い髪と体は儚げな印象を持たせるが、均整の取れた体はそれを打ち消し、一つの芸術品のようだった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる