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形単影隻
贖罪 伍
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白虎ははっと目を覚ました。そして、自分は今、ある空き家の床に寝ていたことを思い出す。だんだん秋めいてきた夜風が、部屋の中にすきま風として入ってきて、少しだけ身を震わせた。悪夢にうなされたせいか、背中に汗をびっしょりかいていて、体にそっと吹きつける風は、余計に寒く感じた。
「良かった…」
白虎はほっと息をつく。先程までのことも十分とらうまだが、これから先に起こったことで、自分の犯した罪への意識に何度も苛まれていたからだ。白虎は脳裏に浮かびかけるその光景を、鮮明にならぬよう脳内から払い退けながら、歩き出す。
空き家の外に出てみると、戸口に食料が置いてあった。これは白虎が孤児院を出てから、白虎の寝泊まりしている所には誰かが食料を置いていくようになったのだ。
しかし、これは誰かの優しさではないと白虎は知っていた。誰かが白虎に食事を与えれば、その町では暴れないと噂していたのを聞いたことがあるからだ。
(…別に襲おうなんて思ってねぇけどな…)
白虎は食料の包みを取り上げた。時折、この容姿のせいか生肉が置かれていることがあったが、今回はそうではないようだ。軽く、柔らかい感触が手に伝わる。包紙を開けると、小麦粉を発酵させた饅頭だった。
白虎はその場で饅頭にかぶりつく。先程孤児院の夢をみたからか、久しぶりに一人での食事を寂しく感じた。
(でも俺は一生一人だ。誰も俺に寄り付かねぇし、その方が身のためだ。こんな見た目をしていたら、どこに行っても白い目で見られる…。俺は一人でいる方がいい。今日の昼間に会った女も、この町で少し過ごせばわかるはずだ。)
白虎はもう一つの食料の包みがいつもより重たい気がした。開けてみると火打ち石が入っている。最近の夜は冷え込む。薪がないと使えないが、火打ち石があるのは助かった。
(…。誰か俺が寒いかと気にかける者でもいるのだろうか…。)
白虎はその考えを慌てて消し去った。こうやって気まぐれな優しさに嬉しくなったときほど、誰かに石を投げられたり、罵られたりすることが多いのだ。
(誰も信じてはいけない…。信じた方が辛くなる。)
白虎はそう考え、火打ち石を包みにしまい直した。
__________________
一方、ハヨン達は白虎の幼い頃を語る老人の話に聴き入っていた。随分と時間が経っていたらしく、ほんの少し肌寒い。老人はただ淡々と物語を語るようにして言葉を紡いでいく。
「ある日わしはここを留守にしていた。その時を狙ったんじゃろうな。白虎が生意気だからと気に食わなかった年上の連中が、白虎を袋叩きにしたんだ…。どうやら大勢の力でなら白虎に勝てると思っていたらしい。」
「…彼はどうなったのですか…?」
ハヨンはおそるおそる尋ねる。今も白虎は生きているのだから、大事には至らなかったのだろうと思ったが、幼い折の喧嘩というものは、年の差による体格の違いは大きな弱点となる。ハヨンはその事を思い出して肝が冷えたのだ。
「あの子はあちこち軽い怪我はしていたが無事だった。ただ、問題なのは他の連中の方じゃ。あの子はどうやら一時的に我を失ったようで、その場にいた者は全員重症を負ったのだ。それも殴るとかではない。爪で引き裂いたり、咬んだような傷が数多くあった…」
老人が帰った頃には白虎は我に返って逃走した後だった。孤児院での出来事は既に近所の者達に知られており、蜂の巣をつついたような状態だったようだ。
そして町の人々は口々に白虎を非難した。
「彼もたしかに許されないことをしたけれど、それには理由があったのだし、彼だけを非難するのはなんだか酷いと思います…」
ハヨンはそう不満を老人に訴えた。老人はハヨンをじっと見ながらそれを聴いていたが、その目には悲しみが透けて見えた。
「あなたの言いたいことはわかる。わしもあの子には申し訳ないことをしたと思っておる。じゃがな、わしがその真実を知ったのは随分後になってからなんじゃ。それに、他の者に真実を語っても信じてはくれなかった…。きっと彼は恐ろしいという固定観念だけで、全てを遮断してしまっているのだろうな…。」
暫しの間沈黙が流れる。人を超えた力に怯えてしまうことはハヨン達にもわからないことはなかった。そのため、白虎に関して過敏になっている人々をただ責めるのも違うこともわかっていた。そして、自身の異端さのために、人々から疎まれる怖さも、ハヨン達は感じたことがあった。
代々受け継ぐ力を持っていないこと、容姿が人と違うこと、自分以外に同性の剣士がいないこと…。
それぞれ違うものの、特異とみなされるあの視線の痛さを、皆知っているのだ。
「…どうして後から真実がわかったんですか?もしや、誰かその場にいた者が…?」
リョンヘはそう優しく老人に問う。先程の話題は根深いと感じたからだろう。少しだけ緊張感が解ける。
「実は争いが起こる前に、あの子を驚かそうと、木の上に隠れていた子供がいたんじゃ。最初は怖くて何も言えなかったのだそうだが、しばらくしてわしに教えてくれた…。それに幼い子らは彼を慕っていたから、彼はそんなことはしないと言っていたし、今でも彼を気にしているようだしな。」
「そうだったのですか…」
町には白虎を憎む者しかいないのだと思っていたので、ハヨンは少しだけほっとした。
「良かった…」
白虎はほっと息をつく。先程までのことも十分とらうまだが、これから先に起こったことで、自分の犯した罪への意識に何度も苛まれていたからだ。白虎は脳裏に浮かびかけるその光景を、鮮明にならぬよう脳内から払い退けながら、歩き出す。
空き家の外に出てみると、戸口に食料が置いてあった。これは白虎が孤児院を出てから、白虎の寝泊まりしている所には誰かが食料を置いていくようになったのだ。
しかし、これは誰かの優しさではないと白虎は知っていた。誰かが白虎に食事を与えれば、その町では暴れないと噂していたのを聞いたことがあるからだ。
(…別に襲おうなんて思ってねぇけどな…)
白虎は食料の包みを取り上げた。時折、この容姿のせいか生肉が置かれていることがあったが、今回はそうではないようだ。軽く、柔らかい感触が手に伝わる。包紙を開けると、小麦粉を発酵させた饅頭だった。
白虎はその場で饅頭にかぶりつく。先程孤児院の夢をみたからか、久しぶりに一人での食事を寂しく感じた。
(でも俺は一生一人だ。誰も俺に寄り付かねぇし、その方が身のためだ。こんな見た目をしていたら、どこに行っても白い目で見られる…。俺は一人でいる方がいい。今日の昼間に会った女も、この町で少し過ごせばわかるはずだ。)
白虎はもう一つの食料の包みがいつもより重たい気がした。開けてみると火打ち石が入っている。最近の夜は冷え込む。薪がないと使えないが、火打ち石があるのは助かった。
(…。誰か俺が寒いかと気にかける者でもいるのだろうか…。)
白虎はその考えを慌てて消し去った。こうやって気まぐれな優しさに嬉しくなったときほど、誰かに石を投げられたり、罵られたりすることが多いのだ。
(誰も信じてはいけない…。信じた方が辛くなる。)
白虎はそう考え、火打ち石を包みにしまい直した。
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一方、ハヨン達は白虎の幼い頃を語る老人の話に聴き入っていた。随分と時間が経っていたらしく、ほんの少し肌寒い。老人はただ淡々と物語を語るようにして言葉を紡いでいく。
「ある日わしはここを留守にしていた。その時を狙ったんじゃろうな。白虎が生意気だからと気に食わなかった年上の連中が、白虎を袋叩きにしたんだ…。どうやら大勢の力でなら白虎に勝てると思っていたらしい。」
「…彼はどうなったのですか…?」
ハヨンはおそるおそる尋ねる。今も白虎は生きているのだから、大事には至らなかったのだろうと思ったが、幼い折の喧嘩というものは、年の差による体格の違いは大きな弱点となる。ハヨンはその事を思い出して肝が冷えたのだ。
「あの子はあちこち軽い怪我はしていたが無事だった。ただ、問題なのは他の連中の方じゃ。あの子はどうやら一時的に我を失ったようで、その場にいた者は全員重症を負ったのだ。それも殴るとかではない。爪で引き裂いたり、咬んだような傷が数多くあった…」
老人が帰った頃には白虎は我に返って逃走した後だった。孤児院での出来事は既に近所の者達に知られており、蜂の巣をつついたような状態だったようだ。
そして町の人々は口々に白虎を非難した。
「彼もたしかに許されないことをしたけれど、それには理由があったのだし、彼だけを非難するのはなんだか酷いと思います…」
ハヨンはそう不満を老人に訴えた。老人はハヨンをじっと見ながらそれを聴いていたが、その目には悲しみが透けて見えた。
「あなたの言いたいことはわかる。わしもあの子には申し訳ないことをしたと思っておる。じゃがな、わしがその真実を知ったのは随分後になってからなんじゃ。それに、他の者に真実を語っても信じてはくれなかった…。きっと彼は恐ろしいという固定観念だけで、全てを遮断してしまっているのだろうな…。」
暫しの間沈黙が流れる。人を超えた力に怯えてしまうことはハヨン達にもわからないことはなかった。そのため、白虎に関して過敏になっている人々をただ責めるのも違うこともわかっていた。そして、自身の異端さのために、人々から疎まれる怖さも、ハヨン達は感じたことがあった。
代々受け継ぐ力を持っていないこと、容姿が人と違うこと、自分以外に同性の剣士がいないこと…。
それぞれ違うものの、特異とみなされるあの視線の痛さを、皆知っているのだ。
「…どうして後から真実がわかったんですか?もしや、誰かその場にいた者が…?」
リョンヘはそう優しく老人に問う。先程の話題は根深いと感じたからだろう。少しだけ緊張感が解ける。
「実は争いが起こる前に、あの子を驚かそうと、木の上に隠れていた子供がいたんじゃ。最初は怖くて何も言えなかったのだそうだが、しばらくしてわしに教えてくれた…。それに幼い子らは彼を慕っていたから、彼はそんなことはしないと言っていたし、今でも彼を気にしているようだしな。」
「そうだったのですか…」
町には白虎を憎む者しかいないのだと思っていたので、ハヨンは少しだけほっとした。
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