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番外編 ムニル過去編
碧色の鬼灯
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「ようこそお越しくださいました、ホン・ビョンジン様。ビョンジン様がお越しになることを心待ちにしておりました。」
妓主は本日訪れた一番の上客に頭を下げる。この客はこの妓館に長年通い、妓館1番の売れっ子の一夜を買っていく。金払いも他の客と比べても格段に良く、彼が妓館を訪れた夜は、普段の妓館の一週間分の収入を得ることができる。
ただ彼は身分を偽っているからわからないが、王城の官僚のようで、訪れる頻度は月に一、二度がやっとだ。そのため、ビョンジンが訪れる日は皆総出で出迎える。今夜も例外ではなく、この妓館で美女とされる妓女達がビョンジンを前に並んでいる。その中には女の着物を纏ったムニルもいた。
「相変わらず、この妓館は儲かっておるなぁ」
ビョンジンは妓館の入り口に立ったまま、ぐるりと辺りを見渡す。
「いやいや、ビョンジン様あってこそ、この妓館は成り立っているのですよ」
妓主は愛想の良い笑みを浮かべている。表立ってはそう言っているが、彼の頭の中では、ぱちぱちと忙しなく算盤が動いているだろう。臆さず金の損得だけを考えて動くことができるからこそ、彼は花街一の妓主なのだ。
「はは、そうか?お前ならわしがいなくてもやっていけそうだがな。」
そのことはビョンジンも承知しているのか、満面の笑みながらもそう言った。特に気分を害された様子は無いようだ。
「ご冗談を」
妓主も同じように微笑んでいるが、内心どう思っているのかを測り知ることはできない。この二人は互いに求めていることが合致したからこそ、商売が成り立っているのだが、こうして時折、お互いを試すようなやり取りをする。
ムニルは二人の真意が分からず、二人のやりとりを見た最初の頃は内心おろおろしていた。しかし、今は慣れたものだ。ムニルは平然と二人の様子を眺めていた。
(もう座敷で芸をするようになってから、二年経ったものね…。色々なお客様もいたわけだし、度胸がついたのは間違いないわ。)
そして、花街を抜け出そうとしたあの日を思い出して苦笑いする。もう三年も前のことだ。あの時に感じた己のちっぽけさは、ずっと心に残っている。いや、座敷に上がり様々な人を見てきたことで、それはさらに増すこととなった。
しかし逆にそれは、狭い世界の中でも様々なものに触れるからこそ増したのだ。ムニルはいかに面倒な客をいなすか、碁を打つときにどうすれば自然に相手を勝たせることができるのか、からいかに己を美しく見せる方法までもをわかってしまった。
ムニルは少年であるものの、上級の妓女となんら遜色無いほどに美貌も芸能的才能も手に入れていた。
「では、ビョンジン様。参りましょう。」
「ああ」
妓主がムニル達に目配せをする。ビョンジンの座敷に来いという合図だ。普段からビョンジンに付く妓女達は大抵決まっている。大抵は階級の高い妓女で主に構成されていた。しかし、今回は妓主からムニルももてなすようにと指示された。
ムニルは基本的には他の妓女の側で で控えて琴を弾いたり舞を舞ったりすることが多かった。妓女達と比べれば大した役割でもないのに、なぜ選ばれたのか、ムニルにはさっぱり見当がつかなかった。
(私が男だから、珍しいと思ってかしら…?)
ムニルは移動しながらそう考える。そう言ったことならば度々あった。
座敷に赴き、他の祇女達の中心で踊った後に、妓主がムニルは男だと種明かしをする。そうすると皆客は驚き、珍しい少年がいるものだと、物珍しそうにムニルを見る。その目つきはまるで、曲芸師を見るような、奇妙なものを見た時のそれだった。
そういう演出が需要があることはムニルも分かっていたが、己の異様さを改めて突きつけられるため、ムニルはその目つきを好きではなかった。
ムニルはビョンジンの席へと持っていく膳を厨房の女達から受け取り、座敷へと向かう。ムニルと同じように、膳を運び、遅れて座敷に入る者は数名いたが、彼女達は皆、将来有望とされる若い妓女達ばかりだった。歳はムニルとそう変わらない。
(やっぱり、今晩もそういう役回りなんだわ…。)
ムニルは少々気が重かったが、不思議と以前ほど落ち込むことはなかった。
(これが、慣れというものなのかしら…?)
だとすれば、慣れというのは恐ろしいものだ。初めの頃は己の尊厳を貶められていると感じていたのに、近頃はそういうものかと思うようになっていた。まるで己の心が踏みにじられて原型を失くしたため、何が起きようとも心が動くことが出来なくなってしまったようだ。
ムニルはそんなことを考えながら、ビョンジンの居る座敷の、襖の前に座る。他の妓女達も二列になって膳を並べ、その前に座った。
「ビョンジン様、ジェヒョンでございます。」
その列の一番先頭に座っている、この店一番の妓女は、襖越しにこの座敷の主にそう声をかけた。ムニルは妓主に事前に指示されていた、ジェヒョンの隣に座っていた。
「入れ」
ジェヒョンはたおやかな手つきで襖を開ける。
妓主は本日訪れた一番の上客に頭を下げる。この客はこの妓館に長年通い、妓館1番の売れっ子の一夜を買っていく。金払いも他の客と比べても格段に良く、彼が妓館を訪れた夜は、普段の妓館の一週間分の収入を得ることができる。
ただ彼は身分を偽っているからわからないが、王城の官僚のようで、訪れる頻度は月に一、二度がやっとだ。そのため、ビョンジンが訪れる日は皆総出で出迎える。今夜も例外ではなく、この妓館で美女とされる妓女達がビョンジンを前に並んでいる。その中には女の着物を纏ったムニルもいた。
「相変わらず、この妓館は儲かっておるなぁ」
ビョンジンは妓館の入り口に立ったまま、ぐるりと辺りを見渡す。
「いやいや、ビョンジン様あってこそ、この妓館は成り立っているのですよ」
妓主は愛想の良い笑みを浮かべている。表立ってはそう言っているが、彼の頭の中では、ぱちぱちと忙しなく算盤が動いているだろう。臆さず金の損得だけを考えて動くことができるからこそ、彼は花街一の妓主なのだ。
「はは、そうか?お前ならわしがいなくてもやっていけそうだがな。」
そのことはビョンジンも承知しているのか、満面の笑みながらもそう言った。特に気分を害された様子は無いようだ。
「ご冗談を」
妓主も同じように微笑んでいるが、内心どう思っているのかを測り知ることはできない。この二人は互いに求めていることが合致したからこそ、商売が成り立っているのだが、こうして時折、お互いを試すようなやり取りをする。
ムニルは二人の真意が分からず、二人のやりとりを見た最初の頃は内心おろおろしていた。しかし、今は慣れたものだ。ムニルは平然と二人の様子を眺めていた。
(もう座敷で芸をするようになってから、二年経ったものね…。色々なお客様もいたわけだし、度胸がついたのは間違いないわ。)
そして、花街を抜け出そうとしたあの日を思い出して苦笑いする。もう三年も前のことだ。あの時に感じた己のちっぽけさは、ずっと心に残っている。いや、座敷に上がり様々な人を見てきたことで、それはさらに増すこととなった。
しかし逆にそれは、狭い世界の中でも様々なものに触れるからこそ増したのだ。ムニルはいかに面倒な客をいなすか、碁を打つときにどうすれば自然に相手を勝たせることができるのか、からいかに己を美しく見せる方法までもをわかってしまった。
ムニルは少年であるものの、上級の妓女となんら遜色無いほどに美貌も芸能的才能も手に入れていた。
「では、ビョンジン様。参りましょう。」
「ああ」
妓主がムニル達に目配せをする。ビョンジンの座敷に来いという合図だ。普段からビョンジンに付く妓女達は大抵決まっている。大抵は階級の高い妓女で主に構成されていた。しかし、今回は妓主からムニルももてなすようにと指示された。
ムニルは基本的には他の妓女の側で で控えて琴を弾いたり舞を舞ったりすることが多かった。妓女達と比べれば大した役割でもないのに、なぜ選ばれたのか、ムニルにはさっぱり見当がつかなかった。
(私が男だから、珍しいと思ってかしら…?)
ムニルは移動しながらそう考える。そう言ったことならば度々あった。
座敷に赴き、他の祇女達の中心で踊った後に、妓主がムニルは男だと種明かしをする。そうすると皆客は驚き、珍しい少年がいるものだと、物珍しそうにムニルを見る。その目つきはまるで、曲芸師を見るような、奇妙なものを見た時のそれだった。
そういう演出が需要があることはムニルも分かっていたが、己の異様さを改めて突きつけられるため、ムニルはその目つきを好きではなかった。
ムニルはビョンジンの席へと持っていく膳を厨房の女達から受け取り、座敷へと向かう。ムニルと同じように、膳を運び、遅れて座敷に入る者は数名いたが、彼女達は皆、将来有望とされる若い妓女達ばかりだった。歳はムニルとそう変わらない。
(やっぱり、今晩もそういう役回りなんだわ…。)
ムニルは少々気が重かったが、不思議と以前ほど落ち込むことはなかった。
(これが、慣れというものなのかしら…?)
だとすれば、慣れというのは恐ろしいものだ。初めの頃は己の尊厳を貶められていると感じていたのに、近頃はそういうものかと思うようになっていた。まるで己の心が踏みにじられて原型を失くしたため、何が起きようとも心が動くことが出来なくなってしまったようだ。
ムニルはそんなことを考えながら、ビョンジンの居る座敷の、襖の前に座る。他の妓女達も二列になって膳を並べ、その前に座った。
「ビョンジン様、ジェヒョンでございます。」
その列の一番先頭に座っている、この店一番の妓女は、襖越しにこの座敷の主にそう声をかけた。ムニルは妓主に事前に指示されていた、ジェヒョンの隣に座っていた。
「入れ」
ジェヒョンはたおやかな手つきで襖を開ける。
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