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形単影隻
贖罪 弐
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老人はハヨン達をある家の前にこっそりと連れていった。そこはとてもみすぼらしく、庭には雑草が生茂り、門は朽ち果てそうなほどだった。しかし、何十年も前には立派な屋敷だったことがうかがえる。
その屋敷の庭に、老人は躊躇いもなく足を踏み入れた。
(ここ、誰かのお屋敷なではないだろうか…)
ハヨンは内心慌てた。この屋敷の大きさから考えるに、豪商か貴族が所有していたと考えて間違いない。手入れはあまりされていないが、所々に人の住んでいる形跡がみられる。そんなところに無断で入っていいのだろうか。
「ここはわしの家じゃ。躊躇わんでよい。」
そう言って老人は先を歩いていく。ハヨンはその事実に驚いたが、勘違いをしたことに少し罪悪感を抱く。
老人に続いて庭の草を踏み分けて、屋敷の中に入る。屋敷も庭と同様に中もひどく寂れていた。もし家具の上を埃が覆っていたら、空家だと信じていただろう。また、屋敷の中は静まりかえり、物音一つしない。老人以外住んでいる者はいないようだった。
「すまんが、使っておる部屋がそこと隣しかないんじゃ。こちらに来てはくれぬか。」
ハヨン達三人が、どうしたものかと入り口で立ち尽くしていると、奥の部屋から老人が顔を覗かせる。言われるままに入っていくとそこは厨房だった。
老人が三つ腰掛けを出し、自分は初めからおいてあった古ぼけた腰掛けに座る。勧められるままに三人とも席についた。
「さて、どこから話そうかの…」
老人がは視線を宙に漂わせながら、考え込んでいる。その間、ハヨンは壁一面に貼られている木札を眺めていた。一枚一枚、誰かの名前が書き込まれている。
(…これは何だろう…。記念?)
老人はハヨンの視線に気がついたのか、ああ、と声を出した。
「ここは孤児院だったんじゃよ。身寄りのない子達が肩を寄せあって過ごすんじゃ。わしはここの院長だった。」
この木札は、孤児院を巣立った者達の名前が記されているそうだ。
ハヨンはその多大な量に驚いた。こんなにも家族を失った子供がいるのだ。ハヨン自身、父親を亡くしていた。その上、近年の疫病や凶作で多くの人が亡くなっていたことは知っていた。ただ、家族を失った子供がこんなにもいることを肌で感じるのは初めてだった。
(これは城の報告書では感じられないものだな…)
リョンヘも同じことを思ったのだろう。木札の一枚一枚を食い入るようにして見ていた。
「ここに来る者達は、様々な事情を抱えている。親を亡くした者、親に捨てられた者、この町に一人でやって来たもの…あの子もそんな子供の一人なんだと最初は思っていたんじゃ。」
懐かしむように、どこか遠くを見るような眼差しで、老人はそう語り始めた。あの子、というのは言わずもがな、白虎のことだとハヨン達は瞬時に察した。
「あの子はある寒い冬の日、孤児院の前に捨て置かれていた。朝早く庭掃除をしようと外に出たわしは、孤児院の入り口から聞こえる赤ん坊の声に、またかと思ったよ。わしはすぐさま赤ん坊を抱いて中に戻った。そして体を温めるためのお湯が沸くのを待ちながら、その子をさすってやろうとおもったのだ。しかし、身に纏っていたぼろをとったとき、わしは心臓が止まったよ。赤ん坊の生え始めた髪が、真っ白だったんじゃ。」
老人はそこまで言って、一度口を閉じる。
「そう、彼は捨て子だったのね。」
ムニルがぽつりと呟くように相槌を打つ。いつも明るくはきはきと喋る彼にしては、珍しい。そう呟いた後、何か腑に落ちたような表情をしていることが、ハヨンは少し気になった。
(たしかに、生まれた時から普通の容姿ではなかったら、いくら産みの親といえど、驚くだろうな。)
ハヨンはその老人の言葉に、心の中で同意する。己も生まれつき、赤い目を持って生まれてきた。両親がハヨンを否定することは決してなかったが、他の者に気味悪がられたり、疎まれることはあった。しかし、それも自分が強くなることで抑え込んできた。また、鍛錬を積むことで己の精神も鍛えたからこそ、その痛みを伴う視線を耐え抜くことができたのだと思っている。
しかし、これはとても珍しいことだ。普通ならば異形のものとされ、いい意味にしろ、悪い意味にしろ、注目されることになる。
「なに、容姿が変わっている子がいることはそれほど驚くことではない。例えば、町の女が異国の旅芸人に熱をあげるとするだろう?しかし、旅芸人は根無草。大抵、その恋心を弄んだあげく、女を捨て去る。そんなことは掃いて棄てるぐらいよくあることじゃ。だから、一人で身ごもった女は、旅芸人との子を孤児院に捨てたりすることがある。」
ハヨンは昔、己が見世物小屋に勧誘されたことを思い出す。勧誘に来た見世物小屋の男を、ハヨンの母、チャンヒは即刻追い返した。しかし、ハヨンは見世物小屋に入る気はなかったものの、興味があった。なぜなら、己のように容姿の異なる者を見たことがなかったからだ。人は人、自分は自分だと思っていても、何度も蔑まれれば、己と同じ境遇の者がいると知れば気になってくる。
そのため、ハヨンはチャンヒに隠れて、こっそりと見世物小屋を覗きに行った。見せ物として出る人たちは皆、やはり人としては特異だった。
背丈が九尺(約270㎝)を超える者、ずば抜けた身体能力を持つ者、金色の瞳と髪を持つ者…。彼らも皆、そういう出自のものだったのだろうか。
その屋敷の庭に、老人は躊躇いもなく足を踏み入れた。
(ここ、誰かのお屋敷なではないだろうか…)
ハヨンは内心慌てた。この屋敷の大きさから考えるに、豪商か貴族が所有していたと考えて間違いない。手入れはあまりされていないが、所々に人の住んでいる形跡がみられる。そんなところに無断で入っていいのだろうか。
「ここはわしの家じゃ。躊躇わんでよい。」
そう言って老人は先を歩いていく。ハヨンはその事実に驚いたが、勘違いをしたことに少し罪悪感を抱く。
老人に続いて庭の草を踏み分けて、屋敷の中に入る。屋敷も庭と同様に中もひどく寂れていた。もし家具の上を埃が覆っていたら、空家だと信じていただろう。また、屋敷の中は静まりかえり、物音一つしない。老人以外住んでいる者はいないようだった。
「すまんが、使っておる部屋がそこと隣しかないんじゃ。こちらに来てはくれぬか。」
ハヨン達三人が、どうしたものかと入り口で立ち尽くしていると、奥の部屋から老人が顔を覗かせる。言われるままに入っていくとそこは厨房だった。
老人が三つ腰掛けを出し、自分は初めからおいてあった古ぼけた腰掛けに座る。勧められるままに三人とも席についた。
「さて、どこから話そうかの…」
老人がは視線を宙に漂わせながら、考え込んでいる。その間、ハヨンは壁一面に貼られている木札を眺めていた。一枚一枚、誰かの名前が書き込まれている。
(…これは何だろう…。記念?)
老人はハヨンの視線に気がついたのか、ああ、と声を出した。
「ここは孤児院だったんじゃよ。身寄りのない子達が肩を寄せあって過ごすんじゃ。わしはここの院長だった。」
この木札は、孤児院を巣立った者達の名前が記されているそうだ。
ハヨンはその多大な量に驚いた。こんなにも家族を失った子供がいるのだ。ハヨン自身、父親を亡くしていた。その上、近年の疫病や凶作で多くの人が亡くなっていたことは知っていた。ただ、家族を失った子供がこんなにもいることを肌で感じるのは初めてだった。
(これは城の報告書では感じられないものだな…)
リョンヘも同じことを思ったのだろう。木札の一枚一枚を食い入るようにして見ていた。
「ここに来る者達は、様々な事情を抱えている。親を亡くした者、親に捨てられた者、この町に一人でやって来たもの…あの子もそんな子供の一人なんだと最初は思っていたんじゃ。」
懐かしむように、どこか遠くを見るような眼差しで、老人はそう語り始めた。あの子、というのは言わずもがな、白虎のことだとハヨン達は瞬時に察した。
「あの子はある寒い冬の日、孤児院の前に捨て置かれていた。朝早く庭掃除をしようと外に出たわしは、孤児院の入り口から聞こえる赤ん坊の声に、またかと思ったよ。わしはすぐさま赤ん坊を抱いて中に戻った。そして体を温めるためのお湯が沸くのを待ちながら、その子をさすってやろうとおもったのだ。しかし、身に纏っていたぼろをとったとき、わしは心臓が止まったよ。赤ん坊の生え始めた髪が、真っ白だったんじゃ。」
老人はそこまで言って、一度口を閉じる。
「そう、彼は捨て子だったのね。」
ムニルがぽつりと呟くように相槌を打つ。いつも明るくはきはきと喋る彼にしては、珍しい。そう呟いた後、何か腑に落ちたような表情をしていることが、ハヨンは少し気になった。
(たしかに、生まれた時から普通の容姿ではなかったら、いくら産みの親といえど、驚くだろうな。)
ハヨンはその老人の言葉に、心の中で同意する。己も生まれつき、赤い目を持って生まれてきた。両親がハヨンを否定することは決してなかったが、他の者に気味悪がられたり、疎まれることはあった。しかし、それも自分が強くなることで抑え込んできた。また、鍛錬を積むことで己の精神も鍛えたからこそ、その痛みを伴う視線を耐え抜くことができたのだと思っている。
しかし、これはとても珍しいことだ。普通ならば異形のものとされ、いい意味にしろ、悪い意味にしろ、注目されることになる。
「なに、容姿が変わっている子がいることはそれほど驚くことではない。例えば、町の女が異国の旅芸人に熱をあげるとするだろう?しかし、旅芸人は根無草。大抵、その恋心を弄んだあげく、女を捨て去る。そんなことは掃いて棄てるぐらいよくあることじゃ。だから、一人で身ごもった女は、旅芸人との子を孤児院に捨てたりすることがある。」
ハヨンは昔、己が見世物小屋に勧誘されたことを思い出す。勧誘に来た見世物小屋の男を、ハヨンの母、チャンヒは即刻追い返した。しかし、ハヨンは見世物小屋に入る気はなかったものの、興味があった。なぜなら、己のように容姿の異なる者を見たことがなかったからだ。人は人、自分は自分だと思っていても、何度も蔑まれれば、己と同じ境遇の者がいると知れば気になってくる。
そのため、ハヨンはチャンヒに隠れて、こっそりと見世物小屋を覗きに行った。見せ物として出る人たちは皆、やはり人としては特異だった。
背丈が九尺(約270㎝)を超える者、ずば抜けた身体能力を持つ者、金色の瞳と髪を持つ者…。彼らも皆、そういう出自のものだったのだろうか。
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