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形単影隻
よからぬ噂
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しばらくしてハヨンたちは注文した料理に箸をつけながら。三人は周囲の会話を聴くために耳をそばだてていた。正直言って人の話に注意を向けているので、料理を味わって食べていない。店の去り際に、この店の料理はそこそこ美味しかっただろうか、と思い返そうとしたが、思い出せなかったほどである。
「どうしたんだよ、そんなにため息ついて。」
「ああ?そんなに分かりやすかったか、すまんな。いやな、昨日俺ん家の近くに奴が現れてさ。俺ん家にはまだちびがいるから、何かあって襲われたりはしないかと怖くてよ。」
「ああ…奴ね。現れたら二、三日はそこらをうろちょろしてるもんな」
「あーっ、毎回やつが来る度にびびらやきゃなんねぇんだ。毎日を送るとかほんともううんざりだ」
そう言って、頭頂部の髪の毛が少し寂しくなっている男が頭をかきむしる。横の白髪混じりの男は苦笑いを浮かべていた。
他の噂話とは少し毛色が違っている。ハヨンはリョンヘとムニルに目配せした。二人も聴いていたらしく、目線を合わせて頷く。
しかしその後、男たちはぼそぼそと何か話してはいるものの、聴こえなかったため、断念して違う面々に耳を傾ける。
「何であんな奴がこの町に住み着くようになったのかしら、それにうろちょろするくせに郡の外には出ていかないし。」
「そうよねぇ、いっそのこと追い出せないかしら」
「だめよ、あの爪見たでしょ?私たちあいつに叩かれただけで大怪我よ。手を出したら危ないじゃない」
やはり関係のない話が圧倒的に多いものの、白虎についての話題もある上、よそ者には話さないであろう過激な内容もあるにはあった。
ハヨンが店内の方々に意識を巡らせていると、先程話していた頭の上が禿げた男性と、白髪混じりの男性が席を立った。その時、右隣に座っていたムニルがハヨンの袖を引っ張る。
慌てて彼を見ると、目線を彼らに向けていた。どうやら彼らを追えということらしい。この店は料理を持ってきた時点でお代を請求するので、煩わしいことがなく、すぐに追うことができた。
ハヨンたちは彼から二丈程度の距離を保って追っていく。目立たぬよう、足音は消して、通りすがりの旅人を装うために、三人でとりとめのない話をしながらも、目はしっかりと二人の男に向けられている。
(この人の家の周辺に白虎が現れたと言っていたな…。できれば寄り道せずに帰ってくれたら、迷ったり怪しまれる確率も減るし、早く白虎を探せるんだけど…)
しかし、そうはうまくはいかなかった。彼は友人の家を訪ねたり、畑の様子を見に行ったりと絶え間なく動いたのだ。
「やっと家に帰るみたいね。」
中盤からは男に隠れながら追っていたので、神経もすり減り、ムニルも些かげんなりした様子だ。
彼が家に帰る頃には、太陽も家路へと向かうところで、辺りは少し薄暗かった。男は時おり不安そうに後ろを振り返りながら歩く。
「急に後ろを振り返るようになったな。まさか私たちの尾行に気づいたのではなかろうな?」
物陰に隠れながら、リョンヘが眉間に皺を寄せる。
「いや、あれはむしろ…白虎が家周辺を彷徨いているから、怖いのでは…」
ハヨンはそう返した。彼は後ろだけでなく、方々に目をやって、時おり立ち止まる。尾行を気にしているのならば、前方を見て身構えたりはしないだろう。
(こんなにも恐れているってことは、実際に白虎が人を襲ったことがあったのだろうか…)
四獣は王族の友であり、誇り高い伝説の獣と言われているが、だからと言ってみなが善良な人とは限らないのだ。ハヨンは今さらこの事実に気づいたのだった。
ムニルは焦ったそうに体を捩らせながら、
「白虎なんて大したこと無いでしょ!早く帰ってよ!私たちの尾行に気づかれちゃまずいのよ!」
と一人で男に向かって小声で愚痴を言う。
「ムニルは、情報収集とかには向いてそうだけど、尾行はあんまり向いてなさそうだね。今日、途中でかなりやきもきしてたし」
「そうよ!焦れったいのは嫌いなの。」
ムニルは深くため息を吐く。彼は見た目が麗しく、動作も美しい。初めはなんて上品な人だろうと思っていた。しかし、だんだん優美なだけではないとハヨンもわかりかけてきたところだ。
「確かにこのままでは困るな。日が暮れたあとも、街中を歩いていては、怪しまれる。」
リョンヘも悩ましそうに頭を抱える。太陽は随分傾いでいて、小道を赤く照らしていた。
「今日はとりあえずあの男の家さえわかるだけでも助かるんですが…」
ハヨンは木陰から男の姿を盗み見る。男の歩む速度が先程よりも速くなっている。彼も日が落ち始めたことに焦りを感じているのかもしれない。
その後、三人はやきもきしながら男の後をしばらく追う。日が落ちる前に彼が家屋に入っていったので、三人はほっとした。
「とりあえず本当にあそこが彼の家かをこっそり確認したら帰るわよ。」
「だったら私が調べてくる。」
ハヨンは足音を忍ばせて家の窓の下にしゃがみこんだ。そっと家のなかを覗くと、中年の女性と男の子が一人、そして生まれて間もないであろう子供が男の腕にしっかりと抱かれていた。男は先程の硬い表情とは打って変わり、頬を緩ませ子供をあやしている。幸せな家族の姿そのものだ。
(うん、ここが彼の家なんだろうな)
ハヨンは確信を持って、ハヨンの帰りを待つ二人のもとへと戻る。
「どうだった?」
「ここで間違いありません」
「とりあえず今日はみんなのもとへ戻ろう」
リョンヘとムニルの二人は、ほっとしたように息をつく。やはり長時間尾行を続けたのは疲れたのだろう。
三人は黙って来た道を引き返すのだった。
「どうしたんだよ、そんなにため息ついて。」
「ああ?そんなに分かりやすかったか、すまんな。いやな、昨日俺ん家の近くに奴が現れてさ。俺ん家にはまだちびがいるから、何かあって襲われたりはしないかと怖くてよ。」
「ああ…奴ね。現れたら二、三日はそこらをうろちょろしてるもんな」
「あーっ、毎回やつが来る度にびびらやきゃなんねぇんだ。毎日を送るとかほんともううんざりだ」
そう言って、頭頂部の髪の毛が少し寂しくなっている男が頭をかきむしる。横の白髪混じりの男は苦笑いを浮かべていた。
他の噂話とは少し毛色が違っている。ハヨンはリョンヘとムニルに目配せした。二人も聴いていたらしく、目線を合わせて頷く。
しかしその後、男たちはぼそぼそと何か話してはいるものの、聴こえなかったため、断念して違う面々に耳を傾ける。
「何であんな奴がこの町に住み着くようになったのかしら、それにうろちょろするくせに郡の外には出ていかないし。」
「そうよねぇ、いっそのこと追い出せないかしら」
「だめよ、あの爪見たでしょ?私たちあいつに叩かれただけで大怪我よ。手を出したら危ないじゃない」
やはり関係のない話が圧倒的に多いものの、白虎についての話題もある上、よそ者には話さないであろう過激な内容もあるにはあった。
ハヨンが店内の方々に意識を巡らせていると、先程話していた頭の上が禿げた男性と、白髪混じりの男性が席を立った。その時、右隣に座っていたムニルがハヨンの袖を引っ張る。
慌てて彼を見ると、目線を彼らに向けていた。どうやら彼らを追えということらしい。この店は料理を持ってきた時点でお代を請求するので、煩わしいことがなく、すぐに追うことができた。
ハヨンたちは彼から二丈程度の距離を保って追っていく。目立たぬよう、足音は消して、通りすがりの旅人を装うために、三人でとりとめのない話をしながらも、目はしっかりと二人の男に向けられている。
(この人の家の周辺に白虎が現れたと言っていたな…。できれば寄り道せずに帰ってくれたら、迷ったり怪しまれる確率も減るし、早く白虎を探せるんだけど…)
しかし、そうはうまくはいかなかった。彼は友人の家を訪ねたり、畑の様子を見に行ったりと絶え間なく動いたのだ。
「やっと家に帰るみたいね。」
中盤からは男に隠れながら追っていたので、神経もすり減り、ムニルも些かげんなりした様子だ。
彼が家に帰る頃には、太陽も家路へと向かうところで、辺りは少し薄暗かった。男は時おり不安そうに後ろを振り返りながら歩く。
「急に後ろを振り返るようになったな。まさか私たちの尾行に気づいたのではなかろうな?」
物陰に隠れながら、リョンヘが眉間に皺を寄せる。
「いや、あれはむしろ…白虎が家周辺を彷徨いているから、怖いのでは…」
ハヨンはそう返した。彼は後ろだけでなく、方々に目をやって、時おり立ち止まる。尾行を気にしているのならば、前方を見て身構えたりはしないだろう。
(こんなにも恐れているってことは、実際に白虎が人を襲ったことがあったのだろうか…)
四獣は王族の友であり、誇り高い伝説の獣と言われているが、だからと言ってみなが善良な人とは限らないのだ。ハヨンは今さらこの事実に気づいたのだった。
ムニルは焦ったそうに体を捩らせながら、
「白虎なんて大したこと無いでしょ!早く帰ってよ!私たちの尾行に気づかれちゃまずいのよ!」
と一人で男に向かって小声で愚痴を言う。
「ムニルは、情報収集とかには向いてそうだけど、尾行はあんまり向いてなさそうだね。今日、途中でかなりやきもきしてたし」
「そうよ!焦れったいのは嫌いなの。」
ムニルは深くため息を吐く。彼は見た目が麗しく、動作も美しい。初めはなんて上品な人だろうと思っていた。しかし、だんだん優美なだけではないとハヨンもわかりかけてきたところだ。
「確かにこのままでは困るな。日が暮れたあとも、街中を歩いていては、怪しまれる。」
リョンヘも悩ましそうに頭を抱える。太陽は随分傾いでいて、小道を赤く照らしていた。
「今日はとりあえずあの男の家さえわかるだけでも助かるんですが…」
ハヨンは木陰から男の姿を盗み見る。男の歩む速度が先程よりも速くなっている。彼も日が落ち始めたことに焦りを感じているのかもしれない。
その後、三人はやきもきしながら男の後をしばらく追う。日が落ちる前に彼が家屋に入っていったので、三人はほっとした。
「とりあえず本当にあそこが彼の家かをこっそり確認したら帰るわよ。」
「だったら私が調べてくる。」
ハヨンは足音を忍ばせて家の窓の下にしゃがみこんだ。そっと家のなかを覗くと、中年の女性と男の子が一人、そして生まれて間もないであろう子供が男の腕にしっかりと抱かれていた。男は先程の硬い表情とは打って変わり、頬を緩ませ子供をあやしている。幸せな家族の姿そのものだ。
(うん、ここが彼の家なんだろうな)
ハヨンは確信を持って、ハヨンの帰りを待つ二人のもとへと戻る。
「どうだった?」
「ここで間違いありません」
「とりあえず今日はみんなのもとへ戻ろう」
リョンヘとムニルの二人は、ほっとしたように息をつく。やはり長時間尾行を続けたのは疲れたのだろう。
三人は黙って来た道を引き返すのだった。
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