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暗中模索
伝承
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白虎の捜索が難航していた中、ハヨンは仕事の合間を縫って老婆のもとへ足繁く通っていた。なぜなら少しでも四獣の情報が欲しかったからだ。
きっと老婆もなぜ彼女がこれほどにも構ってくるのか、理由は察していただろう。しかし、決して嫌がる素振りは見せなかった。
ハヨンは老婆の部屋を訪れ、声をかける。すると、
「ああ、今日も来たんだね。」
と言って、笑う。しかし、その後は何も言わずに、ハヨンを部屋へ招き入れた。
「はい、今日は厨房の方から菓子を少しいただいたので、チェヨンさんにもおすそわけしようかと思いまして。」
ハヨンはそう言って小さな包み紙を老婆に見えるように軽く掲げる。さっそく包みを開くと小さく透き通った、琥珀色の玉のような菓子が無数に入っていた。
「おや、蜜豆か。懐かしいねぇ。わしも若いときによく食べたものだ。」
目を細めて笑う老婆は、どうやらその若い頃のことを思い出していたらしい。
「この菓子って、古くから寸分たがわず受け継がれてきたそうですね。私や他の人が生まれるずっと前から変わらないものがあるなんて、不思議なものです」
ハヨンがそう呟いている時に、老婆は早くも菓子を口に放り込んでいた。からころと、蜜豆を口の中で転がす小気味良い音が聞こえてくる。
「初代国王のお気に入りの菓子だったから、長い間作られ続けているんだろうねぇ…。城の厨房で勤めたやつらが、そのことを自慢げに話して、みなが真似して…という連鎖だろう。それに、王の好んだものらしからぬ素朴な素材の菓子じゃからのう…」
「えっ、これ、初代国王がお気に召されていた菓子なのですか…!?」
ハヨンは初耳で、なおかつ意外な情報で仰天した。
蜜豆とは、燐の山々に自生する樹木から採れる蜜と、砂糖を混ぜて、固めた菓子だ。飴のようなものだが、砂糖は庶民には高価だ。そのため、飴は庶民の手に届かない高級品でもある。
しかし、蜜豆の場合はほとんどが樹液であること、その他の材料も自然から手に入るものばかりで、砂糖も少量だ。そのため、手軽で安い蜜豆は庶民にも親しまれている
「そうじゃよ。あんたが思っているよりも、初代の王は普通だったってことさ。」
老婆は優しく笑いながら蜜豆を食べている。こんなにも優しい顔をしているのを、ハヨンは初めて見た。
老婆は王族など怖くないと言った不遜な発言があったり、こうして昔の王の話を楽しそうに話したりと、対極的だ。ハヨンはそのことが不思議でしかたなかった。
(王族に恨みがあるとかそういったことでは無さそう…)
老婆があまりにも自身のことを語ろうとしないので、王族を嫌い、リョンヘ達を利用して王政を混乱しようと目論んでいるのではないか頭によぎったことすらあった。しかし老婆は、ハヨンが考えもしないような理由でここにいるのかもしれない。
ハヨンが老婆の思惑について色々と考え込んでいたため、しばらく二人で黙って菓子を賞味していた。蜜豆を一つ食べ終えたあと、ハヨンは今日、老婆に会いに来た理由を思い出す。
「チェヨンさん。青龍、いやムニルは霧を操っていたことがあります。あれは…四獣のもつ能力ですよね…?四獣はどんな力を使うことができるんでしょうか。」
四獣の力は偉大だ、強力だと伝説でも語られているし、老婆も多数の兵の力と匹敵する、と言い切っていた。しかし実際のところ、ハヨンや城にいる者はそう言った具体的な力について、何一つ知らないのだ。
もしかすると、代々獣を操る力を持ち、四獣を友とする王族であるリョンヘなら知っているかもしれない。しかし、彼は四獣の力について知っているような素振りは見せなかった。その理由が、四獣の力が燐の国の機密的な情報だからか、単にリョンヘも知らないだけなのかは分からないが、ハヨンも他の者たちも、軽々しく口に出して良いのかわからなかったのだ。
「うーん、そうだねぇ…」
まだ、蜜豆が口の中に残っていたのだろう。ばりばりと噛み砕く。年齢と比べて、随分と丈夫な歯だ。
傍でハヨンが驚いていることき気づかぬまま、老婆は腕組みをし、天井の方を睨んでいる。
「四獣の力は代々違っていたね。ただわかっているのは青龍は水や木などの自然を操る力を、朱雀は火に関する力を、そして白虎は強靭で動物的な肉体を持っているということさ。…あと、おそらくムニルは霧を操る力だけでは無いだろうね。」
ハヨンはそこまで話を聞いて、首を傾げた。
「…あの。玄武の力は…?」
「ああ、玄武だけは代々持っている力が同じなんだよ。玄武はね、自然を再生する力を持っているのさ。」
「自然を、再生する…?」
ハヨンにとっては自然がどこまでの定義かわからなかった。草木のことなのか。もはや森のような大きなものか、そして動物までなのか。
「そう、蘇らせるんだ。まあ、動物や人の命まで生き返らせれるのかは恐くて訊けなかったがね。」
玄武の持つ力があまりに強大なものだったので、ハヨンは思わず息を呑んだ。生命を再生させるなど、人々が最も求める力の一つ、不老不死の類に当たるのではないか。
まだ四獣が初代王のもとで活躍していた頃、彼の力を知った者はこぞって力が欲しかったに違いない。なぜなら、農作物を延々と作り続けることや、人の命を生き返らせることも出来たかもしれないのだから。
「この事はあまり喋ってはいけないよ。もしかすると欲に眩んで悪事を働く輩が出てくるかもしれないからね。」
ハヨンは老婆の言葉に神妙に頷いた。その反応が面白かったのか、少し彼女はくすりと笑う。
「あんたはそういう欲を持つ奴じゃないと思って話したんだからね。あんたは王子のことに一生懸命だから」
ハヨンは、彼女に悪い印象を持たれていないということの嬉しさと、王子のことで一生懸命と言う言葉が気はずかしくなってくるのだった。
きっと老婆もなぜ彼女がこれほどにも構ってくるのか、理由は察していただろう。しかし、決して嫌がる素振りは見せなかった。
ハヨンは老婆の部屋を訪れ、声をかける。すると、
「ああ、今日も来たんだね。」
と言って、笑う。しかし、その後は何も言わずに、ハヨンを部屋へ招き入れた。
「はい、今日は厨房の方から菓子を少しいただいたので、チェヨンさんにもおすそわけしようかと思いまして。」
ハヨンはそう言って小さな包み紙を老婆に見えるように軽く掲げる。さっそく包みを開くと小さく透き通った、琥珀色の玉のような菓子が無数に入っていた。
「おや、蜜豆か。懐かしいねぇ。わしも若いときによく食べたものだ。」
目を細めて笑う老婆は、どうやらその若い頃のことを思い出していたらしい。
「この菓子って、古くから寸分たがわず受け継がれてきたそうですね。私や他の人が生まれるずっと前から変わらないものがあるなんて、不思議なものです」
ハヨンがそう呟いている時に、老婆は早くも菓子を口に放り込んでいた。からころと、蜜豆を口の中で転がす小気味良い音が聞こえてくる。
「初代国王のお気に入りの菓子だったから、長い間作られ続けているんだろうねぇ…。城の厨房で勤めたやつらが、そのことを自慢げに話して、みなが真似して…という連鎖だろう。それに、王の好んだものらしからぬ素朴な素材の菓子じゃからのう…」
「えっ、これ、初代国王がお気に召されていた菓子なのですか…!?」
ハヨンは初耳で、なおかつ意外な情報で仰天した。
蜜豆とは、燐の山々に自生する樹木から採れる蜜と、砂糖を混ぜて、固めた菓子だ。飴のようなものだが、砂糖は庶民には高価だ。そのため、飴は庶民の手に届かない高級品でもある。
しかし、蜜豆の場合はほとんどが樹液であること、その他の材料も自然から手に入るものばかりで、砂糖も少量だ。そのため、手軽で安い蜜豆は庶民にも親しまれている
「そうじゃよ。あんたが思っているよりも、初代の王は普通だったってことさ。」
老婆は優しく笑いながら蜜豆を食べている。こんなにも優しい顔をしているのを、ハヨンは初めて見た。
老婆は王族など怖くないと言った不遜な発言があったり、こうして昔の王の話を楽しそうに話したりと、対極的だ。ハヨンはそのことが不思議でしかたなかった。
(王族に恨みがあるとかそういったことでは無さそう…)
老婆があまりにも自身のことを語ろうとしないので、王族を嫌い、リョンヘ達を利用して王政を混乱しようと目論んでいるのではないか頭によぎったことすらあった。しかし老婆は、ハヨンが考えもしないような理由でここにいるのかもしれない。
ハヨンが老婆の思惑について色々と考え込んでいたため、しばらく二人で黙って菓子を賞味していた。蜜豆を一つ食べ終えたあと、ハヨンは今日、老婆に会いに来た理由を思い出す。
「チェヨンさん。青龍、いやムニルは霧を操っていたことがあります。あれは…四獣のもつ能力ですよね…?四獣はどんな力を使うことができるんでしょうか。」
四獣の力は偉大だ、強力だと伝説でも語られているし、老婆も多数の兵の力と匹敵する、と言い切っていた。しかし実際のところ、ハヨンや城にいる者はそう言った具体的な力について、何一つ知らないのだ。
もしかすると、代々獣を操る力を持ち、四獣を友とする王族であるリョンヘなら知っているかもしれない。しかし、彼は四獣の力について知っているような素振りは見せなかった。その理由が、四獣の力が燐の国の機密的な情報だからか、単にリョンヘも知らないだけなのかは分からないが、ハヨンも他の者たちも、軽々しく口に出して良いのかわからなかったのだ。
「うーん、そうだねぇ…」
まだ、蜜豆が口の中に残っていたのだろう。ばりばりと噛み砕く。年齢と比べて、随分と丈夫な歯だ。
傍でハヨンが驚いていることき気づかぬまま、老婆は腕組みをし、天井の方を睨んでいる。
「四獣の力は代々違っていたね。ただわかっているのは青龍は水や木などの自然を操る力を、朱雀は火に関する力を、そして白虎は強靭で動物的な肉体を持っているということさ。…あと、おそらくムニルは霧を操る力だけでは無いだろうね。」
ハヨンはそこまで話を聞いて、首を傾げた。
「…あの。玄武の力は…?」
「ああ、玄武だけは代々持っている力が同じなんだよ。玄武はね、自然を再生する力を持っているのさ。」
「自然を、再生する…?」
ハヨンにとっては自然がどこまでの定義かわからなかった。草木のことなのか。もはや森のような大きなものか、そして動物までなのか。
「そう、蘇らせるんだ。まあ、動物や人の命まで生き返らせれるのかは恐くて訊けなかったがね。」
玄武の持つ力があまりに強大なものだったので、ハヨンは思わず息を呑んだ。生命を再生させるなど、人々が最も求める力の一つ、不老不死の類に当たるのではないか。
まだ四獣が初代王のもとで活躍していた頃、彼の力を知った者はこぞって力が欲しかったに違いない。なぜなら、農作物を延々と作り続けることや、人の命を生き返らせることも出来たかもしれないのだから。
「この事はあまり喋ってはいけないよ。もしかすると欲に眩んで悪事を働く輩が出てくるかもしれないからね。」
ハヨンは老婆の言葉に神妙に頷いた。その反応が面白かったのか、少し彼女はくすりと笑う。
「あんたはそういう欲を持つ奴じゃないと思って話したんだからね。あんたは王子のことに一生懸命だから」
ハヨンは、彼女に悪い印象を持たれていないということの嬉しさと、王子のことで一生懸命と言う言葉が気はずかしくなってくるのだった。
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