華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
126 / 221
暗中模索

伝承

しおりを挟む
 白虎の捜索が難航していた中、ハヨンは仕事の合間を縫って老婆のもとへ足繁く通っていた。なぜなら少しでも四獣の情報が欲しかったからだ。
 きっと老婆もなぜ彼女がこれほどにも構ってくるのか、理由は察していただろう。しかし、決して嫌がる素振りは見せなかった。

 ハヨンは老婆の部屋を訪れ、声をかける。すると、

「ああ、今日も来たんだね。」

と言って、笑う。しかし、その後は何も言わずに、ハヨンを部屋へ招き入れた。

「はい、今日は厨房の方から菓子を少しいただいたので、チェヨンさんにもおすそわけしようかと思いまして。」

ハヨンはそう言って小さな包み紙を老婆に見えるように軽く掲げる。さっそく包みを開くと小さく透き通った、琥珀色の玉のような菓子が無数に入っていた。

「おや、蜜豆か。懐かしいねぇ。わしも若いときによく食べたものだ。」

 目を細めて笑う老婆は、どうやらその若い頃のことを思い出していたらしい。

「この菓子って、古くから寸分たがわず受け継がれてきたそうですね。私や他の人が生まれるずっと前から変わらないものがあるなんて、不思議なものです」

 ハヨンがそう呟いている時に、老婆は早くも菓子を口に放り込んでいた。からころと、蜜豆を口の中で転がす小気味良い音が聞こえてくる。

「初代国王のお気に入りの菓子だったから、長い間作られ続けているんだろうねぇ…。城の厨房で勤めたやつらが、そのことを自慢げに話して、みなが真似して…という連鎖だろう。それに、王の好んだものらしからぬ素朴な素材の菓子じゃからのう…」
「えっ、これ、初代国王がお気に召されていた菓子なのですか…!?」

 ハヨンは初耳で、なおかつ意外な情報で仰天した。
 蜜豆とは、燐の山々に自生する樹木から採れる蜜と、砂糖を混ぜて、固めた菓子だ。飴のようなものだが、砂糖は庶民には高価だ。そのため、飴は庶民の手に届かない高級品でもある。
 しかし、蜜豆の場合はほとんどが樹液であること、その他の材料も自然から手に入るものばかりで、砂糖も少量だ。そのため、手軽で安い蜜豆は庶民にも親しまれている

「そうじゃよ。あんたが思っているよりも、初代の王は普通だったってことさ。」

 老婆は優しく笑いながら蜜豆を食べている。こんなにも優しい顔をしているのを、ハヨンは初めて見た。
 老婆は王族など怖くないと言った不遜な発言があったり、こうして昔の王の話を楽しそうに話したりと、対極的だ。ハヨンはそのことが不思議でしかたなかった。

(王族に恨みがあるとかそういったことでは無さそう…)

 老婆があまりにも自身のことを語ろうとしないので、王族を嫌い、リョンヘ達を利用して王政を混乱しようと目論んでいるのではないか頭によぎったことすらあった。しかし老婆は、ハヨンが考えもしないような理由でここにいるのかもしれない。
 ハヨンが老婆の思惑について色々と考え込んでいたため、しばらく二人で黙って菓子を賞味していた。蜜豆を一つ食べ終えたあと、ハヨンは今日、老婆に会いに来た理由を思い出す。

「チェヨンさん。青龍、いやムニルは霧を操っていたことがあります。あれは…四獣のもつ能力ですよね…?四獣はどんな力を使うことができるんでしょうか。」

 四獣の力は偉大だ、強力だと伝説でも語られているし、老婆も多数の兵の力と匹敵する、と言い切っていた。しかし実際のところ、ハヨンや城にいる者はそう言った具体的な力について、何一つ知らないのだ。
 もしかすると、代々獣を操る力を持ち、四獣を友とする王族であるリョンヘなら知っているかもしれない。しかし、彼は四獣の力について知っているような素振りは見せなかった。その理由が、四獣の力が燐の国の機密的な情報だからか、単にリョンヘも知らないだけなのかは分からないが、ハヨンも他の者たちも、軽々しく口に出して良いのかわからなかったのだ。

「うーん、そうだねぇ…」

 まだ、蜜豆が口の中に残っていたのだろう。ばりばりと噛み砕く。年齢と比べて、随分と丈夫な歯だ。
 傍でハヨンが驚いていることき気づかぬまま、老婆は腕組みをし、天井の方を睨んでいる。

「四獣の力は代々違っていたね。ただわかっているのは青龍は水や木などの自然を操る力を、朱雀は火に関する力を、そして白虎は強靭で動物的な肉体を持っているということさ。…あと、おそらくムニルは霧を操る力だけでは無いだろうね。」

 ハヨンはそこまで話を聞いて、首を傾げた。

「…あの。玄武の力は…?」
「ああ、玄武だけは代々持っている力が同じなんだよ。玄武はね、自然を再生する力を持っているのさ。」
「自然を、再生する…?」

 ハヨンにとっては自然がどこまでの定義かわからなかった。草木のことなのか。もはや森のような大きなものか、そして動物までなのか。

「そう、蘇らせるんだ。まあ、動物や人の命まで生き返らせれるのかは恐くて訊けなかったがね。」

 玄武の持つ力があまりに強大なものだったので、ハヨンは思わず息を呑んだ。生命を再生させるなど、人々が最も求める力の一つ、不老不死の類に当たるのではないか。
 まだ四獣が初代王のもとで活躍していた頃、彼の力を知った者はこぞって力が欲しかったに違いない。なぜなら、農作物を延々と作り続けることや、人の命を生き返らせることも出来たかもしれないのだから。

「この事はあまり喋ってはいけないよ。もしかすると欲に眩んで悪事を働く輩が出てくるかもしれないからね。」

 ハヨンは老婆の言葉に神妙に頷いた。その反応が面白かったのか、少し彼女はくすりと笑う。

「あんたはそういう欲を持つ奴じゃないと思って話したんだからね。あんたは王子のことに一生懸命だから」

 ハヨンは、彼女に悪い印象を持たれていないということの嬉しさと、王子のことで一生懸命と言う言葉が気はずかしくなってくるのだった。





しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...