120 / 221
錯綜
混乱の中で 弐
しおりを挟む
「私はそうは思いません。逆に、リョンヘ殿の肩を持つことで、国の信頼を保つことができると思います。」
「…どうしてそう思う。」
父王が向けた、鷹のようなその鋭い眼差しに、ヨンホは唾を飲んだ。自身の考えに自信がないわけではなかったが、父に己の能力を見極められている、と感じ、緊張したのだ。
「まず、今回の燐での騒動はかなり大きなものであるにも関わらず、リョンヘ殿の動機が明確となっていない上、リョンヤン殿も即位する、ということを宣言したのみで、その後は外部に向けて一切情報が公開されていません。すると、他国は我らのように、間諜を用いて実状を探りにゆくでしょう。そうなればこの穴の多い体制は、必ず明るみに出ます。もし仮に我々が今のリョンヤン殿につけば、我らの目が節穴なのか、それとも燐が混乱した隙に付け入ろうとしているように見えると思うのです。」
ヨンホは緊張していたこともあってか、自身の意見を一息に話しきった。少し息苦しい。父王の表情は先程からぴくりとも変わらず、ヨンホの意見を熟考しているようだ。ヨンホは父の考えていることが少しもわからず、自身の考えについてどう言われるかと肩に力が入る。
「確かに、お前の言うことには一理ある。だが、我々は燐と同盟を結んでしまった。今から破棄するにしても、多くの時間を要するだろうし、破棄ができなければ、我々は誠実という言葉を盾にして、燐の国に援軍を求められるやも知れぬ。お前はこれをどう考える?」
次々に質問を投げかけてくる父王だが、彼は別に、解らぬから問うているのでは無い。彼には彼なりの答えが、頭の中で導き出されているだろう。しかし、ヨンホに矢継ぎ早に質問するのは何故か______考えずともわかる話だ。ヨンホの資質を見極めているのである。
(私の返答次第で、私の身の振り方を決められるのだろう…)
ヨンホにとってそれは、好機でもあった。兄のことが嫌なわけではないが、自身が王族の中で燻ったまま、何もできないでいるような未来は願い下げである。
「…使者のリョンヘ殿が城に同盟の書を手渡していないので、同盟はまだ仮のものでしかありません。さらに、以前我が国の武器の闇取引が行われていたことが判明しましたよね?その相手は燐の国の者だった。闇取引が行われていた時期を考えると、恐らく今回の反逆者は無関係のはずがありません。そして、力業ではありますが、この無謀とも思えることを成し遂げた首謀者は、かなりの野心家と思います。ならば、燐の国を制圧するだけではおさまらないでしょう。そうなれば、父上…。この国が攻め入られることもあり得なくは無いのです。」
緊張したためか、ヨンホは畳み掛けるようにして訴えた。相変わらず王は、眉一つ動かさなかったが、代わりに大きくため息をついた。
「…それは1つ目を除いて、すべてあくまでも推測だろう?おまえの言っていることは可能性のある、と言うだけだ。確証はない。」
「…ですが」
ヨンホは己の意見が間違いであるとは思っていないため、食い下がる。短い時間ではあったが、リョンヘ達一行と関わった記憶は、簡単に見捨てられないほどに大切なものになっているのだ。
「…しかしまぁ、確かに、おまえの言っていることは考えうることだし、この国に関わる大きなことでもある。何せ、我々の国を狙う者たちは少なくないからな。」
豊富な鉱山資源は、誰でも喉から手が出るほどほしいものである。実際、滓は何度も攻めいられた歴史がある。そうした歴史を重ねていくことで、武具が発達していき、攻めいられることで強くなっていったと言う皮肉な結果だ。
しかし滓は険しい山々に囲まれた国のため、自然の要塞によって守りにも適しているが、国内での作物の栽培が盛んでないこと、逆に山の要塞によって人々が交易をするために通る道が少なく、補給物資が限られることなどから長期戦には向いていない。その弱点を突かれてしまえば、滓はたちまち敗者となるだろう。
「とりあえず今は情報が必要だ。諜報するものをあと何名か派遣しよう。」
瞼を閉じ、ため息をつくようにそう言った父王は今までになく年老いて見えた。彼とてこの状況にどう対応すれば良いのか、悩んでいたのだ。
「…!父上!ありがとうございます。」
いつもあまり表情を出さないヨンホが喜色を浮かべる様子を見て、王が軽く目を瞠る。
「指揮はお前に任せるとする。頼んだぞ。」
「はい!」
自身の考えを認めてもらえた上に、権限を与えると言うことは、ヨンホの能力を買ったと言うことだ。今までヨンホが何も任されてこなかったわけではないが、将来を見据えて兄に重要な役回りが与えられることが多かったので、喜びと期待が込み上げてくるのだった。
一方、王はヨンホに背を向け、城の中へと戻っていく。
(…。燐は獣を操る特殊な力を持っている…。どこの国よりも特殊な国だ。この国に何かが起こると、否応なしに周辺諸国も巻き込まれるだろう…。それは私もわかっていることだ。しかし、今回の反逆、妙な点が多い。やり口が強引で、噂に聞くリョンヤン王子の人柄と一致しない。)
王は城を仰ぎ見る。城の物見台の縁に並んでいたカラスたちが、一斉に飛び立った。ばたばたという羽音とぎゃあぎゃあと言う不協和音が重なる。
(…気味が悪いな。)
王は頭のなかで考えたことを振り払いながら、城内に戻ったのだった。
「…どうしてそう思う。」
父王が向けた、鷹のようなその鋭い眼差しに、ヨンホは唾を飲んだ。自身の考えに自信がないわけではなかったが、父に己の能力を見極められている、と感じ、緊張したのだ。
「まず、今回の燐での騒動はかなり大きなものであるにも関わらず、リョンヘ殿の動機が明確となっていない上、リョンヤン殿も即位する、ということを宣言したのみで、その後は外部に向けて一切情報が公開されていません。すると、他国は我らのように、間諜を用いて実状を探りにゆくでしょう。そうなればこの穴の多い体制は、必ず明るみに出ます。もし仮に我々が今のリョンヤン殿につけば、我らの目が節穴なのか、それとも燐が混乱した隙に付け入ろうとしているように見えると思うのです。」
ヨンホは緊張していたこともあってか、自身の意見を一息に話しきった。少し息苦しい。父王の表情は先程からぴくりとも変わらず、ヨンホの意見を熟考しているようだ。ヨンホは父の考えていることが少しもわからず、自身の考えについてどう言われるかと肩に力が入る。
「確かに、お前の言うことには一理ある。だが、我々は燐と同盟を結んでしまった。今から破棄するにしても、多くの時間を要するだろうし、破棄ができなければ、我々は誠実という言葉を盾にして、燐の国に援軍を求められるやも知れぬ。お前はこれをどう考える?」
次々に質問を投げかけてくる父王だが、彼は別に、解らぬから問うているのでは無い。彼には彼なりの答えが、頭の中で導き出されているだろう。しかし、ヨンホに矢継ぎ早に質問するのは何故か______考えずともわかる話だ。ヨンホの資質を見極めているのである。
(私の返答次第で、私の身の振り方を決められるのだろう…)
ヨンホにとってそれは、好機でもあった。兄のことが嫌なわけではないが、自身が王族の中で燻ったまま、何もできないでいるような未来は願い下げである。
「…使者のリョンヘ殿が城に同盟の書を手渡していないので、同盟はまだ仮のものでしかありません。さらに、以前我が国の武器の闇取引が行われていたことが判明しましたよね?その相手は燐の国の者だった。闇取引が行われていた時期を考えると、恐らく今回の反逆者は無関係のはずがありません。そして、力業ではありますが、この無謀とも思えることを成し遂げた首謀者は、かなりの野心家と思います。ならば、燐の国を制圧するだけではおさまらないでしょう。そうなれば、父上…。この国が攻め入られることもあり得なくは無いのです。」
緊張したためか、ヨンホは畳み掛けるようにして訴えた。相変わらず王は、眉一つ動かさなかったが、代わりに大きくため息をついた。
「…それは1つ目を除いて、すべてあくまでも推測だろう?おまえの言っていることは可能性のある、と言うだけだ。確証はない。」
「…ですが」
ヨンホは己の意見が間違いであるとは思っていないため、食い下がる。短い時間ではあったが、リョンヘ達一行と関わった記憶は、簡単に見捨てられないほどに大切なものになっているのだ。
「…しかしまぁ、確かに、おまえの言っていることは考えうることだし、この国に関わる大きなことでもある。何せ、我々の国を狙う者たちは少なくないからな。」
豊富な鉱山資源は、誰でも喉から手が出るほどほしいものである。実際、滓は何度も攻めいられた歴史がある。そうした歴史を重ねていくことで、武具が発達していき、攻めいられることで強くなっていったと言う皮肉な結果だ。
しかし滓は険しい山々に囲まれた国のため、自然の要塞によって守りにも適しているが、国内での作物の栽培が盛んでないこと、逆に山の要塞によって人々が交易をするために通る道が少なく、補給物資が限られることなどから長期戦には向いていない。その弱点を突かれてしまえば、滓はたちまち敗者となるだろう。
「とりあえず今は情報が必要だ。諜報するものをあと何名か派遣しよう。」
瞼を閉じ、ため息をつくようにそう言った父王は今までになく年老いて見えた。彼とてこの状況にどう対応すれば良いのか、悩んでいたのだ。
「…!父上!ありがとうございます。」
いつもあまり表情を出さないヨンホが喜色を浮かべる様子を見て、王が軽く目を瞠る。
「指揮はお前に任せるとする。頼んだぞ。」
「はい!」
自身の考えを認めてもらえた上に、権限を与えると言うことは、ヨンホの能力を買ったと言うことだ。今までヨンホが何も任されてこなかったわけではないが、将来を見据えて兄に重要な役回りが与えられることが多かったので、喜びと期待が込み上げてくるのだった。
一方、王はヨンホに背を向け、城の中へと戻っていく。
(…。燐は獣を操る特殊な力を持っている…。どこの国よりも特殊な国だ。この国に何かが起こると、否応なしに周辺諸国も巻き込まれるだろう…。それは私もわかっていることだ。しかし、今回の反逆、妙な点が多い。やり口が強引で、噂に聞くリョンヤン王子の人柄と一致しない。)
王は城を仰ぎ見る。城の物見台の縁に並んでいたカラスたちが、一斉に飛び立った。ばたばたという羽音とぎゃあぎゃあと言う不協和音が重なる。
(…気味が悪いな。)
王は頭のなかで考えたことを振り払いながら、城内に戻ったのだった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる