華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
119 / 221
錯綜

混乱の中で

しおりを挟む

 滓国のヨンホは日課としている朝稽古をしていた。この時間は彼にとって精神を、身体を高める大事な時であり、普段滅多に人が近寄らない。彼の大事にしている稽古を、邪魔せぬようにとの配慮だった。
 びゅっと空を木刀で切り込む音は清々しい。額から流れる汗も、鍛えていることの実感が湧いてくるため、気持ちが良かった。
 黙々と木刀を振り下ろしていると、誰かがこちらに近づいてくる気配がする。

「ヨンホ。」

 彼は素振りを止め、木刀を下ろす。朝稽古のヨンホに、気にせず声をかけられるのは彼の兄の王子や、父である現王以外にあり得ない。
 実際、振り返ると王が立っていた。

「何かございましたか、父上。」

 ヨンホは汗をぬぐい、振り返る。王は気難しそうに額に皺を刻んでいる。表情から察するに、何か良くないことがあったようだ。

「…先程、間者から報せを受け取った。燐の王が亡くなり、リョンヤン王子が即位するようだ。」
「…。それは燐のヒチョル王が決めていたからなのですか?」

 燐の国の王位を継げる権利のある者たちは、王の子供、もしくは王の兄弟、そして兄弟の子供である。しかし、その権利に序列はなく、王が次の王を誰にするのか決める。その慣しに則ったのならば、これはヒチョル王が既に次の王を決めていたということだ。
 しかし、例外もあって、王が次の王を指名せずに亡くなった場合は、王の子供から順に継承権がある。

「いや…。どうやら王の指名や遺書のようなものはなかったようだな。」
「ならば、リョンヘ殿は…」

 王になることを望まなかったのか、とヨンホは思わずそう考えた。ヨンホには二つ上の兄がいる。滓の国では王位継承権にも序列があり、ヨンホは兄の次である。
 滓は武器の売買と、武力によって成り立っている国であるにも関わらず、兄は少々臆病だ。優しく、聡い兄のことを嫌ってはいないものの、滓の国柄、どうしても己の実力を発揮できない原因として見てしまうことがある。
 リョンヤンの即位は、それを象徴しているかのようで、少し嫌だった。

「リョンヘ殿は、な…」

 物思いに沈みかけたところに、思いがけぬ父王の暗い声が届き、はっと我に返る。

「何かあったのですか?」
「…何ともおかしな話だが、リョンヘ殿は、ヒチョル王を弑逆し、王座を簒奪しようとした罪で、城を追われたらしい。」
「そんな馬鹿な…!!」

 ヨンホは王の言葉に、噛み付くように返した。リョンヘはつい先日までこの城に滞在していた。間者からの報せが届くまでの時間を考えても、リョンヘが城に着いたのと、城を追われたのはほぼ同時と言っていい。そんな彼に、王を暗殺する暇などない。
 その上、彼はこの国の現状を嘆いてはいたが、ヒチョル王を暗殺する理由までは見当たらない。
 そう考えて、思わず父王に向かって、あたってしまったが、それをしたところで何か変わるわけでもない。ヨンホの憤る姿を見て、王は薄く笑った。

「いつもは無愛想で物静かなお前が、珍しいな。やはり、リョンヘ殿とは気が合ったんだな。」
「…たしかに、そうですね。」

 自由で立場に囚われない考えを持つリョンヘを、ヨンホは興味深い人だと感じていた。その上、王座には興味がないようではあったが、民を思う気持ちや、話をすることで知った、彼の行動力などから、ますます好ましいと思えた。隣り合う国ではあるが、これからも互いを高めあえる友でいようと思っていたのだ。

「彼を無実の罪によって無下にするなど、あってはならないことです」

 一体、リョンへの兄であるリョンヤンは何を考えているのだろうか。やはり、ヨンホが兄のことを実力を出せない原因と見るように、リョンヤンも、リョンヘが立場を脅かすものだと思っていたからなのかと、ぞっとした。

「そうか…。王が新たに即位したのならば、燐は何かしらこちらにもしてくるだろう。お前はあの国を視察したこともあるのだし、何か思うことはあるか?」

 感情に任せてしまえば、気に入らないので、よほどのことでなければ、日和ってしまえと言いたくなる。しかし、ヨンホは子供ではないし、一刻の王子だ。ヨンホは、戦う前の精神統一をするときのように、呼吸を落ち着かせる。そして頭が冷えたところで、燐と滓での出来事を思い起こしていく。

「…。私は、燐の国の同盟を、反故にすべきだと思います。」
「何故そう思う。結んだばかりの同盟を反故にするなど、他国からの信頼を失うかもしれぬぞ。」

 滓は武器を売ることで民が生活できている。武器を売るということは、他国に対して恩も売れるし、得られる利益も大きい。しかしその一方で、他国との信頼関係を失えば、買手が付かなくなったり、最悪、自ら作った武器で国を脅かされたりすることとなる。そのため、滓は他国との関係がとても重要なのだ。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...