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錯綜
混乱の中で
しおりを挟む滓国のヨンホは日課としている朝稽古をしていた。この時間は彼にとって精神を、身体を高める大事な時であり、普段滅多に人が近寄らない。彼の大事にしている稽古を、邪魔せぬようにとの配慮だった。
びゅっと空を木刀で切り込む音は清々しい。額から流れる汗も、鍛えていることの実感が湧いてくるため、気持ちが良かった。
黙々と木刀を振り下ろしていると、誰かがこちらに近づいてくる気配がする。
「ヨンホ。」
彼は素振りを止め、木刀を下ろす。朝稽古のヨンホに、気にせず声をかけられるのは彼の兄の王子や、父である現王以外にあり得ない。
実際、振り返ると王が立っていた。
「何かございましたか、父上。」
ヨンホは汗をぬぐい、振り返る。王は気難しそうに額に皺を刻んでいる。表情から察するに、何か良くないことがあったようだ。
「…先程、間者から報せを受け取った。燐の王が亡くなり、リョンヤン王子が即位するようだ。」
「…。それは燐のヒチョル王が決めていたからなのですか?」
燐の国の王位を継げる権利のある者たちは、王の子供、もしくは王の兄弟、そして兄弟の子供である。しかし、その権利に序列はなく、王が次の王を誰にするのか決める。その慣しに則ったのならば、これはヒチョル王が既に次の王を決めていたということだ。
しかし、例外もあって、王が次の王を指名せずに亡くなった場合は、王の子供から順に継承権がある。
「いや…。どうやら王の指名や遺書のようなものはなかったようだな。」
「ならば、リョンヘ殿は…」
王になることを望まなかったのか、とヨンホは思わずそう考えた。ヨンホには二つ上の兄がいる。滓の国では王位継承権にも序列があり、ヨンホは兄の次である。
滓は武器の売買と、武力によって成り立っている国であるにも関わらず、兄は少々臆病だ。優しく、聡い兄のことを嫌ってはいないものの、滓の国柄、どうしても己の実力を発揮できない原因として見てしまうことがある。
リョンヤンの即位は、それを象徴しているかのようで、少し嫌だった。
「リョンヘ殿は、な…」
物思いに沈みかけたところに、思いがけぬ父王の暗い声が届き、はっと我に返る。
「何かあったのですか?」
「…何ともおかしな話だが、リョンヘ殿は、ヒチョル王を弑逆し、王座を簒奪しようとした罪で、城を追われたらしい。」
「そんな馬鹿な…!!」
ヨンホは王の言葉に、噛み付くように返した。リョンヘはつい先日までこの城に滞在していた。間者からの報せが届くまでの時間を考えても、リョンヘが城に着いたのと、城を追われたのはほぼ同時と言っていい。そんな彼に、王を暗殺する暇などない。
その上、彼はこの国の現状を嘆いてはいたが、ヒチョル王を暗殺する理由までは見当たらない。
そう考えて、思わず父王に向かって、あたってしまったが、それをしたところで何か変わるわけでもない。ヨンホの憤る姿を見て、王は薄く笑った。
「いつもは無愛想で物静かなお前が、珍しいな。やはり、リョンヘ殿とは気が合ったんだな。」
「…たしかに、そうですね。」
自由で立場に囚われない考えを持つリョンヘを、ヨンホは興味深い人だと感じていた。その上、王座には興味がないようではあったが、民を思う気持ちや、話をすることで知った、彼の行動力などから、ますます好ましいと思えた。隣り合う国ではあるが、これからも互いを高めあえる友でいようと思っていたのだ。
「彼を無実の罪によって無下にするなど、あってはならないことです」
一体、リョンへの兄であるリョンヤンは何を考えているのだろうか。やはり、ヨンホが兄のことを実力を出せない原因と見るように、リョンヤンも、リョンヘが立場を脅かすものだと思っていたからなのかと、ぞっとした。
「そうか…。王が新たに即位したのならば、燐は何かしらこちらにもしてくるだろう。お前はあの国を視察したこともあるのだし、何か思うことはあるか?」
感情に任せてしまえば、気に入らないので、よほどのことでなければ、日和ってしまえと言いたくなる。しかし、ヨンホは子供ではないし、一刻の王子だ。ヨンホは、戦う前の精神統一をするときのように、呼吸を落ち着かせる。そして頭が冷えたところで、燐と滓での出来事を思い起こしていく。
「…。私は、燐の国の同盟を、反故にすべきだと思います。」
「何故そう思う。結んだばかりの同盟を反故にするなど、他国からの信頼を失うかもしれぬぞ。」
滓は武器を売ることで民が生活できている。武器を売るということは、他国に対して恩も売れるし、得られる利益も大きい。しかしその一方で、他国との信頼関係を失えば、買手が付かなくなったり、最悪、自ら作った武器で国を脅かされたりすることとなる。そのため、滓は他国との関係がとても重要なのだ。
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