華の剣士

小夜時雨

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孟の地へ

新たな仲間 弐

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 ムニルが青龍だと言うことが城にいる面々に伝わり、青龍逃走事件はようやく落ち着いた。そして、合流できたハヨン達と、人の姿へと変化したムニルは、リョンヘやその他の上席の兵士達が控えている一室で顔を会わせた。

「みな無事で良かった。怪我の具合はどうだ?」

 そう口火を切ったリョンヘの顔は、少しやつれている気がする。しかし目元に隈があるものの、表情は暗くはないし、今も微笑んでいるので、ハヨンは漸くほっとした。
 リョンヘは家族から拒絶され、家から追い出されたようなものだ。このような劇的な環境の変化によって、体や心に影響が出ていないかが心配だったのだ。

「はい、おかげさまで。悪化はしておりません。さすがに、まだ剣を持つことはできませんが、雑用ぐらいならいくらでもできます。」

 そう一人の兵士は笑いながら力瘤をつくる。確か彼は背中に怪我を負っていたはずだ。

「そうか。無事で何よりだ。怪我をしたお前たちには、本当は休んでもらいたいのだが、あいにく皆忙しい。申し訳ないが、お前たちの出来る範囲で動いて貰えると助かる。」
「ええ、もちろんですよ、リョンヘ様。私はここに来た以上、リョンヘ様の手となり足となり働くつもりなんですから。」

 彼のまっすぐな笑顔はとても眩しかった。ハヨンも彼と同じ気持ちで、不安に思うことは多くあったが、役に立ちたい、という気持ちが勝っていた。
 嬉しそうに頬を緩めながら話を聴いていたリョンヘが、つっとハヨンへと視線を向ける。怒られはしないのはわかっていたが、何を言われるのだろうとハヨンは思わず身を固くした。

「ハヨンもありがとう。傷の具合はどうなんだ?お前が一番酷く見えたのだが…。」
「大丈夫ですよ、王子。私は案外丈夫なんです。今からでも王子をお守りいたします。」

 ハヨンは笑顔で答えたが、リョンヘは顔を曇らせているように見えた。無理をしているのではないかと心配なのだろう。
 しかし、実際にハヨンの傷の治りは他の兵士の二人よりも速かった。まだ完治とは言いがたいが、もう剣は振るえる程度に治っている。二人はハヨンよりも歳上だったためか、「若さとは恐ろしいな」と恐れをなしたような目つきでそう言ってきた。

「…あまり無理はするなよ。何せあんな大きな怪我だったからな。そう言いながらも役目はいくらでも出てくるのが申し訳ないところだが…」

 この孟の地は別段大きくもないし、荒れてもいない。王子が執務の傍ら治世を学ぶために当てがわれた、比較的豊かで治めやすい土地だ。しかし、本格的にここに腰を据え、敵の襲撃にも耐えうるようになるにはかなりの人手が必要である。

(一刻も早く治さないと…)

 ハヨンはそのことを考える度に、焦燥にかられる。握りしめた拳は少し汗ばんでいた。

「そしてあなたが…青龍のムニル殿か」

 史実でも王と四獣は友人の関係だ。王族のみが四獣と対等でいられる。ムニルは顔をしかめ、肩をすくめる。王族にこのような態度を示す者はなかなかいない。そのため、ハヨンたちには物珍しかった。

「そうよ。私が青龍のムニル。その殿ってやつやめてくれない?堅苦しくってしょうがないわ」

 心底鬱陶しいとでも言いたげな態度で、ハヨンの周りにいる者は冷や汗をかいている。不遜だと叫びたいのか、激したように顔の赤い者もいた。
 しかし相手は青龍。見た目が人間とは言え、自分の主人と同じ目上の者。彼は何とかその衝動を押さえ込んだようだった。

「私達を助けてくれてありがとう。しかし、申し訳ないが、ムニルをもてなせるような余裕が私達には全くないのだ。十分なもてなしが出来ないこと、礼を出来ないことを許してほしい。」
「いいのよ。私はただの気まぐれで助けたのだし、あなたたち王族の争いも興味がない。ただ、王城の近くを通って、騒ぎを見かけて、気がついたら間に入っていたってだけよ」

とリョンヘの言葉に対して返ってきた言葉は予想だにしていないものだった。
 周りにいる者は唖然とした。四獣は王と切っても切れない縁を持っているはずだ。しかし、ムニルの口振りは淡々としたもので、そう言った縁や情を感じられるものではなかった。

「貴様…っ、四獣は王を支える友なのだろう?」

 青龍だから、と耐えていたが、我慢の限界らしい。兵士の一人が椅子から大きな音を立てて立ちあがり、激した。両脇に下げられている手は、硬く握り締められて、彼の怒りが伝わって、ぶるぶると震えている。

「おい、イソク。私は気にしていない。そう怒るな。彼は命の恩人だ。助けてくれてくれた理由はどうであれ、私は感謝している」

 リョンヘはその兵士の言葉を遮り、青龍に頭を下げる。その姿を見てようやくイソクは黙した。

「彼は私を王族の友人と言ったわよね?言っておくけど、私達は初代の四獣ではないわよ。」
「初代の…?」

 みな訝しげな表情になる。何しろ四獣が何代もあるものだと思っていないからだ。初代王に遣わされた四獣は、ずっとそのままこの国を守護しているという言い伝えだったからだ。

「四獣は…子孫がいらっしゃるのか…?」

とある者がそうおそるおそる口に出す。青龍は鼻で笑った。

「そんなまさか。私の両親は普通の人間よ。そう何人も四獣がいるわけないでしょう?」

 確かに、親のどちらかが四獣ならば、子供が出来ると二人存在することになる。彼もその矛盾を理解して、押しだまった。何やら気まずい沈黙が生まれる。

「よくはわからないけれど、四獣はこの世にそれぞれ一人しかいないし、私はちゃんと母親のお腹から生まれている。きっと生まれた誰かが四獣に選ばれているのじゃないかしら?だから、私には王への親しみも全くないし、初代の記憶も持ってない。そんな状態で急に友人と思えと言われてもねぇ」

 青龍はどうやら物事を物怖じせずに言ってしまう性分らしい。ハヨンは誰かの気に触りはしないかと少しはらはらしてしまった。








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