華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
111 / 221
孟の地へ

新たな仲間

しおりを挟む
 ハヨンはもう一度青龍の体を見る。どう見ても尻尾は生えてこないし、角も出ていない。鱗もなければ金色に輝く瞳でもなかった。

「私には龍には見えないのですが…」
「…しょうがないわね…」

 そう言うと彼は衿元を大きく広げ始めた。周囲は思わずざわついた。

「な、何をっ!」

 焦るように隣にいた兵が叫ぶ。普通の男でもこの場で唐突に服を脱ぎ始めたら、誰でも動揺するが、さらにムニルは美しく中性的だ。女性の着替えを見ているような、何となしに後ろめたい心持ちになる。

「何って。私が青龍なのを証明するのよ。あら、何かおかしなことを想像したのかしら?悪いけど、私は歴とした男だから。安心して。」

 青龍の言葉にみるみる彼は赤くなった。どうやら彼は意外と初心なようだ。

(まぁね、彼の言いたいことも何となくわかるけどさ…)
 ハヨンは心の中でこっそり兵士にそう呟いた。
 青龍は上半身を晒し、後ろを向く。その姿を見て、一同ははっとした。うなじから腰にかけて、うねるような形で鱗が一部分に生えていたのだ。それはまさしく青龍のものと同じ色をしていたのだ。

「私はれっきとした青龍の生まれ変わりのムニルよ。」

そう居直ってから彼はそう名乗った。

「申し訳ありません!そうとは知らず…!」

 周りの兵士は急に腰が低くなった。今にも平伏せんとばかりの勢いだ。ムニルの人の姿を初めて見た時、侵入者ではないかと騒いだからだろう。四獣は初代王の友、つまり王族と等しい地位を持つ。彼らの頭の中には不敬、という言葉が浮かんだ。

「あー、いいからそういうの。私、そういう堅苦しいの大っ嫌いなのよねぇ。だから畏って話しかけられたくなくて、さっきまで青龍の姿のままでいたのよ。」

と手で虫を追い払うようなしぐさをする。

「あの…」

 ハヨンはためらいがちに声をかける。

「あら、何かしら?」
「なぜ私に声をかけてくださったんですか…?」

 かなり親しげに抱きつかれたが、ハヨンにとって彼は全くの赤の他人で、先程はとても戸惑った。ただ、なぜかハヨンは彼に対して嫌悪感を抱かなかったし、青龍を見たときのように、むしろ懐かしい人に出会ったような気がしたのだ。

(この人が…厳つい感じの人ではないからかな…)

と雰囲気に女性らしさを感じたことを一つの理由として挙げてみる。

「あら、あなたは私の仲間だと思ったからよ。違った?」
「仲間とは…どういう…?」

 ハヨンは首を傾げた。この人と自分の共通点を全く見いだせないのだ。

「やだ、あなた四獣の一人ではないの?特徴的な瞳の色だからてっきり…」

 そこでようやく合点がいった。ムニルの背中に鱗が生えていたように、ハヨンの瞳が赤いのも、四獣だからだと思われたのだ。ハヨンはぱっと頬を染めた。

「そんな恐れ多い…。確かに私はなぜかこんな色の瞳をしていますが、何も力も持っていませんし、変化もできません。」

 自分がとても強大な存在と思われたことが、何だか恥ずかしかった。

「あら…そうなの…。でも、あなたのことは気に入ったし、むさ苦しい中の可愛い花を見つけちゃったから、じゃんじゃん話しかけるわね。」
「はい、喜んで。」

 気さくに話しかけられると、ついついハヨンも相手にのせられてしまう。その上おかしいと思われるかもしれないが、ムニルは何だか年上の女性に話しかけられたような気分になって、全く緊張しない。そして、女官とではこうはいかなかったので、ハヨンは舞い上がってしまった。
 さらに、女性の兵士ということで、場内では侮られることが多かったが、ムニルは可愛いと言った。それはハヨンが女の兵士として戦うことをすんなりと受け入れてくれたと言うことだ。ハヨンは受け入れてもらえたことが嬉しかった。

(ムニルさんにお姉さんみたいですって言ったら怒られるだろうか…)

 ハヨンはそう考えながら少し微笑むのだった。



しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...