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孟の地へ
抱きしめる手は
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ハヨン達は二日間ほとんど眠らずに進んだ。乗っていた馬は戦闘用に育てた馬で、千里をも駆けると言われる名馬達だ。しかし、通る道は険しい獣道のようなところで、馬にも負担が大きい。自然と進む速さは落ちた。その上目立たぬように移動するため、検問の場所は避けて通り、余計に時間が奪われた。
「もうすぐ孟群だ。」
一人の兵がそう言った。この燐の国は九つの群に別れている。そしてその群の中でも町があり、村がある。ハヨンはその構成やおおよその群の配置は覚えていたが、実際の地理は曖昧だった。初めて訪れた土地に、思わず辺りを見やってしまう。
次第に、前方に大きな門がそびえ立っているのが見えてくる。門は孟の孟の境界線にあり、通るものたちの身元を改める。また、他の地から商売をしにやってきた者などには通行料を請求する。いわば関所である。関所の門には見知った兵、二人が衛兵として立っていた。
「何者だ。」
と問われてハヨン達は被っていた上衣の頭巾を脱いだ。緊張していた二人はほっとした表情になる。そして、王城で使っていた身分を明かすための木札を取り出し、本人であるという証拠を見せる。
「無事に合流できてよかった。さぁみんな、入れ。」
そうして門を潜ると、かなりの数の民が辺りを行き交っている。ここも普通の群の一つ。そして門の近くは旅人も通る。その者達を狙って店を建てた者も多いだろう。かなり賑やかな様子だった。
王都を外れたところは大抵寂れ始めていると思っていたので、ハヨンは少々面食らった。しかし、ここがリョンヘの直轄地だと思い出すと納得がいった。きっと彼はリョンの姿であちこちを見て回り、そのことで知り得た民の状態や、それぞれの群の良い制度などを参考にしたのだろう。
孟の城は、見た目は華美ではないが、堀や城壁などの石垣がきっちりと積み上げられ、堅牢な印象を受けた。これから先仮に戦うことになっても、ある程度は持ち堪えるだろう。
城門にもやはり兵士が控えており、入口の兵士たちと同様に、ハヨン一行を改めてから門を開けた。
ハヨンたちはリョンヘに無事到着したことを報告するために、彼の元へと向かう。城の敷地内ではあるが、ここにいる兵士の数が少ないためか、庭を通り過ぎ、城の入り口に行くまで、誰ともすれ違うことがなかった。
ハヨンは群の城を見るのは初めてだったので、連れ立つ兵士の後を追いながら思わず周りを見渡してしまう。立派な装飾などはないが、腕のいい大工が携わったのだろう。壁や床、天井のどこを見ても、繕った跡や、軋む箇所等はなかった。その上孟の少し温暖な気候のためか、窓が多く、風通しのよい城だった。
つい最近見た滓の城は、石造りで侵入者は虫でも許さぬような堅い作りだったが、それとはまた違っていた。
城内に入ると、何やら人々のざわめきが聴こえてくる。ハヨン達は思わず足を止めて耳をそばだてた。
「青龍様がおられないぞ!!」
「こちらにも!」
「先ほどまでは中庭にいらっしゃったのに!」
そう慌てた声と、複数の者達が駆ける足音。どうやら青龍はれっきとした伝説の獣として、皆は丁重に扱っているようだ。初めは恐れこそしていたものの、どうやら少しは慣れたらしい。
(青龍は中庭がお気に入りなのか…。それにしてもあんな巨体が急に消えるなど妙だ)
とハヨンが考えていたとき、かさり、と何かが音をたて、背後に不意に気配を感じた。
「誰だ!」
ハヨンが気づかぬうちにこんなにも近くにいるなど、並みの者ではない。ハヨンが警戒しそう叫んだ瞬間、何者かに後ろから抱きしめられる。
「んっ!?」
思いもかけぬほどの強い力だったので、一瞬目の前が真っ白になったように感じた。
「やーん、やっと来てくれたわぁ。こんなむさ苦しいところ、息苦しかったのよぉ!あなたがいつ来るかいつ来るかと待ってたのよ!!」
と背後からそう語りかけてくる怪力の持ち主を、ハヨンは誰なのかわからないままだった。いつの間にやら正面から抱きしめられ、ぎゅうぎゅうと顔が相手の胸に押し付けられた。その胸の堅さと体の丈から男だというのはわかった。
(だ、誰だ…?)
ハヨンにはこういった喋りをする男性と面識がない。しかし、隙間なく抱きしめられているので、腕を入れる場所もなく、されるがままの状態だった。その上、少し息苦しい。
周囲もどうやら突然の熱い抱擁にあっけにとられていたが、しだいに冷静になり、
「見たことない顔だな…お前は何者だ?」
と尋ねた。
もしかするとこの孟の城の関係者である可能性もあるので、簡単に「怪しいやつだ!捕まえろ!」とは言えないのだ。
(だけど、この状況なら無礼だと私は訴えていいのでは…!?)
ハヨンはどうにかしろと言い張りたかったが、声にならず、彼の服やらなんやらでもごもごとなるだけである。
「あらやだっ、私を忘れたのかしら?私、あんた達をあの城で助けたじゃないの。」
と、彼がそう不満げに答えたとき、ハヨンはやっと解放された。息を整えて見たが、どうしても会った記憶がない。
すらりとした体つきに長髪を束ね、切れ長の目と、整った眉は女性らしさも感じられるような美しい男だった。彼の纏っている碧色の衣は、彼の美しさを際立たせており、どことなく青龍を思い起こさせるような色合いだ。
目の前に立つ彼は、どう見ても人間だ。しかし、城でハヨン達を助けたと言えばあの青龍しか思い浮かばない。そんなまさかと言いたかったが、ハヨンはおそるおそる尋ねた。
「ま、まさか…青龍、ですか?」
間違っていたら笑い者である。
「あらそうよ?信じられない?」
青龍と名乗る彼はにやりと笑いながらハヨンにそう問い返すのだった。
「もうすぐ孟群だ。」
一人の兵がそう言った。この燐の国は九つの群に別れている。そしてその群の中でも町があり、村がある。ハヨンはその構成やおおよその群の配置は覚えていたが、実際の地理は曖昧だった。初めて訪れた土地に、思わず辺りを見やってしまう。
次第に、前方に大きな門がそびえ立っているのが見えてくる。門は孟の孟の境界線にあり、通るものたちの身元を改める。また、他の地から商売をしにやってきた者などには通行料を請求する。いわば関所である。関所の門には見知った兵、二人が衛兵として立っていた。
「何者だ。」
と問われてハヨン達は被っていた上衣の頭巾を脱いだ。緊張していた二人はほっとした表情になる。そして、王城で使っていた身分を明かすための木札を取り出し、本人であるという証拠を見せる。
「無事に合流できてよかった。さぁみんな、入れ。」
そうして門を潜ると、かなりの数の民が辺りを行き交っている。ここも普通の群の一つ。そして門の近くは旅人も通る。その者達を狙って店を建てた者も多いだろう。かなり賑やかな様子だった。
王都を外れたところは大抵寂れ始めていると思っていたので、ハヨンは少々面食らった。しかし、ここがリョンヘの直轄地だと思い出すと納得がいった。きっと彼はリョンの姿であちこちを見て回り、そのことで知り得た民の状態や、それぞれの群の良い制度などを参考にしたのだろう。
孟の城は、見た目は華美ではないが、堀や城壁などの石垣がきっちりと積み上げられ、堅牢な印象を受けた。これから先仮に戦うことになっても、ある程度は持ち堪えるだろう。
城門にもやはり兵士が控えており、入口の兵士たちと同様に、ハヨン一行を改めてから門を開けた。
ハヨンたちはリョンヘに無事到着したことを報告するために、彼の元へと向かう。城の敷地内ではあるが、ここにいる兵士の数が少ないためか、庭を通り過ぎ、城の入り口に行くまで、誰ともすれ違うことがなかった。
ハヨンは群の城を見るのは初めてだったので、連れ立つ兵士の後を追いながら思わず周りを見渡してしまう。立派な装飾などはないが、腕のいい大工が携わったのだろう。壁や床、天井のどこを見ても、繕った跡や、軋む箇所等はなかった。その上孟の少し温暖な気候のためか、窓が多く、風通しのよい城だった。
つい最近見た滓の城は、石造りで侵入者は虫でも許さぬような堅い作りだったが、それとはまた違っていた。
城内に入ると、何やら人々のざわめきが聴こえてくる。ハヨン達は思わず足を止めて耳をそばだてた。
「青龍様がおられないぞ!!」
「こちらにも!」
「先ほどまでは中庭にいらっしゃったのに!」
そう慌てた声と、複数の者達が駆ける足音。どうやら青龍はれっきとした伝説の獣として、皆は丁重に扱っているようだ。初めは恐れこそしていたものの、どうやら少しは慣れたらしい。
(青龍は中庭がお気に入りなのか…。それにしてもあんな巨体が急に消えるなど妙だ)
とハヨンが考えていたとき、かさり、と何かが音をたて、背後に不意に気配を感じた。
「誰だ!」
ハヨンが気づかぬうちにこんなにも近くにいるなど、並みの者ではない。ハヨンが警戒しそう叫んだ瞬間、何者かに後ろから抱きしめられる。
「んっ!?」
思いもかけぬほどの強い力だったので、一瞬目の前が真っ白になったように感じた。
「やーん、やっと来てくれたわぁ。こんなむさ苦しいところ、息苦しかったのよぉ!あなたがいつ来るかいつ来るかと待ってたのよ!!」
と背後からそう語りかけてくる怪力の持ち主を、ハヨンは誰なのかわからないままだった。いつの間にやら正面から抱きしめられ、ぎゅうぎゅうと顔が相手の胸に押し付けられた。その胸の堅さと体の丈から男だというのはわかった。
(だ、誰だ…?)
ハヨンにはこういった喋りをする男性と面識がない。しかし、隙間なく抱きしめられているので、腕を入れる場所もなく、されるがままの状態だった。その上、少し息苦しい。
周囲もどうやら突然の熱い抱擁にあっけにとられていたが、しだいに冷静になり、
「見たことない顔だな…お前は何者だ?」
と尋ねた。
もしかするとこの孟の城の関係者である可能性もあるので、簡単に「怪しいやつだ!捕まえろ!」とは言えないのだ。
(だけど、この状況なら無礼だと私は訴えていいのでは…!?)
ハヨンはどうにかしろと言い張りたかったが、声にならず、彼の服やらなんやらでもごもごとなるだけである。
「あらやだっ、私を忘れたのかしら?私、あんた達をあの城で助けたじゃないの。」
と、彼がそう不満げに答えたとき、ハヨンはやっと解放された。息を整えて見たが、どうしても会った記憶がない。
すらりとした体つきに長髪を束ね、切れ長の目と、整った眉は女性らしさも感じられるような美しい男だった。彼の纏っている碧色の衣は、彼の美しさを際立たせており、どことなく青龍を思い起こさせるような色合いだ。
目の前に立つ彼は、どう見ても人間だ。しかし、城でハヨン達を助けたと言えばあの青龍しか思い浮かばない。そんなまさかと言いたかったが、ハヨンはおそるおそる尋ねた。
「ま、まさか…青龍、ですか?」
間違っていたら笑い者である。
「あらそうよ?信じられない?」
青龍と名乗る彼はにやりと笑いながらハヨンにそう問い返すのだった。
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