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異変
逃亡 弐
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「と言うわけで私がハヨンを背負う。幸い私は輿に乗っていたからお前たちより疲労は少ないんだ。」
とリョンヘは少し不満げなハヨンを背負う。その場にいた者は焦るが、先程の言葉を聞いた後では自分がやるとは言い出せなかった。その上、リョンヘの言うように、体力は限界で、孟にたどり着くのがやっとだろう。
「せめて医術師でもいたらな…」
リョンヘのその呟きにハヨンははっとした。
「リョンヘ様。私の知り合いに医術師がいるのですが…」
「なんと、それは幸いしたな。しかしその者は…」
「心配ありません。彼は口の堅い人ですし、訳ありの者が来ても何も言わないでしょう。」
ハヨンが幼い頃から何かと気にかけてくれた男。物静かで穏やかだが、人のためになら自分の事でも投げ打つほど、己の仕事に誇りをもつ人。
あまり巻き込みたくないが、今頼れる相手は限られている。
「…彼は王都でも外れの方に住んでいます。この山に添って東の方に行けば彼の家が…」
と言ったとき、周りの景色が一瞬揺らいで見えた。慌てて目を閉じる。ぎゅっとリョンヘの肩を掴んでいた手に力が入る。
少しして目を開けると、リョンヘは何事かと振り返っていた。
「大丈夫か」
「はい。申し訳ありません。少し目眩がして…」
頭の中で奇妙な音が鳴り響いているような感覚はしているが、目眩は治まっていた。やはり、今も少しずつ出血し続けているので、体に異常をきたしはじめた。このままでは命にかかわる。
「…できるだけ急ごう」
リョンヘが再び歩み始める。彼の体の揺れが伝わってくることが、揺り籠に揺られているようで心地よい。
「王子。」
一行は再び歩き始めてからはしばらく黙っていたが、セチャンが沈黙を破った。
「なんだセチャン。」
「いくら王都の外れだとしても、このまま行くと目立ってしまいます。ハヨンとその他負傷者と数人の引率者を連れて、二手に別れましょう。」
「それもそうだな。…それに龍もいるのでは余計に目立ってしまう」
静かに龍が鼻息を鳴らす。どうやら言葉がわかるらしい。自分を邪魔者扱いするなと言うことか。
「ならば診てもらう必要のある負傷者は何人だ」
その場で二人手を挙げる。彼らもハヨン同様、後から悪化したようだ。その他に幸い無傷で、道に詳しい兵士三人をハヨンたちの護衛と付き添い役として同行させる。皆血のついた服は脱ぎ、商人風の服を纏う。傷口は予備の包帯を使って塞いだ。
そして二手に別れて一同は歩み始めた。ハヨンは何となく振り返って青龍を見つめる。何故か青龍もハヨンをじっと見つめてくる。しばらく振り返ったまま、歩いていたが、首が痛くなってきたので前を向く。
(本当にどこかで見たことあるのかな…)
ハヨンはその姿を見た覚えがあるように思えてならなかった。しかし、青龍が現れるなど、今回のように何かしら大騒ぎになったはずだ。
四獣の伝説にまつわる本を読んだこともないので、挿絵で見たとも考えにくい。
(それに見たことあるのともちょっと違う気がする…そう、久しぶりに友達にあったような…)
龍と友達なんてあり得ない。ハヨンは城で龍と会ってからこの感覚が消えず、気になって仕方なかった。
(もう一度彼らと合流したときに考えるかな…)
ハヨンは一刻も速くヒョンテのもとへ辿り着くよう祈った。
「王子」
一方ハヨンたちと別れたリョンヘとセチャン、そして兵士達は山道を歩いていく。
「何だセチャン。」
リョンヘは隣を歩く男を見上げた。そう、セチャンは燐の国の男にしては少し上背があるのだ。
リョンヘも年齢を考えれば低くはないし、この調子で背が伸び続ければセチャン程度の身長となってもおかしくなはい。しかし、幼い頃から体格に恵まれた武人に囲まれて過ごすことが多かったので、早く彼らに追いつきたいと思いながら過ごしてきたので、彼にとっては少々不服である。
セチャンはそんな彼の心情を知る由もなく、そのまま言葉を続ける。
「ハヨンのことでお尋ねしたいことがあるのです。」
「何だ。」
「あの…なぜリョンヤン様は自身の護衛者を、リョンヘ様にお付けしたのでしょう。護衛の無いリョンヘ様が使節として外出するという理由にしても、法外な措置だと思うのです。」
リョンヘはセチャンの言葉に頷く。リョンヘ自身も、ハヨンが選ばれたことに衝撃を受けたことを覚えている。
「確かにな。それにハヨンはリョンヤン直々に目を止めた護衛者だ。それを兄弟の私と言えど、自ら手放して他人に遣わせるとはな。」
何やら思い詰めた様子のセチャンがおずおずと口を開く。
「あの…それで思ったのですが、ハヨンはリョンヤン様の内通者としてこの役を任されたのでは…」
セチャンの考えも無理はない。正式に認められる方法ではないとは言え、リョンヤンは今や王だ。そしてリョンヘは敵対する状態となっている。ここの逃げた仲間の中でリョンヤンと直接関わりがあり、直々に命を受けやすい人物と言えば彼女だ。
「馬鹿を申すな。」
リョンヘはぴしゃりとその言葉を否定した。
「彼女は、彼女は…」
友人だ、と思わず口をついて出そうになったが堪える。それはリョンの時の話だからだ。
「彼女とは城で何度か話したことがある。つまり私とは顔見知りなのだが、彼女はそう言う者ではない。」
説得力のない言葉でしか、ハヨンのことを伝えられないことが悔しかった。その上、この言葉もリョンヘが彼女を信じているというだけで、彼女が内通者ではないという証拠にはならない。
セチャンは昔から気の合う数少ない臣下の一人なのだが、今はとてつもなく腹が立ってしまった。こういう時に、リョンヘはハヨンを仲間とみなしていたのだと実感する。彼女とは、ずいぶん長い間、リョンとして会話をしておらず、軽口を叩いていた時の関係がずいぶん懐かしいように思えた。
この状況のため、仕方ないとは言えど、きっと彼女を疑っている者は他にもいるだろう。その上、今、ハヨンはこの場から離脱し、医術師のもとへと向かっている。このまま合流できずにいれば、王城に戻ったのでは、疑う者もいるだろう。
(どうか無事に合流してくれ…)
リョンヘは彼女のそう心の中で祈るのだった。
とリョンヘは少し不満げなハヨンを背負う。その場にいた者は焦るが、先程の言葉を聞いた後では自分がやるとは言い出せなかった。その上、リョンヘの言うように、体力は限界で、孟にたどり着くのがやっとだろう。
「せめて医術師でもいたらな…」
リョンヘのその呟きにハヨンははっとした。
「リョンヘ様。私の知り合いに医術師がいるのですが…」
「なんと、それは幸いしたな。しかしその者は…」
「心配ありません。彼は口の堅い人ですし、訳ありの者が来ても何も言わないでしょう。」
ハヨンが幼い頃から何かと気にかけてくれた男。物静かで穏やかだが、人のためになら自分の事でも投げ打つほど、己の仕事に誇りをもつ人。
あまり巻き込みたくないが、今頼れる相手は限られている。
「…彼は王都でも外れの方に住んでいます。この山に添って東の方に行けば彼の家が…」
と言ったとき、周りの景色が一瞬揺らいで見えた。慌てて目を閉じる。ぎゅっとリョンヘの肩を掴んでいた手に力が入る。
少しして目を開けると、リョンヘは何事かと振り返っていた。
「大丈夫か」
「はい。申し訳ありません。少し目眩がして…」
頭の中で奇妙な音が鳴り響いているような感覚はしているが、目眩は治まっていた。やはり、今も少しずつ出血し続けているので、体に異常をきたしはじめた。このままでは命にかかわる。
「…できるだけ急ごう」
リョンヘが再び歩み始める。彼の体の揺れが伝わってくることが、揺り籠に揺られているようで心地よい。
「王子。」
一行は再び歩き始めてからはしばらく黙っていたが、セチャンが沈黙を破った。
「なんだセチャン。」
「いくら王都の外れだとしても、このまま行くと目立ってしまいます。ハヨンとその他負傷者と数人の引率者を連れて、二手に別れましょう。」
「それもそうだな。…それに龍もいるのでは余計に目立ってしまう」
静かに龍が鼻息を鳴らす。どうやら言葉がわかるらしい。自分を邪魔者扱いするなと言うことか。
「ならば診てもらう必要のある負傷者は何人だ」
その場で二人手を挙げる。彼らもハヨン同様、後から悪化したようだ。その他に幸い無傷で、道に詳しい兵士三人をハヨンたちの護衛と付き添い役として同行させる。皆血のついた服は脱ぎ、商人風の服を纏う。傷口は予備の包帯を使って塞いだ。
そして二手に別れて一同は歩み始めた。ハヨンは何となく振り返って青龍を見つめる。何故か青龍もハヨンをじっと見つめてくる。しばらく振り返ったまま、歩いていたが、首が痛くなってきたので前を向く。
(本当にどこかで見たことあるのかな…)
ハヨンはその姿を見た覚えがあるように思えてならなかった。しかし、青龍が現れるなど、今回のように何かしら大騒ぎになったはずだ。
四獣の伝説にまつわる本を読んだこともないので、挿絵で見たとも考えにくい。
(それに見たことあるのともちょっと違う気がする…そう、久しぶりに友達にあったような…)
龍と友達なんてあり得ない。ハヨンは城で龍と会ってからこの感覚が消えず、気になって仕方なかった。
(もう一度彼らと合流したときに考えるかな…)
ハヨンは一刻も速くヒョンテのもとへ辿り着くよう祈った。
「王子」
一方ハヨンたちと別れたリョンヘとセチャン、そして兵士達は山道を歩いていく。
「何だセチャン。」
リョンヘは隣を歩く男を見上げた。そう、セチャンは燐の国の男にしては少し上背があるのだ。
リョンヘも年齢を考えれば低くはないし、この調子で背が伸び続ければセチャン程度の身長となってもおかしくなはい。しかし、幼い頃から体格に恵まれた武人に囲まれて過ごすことが多かったので、早く彼らに追いつきたいと思いながら過ごしてきたので、彼にとっては少々不服である。
セチャンはそんな彼の心情を知る由もなく、そのまま言葉を続ける。
「ハヨンのことでお尋ねしたいことがあるのです。」
「何だ。」
「あの…なぜリョンヤン様は自身の護衛者を、リョンヘ様にお付けしたのでしょう。護衛の無いリョンヘ様が使節として外出するという理由にしても、法外な措置だと思うのです。」
リョンヘはセチャンの言葉に頷く。リョンヘ自身も、ハヨンが選ばれたことに衝撃を受けたことを覚えている。
「確かにな。それにハヨンはリョンヤン直々に目を止めた護衛者だ。それを兄弟の私と言えど、自ら手放して他人に遣わせるとはな。」
何やら思い詰めた様子のセチャンがおずおずと口を開く。
「あの…それで思ったのですが、ハヨンはリョンヤン様の内通者としてこの役を任されたのでは…」
セチャンの考えも無理はない。正式に認められる方法ではないとは言え、リョンヤンは今や王だ。そしてリョンヘは敵対する状態となっている。ここの逃げた仲間の中でリョンヤンと直接関わりがあり、直々に命を受けやすい人物と言えば彼女だ。
「馬鹿を申すな。」
リョンヘはぴしゃりとその言葉を否定した。
「彼女は、彼女は…」
友人だ、と思わず口をついて出そうになったが堪える。それはリョンの時の話だからだ。
「彼女とは城で何度か話したことがある。つまり私とは顔見知りなのだが、彼女はそう言う者ではない。」
説得力のない言葉でしか、ハヨンのことを伝えられないことが悔しかった。その上、この言葉もリョンヘが彼女を信じているというだけで、彼女が内通者ではないという証拠にはならない。
セチャンは昔から気の合う数少ない臣下の一人なのだが、今はとてつもなく腹が立ってしまった。こういう時に、リョンヘはハヨンを仲間とみなしていたのだと実感する。彼女とは、ずいぶん長い間、リョンとして会話をしておらず、軽口を叩いていた時の関係がずいぶん懐かしいように思えた。
この状況のため、仕方ないとは言えど、きっと彼女を疑っている者は他にもいるだろう。その上、今、ハヨンはこの場から離脱し、医術師のもとへと向かっている。このまま合流できずにいれば、王城に戻ったのでは、疑う者もいるだろう。
(どうか無事に合流してくれ…)
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