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異変
伝説の龍
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「り、龍だ!」
そんな伝説の生き物がそうやすやすと現れるものか、とハヨンは言いたくなったが、翔んできたものはまさしく龍だった。蛇を思い起こさせるような、うねりながら飛ぶ姿。若葉のような萌える碧をもつ龍。
(伝説の通りだとすると…青龍だ)
ハヨンはまだこの事態を飲み込めていなかった。ただ呆然と立ちすくみ、龍を眺める。
(この龍は私たちがしていることをお怒りになって、天罰を下すのだろうか…)
その龍の荘厳な姿を見て、信心深くないハヨンでさえ、そう考えた。ある者は持ち場から逃げ出し、剣を構える者もいた。その中でハヨンは何もしなかった。いや、できなかったというのが正しいかもしれない。
どうしてなのか、仲間だから龍に手を出してはならない、と咄嗟に思ったのだ。
「何をしている!城を壊されたらどうするのだ!みな矢を放て!」
城の兵が矢をつがえ一斉に放つ。しかし龍は尾を振るい、一度ではねかえした。そしてそのまま高度を下げ、先ほど振った尾をもう一度振ってその場にいた兵士たちを凪ぎ払った。尾に当たらなかった者も、尾の動いた風圧で押し倒される。跳ね上げ橋や、堀周辺は完全に修羅場と化した。
龍はその光景に目もくれず、何事もなかったかのようにハヨン達に近づいてくる。セチャンが警戒して剣を構えたが、
「セチャン様」
とハヨンが彼の腕に手をかけ、首を振る。やけに静かな声で話しかけたことに気圧されたか、彼は素直に鞘へ戻した。
龍はハヨン達のもとへ行くとぴたりと動きを止めた。みな声を出せば殺されると思っているのか息さえも詰めている。
しかし、龍は城の兵に向き直ると、口を開き、なんと白く濃い霧を吐き出した。城の兵達は混乱し、互いを呼びあったり、戦いを続けようとしたり、それを諌めようとしたりと様々な声が飛び交う。
龍の背後にいたハヨン達と残りの敵兵は難を逃れたが、その場の兵達は龍への恐怖ですっかり戦意を失っていた。
「今のうちに逃げましょう!」
我に返ったハヨンが叫ぶと、
「どこに行くあてがあると言うのだ」
とセチャンが即座に返してきた。どうやらセチャンもその事を悩んでいたらしい。
「孟群」
リョンヘの低い声が聞こえて二人は振り返る。
「あそこは私の直轄地だ。父上がご崩御なさり、直後にリョンヤンが即位したなら、まだ城内は体制がしっかりとは整っていないだろう。私が孟を治めていることになっているはずだ。そうなるとやすやす民も手出しできん」
この国は群という単位でいくつか分割し、領主が治める。その領主は貴族や王族の中から選ばれる。次の王の候補である王子も例外ではない。
群には国王の住まう城程ではないが、篭城にも適している城があるし、そこでなら体勢を立て直して、今後のことを考えることもできそうだ。
「孟まで共に行けるものはいるか。」
セチャンの問いで手を挙げたものはざっと五十名。行けないものの多くが、手負いだからというのが辛い。五十名でこのはかりしれない敵は討てないからだ。
「行けるものは共に孟に行こう。行けない者は…できるだけ遠くに逃げろ。何か手を貸したいが、あいにく何も手だてがない。お前達はきっと追われてしまう。しかし、もし傷が癒え、何かあったときは、孟に来てくれ。私ができる限りお前たちを保護するから。もちろん、家族も含めてな」
リョンヘはそう言って近くにいた負傷兵の肩に手を置く。
「どうか無事でな」
「王子もご武運を」
負傷兵は泣き出しそうなのを噛み殺したように、顔を歪ませながらそう言った。
そして皆が思い思いの方へと走り出そうとしたとき、龍が鳴いた。ハヨンにはその龍の鳴く音が一瞬何かわからなかった。金属を擦るような音だった。あまり気持ちのいい音とは言えない。しかし、何か伝えたいことがあるようにハヨンたちの方に向かって鳴いている。
「何なんだ」
早く逃げたいのだが、未知の生き物に対する恐怖があることや、神聖な存在の龍を無視すれば、命に支障をきたすような予感がして、皆、足を止める。セチャンは不服そうに顔をしかめた。
「何だかついていきたそうだな。」
「あぁ、リョンヘ様もそう思われますか。」
ハヨンは同意したが、その場にいた者は泡を食った。
「何でそんなことがわかるのですか!。もしかしたら私たちを喰う気なのかも知れませんぞ!」
「そうです!これは紛れもなく龍です!人懐こい犬ではないのですよ!」
その言葉に反応するように、龍が唸る。先程とは打って変わって、地響きのような音である。そんなことはしないと言うことなのだろうか。
なぜかハヨンは龍の伝えたいことが先程からわかるような気がしてならない。確信があるわけではないのだが、あぁこう思っているのだな、と察せてしまう。
ハヨンは動物を飼ったこともないし、触れ合う機会も全くない。それにも関わらず、龍の心情を慮ることができるのはなぜなのだろうか、と不思議で仕方なかった。
「今のところ敵ではないのですし、一緒に行動しても大丈夫ではないでしょうか。」
さらにハヨンは、出会ったときから親しみを感じてしまっていた。武人であるので、基本、何事にも警戒するのが常なのに、どうしてだか旧友に会ったような心持ちだったのだ。
「何でお前はそう大事なときに楽観的になれるのだ…」
セチャンが溜め息をつく。
「まぁ、龍の好きにさせようではないか」
リョンヤンもそう言ったので、セチャンは渋々承知し、共に山に駆け込んだ。
幸い龍は巨体というわけではなかったので、山の中に入り込むことができた。
そんな伝説の生き物がそうやすやすと現れるものか、とハヨンは言いたくなったが、翔んできたものはまさしく龍だった。蛇を思い起こさせるような、うねりながら飛ぶ姿。若葉のような萌える碧をもつ龍。
(伝説の通りだとすると…青龍だ)
ハヨンはまだこの事態を飲み込めていなかった。ただ呆然と立ちすくみ、龍を眺める。
(この龍は私たちがしていることをお怒りになって、天罰を下すのだろうか…)
その龍の荘厳な姿を見て、信心深くないハヨンでさえ、そう考えた。ある者は持ち場から逃げ出し、剣を構える者もいた。その中でハヨンは何もしなかった。いや、できなかったというのが正しいかもしれない。
どうしてなのか、仲間だから龍に手を出してはならない、と咄嗟に思ったのだ。
「何をしている!城を壊されたらどうするのだ!みな矢を放て!」
城の兵が矢をつがえ一斉に放つ。しかし龍は尾を振るい、一度ではねかえした。そしてそのまま高度を下げ、先ほど振った尾をもう一度振ってその場にいた兵士たちを凪ぎ払った。尾に当たらなかった者も、尾の動いた風圧で押し倒される。跳ね上げ橋や、堀周辺は完全に修羅場と化した。
龍はその光景に目もくれず、何事もなかったかのようにハヨン達に近づいてくる。セチャンが警戒して剣を構えたが、
「セチャン様」
とハヨンが彼の腕に手をかけ、首を振る。やけに静かな声で話しかけたことに気圧されたか、彼は素直に鞘へ戻した。
龍はハヨン達のもとへ行くとぴたりと動きを止めた。みな声を出せば殺されると思っているのか息さえも詰めている。
しかし、龍は城の兵に向き直ると、口を開き、なんと白く濃い霧を吐き出した。城の兵達は混乱し、互いを呼びあったり、戦いを続けようとしたり、それを諌めようとしたりと様々な声が飛び交う。
龍の背後にいたハヨン達と残りの敵兵は難を逃れたが、その場の兵達は龍への恐怖ですっかり戦意を失っていた。
「今のうちに逃げましょう!」
我に返ったハヨンが叫ぶと、
「どこに行くあてがあると言うのだ」
とセチャンが即座に返してきた。どうやらセチャンもその事を悩んでいたらしい。
「孟群」
リョンヘの低い声が聞こえて二人は振り返る。
「あそこは私の直轄地だ。父上がご崩御なさり、直後にリョンヤンが即位したなら、まだ城内は体制がしっかりとは整っていないだろう。私が孟を治めていることになっているはずだ。そうなるとやすやす民も手出しできん」
この国は群という単位でいくつか分割し、領主が治める。その領主は貴族や王族の中から選ばれる。次の王の候補である王子も例外ではない。
群には国王の住まう城程ではないが、篭城にも適している城があるし、そこでなら体勢を立て直して、今後のことを考えることもできそうだ。
「孟まで共に行けるものはいるか。」
セチャンの問いで手を挙げたものはざっと五十名。行けないものの多くが、手負いだからというのが辛い。五十名でこのはかりしれない敵は討てないからだ。
「行けるものは共に孟に行こう。行けない者は…できるだけ遠くに逃げろ。何か手を貸したいが、あいにく何も手だてがない。お前達はきっと追われてしまう。しかし、もし傷が癒え、何かあったときは、孟に来てくれ。私ができる限りお前たちを保護するから。もちろん、家族も含めてな」
リョンヘはそう言って近くにいた負傷兵の肩に手を置く。
「どうか無事でな」
「王子もご武運を」
負傷兵は泣き出しそうなのを噛み殺したように、顔を歪ませながらそう言った。
そして皆が思い思いの方へと走り出そうとしたとき、龍が鳴いた。ハヨンにはその龍の鳴く音が一瞬何かわからなかった。金属を擦るような音だった。あまり気持ちのいい音とは言えない。しかし、何か伝えたいことがあるようにハヨンたちの方に向かって鳴いている。
「何なんだ」
早く逃げたいのだが、未知の生き物に対する恐怖があることや、神聖な存在の龍を無視すれば、命に支障をきたすような予感がして、皆、足を止める。セチャンは不服そうに顔をしかめた。
「何だかついていきたそうだな。」
「あぁ、リョンヘ様もそう思われますか。」
ハヨンは同意したが、その場にいた者は泡を食った。
「何でそんなことがわかるのですか!。もしかしたら私たちを喰う気なのかも知れませんぞ!」
「そうです!これは紛れもなく龍です!人懐こい犬ではないのですよ!」
その言葉に反応するように、龍が唸る。先程とは打って変わって、地響きのような音である。そんなことはしないと言うことなのだろうか。
なぜかハヨンは龍の伝えたいことが先程からわかるような気がしてならない。確信があるわけではないのだが、あぁこう思っているのだな、と察せてしまう。
ハヨンは動物を飼ったこともないし、触れ合う機会も全くない。それにも関わらず、龍の心情を慮ることができるのはなぜなのだろうか、と不思議で仕方なかった。
「今のところ敵ではないのですし、一緒に行動しても大丈夫ではないでしょうか。」
さらにハヨンは、出会ったときから親しみを感じてしまっていた。武人であるので、基本、何事にも警戒するのが常なのに、どうしてだか旧友に会ったような心持ちだったのだ。
「何でお前はそう大事なときに楽観的になれるのだ…」
セチャンが溜め息をつく。
「まぁ、龍の好きにさせようではないか」
リョンヤンもそう言ったので、セチャンは渋々承知し、共に山に駆け込んだ。
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