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番外編
受け継がれしもの 捌
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そうだ、きっと彼は、己の命の短さを知っていたから、あのように己を追い立ててきたのだろう。
「…そんなふうに言われるとは思ってなかった。」
ソンヒョンはぽつりとそれだけ呟く。人より命が短いからと我慢したことも、焦ったことも、その他にもチャンヒの想像できないような葛藤が沢山あったのだろう。そのことが察せられるような、力の抜けた声だった。
「私も、今日まではこの気持ちをずっと隠して生きていくんだと思ってました…。」
そう返して、思わず繋いだ手を見つめる。先程までは一方的に手を取った状態だったにも関わらず、今は彼も手を握り返していた。
(これは…彼も受け入れてくれているのかしら…)
確信が持てず、チャンヒは再び彼の目へと視線を戻した。彼は微笑んでいる。
「俺の残りの時間、共に過ごしてくれる?」
チャンヒの胸の中には歓喜が湧き上がり、自然と笑みが浮かぶ。
「…はいっ」
こうしてチャンヒとソンヒョンは婚姻を結ぶこととなった。
結果として、ソンヒョンは医術師の予想を大きく上回り、チャンヒとソンヒョンの間にできた子供のハヨンが、五つになるまで鍛冶屋として暮らし続けた。チャンヒの父や母が早くに亡くなった後も、立派に鍛冶屋を継いでジホと同じく王家御用達の鍛冶屋にまでなった。
周囲の人々は孤立無縁の状態となったチャンヒを、可哀想に、と口々に言ったが、チャンヒにとっては少しも孤独ではなかった。娘のハヨンがいたからだ。
ハヨンの見た目はどちらかというとチャンヒに似ていたし、ソンヒョン亡き後は武人を目指し始めたからかソンヒョンやチャンヒとも似ず、負けん気の強い性格だった。しかし、チャンヒは時々、ハヨンの中に、ソンヒョンの面影を見る。白虎の兵士を目指したいと言って頑として揺るがなかった所や、男でさえ弱音を吐きたくなるようなヨウの鍛錬に、音を上げずについて行ったところなどがそうだ。誰に何と言われようとも己の目指した道を突き進むところや、ひたむきに打ち込み続けるところはあの頃の彼にそっくりなのだ。
(今日もきっと、どろどろになって帰ってくるわね)
毎日どんな鍛錬をしているのか想像もつかないが、全身泥にまみれた状態で帰ってきたり、手に豆を作ったりと、はらはらさせられるような格好で帰ってくる。そして、チャンヒが子供の頃には絶対にあり得ないぐらいの量の食事を取るのだ。
(今日はハヨンの好きな芋の煮付けだから、普段よりももっと食べそうね)
時折家の財布を逼迫するのではないかという程食べる時があるが、野菜を作る甲斐があるので、愛しくさえ思う。ソンヒョンは結婚する前に、自分はどれぐらいチャンヒを幸せに出来るだろうか、短い間だとしても、精一杯頑張りたい、と言っていた。チャンヒは彼と、そしてハヨンといるだけで幸せだった。彼がいなくなり、寂しいこともある。以前よりも貧しい暮らしでもあるが、彼との子供であるハヨンさえいれば、どんなことでも乗り越えられると思えるのだ。もし、己が死んだ後、彼と天国で会うことがあるのならば、チャンヒはありがとうと言いたかった。
「ただいま…!!」
ちょうど料理が終わった頃、ハヨンが帰ってくる。今日も砂埃にまみれていた。
「おかえり。いつも通り、先に体を洗ってきて。」
「はーい。あ、そうだ母さん。」
「なぁに?」
「ヨウさんが、今の実力なら、もう白虎を受けられるって!」
いつもより興奮しているのだろう。いつも歳の割に落ち着いていたハヨンが、子供のようにはしゃいでいる。
「おめでとう!なら、今年の冬に試験を受けるのね」
「うん。頑張る」
「良かったわ…。あ、話は後でゆっくり聴くから、体洗ってらっしゃい?」
ハヨンの報告を聴いて、思わず抱きしめそうになったが、彼女は今、砂と泥にまみれている。はっと我に返って、もう一度そう繰り返した。
「うん」
ハヨンがその場から立ち去ったのを見届けてから、チャンヒは部屋の物置の扉を開ける。そこには布が被されている何かが置かれてあった。チャンヒがその布を取り去ると、赤い石が嵌められた剣が現れる。これはソンヒョンが最期に作った剣だ。
ソンヒョンの剣は軽く、丈夫で人々から口々に褒めそやされた。しかし、最期は剣を打つ体力がなくなり、依頼を断ることも多々あった。そんな中、彼が初めて人のためにではなく、自分の創作意欲のために作った剣がこれだ。
(あの人が亡くなったとき、もう剣に関わることなんてないと思ってた…。でも彼がこの剣を作ったのも、私がずっととっていたのも、もしかしたらハヨンのためだったのかも知れないわね…)
試しに剣を鞘から抜いてみる。幼い頃から父に教えられたこともあって、剣の出来の良さを鑑別することは得意だ。美しく、軽やかで、刃は煌めいている。
(この剣がどうか、ハヨンの力となり、守ってくれますように…)
柄に額を押し当て、そう願いを込める。その時、ハヨンが部屋に入ってくる音がしたので、剣を鞘に戻して物置を出る。
「ハヨン!お祝いにこれを渡すわ。」
チャンヒはそう言って剣を差し出すのだった。
ー番外編 終ー
「…そんなふうに言われるとは思ってなかった。」
ソンヒョンはぽつりとそれだけ呟く。人より命が短いからと我慢したことも、焦ったことも、その他にもチャンヒの想像できないような葛藤が沢山あったのだろう。そのことが察せられるような、力の抜けた声だった。
「私も、今日まではこの気持ちをずっと隠して生きていくんだと思ってました…。」
そう返して、思わず繋いだ手を見つめる。先程までは一方的に手を取った状態だったにも関わらず、今は彼も手を握り返していた。
(これは…彼も受け入れてくれているのかしら…)
確信が持てず、チャンヒは再び彼の目へと視線を戻した。彼は微笑んでいる。
「俺の残りの時間、共に過ごしてくれる?」
チャンヒの胸の中には歓喜が湧き上がり、自然と笑みが浮かぶ。
「…はいっ」
こうしてチャンヒとソンヒョンは婚姻を結ぶこととなった。
結果として、ソンヒョンは医術師の予想を大きく上回り、チャンヒとソンヒョンの間にできた子供のハヨンが、五つになるまで鍛冶屋として暮らし続けた。チャンヒの父や母が早くに亡くなった後も、立派に鍛冶屋を継いでジホと同じく王家御用達の鍛冶屋にまでなった。
周囲の人々は孤立無縁の状態となったチャンヒを、可哀想に、と口々に言ったが、チャンヒにとっては少しも孤独ではなかった。娘のハヨンがいたからだ。
ハヨンの見た目はどちらかというとチャンヒに似ていたし、ソンヒョン亡き後は武人を目指し始めたからかソンヒョンやチャンヒとも似ず、負けん気の強い性格だった。しかし、チャンヒは時々、ハヨンの中に、ソンヒョンの面影を見る。白虎の兵士を目指したいと言って頑として揺るがなかった所や、男でさえ弱音を吐きたくなるようなヨウの鍛錬に、音を上げずについて行ったところなどがそうだ。誰に何と言われようとも己の目指した道を突き進むところや、ひたむきに打ち込み続けるところはあの頃の彼にそっくりなのだ。
(今日もきっと、どろどろになって帰ってくるわね)
毎日どんな鍛錬をしているのか想像もつかないが、全身泥にまみれた状態で帰ってきたり、手に豆を作ったりと、はらはらさせられるような格好で帰ってくる。そして、チャンヒが子供の頃には絶対にあり得ないぐらいの量の食事を取るのだ。
(今日はハヨンの好きな芋の煮付けだから、普段よりももっと食べそうね)
時折家の財布を逼迫するのではないかという程食べる時があるが、野菜を作る甲斐があるので、愛しくさえ思う。ソンヒョンは結婚する前に、自分はどれぐらいチャンヒを幸せに出来るだろうか、短い間だとしても、精一杯頑張りたい、と言っていた。チャンヒは彼と、そしてハヨンといるだけで幸せだった。彼がいなくなり、寂しいこともある。以前よりも貧しい暮らしでもあるが、彼との子供であるハヨンさえいれば、どんなことでも乗り越えられると思えるのだ。もし、己が死んだ後、彼と天国で会うことがあるのならば、チャンヒはありがとうと言いたかった。
「ただいま…!!」
ちょうど料理が終わった頃、ハヨンが帰ってくる。今日も砂埃にまみれていた。
「おかえり。いつも通り、先に体を洗ってきて。」
「はーい。あ、そうだ母さん。」
「なぁに?」
「ヨウさんが、今の実力なら、もう白虎を受けられるって!」
いつもより興奮しているのだろう。いつも歳の割に落ち着いていたハヨンが、子供のようにはしゃいでいる。
「おめでとう!なら、今年の冬に試験を受けるのね」
「うん。頑張る」
「良かったわ…。あ、話は後でゆっくり聴くから、体洗ってらっしゃい?」
ハヨンの報告を聴いて、思わず抱きしめそうになったが、彼女は今、砂と泥にまみれている。はっと我に返って、もう一度そう繰り返した。
「うん」
ハヨンがその場から立ち去ったのを見届けてから、チャンヒは部屋の物置の扉を開ける。そこには布が被されている何かが置かれてあった。チャンヒがその布を取り去ると、赤い石が嵌められた剣が現れる。これはソンヒョンが最期に作った剣だ。
ソンヒョンの剣は軽く、丈夫で人々から口々に褒めそやされた。しかし、最期は剣を打つ体力がなくなり、依頼を断ることも多々あった。そんな中、彼が初めて人のためにではなく、自分の創作意欲のために作った剣がこれだ。
(あの人が亡くなったとき、もう剣に関わることなんてないと思ってた…。でも彼がこの剣を作ったのも、私がずっととっていたのも、もしかしたらハヨンのためだったのかも知れないわね…)
試しに剣を鞘から抜いてみる。幼い頃から父に教えられたこともあって、剣の出来の良さを鑑別することは得意だ。美しく、軽やかで、刃は煌めいている。
(この剣がどうか、ハヨンの力となり、守ってくれますように…)
柄に額を押し当て、そう願いを込める。その時、ハヨンが部屋に入ってくる音がしたので、剣を鞘に戻して物置を出る。
「ハヨン!お祝いにこれを渡すわ。」
チャンヒはそう言って剣を差し出すのだった。
ー番外編 終ー
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