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番外編
受け継がれしもの 漆
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「俺がここに来て隠していたことは、二つあるんだ。一つは生まれのことだ。」
チャンヒは首を傾げた。確か彼は、そこそこ裕福な商人の次男坊だと聞いていたからだ。そのことが違うのだろうか。
「俺の本当の名前はチュ・ソンヒョンと言うんだ」
ソンヒョンが続けた言葉を聞いて、チャンヒは息が詰まった。チュ家、と言う名前は、鍛冶屋の家のものであれば、知らないはずがない。
この辺りは鍛冶屋が集中している街で、貴族や武人などが買い求めたり、修理を頼みにやってくる。チャンヒの父、ジホはここ一帯の鍛冶屋の中でも特に鍛刀の才に秀でており、王族御用達の鍛冶屋である。そうもなってくると、貴族の中でも上位の者とも関わりが出てくる。
チュ家とは名だたる武人を数多く輩出してきた名門貴族である。その歴史は古く、初代王の頃より仕えてきた由緒正しい家柄だ。
「えっ、チュ家。あの?ええ?」
ようやく頭の中の理解と体の動きが一致し、一呼吸置いて支離滅裂な言葉が口から飛び出す。そんなチャンヒの様子を見ても笑わず、ソンヒョンがじっと見つめてくるのは、チャンヒがどう思っているのかを、気になっているのだろうか。
どんなことも受け止めようと覚悟はしていたが、それにしても、初っ端から予想外の告白で、チャンヒはとても困惑していたが、それと同時に納得していた。初対面の際、子供の頃から使っている温石を知らないなど、周囲の人たちの持つ常識と、妙に噛み合わない時があったからだ。
(チュ家って…とにかく、私達庶民からしてみれば、雲の上の人のようなものよね…。職人階級の人間だから、関わることはあるけど、依頼人としての関係だし…。)
そう考えると、目眩がしそうな思いである。
(そうだ、それにこの前、チュ家の方がいらっしゃっていてじゃない!あの時ソンヒョンさんは…!?普通にあの場所にいたわ…!!)
ジホが弟子として紹介していたが、あの時も挨拶をした程度だった。だとすれば、ソンヒョンも店を訪れたチュ家の人も、なかなかの役者である。
「先日、ここにいらっしゃったチュ家の方は…?」
「もちろん、俺がここにいることも知っている。俺がここに来ることを、父上も母上も認めてくれたから。」
「あなたは貴族なのに、どうしてここに弟子入りしようと思ったの…?」
チュ家程の地位、名誉、富があれば、何不自由なく生きていけるはずだ。それにも関わらず、わざわざ庶民に紛れ、弟子入りをしたのか。チャンヒにはその目的がさっぱりわからなかった。
「…それも隠していたことと関係があるんだ」
ソンヒョンが、チャンヒの問いに対して、少し間を置いて答えたので、チャンヒは身構えた。先程の告白も十分に驚いたが、次もとんでもない内容なのではないかと身構えた。
「俺は生まれつき体が弱くて、医術師には20年生きていられたら上出来、と言われてるんだ。だから、両親は俺が好きなように生きて欲しいと言っていて、ここに弟子入りした。」
そのソンヒョンの言葉は、チャンヒにとって予想以上の衝撃的な内容だった。頭の中で稲妻が走ったような、そんな感覚すら起きる。次こそは本当に目眩がした。
(20年で?ソンヒョンさんは…今…19だ…)
逆算してみるまでもない。チャンヒは残された時間の短さに血の気が引いた。
(彼のことを諦めて、父上の決めた家の人のもとへ嫁いで、家に寄るときに、ソンヒョンさんに会ったら、昔は好きだったなぁって思い返せたらそれで幸せだと思っていたけど…。そんな頃になれば、きっと彼はここにはいないんだ。)
自身の思い描いていた未来に、彼は存在しない。そのことを考えると、うまく息が出来なかった。
何も言えなくなってしまったチャンヒを、気遣わしげにソンヒョンが見ている。そのことはわかっていたが、表情を取り繕う余裕はない。
「…だから、俺は君のことが好きだけれど、思いに応えることは出来ないんだ。もうあと一年ぐらいで…」
チャンヒはソンヒョンの手をとり、言葉を遮る。大きく瞠った彼の目と、ようやく視線を交えることができた。
「私は…!ソンヒョンさんの寿命があと僅かでも気にしません…!」
そう言って、握った手に力を込める。もう覚悟は出来ていた。たとえ親に反対されようとも、身分の差に悩まされようとも気にしない。彼にこのまま想いを拒絶されて、その上会えなくなることよりよっぽどいい。
でも、と言葉を続けようとしたソンヒョンを手で制す。
「ソンヒョンさんと居られるのが、ほんの僅かだとしても、他の人たちよりももっとその時間を大切にすれば、時間の短さなんて関係ない。こんなふうに断られて終わるより、私はそっちの方が幸せ…。」
そう告げる間に、喉に熱いものが込み上げてきて、最後は声を絞り出すようにして話した。ソンヒョンをみれば、彼は驚きの表情を浮かべていたが、チャンヒ自身、こんなにも想いを吐露することなど滅多にないので、愕然としていた。
(思えばあの時もそうだった…)
あの寒い中、彼が正座をし続けていた日のことを思い出す。今まで父に叱られることが怖かったチャンヒが、父の目を盗み、何かしたいと思って初めて行動に移したのだ。よく考えれば、彼はチャンヒの原動力でもあるのだ。そして、そのことを思い出したあと、ふと思い出す。そういえば彼は、何かに焦っているように、無茶をして己の体に鞭を打つようなことが多い。初めて会った日も長時間寒い中座り続けていたし、今だって自分を追い込みすぎて、熱を出している。
チャンヒは首を傾げた。確か彼は、そこそこ裕福な商人の次男坊だと聞いていたからだ。そのことが違うのだろうか。
「俺の本当の名前はチュ・ソンヒョンと言うんだ」
ソンヒョンが続けた言葉を聞いて、チャンヒは息が詰まった。チュ家、と言う名前は、鍛冶屋の家のものであれば、知らないはずがない。
この辺りは鍛冶屋が集中している街で、貴族や武人などが買い求めたり、修理を頼みにやってくる。チャンヒの父、ジホはここ一帯の鍛冶屋の中でも特に鍛刀の才に秀でており、王族御用達の鍛冶屋である。そうもなってくると、貴族の中でも上位の者とも関わりが出てくる。
チュ家とは名だたる武人を数多く輩出してきた名門貴族である。その歴史は古く、初代王の頃より仕えてきた由緒正しい家柄だ。
「えっ、チュ家。あの?ええ?」
ようやく頭の中の理解と体の動きが一致し、一呼吸置いて支離滅裂な言葉が口から飛び出す。そんなチャンヒの様子を見ても笑わず、ソンヒョンがじっと見つめてくるのは、チャンヒがどう思っているのかを、気になっているのだろうか。
どんなことも受け止めようと覚悟はしていたが、それにしても、初っ端から予想外の告白で、チャンヒはとても困惑していたが、それと同時に納得していた。初対面の際、子供の頃から使っている温石を知らないなど、周囲の人たちの持つ常識と、妙に噛み合わない時があったからだ。
(チュ家って…とにかく、私達庶民からしてみれば、雲の上の人のようなものよね…。職人階級の人間だから、関わることはあるけど、依頼人としての関係だし…。)
そう考えると、目眩がしそうな思いである。
(そうだ、それにこの前、チュ家の方がいらっしゃっていてじゃない!あの時ソンヒョンさんは…!?普通にあの場所にいたわ…!!)
ジホが弟子として紹介していたが、あの時も挨拶をした程度だった。だとすれば、ソンヒョンも店を訪れたチュ家の人も、なかなかの役者である。
「先日、ここにいらっしゃったチュ家の方は…?」
「もちろん、俺がここにいることも知っている。俺がここに来ることを、父上も母上も認めてくれたから。」
「あなたは貴族なのに、どうしてここに弟子入りしようと思ったの…?」
チュ家程の地位、名誉、富があれば、何不自由なく生きていけるはずだ。それにも関わらず、わざわざ庶民に紛れ、弟子入りをしたのか。チャンヒにはその目的がさっぱりわからなかった。
「…それも隠していたことと関係があるんだ」
ソンヒョンが、チャンヒの問いに対して、少し間を置いて答えたので、チャンヒは身構えた。先程の告白も十分に驚いたが、次もとんでもない内容なのではないかと身構えた。
「俺は生まれつき体が弱くて、医術師には20年生きていられたら上出来、と言われてるんだ。だから、両親は俺が好きなように生きて欲しいと言っていて、ここに弟子入りした。」
そのソンヒョンの言葉は、チャンヒにとって予想以上の衝撃的な内容だった。頭の中で稲妻が走ったような、そんな感覚すら起きる。次こそは本当に目眩がした。
(20年で?ソンヒョンさんは…今…19だ…)
逆算してみるまでもない。チャンヒは残された時間の短さに血の気が引いた。
(彼のことを諦めて、父上の決めた家の人のもとへ嫁いで、家に寄るときに、ソンヒョンさんに会ったら、昔は好きだったなぁって思い返せたらそれで幸せだと思っていたけど…。そんな頃になれば、きっと彼はここにはいないんだ。)
自身の思い描いていた未来に、彼は存在しない。そのことを考えると、うまく息が出来なかった。
何も言えなくなってしまったチャンヒを、気遣わしげにソンヒョンが見ている。そのことはわかっていたが、表情を取り繕う余裕はない。
「…だから、俺は君のことが好きだけれど、思いに応えることは出来ないんだ。もうあと一年ぐらいで…」
チャンヒはソンヒョンの手をとり、言葉を遮る。大きく瞠った彼の目と、ようやく視線を交えることができた。
「私は…!ソンヒョンさんの寿命があと僅かでも気にしません…!」
そう言って、握った手に力を込める。もう覚悟は出来ていた。たとえ親に反対されようとも、身分の差に悩まされようとも気にしない。彼にこのまま想いを拒絶されて、その上会えなくなることよりよっぽどいい。
でも、と言葉を続けようとしたソンヒョンを手で制す。
「ソンヒョンさんと居られるのが、ほんの僅かだとしても、他の人たちよりももっとその時間を大切にすれば、時間の短さなんて関係ない。こんなふうに断られて終わるより、私はそっちの方が幸せ…。」
そう告げる間に、喉に熱いものが込み上げてきて、最後は声を絞り出すようにして話した。ソンヒョンをみれば、彼は驚きの表情を浮かべていたが、チャンヒ自身、こんなにも想いを吐露することなど滅多にないので、愕然としていた。
(思えばあの時もそうだった…)
あの寒い中、彼が正座をし続けていた日のことを思い出す。今まで父に叱られることが怖かったチャンヒが、父の目を盗み、何かしたいと思って初めて行動に移したのだ。よく考えれば、彼はチャンヒの原動力でもあるのだ。そして、そのことを思い出したあと、ふと思い出す。そういえば彼は、何かに焦っているように、無茶をして己の体に鞭を打つようなことが多い。初めて会った日も長時間寒い中座り続けていたし、今だって自分を追い込みすぎて、熱を出している。
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