華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
99 / 221
番外編

受け継がれしもの 伍

しおりを挟む
  ソンヒョンが弟子入りをしてから2年の歳月が過ぎた。チャンヒはよわい18となり、もう誰かの元へ嫁いでもおかしくない時期だ。いや、むしろ周囲の同い年の女子は半数以上嫁いでいるので、遅い部類に入るのかもしれない。
  何故こうなっているのかというと、母は人づてに何人かと見合い話を設けようとしたのだが、どうやら父が反対して、その話も流れてしまうようだ。父は自分が認めた男でなければ結婚は認めたくないようで、このことからチャンヒはまだ嫁ぎ先も決まっていない。
  しかしチャンヒにとってこの状況はむしろ都合が良かった。なぜなら、ソンヒョンと共に過ごす時間が増えていくに連れ、彼の優しさや誠実さを知っていき、惹かれてしまっていたからだ。と言っても年頃の娘の婚姻の主導権は親がするものなので、この気持ちを持て余していた。
  そのソンヒョンはというと、めきめきと頭角を現し、ジホの弟子の中では一番鍛刀が上手くなっていた。これは彼の元来の才能と、人並みならぬ努力の賜物だろう。ソンヒョンはそんな状況でも慢心したりせず、相変わらず毎夜遅くまで作業場に篭っており、チャンヒは夜食を届け続けた。
  その日の夜も、チャンヒは作業場を訪れ、夜食をソンヒョンに手渡した。

「チャンヒさん、いつもありがとう。」

ソンヒョンはそれを受け取る時、毎回欠かすことなく礼を言う。もし届けた時に手が離せなかった場合でも、朝に顔を合わせた時に、感謝の言葉をかけられた。チャンヒはその何気ないことにも感謝を忘れないソンヒョンを尊敬していた。

「いえいえ、いつもお疲れ様。」

  彼の優しい眼差しを見て胸が高鳴るのを抑えながら、努めてにこやかに言葉を返す。しかしその途中で、彼の表情がいつもと比べて活気がないことに気がつく。

「…ソンヒョンさん、何かありましたか?」
「うん?どう言うこと?」
「えっと…。いつもよりしんどそうに見えて。体調は大丈夫ですか?」
「ばれたか…。チャンヒさんは相変わらず鋭いなぁ」

その気まずそうに笑った目の下に、隈ができている。

「師匠にある武人の鍛刀を任されたんだ。それで思わず根を詰めてしまって。」

  それを聞いたチャンヒは、思わずえっ、と叫びそうになった。わずか2年で依頼を任される弟子など、今まで聞いたことがなかったからだ。そして、驚きとともに興奮してきて、

「すごい!ソンヒョンさん、信頼されているんですね。」

と勢いに任せて言ってしまった。しかし、彼のやつれている理由はそのことなのだから、手放しに喜んで良かったのかと、チャンヒははたと考え込む。

「ありがとう。」

  しかし、ソンヒョンはその事を気にしていなかったのか、口元を緩めて笑った。

「じゃあ俺は作業するから…。おやすみ」

そうソンヒョンが言葉を続け、チャンヒに近づくように一歩踏み出そうとした瞬間、彼の体勢が大きく傾いだ。

「ソンヒョンさん!」

慌てて支えると、彼の体は驚くほどに熱かった。これは、鍛刀のためにずっと火にあたっていたからと言うわけではない。彼自身が熱を発しているのだ。
  とりあえずチャンヒはその場にあった布の上に彼の頭を載せるようにして横たえる。

「チャンヒさん、申し訳ない…。ありがとう」

今まで体に鞭を打っていた分が、どっと体に現れたのだろう。彼の声は弱々しかった。

「こんなに体は疲れてるんですから、今日はもう休んでください」

  チャンヒの言葉に対し、ソンヒョンは首を横に振る。そうだ、彼は何かを成し遂げるためには、絶対に引き下がらない性分だ。それは彼の弟子入りの頃から知っていることだった。そのためか、彼は自身の体の悲鳴さえも聞き入れない。

「もっと…もっと支えられたらいいのに…」

  思わずチャンヒの口からそう言葉が溢れでた。

「…どういう…意味?」

ソンヒョンの声はいつもより気だるげだ。
  一方チャンヒは思わず言ってしまったことに対して焦ってしまい、頭の中で考えがまとまらない。

(えっ、えっ、言っちゃったわ。どうしよう、あなたがただ心配なのって言えばいい?それで誤魔化す?いや、でも…)

チャンヒは今まで彼への思いを秘めてきてはいたが、誤魔化したいとは思っていなかった。この気持ちを嘘で塗り固めたくないと思っていた。

(言ってしまおう…。言ってしまってから誰かのもとに嫁いだほうが、きっとこの気持ちに区切りをつけられるし…)

混乱していた考えがようやくまとまった。チャンヒは声が震えないよう、ぐっと腹に力を入れる。

「…私は」

その時、緊張のあまり喉がぎゅっと閉まり、言葉が途切れる。

(ここまで来たんだから言うのよ!私…!)

「私は、ソンヒョンさんのことがとても心配なんです。でも、私はただの師匠の娘で、あなたの力になるのには限界があります…。私、ソンヒョンさんの傍でずっと力になりたいんです。ソンヒョンさんの頑張る姿を見てると、私も頑張ろうと思えるんです。だから…っ」

  無我夢中で思っていたことを言葉にした。しかしここまで来て、自分はソンヒョンへの思いを告げるだけで、結婚を申し込むことはできないのだと気がついた。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...