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番外編
受け継がれしもの 參
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振り返ると外套を抱えた父が立っていた。相変わらず眉間に皺を寄せて不機嫌な様子に見えるが、声音も険悪で、さらにそれを際立たせていた。
「ち、父上」
チャンヒはいずれはソンヒョンを気にかけている事を知られて、父に叱られる事を覚悟していた。しかし、いざそれに直面すると怖いものだ。何と言っても、この家の家長である父の言うことは絶対として生きてきたのだ。
冬だと言うのにチャンヒの背中には冷や汗が出る。そして指先の力は抜けて、震えていた。
「ジホさん。娘さんは何も悪くありません。私を優しく気遣ってくださっただけです」
チャンヒが父に向かってどう説明しようと慌てていると、ソンヒョンがそう言った。ジホはチャンヒから地面に座っているソンヒョンへと視線を移す。彼は相変わらず姿勢を一切崩さぬまま、正座をしていた。
「それは分かっている。得体の知れない男を気にかけているのは嬉しくないが、チャンヒが間違ったことをしているわけではないのは理解している。」
チャンヒはその父の言葉を聞いてほっとする。ずっと座り続けているソンヒョンに、目もくれない様子だった父の道徳観を、疑問視していたからだ。それに父がなぜ外套を抱えてやってきたのかというと、ずっと外にいたソンヒョンを、父なりに気遣っていたのかもしれない。だんだんと落ち着いてきて、そのことに気がつき、チャンヒはようやく心から安堵した。
「だが、そもそもこうやって人の家の前でずっと座っていると言うことは、こうやって娘のように誰かを心配させたり、周りに迷惑をかけることだってある。それをお前は理解してこう座っていたのか」
ずっと顔を上げていたソンヒョンが、目を開いたが、そのまま口を噤んで下を向いた。チャンヒは父の言葉の矛先が、突然ソンヒョンの方へと戻ったことに、はらはらする。
「それは…。確かに何度も考えました。しかし…それでも、ここで諦めてはいけないと、そう思ったのです。これは私の勝手な行動ですし、迷惑をかけたとも思っています。その点は本当に申し訳ないです。」
彼は少しの間目を彷徨わせて考えている様子だったが、そう言って頭を深々と下げた。チャンヒは男性が頭を下げるところを初めて見た。父は自尊心が強く、決して頭を下げない。そのため、ソンヒョンのしたことがとても衝撃的だったのだ。
「ですが、理由も聞かず、追い返されてはジホさんに私のことを知ってもらうことはできません。どうか私の弟子入りする理由を聴いていただいて、そのあと弟子入りについて考えていただきたいのです。」
その凛とした声は、この冷えた空気の中に心地よく響く。頭を下げ、人に請うているにも関わらず、なぜ気高く美しく見えたのか、チャンヒには分からなかった。
ソンヒョンの澄んだ目を見たジホが、隣でふーっと息を吐く。呆れたり、悩み事がある時の彼の癖だ。チャンヒは、頑なだった父の心が動きつつあるのに気がついた。
「そこまで言うのならば聴こう。しかし、生半可な理由ならば、躊躇せず追い出すぞ。」
「…!はい!!」
ジホの言葉を聴いたソンヒョンの表情は、みるみるうちに明るくなった。口元に笑みが浮かび、目が煌く。いつもは穏やかで品のあるソンヒョンが喜ぶ度に一瞬で表情が華やぐその様に、チャンヒは魅入ってしまう。
(どうしてだろう…。男の人ってこんな感じだったっけ)
チャンヒの周りにいる男は、ジホのように職人気質の者が多い。口数は少なく、落ち着いている。それが悪いことではないし、チャンヒ彼らと関わることには慣れているので、嫌だと思ったことはない。それに、照れ屋な面もあって可愛らしいように感じることだってある。しかし、ソンヒョンのようにずっと傍で見ていたいと思えるような人は初めてだった。
「ここで話すのもあれだな…。付いて来い、家に上がって聴こう。」
チャンヒがソンヒョンのことをじっと見続けているのを他所に、父はそう言って家へと歩き出す。
「…?どうされたのですか?」
それに倣おうと立ち上がりかけたソンヒョンが、チャンヒの顔を見上げながら尋ねた。チャンヒははっと我に返り、
「い、いえ!何でもないです!行きましょうか!」
と慌てて歩き出す。すると、後ろからうっ、とうめき声が聞こえた。
慌てて振り返るとソンヒョンが片膝をついた状態で蹲っている。
何かあったのだろうか。ずっとこの寒さの中で座っていたのだから、何か体調が悪くなったのかもしれない。血の気の引くような思いで、チャンヒは慌てて彼の元に駆け寄る。
「ど、どうされたんですか!?」
「…。い、いや。どうやら痺れてしまって…」
恥ずかしそうに眉を下げた彼の返答は、なかなかに可愛らしいものだった。そう答えている間も、目をぎゅっと瞑ってはその痺れに耐えているので、チャンヒは思わず笑いそうになる。
(だ、だめだめ!ソンヒョン様はずっと耐えてたからこうなったんだし、笑っちゃだめ!)
「ち、父上」
チャンヒはいずれはソンヒョンを気にかけている事を知られて、父に叱られる事を覚悟していた。しかし、いざそれに直面すると怖いものだ。何と言っても、この家の家長である父の言うことは絶対として生きてきたのだ。
冬だと言うのにチャンヒの背中には冷や汗が出る。そして指先の力は抜けて、震えていた。
「ジホさん。娘さんは何も悪くありません。私を優しく気遣ってくださっただけです」
チャンヒが父に向かってどう説明しようと慌てていると、ソンヒョンがそう言った。ジホはチャンヒから地面に座っているソンヒョンへと視線を移す。彼は相変わらず姿勢を一切崩さぬまま、正座をしていた。
「それは分かっている。得体の知れない男を気にかけているのは嬉しくないが、チャンヒが間違ったことをしているわけではないのは理解している。」
チャンヒはその父の言葉を聞いてほっとする。ずっと座り続けているソンヒョンに、目もくれない様子だった父の道徳観を、疑問視していたからだ。それに父がなぜ外套を抱えてやってきたのかというと、ずっと外にいたソンヒョンを、父なりに気遣っていたのかもしれない。だんだんと落ち着いてきて、そのことに気がつき、チャンヒはようやく心から安堵した。
「だが、そもそもこうやって人の家の前でずっと座っていると言うことは、こうやって娘のように誰かを心配させたり、周りに迷惑をかけることだってある。それをお前は理解してこう座っていたのか」
ずっと顔を上げていたソンヒョンが、目を開いたが、そのまま口を噤んで下を向いた。チャンヒは父の言葉の矛先が、突然ソンヒョンの方へと戻ったことに、はらはらする。
「それは…。確かに何度も考えました。しかし…それでも、ここで諦めてはいけないと、そう思ったのです。これは私の勝手な行動ですし、迷惑をかけたとも思っています。その点は本当に申し訳ないです。」
彼は少しの間目を彷徨わせて考えている様子だったが、そう言って頭を深々と下げた。チャンヒは男性が頭を下げるところを初めて見た。父は自尊心が強く、決して頭を下げない。そのため、ソンヒョンのしたことがとても衝撃的だったのだ。
「ですが、理由も聞かず、追い返されてはジホさんに私のことを知ってもらうことはできません。どうか私の弟子入りする理由を聴いていただいて、そのあと弟子入りについて考えていただきたいのです。」
その凛とした声は、この冷えた空気の中に心地よく響く。頭を下げ、人に請うているにも関わらず、なぜ気高く美しく見えたのか、チャンヒには分からなかった。
ソンヒョンの澄んだ目を見たジホが、隣でふーっと息を吐く。呆れたり、悩み事がある時の彼の癖だ。チャンヒは、頑なだった父の心が動きつつあるのに気がついた。
「そこまで言うのならば聴こう。しかし、生半可な理由ならば、躊躇せず追い出すぞ。」
「…!はい!!」
ジホの言葉を聴いたソンヒョンの表情は、みるみるうちに明るくなった。口元に笑みが浮かび、目が煌く。いつもは穏やかで品のあるソンヒョンが喜ぶ度に一瞬で表情が華やぐその様に、チャンヒは魅入ってしまう。
(どうしてだろう…。男の人ってこんな感じだったっけ)
チャンヒの周りにいる男は、ジホのように職人気質の者が多い。口数は少なく、落ち着いている。それが悪いことではないし、チャンヒ彼らと関わることには慣れているので、嫌だと思ったことはない。それに、照れ屋な面もあって可愛らしいように感じることだってある。しかし、ソンヒョンのようにずっと傍で見ていたいと思えるような人は初めてだった。
「ここで話すのもあれだな…。付いて来い、家に上がって聴こう。」
チャンヒがソンヒョンのことをじっと見続けているのを他所に、父はそう言って家へと歩き出す。
「…?どうされたのですか?」
それに倣おうと立ち上がりかけたソンヒョンが、チャンヒの顔を見上げながら尋ねた。チャンヒははっと我に返り、
「い、いえ!何でもないです!行きましょうか!」
と慌てて歩き出す。すると、後ろからうっ、とうめき声が聞こえた。
慌てて振り返るとソンヒョンが片膝をついた状態で蹲っている。
何かあったのだろうか。ずっとこの寒さの中で座っていたのだから、何か体調が悪くなったのかもしれない。血の気の引くような思いで、チャンヒは慌てて彼の元に駆け寄る。
「ど、どうされたんですか!?」
「…。い、いや。どうやら痺れてしまって…」
恥ずかしそうに眉を下げた彼の返答は、なかなかに可愛らしいものだった。そう答えている間も、目をぎゅっと瞑ってはその痺れに耐えているので、チャンヒは思わず笑いそうになる。
(だ、だめだめ!ソンヒョン様はずっと耐えてたからこうなったんだし、笑っちゃだめ!)
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