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番外編
受け継がれしもの 弐
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ついに日が沈み、夜を迎えた。ソンヒョンはまだ、門の前に座っていた。彼の吐く息は白く立ち上る。チャンヒはそんな痛ましい姿を見るにたえなかった。父の目を盗んで、もう一度彼の元へと行く。
「諦めてお帰りください。本当に、このままだと風邪をひくどころか、凍え死んでしまいます。」
冷たい風がチャンヒとソンヒョンの頬を叩くようにして、通り過ぎていく。直に冷気に触れ合っている所が痛かった。外套を着ているチャンヒでさえ、歯の根が合わぬほどがたがたと震えてしまいそうな寒さの中、ソンヒョンは外套さえ着ていなかった。真っ暗な闇の中、青白くなったソンヒョンの顔が、浮かび上がるようにして見える。歯を食いしばり、寒さを耐えているようだが、そんなもので収まりはしない。
「大丈夫です。私はどうしても諦めるわけにはいかないので。」
そう寒さに耐える姿は健気だが、チャンヒにとってはじれったさが増すばかりだった。
「もう!」
チャンヒは外套をばさりと脱ぐ。
「え」
とソンヒョンが慌てているが、気にすることはない。チャンヒはそのまま外套をソンヒョンの身体に被せた。
「諦めるも何も、死んでしまったら意味がないでしょう?」
何故、今日出会った男に、こんなにやきもきさせられなければならないのか、チャンヒは理解できなかった。でも、この男に何かあれば、それは後悔することになると、頭のどこかで理解していた。
「いや、でも流石にこれは…」
「これは私が勝手に貴方に被せたんです!だから貴方のせいじゃありません。」
いつからだろうか。チャンヒはこの彼の無謀な頑張りを、支えたいと思ってしまっていた。できっこないと頭で決めつけながら、彼のことが頭から離れなくなっていた。
もし後にジホが出てきて、彼が外套を羽織っているのを見たら、結局甘やかされたのだな、とソンヒョンは言われるかもしれない。しかし、チャンヒは彼を凍え死にさせるまで放っておけはしなかったのだ。
「…ヒ!チャンヒはどこだ!」
そんな時、風に乗って父の声が聞こえてくる。チャンヒは見つかったのかと、びくりと肩を揺らした。
「行ってください。」
ソンヒョンがそう言った。弾かれるようにして、再び彼を見ると、先ほどよりも表情が和らいでいる。どうやら少しは外套も役に立っているらしい。
「でも」
それでも気がかりだ。外套があるとはいえ、この寒さだ。夜はますます寒さを増す。
「大丈夫です。」
ソンヒョンは今日で何回目かの大丈夫を口にする。相変わらず、人を温かな気持ちにさせるような、柔らかな笑みだった。その彼の笑顔に見惚れているうちにも、父の声は聞こえてくる。
「…また、後で来ます。」
チャンヒはその場から駆け出した。急いでその場を離れなければ、いつまでも彼が気がかりで、動けなくなってしまうと思ったのだ。
ジホがなぜチャンヒを探していたかというと、どうやら食事の準備の際に、いつもは手伝っていたチャンヒがおらず、母がてんてこ舞いになっていたからだ。母のためにと父が動いてくれたことは嬉しかったが、その優しさをあの門で延々と座り続けている彼にも分けて欲しい、とチャンヒは少なからず考えた。
食事が終わり、チャンヒはまた、こっそりと門へと向かった。
「…!大丈夫と何度も言ったのに…。」
ソンヒョンは気にしなくて良い、と言いたげな様子だったが、チャンヒは構わず近寄った。
「これ」
そう言ってチャンヒが差し出したのは、温石だった。こっそり石を火で温めて、布で包んできたのだ。
「一体これは…」
見た目はただ布に何かが入っていると言うことしかわからないので、ソンヒョンが訝しげな表情をして受け取とる。しかし、触れた瞬間にその熱で分かったのだろう。ぱっと表情が明るくなった。
「温かい…!」
彼のその声は、やっと人心地ついたというのがありありとわかる程、ほっと息を吐きながら発せられた。外套を着ていたとはいえ、やはり寒かったのだろう。その上、夜になりこの闇だ。一人で門の前で座り続けるのは不安だったに違いない。
「これは何ですか?こんな物があるなんて、初めて知りました。」
少し頬に血色が戻り、素直に感嘆する姿は、生真面目な顔で頑なにこの場に座り続ける姿とは打って変わり、可愛らしくさえ思えてくる。
(何でかしら、私よりも年上なのに、可愛い。)
などと、チャンヒも思わず考えてしまったが、その後彼の言葉を反芻して、困惑した。
「温石です…。ご存知ないですか?」
「温石と言うんですね…。いや初めて聞きました」
温石は手軽に暖を取れるので、幼い頃、外に出るときなどは母が持たせてくれた。それは他の家の子供も同じだ。それなのになぜ、彼は温石を知らないのか。それは彼の衣が平民階級のものではないことや、仕草や言葉が洗練されていることに、何か繋がりがあるような気がしてならない。
彼は一体何者なのだろうと、ぼんやりと考えてしまう。
「チャンヒ!そんなところで何をしているんだ」
そんな時、父の声が聞こえて、びくりと肩を震わせた。
「諦めてお帰りください。本当に、このままだと風邪をひくどころか、凍え死んでしまいます。」
冷たい風がチャンヒとソンヒョンの頬を叩くようにして、通り過ぎていく。直に冷気に触れ合っている所が痛かった。外套を着ているチャンヒでさえ、歯の根が合わぬほどがたがたと震えてしまいそうな寒さの中、ソンヒョンは外套さえ着ていなかった。真っ暗な闇の中、青白くなったソンヒョンの顔が、浮かび上がるようにして見える。歯を食いしばり、寒さを耐えているようだが、そんなもので収まりはしない。
「大丈夫です。私はどうしても諦めるわけにはいかないので。」
そう寒さに耐える姿は健気だが、チャンヒにとってはじれったさが増すばかりだった。
「もう!」
チャンヒは外套をばさりと脱ぐ。
「え」
とソンヒョンが慌てているが、気にすることはない。チャンヒはそのまま外套をソンヒョンの身体に被せた。
「諦めるも何も、死んでしまったら意味がないでしょう?」
何故、今日出会った男に、こんなにやきもきさせられなければならないのか、チャンヒは理解できなかった。でも、この男に何かあれば、それは後悔することになると、頭のどこかで理解していた。
「いや、でも流石にこれは…」
「これは私が勝手に貴方に被せたんです!だから貴方のせいじゃありません。」
いつからだろうか。チャンヒはこの彼の無謀な頑張りを、支えたいと思ってしまっていた。できっこないと頭で決めつけながら、彼のことが頭から離れなくなっていた。
もし後にジホが出てきて、彼が外套を羽織っているのを見たら、結局甘やかされたのだな、とソンヒョンは言われるかもしれない。しかし、チャンヒは彼を凍え死にさせるまで放っておけはしなかったのだ。
「…ヒ!チャンヒはどこだ!」
そんな時、風に乗って父の声が聞こえてくる。チャンヒは見つかったのかと、びくりと肩を揺らした。
「行ってください。」
ソンヒョンがそう言った。弾かれるようにして、再び彼を見ると、先ほどよりも表情が和らいでいる。どうやら少しは外套も役に立っているらしい。
「でも」
それでも気がかりだ。外套があるとはいえ、この寒さだ。夜はますます寒さを増す。
「大丈夫です。」
ソンヒョンは今日で何回目かの大丈夫を口にする。相変わらず、人を温かな気持ちにさせるような、柔らかな笑みだった。その彼の笑顔に見惚れているうちにも、父の声は聞こえてくる。
「…また、後で来ます。」
チャンヒはその場から駆け出した。急いでその場を離れなければ、いつまでも彼が気がかりで、動けなくなってしまうと思ったのだ。
ジホがなぜチャンヒを探していたかというと、どうやら食事の準備の際に、いつもは手伝っていたチャンヒがおらず、母がてんてこ舞いになっていたからだ。母のためにと父が動いてくれたことは嬉しかったが、その優しさをあの門で延々と座り続けている彼にも分けて欲しい、とチャンヒは少なからず考えた。
食事が終わり、チャンヒはまた、こっそりと門へと向かった。
「…!大丈夫と何度も言ったのに…。」
ソンヒョンは気にしなくて良い、と言いたげな様子だったが、チャンヒは構わず近寄った。
「これ」
そう言ってチャンヒが差し出したのは、温石だった。こっそり石を火で温めて、布で包んできたのだ。
「一体これは…」
見た目はただ布に何かが入っていると言うことしかわからないので、ソンヒョンが訝しげな表情をして受け取とる。しかし、触れた瞬間にその熱で分かったのだろう。ぱっと表情が明るくなった。
「温かい…!」
彼のその声は、やっと人心地ついたというのがありありとわかる程、ほっと息を吐きながら発せられた。外套を着ていたとはいえ、やはり寒かったのだろう。その上、夜になりこの闇だ。一人で門の前で座り続けるのは不安だったに違いない。
「これは何ですか?こんな物があるなんて、初めて知りました。」
少し頬に血色が戻り、素直に感嘆する姿は、生真面目な顔で頑なにこの場に座り続ける姿とは打って変わり、可愛らしくさえ思えてくる。
(何でかしら、私よりも年上なのに、可愛い。)
などと、チャンヒも思わず考えてしまったが、その後彼の言葉を反芻して、困惑した。
「温石です…。ご存知ないですか?」
「温石と言うんですね…。いや初めて聞きました」
温石は手軽に暖を取れるので、幼い頃、外に出るときなどは母が持たせてくれた。それは他の家の子供も同じだ。それなのになぜ、彼は温石を知らないのか。それは彼の衣が平民階級のものではないことや、仕草や言葉が洗練されていることに、何か繋がりがあるような気がしてならない。
彼は一体何者なのだろうと、ぼんやりと考えてしまう。
「チャンヒ!そんなところで何をしているんだ」
そんな時、父の声が聞こえて、びくりと肩を震わせた。
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