華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
91 / 221
軍事同盟

二国の未来

しおりを挟む
「では、食後に運動というのもなんですし、しばらくしてから手合わせ願いましょうか」

  食事を終え、王が執務室に向かってしまってから、ジンホはリョンへに提案した。

「そうだな。ではそれまでは…」
「私とお話をいたしませんか」

  どうすべきか、とこれからの予定を考えていたリョンヘを、ジンホは再び誘う。少しずつではあるが、ハヨンはジンホの人柄について少しわかってきたような気がする。慣れてくると、彼は割と積極的に関わりを持とうとする質のようだ。

「そうだな。特にすることもないし…。ハヨンはどうする」
「私は…お供してもよろしいですか?」

  ハヨンも他の兵士達との打ち合わせなどもないし、リョンへの護衛が第一の仕事なので、二人の邪魔にならないかと一瞬気が引けたが、おずおずと申し出た。

「構わない。この面々ならば武道について語り合うことができるな」

  ジンホは微笑んだ。その表情は随分と柔らかく、ハヨンも嬉しくなる。彼のことを知れば知るほど、知りたいという気持ちが沸いてくる。こういった性質は、もしかすると民を導く者にとって大事なことかもしれない。

「では私の執務室でも構わないか?」
「ああ。」
「失礼いたします」

  ハヨンたちはジンホの後について行く。廊下は少しひんやりしていた。先程の広間は暖かく工夫されていたが、廊下は窓も小さい上に石造りなので、日が差し込みにくく、真冬になれば寒さが厳しいだろう。しかし床は深紅の絨毯が敷かれており、そんな雰囲気に相対する形になっている。どこか異国からの物なのか金色の刺繍で独特な模様が施されていた。

「ここが私の執務室だ。」

  ジンホが足を止め、そう告げる。彼の前には大きな岩でできた扉があった。

(豪華な造りだけど…。重くはないのかな。)

  その岩の扉は、大自然にそびえ立つ、大岩のようにごつごつとしている。もしや彼の腕力の秘訣は、この扉のおかげなのかも知れない。などと、ハヨンは妙な考えが頭の中に浮かんだ。
  ジンホに続いて執務室に入ると、彼の執務室も、岩壁がむき出しの状態だった。燐の城の、王子の執務室などはとても色彩華やかなのだが、ここは一切そういったものがない。執務室には調度品などもあまり置かれておらず、剣が何振りか壁に掛けられている。少し殺風景にも見えたが、無駄な物がない、彼らしいとも言える内装だ。

「ホン、椅子を三つ出してくれ」
「かしこまりました」

  ジンホが執務室に控えていた側仕えに運ぶよう指示する。ジンホとリョンヤンの二人が椅子に座り、ハヨンは立って話を聞こうとした。

「ハヨン殿も座ったらどうだ。」
「いや…。私は王子を護る護衛ですので、お気になさらず。」

  もし座ったとしても、ハヨンは王子に混じって話すことになり、落ち着かないので、こうやって後ろに控えながら話を聞いた方が良い。
  二人から一歩下がったところに立っていると、窓から夏を告げる、草の匂いが混じった爽やかな風が通り抜け、ハヨンの頬に涼やかな空気が当たる。この国の気候は割と涼しい地域のようで、とても過ごしやすい。

「この国は今の季節が一番快適なんだな。風が気持ち良い」
「ああ、そうだな。他国の豪商や貴族の奥方などが時折避暑に来たりする。」
「それは驚いた。なら、滓は観光も栄えているのだな。」

  ハヨンも父が生きていた頃はそれなりに裕福ではあったが、そのような時間はなかったし、母と二人で暮らしていた頃は、旅をして回るような金の余裕は全くと言ってなかったため、そのような人もいるのだ、と驚いた。

「いや。これが、夏場はいいのだが、冬場はここ一帯雪が積もるからな。」
「それもそうだ。年中同じ気候の国など、珍しいしな。」
「しかし、我が国と交易のある国のいくつかには、年中暑いところもあるらしい。」
「それは、滓へ避暑に来る人達には、行きにくい国だな」

  リョンヘがにやりと笑みを浮かべてそう言った。どうやらそこ避暑する奥方たちが、常夏の国へ行ったところを想像したのだろう。
  ハヨンは初めてそのような場所があるのを知り、この世には己が想像もできないような国が存在しているのかと、想いを馳せる。きっと、文化も何もかもが違う国なのだろう。

「逆に訊きたいのだが、燐についてはどう思う?」

  にやにやと笑うのをやめたリョンヘが、ジンホに尋ねる。軽い口ぶりではあったものの、目は真剣な光を宿している。燐に対する客観的な意見を聴きたいのだろう。
  ハヨン自身も、他国の王子がこの国をどう思っているのかは気になっていたので、少し緊張した。ハヨンにとっては燐の国が全てで、故郷だ。

「知っての通り、先日私は初めて燐を訪れたが…。荒れた土地などもあるにはあったが、自然を愛し、生きる姿を見て、美しい国だと思った。王都では塵一つ落ちていなかったし、親を失くした子犬を気にかけている者がいたり、動物を狩りすぎないよう、国全体で法があるのも知った。」

そのジンホの口ぶりから、彼は燐を訪れた際、この国にとても興味を持ち、民の生活までしっかりと見ようとしていたことがわかった。
  ちらりとリョンヘを見ると、彼の表情は柔らかで、彼もハヨン同様、嬉しいのだと見て取れた。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...