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おもてなし
ハイルの心労
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「構うな。私はこの者に個人的に興味を抱いただけだ。女の兵士など初めて見たからな。それに武道をやっておる者は自ずと身のこなしに出てくる。あった時からその動きを見て、気になっていたからな。」
そう言いながらジンホは衣を戦いやすいように捲り始める。従者の制止など気にも留めない。
「とはいえ私とお前では力の差が出てくる。俺は木刀にするがお前はどうする。真剣でもよいぞ。」
これはハヨンが女性だと思い気遣っているからの優しさか、もしくはこんな気遣いをしなければろくに戦えないだろうという嘲りか。
思わずどちらかと頭で考えたハヨンは随分曲がった考えをするようになったと叱咤する。
(もっと素直にならなきゃこの先やっていけない。)
しかしそれについての反省は後にすることにして、ハヨンはその申し出を断ることにする。
「いいえ、私も木刀でいたします。」
「…そうか。特別扱いは嫌いなのだな。」
ジンホは楽しそうに、微かに笑んだ。
練習していた兵士達は一斉に脇にひき、ハヨンとヨンホだけが武道場の真ん中に立つ。
ハヨンはどうやって戦うべきか考えあぐねていた。何しろ彼の情報は一切無いのだ。
「では構えて。」
ハヨンは珍しく考えて戦うことを放棄することにする。どちみち戦や刺客とやり合うような本番でも、敵の情報は無いのだから。
「始めっ!」
ハヨンはその掛け声と共に木刀を前に突き出した。
一方、白虎の会議室では、ハイルが今日のヨンホの訪問の変更のために護衛の配置について、一人で考え直していた。
「ハイル様っ…!」
「どうしたんですか、そんなに慌てて。」
騒々しく入ってきた後輩の兵士の登場に、顔をあげる。
「さ、先程ジンホ様が武道場にお越しになられたのですが、ハヨンとお手合わせなさるとおっしゃって…。ただいま二人で試合をなさっております」
思わず音を立てるほどの勢いでハイルは腰掛けから立ち上がった。
「それはまさかハヨンから言い出したんじゃないでしょうね?」
彼女は聡明ながらも何か戦うことにおいては人よりも挑発的で、向う見ずな面があるので、ハイルはもしそうだったらどうやってジンホに謝罪しようと反射的に頭の中で考えた。
「いいえ、ジンホ様のご意向らしく、ハヨンはただその誘いに乗っただけのようです」
「…とりあえずハヨンの様子を見に行きます。教えてくれてありがとう。」
ハイルは会議室を出て二人で小走りに進む。
「ところで俺に伝えたということは、ヘウォンはもちろん…」
「はい、ご存じです」
「彼は何と?」
「前代未聞だが、楽しそうだ。非番の奴は観に行かねば損だ!と」
ハイルは相変わらず陽気で楽観的な様子の上官に、ため息をついた。こうやって彼の心労は増えてゆくのである。
「ハヨンが何かしでかさないといいんですが…」
ハイルは心の中で祈りながら、武道場の戸を開ける。戸を開けて、まず目に飛び込んだのは、ハヨンがジンホに向かって剣を振り下ろす光景だ。
ジンホは意図も簡単にハヨンの剣を捉える。そしてハヨンは重心を乗せても無駄だと悟ったようで、すぐさま後ろに下がる。
しかし次の行動はいつものハヨンにはあり得ない動きなので、ハイルは思わず大きな声を出しそうになった。
もう一度ハヨンはジンホに同じように剣を振り下ろしたのだ。
「なんだか、いつものハヨンと違いますね。」
それには一緒にやって来た部下も気がついたようで、ハイルにそう囁く。道場はしんとしており、皆が固唾を呑んで見守っている。大声を出すのは憚られた。
「あなたもそう思いますか。」
「はい。彼女は無理だと思った手はもう二度と使いません。できるだけ体力の消耗が少なくすむよう、即座に判断するんです。それに、あんな上段から剣を振り下ろすなんて無防備な攻撃、そう何度もしない質です」
上段で剣を構えるとどうしても腹の辺りが、がら空きになる。腹には重要な臓器がいくつも収納されている上に、ろっ骨で覆われていないので、一撃を受けるとかなりの負担を負うことになる。
急所もたくさんあるので、辺りどころが悪ければ死に繋がるのだ。それを何度も教えられているはずだし、彼女は入隊したときには既にその事を心得ていた。そんな基本的なことを守らず戦うとは一体どういうことなのか。
ハイルと部下は先行きが見えない上に、いつもの様子のちがうハヨンに、不安を覚える。
「それにしてもジンホ様は一向に動こうとなさらないですね」
大きな岩のようにその場に構えているジンホは、まだハヨンの剣を受け止める動作以外ほとんど動いていない。
そうこうするうちにハヨンは再び剣を振り下ろし、見切りをつけてから後ろに下がる。 なんともじれったい展開だ。
しかし、ハヨンが下がりきった後、稲妻のような速さでジンホがハヨンに一文字に刀を振った。
その速さは希に見るもので、何年も兵士として城に勤めているハイルでさえ目を見張るほどだ。
「あの速さはなんでしょうね。あの体格の男にはあり得ないぐらいの素早さですね。」
部下も彼におののいている。その後は今までの静けさはどこに行ったのやら、二人は激しく刀を突き合わせた。刀が激しくぶつかる金属音が狭い道場に鳴り響く。
皆は息を潜めて二人の勝敗を見守った。
一連の動作はどちらも洗練されており、戦いではなく、舞いを舞っているかのように滑らかに動いた。二人は息もきらさず次の動作へ、次の動作へと進んで行く。
しかし体力や腕力の差は流石に現れる。ハヨンの刀はついにジンホによってなぎはらわれ、そのまま床に落ちた。
今まで静まりかえっていた道場にどよめきがおこる。
誰もがここで試合が終わったかと思ったが、次の彼女の動作でさらにどよめきは増した。ハヨンは刀を持たないまま、独特な体術の構えをとったのである。
「ほう、まだ戦えるというわけか。刀のことでもそうだったが、根っからの負けず嫌いだな。」
「はい。その通りでございます。私の特技は刀だけではないのです。」
ハヨンが荒く息をしながらそう答えた。ハイルは頭が痛くなった気がした。
(そうだ、ハヨンはすぐに諦める人ではなかった…。普段が礼儀正しいから忘れていましたが、もともと前代未聞の女人の兵士として志願するような人なのだし、あのときもやたらと自信に満ちていた…。その自信は確かに実力には伴っているので問題はありませんが、流石に王子相手では…。)
しかし、人はある境地に入ると、好戦的になることがある。それはハイルにも経験があるので、彼女の行動を理解できない訳ではなかった。
そう言いながらジンホは衣を戦いやすいように捲り始める。従者の制止など気にも留めない。
「とはいえ私とお前では力の差が出てくる。俺は木刀にするがお前はどうする。真剣でもよいぞ。」
これはハヨンが女性だと思い気遣っているからの優しさか、もしくはこんな気遣いをしなければろくに戦えないだろうという嘲りか。
思わずどちらかと頭で考えたハヨンは随分曲がった考えをするようになったと叱咤する。
(もっと素直にならなきゃこの先やっていけない。)
しかしそれについての反省は後にすることにして、ハヨンはその申し出を断ることにする。
「いいえ、私も木刀でいたします。」
「…そうか。特別扱いは嫌いなのだな。」
ジンホは楽しそうに、微かに笑んだ。
練習していた兵士達は一斉に脇にひき、ハヨンとヨンホだけが武道場の真ん中に立つ。
ハヨンはどうやって戦うべきか考えあぐねていた。何しろ彼の情報は一切無いのだ。
「では構えて。」
ハヨンは珍しく考えて戦うことを放棄することにする。どちみち戦や刺客とやり合うような本番でも、敵の情報は無いのだから。
「始めっ!」
ハヨンはその掛け声と共に木刀を前に突き出した。
一方、白虎の会議室では、ハイルが今日のヨンホの訪問の変更のために護衛の配置について、一人で考え直していた。
「ハイル様っ…!」
「どうしたんですか、そんなに慌てて。」
騒々しく入ってきた後輩の兵士の登場に、顔をあげる。
「さ、先程ジンホ様が武道場にお越しになられたのですが、ハヨンとお手合わせなさるとおっしゃって…。ただいま二人で試合をなさっております」
思わず音を立てるほどの勢いでハイルは腰掛けから立ち上がった。
「それはまさかハヨンから言い出したんじゃないでしょうね?」
彼女は聡明ながらも何か戦うことにおいては人よりも挑発的で、向う見ずな面があるので、ハイルはもしそうだったらどうやってジンホに謝罪しようと反射的に頭の中で考えた。
「いいえ、ジンホ様のご意向らしく、ハヨンはただその誘いに乗っただけのようです」
「…とりあえずハヨンの様子を見に行きます。教えてくれてありがとう。」
ハイルは会議室を出て二人で小走りに進む。
「ところで俺に伝えたということは、ヘウォンはもちろん…」
「はい、ご存じです」
「彼は何と?」
「前代未聞だが、楽しそうだ。非番の奴は観に行かねば損だ!と」
ハイルは相変わらず陽気で楽観的な様子の上官に、ため息をついた。こうやって彼の心労は増えてゆくのである。
「ハヨンが何かしでかさないといいんですが…」
ハイルは心の中で祈りながら、武道場の戸を開ける。戸を開けて、まず目に飛び込んだのは、ハヨンがジンホに向かって剣を振り下ろす光景だ。
ジンホは意図も簡単にハヨンの剣を捉える。そしてハヨンは重心を乗せても無駄だと悟ったようで、すぐさま後ろに下がる。
しかし次の行動はいつものハヨンにはあり得ない動きなので、ハイルは思わず大きな声を出しそうになった。
もう一度ハヨンはジンホに同じように剣を振り下ろしたのだ。
「なんだか、いつものハヨンと違いますね。」
それには一緒にやって来た部下も気がついたようで、ハイルにそう囁く。道場はしんとしており、皆が固唾を呑んで見守っている。大声を出すのは憚られた。
「あなたもそう思いますか。」
「はい。彼女は無理だと思った手はもう二度と使いません。できるだけ体力の消耗が少なくすむよう、即座に判断するんです。それに、あんな上段から剣を振り下ろすなんて無防備な攻撃、そう何度もしない質です」
上段で剣を構えるとどうしても腹の辺りが、がら空きになる。腹には重要な臓器がいくつも収納されている上に、ろっ骨で覆われていないので、一撃を受けるとかなりの負担を負うことになる。
急所もたくさんあるので、辺りどころが悪ければ死に繋がるのだ。それを何度も教えられているはずだし、彼女は入隊したときには既にその事を心得ていた。そんな基本的なことを守らず戦うとは一体どういうことなのか。
ハイルと部下は先行きが見えない上に、いつもの様子のちがうハヨンに、不安を覚える。
「それにしてもジンホ様は一向に動こうとなさらないですね」
大きな岩のようにその場に構えているジンホは、まだハヨンの剣を受け止める動作以外ほとんど動いていない。
そうこうするうちにハヨンは再び剣を振り下ろし、見切りをつけてから後ろに下がる。 なんともじれったい展開だ。
しかし、ハヨンが下がりきった後、稲妻のような速さでジンホがハヨンに一文字に刀を振った。
その速さは希に見るもので、何年も兵士として城に勤めているハイルでさえ目を見張るほどだ。
「あの速さはなんでしょうね。あの体格の男にはあり得ないぐらいの素早さですね。」
部下も彼におののいている。その後は今までの静けさはどこに行ったのやら、二人は激しく刀を突き合わせた。刀が激しくぶつかる金属音が狭い道場に鳴り響く。
皆は息を潜めて二人の勝敗を見守った。
一連の動作はどちらも洗練されており、戦いではなく、舞いを舞っているかのように滑らかに動いた。二人は息もきらさず次の動作へ、次の動作へと進んで行く。
しかし体力や腕力の差は流石に現れる。ハヨンの刀はついにジンホによってなぎはらわれ、そのまま床に落ちた。
今まで静まりかえっていた道場にどよめきがおこる。
誰もがここで試合が終わったかと思ったが、次の彼女の動作でさらにどよめきは増した。ハヨンは刀を持たないまま、独特な体術の構えをとったのである。
「ほう、まだ戦えるというわけか。刀のことでもそうだったが、根っからの負けず嫌いだな。」
「はい。その通りでございます。私の特技は刀だけではないのです。」
ハヨンが荒く息をしながらそう答えた。ハイルは頭が痛くなった気がした。
(そうだ、ハヨンはすぐに諦める人ではなかった…。普段が礼儀正しいから忘れていましたが、もともと前代未聞の女人の兵士として志願するような人なのだし、あのときもやたらと自信に満ちていた…。その自信は確かに実力には伴っているので問題はありませんが、流石に王子相手では…。)
しかし、人はある境地に入ると、好戦的になることがある。それはハイルにも経験があるので、彼女の行動を理解できない訳ではなかった。
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