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剣士の休日
里帰り 弐
しおりを挟む「お邪魔しまーす」
固く閉じられていた校長室の扉が開き、この狂宴に真っ赤な血をもたらした主が姿を表す。
古賀彩乃。
この学校のせいで、一番大切な存在である家族を奪われた存在だ。
当然、死んだ彼らに同情の念など持っているはずもなく、彼女は校長室の床に転がる死体を一瞥すると鼻で笑い飛ばした。
しかし彼女が校長室へと足を踏み入れたのは死者を嘲笑うことが目的ではない。
彩乃は目線を開け放たれた窓へと向ける。
「さて……もういい加減生き返ってもいいんじゃない」
彼女の言葉に従うように、下から伸びて来た手が窓枠を掴む。
「善見センセ」
腕の主は生徒指導を担当していた善見勧世だったが……彼は死んだはずである。
真っ先に逃走しようとして窓から身を乗り出し、ルール違反したが故に首輪が爆破されていた。
しかし、それは首輪が本当に人を殺し得る道具であると信じさせるための演技であり、きっかけを与えるための嘘だった。
「本当に、殺し合ったのですか……」
善見は死体を見て開口一番にそうぼやく。
彼の瞳は目線の先にある死体たちと同じく光を宿しておらず、闇のように真っ暗だった。
「どう? これで気はすんだ?」
「…………」
ゆっくりと、善見は首を横に振る。
「そんなわけ、ないじゃないですか」
何故、善見が演技までして首輪が本物であり、爆発したら死ぬと信じてもらわなければならなかったのか。
それは善見の目的が校長たちの本心にあったからだ。
「死んでほしくなかった……! 証明してほしかった……! 導くに足る心がけを持っていると!」
「教師も生徒も差し出した裏切り者のあなたがそれを言うんだ」
「だから、ですよ……」
善見は彩乃の復讐を手助けするために、彩乃の指示に従い行動した。
学校を閉鎖し、生徒たちを眠らせて首輪をつけた。
今後、保護者達から苦情が入った場合の対応、時間稼ぎも行う予定だ。
教師であるのに生徒たちを殺す手伝いをするなど、校長たちよりもよほどあくどい存在なのだ。
そんな善見が心がけを問うなど噴飯ものであろう。
「私はもう分からないんです! 生徒たちが! 教師が! 学校という存在が!! 誰も、何も、在り方すらも!!」
窓枠を握る善見の手が震える。
教師、それも生徒指導という厄介な職務を担っているだけあって、善見は色々と思い詰めてしまう質であった。
「だからあなたに裁いて欲しかった……この惨状を暴いて欲しかった……」
「あっそう。ご大層なお題目を並べてるところ申し訳ないんだけど、私にはどうでもいい。ましてや学校の未来なんて厄介なもの背負ってるつもりもないから」
校長たちはこの事件を風化させようとし、生徒たちは他人事を決め込んでいた。
だから彩乃は動いたのだ。
復讐を始めたのだ。
そこにあるものは彩乃自身の利己的な欲求だけ。
大儀などとは全く関係がなかった。
「分かっています。私が勝手に、私の理想をあなたに押し付けているだけだというのは……」
「――っ」
うじうじと力なく肩を落とす善見に思うところがあったのか、彩乃は足音を立てて歩み寄ると、
「アンタは――っ」
襟首をつかんで窓から校長室へと引きずり込んだ。
そのまま鼻先が触れ合うほど顔を近づけて怒鳴りつける。
「私の共犯者だろうっ! お互い目的のために利用しあっているだけの犯罪者だ!」
「それは……」
「見ろ」
顔を掴んで無理やり首を捻じ曲げ、3つもある死体を善見に見せつけた。
「お前が殺したんだ。お前と私で殺したんだ。今更命令に従っている風な態度を取って逃げるなっ!!」
「……逃げるつもりは、ありません」
本人に逃げるつもりが無くとも、分かっていないのならただの傍観者と変わりない。
それは逃げだ。
責任からの逃亡だ。
そんなだらしない真似を彩乃は許さない。
「私は優乃の復讐をする。だけど全員を問答無用で殺さないのは、大事なあの子が助けたいと思ったヤツが居るからだ」
彩乃はそもそもクラスの全員を殺すつもりだった。
学校そのものを破壊して、全てを否定するつもりだった。
でもわざわざ迂遠な方法を取ったのは、理由である優乃の望みがあったから。
そして、目の前で呆けている男のせいでもあった。
「なら殺さないでもいいヤツが他にも居たら。優乃の死を無駄にしないでくれる様な人が居たとしたら。それが優乃の救いになるかもしれないって私は思うから……。だから……!」
感情の高ぶりが溢れ出て、彩乃の頬を伝う。
誰のための涙かは彩乃自身にも理解できない。
分からないから、やり場のない感情が彩乃の中で渦を巻いて荒れ狂う。
「アンタは私を利用しろ。利用してアイツらを問い殺せ! 私もお前を利用して復讐をする。それだけなんだよ!」
「…………」
善見は頭を傾けて、3つの死体を順番に眺めていく。
うつぶせに倒れているが故に、死に顔すら見えない校長。
喉元にある首輪を握りしめたまま天井を仰いで絶命している学年主任。
そして、ふたりから離れたところで薄気味悪い笑みを浮かべたまま死んでいる教頭。
誰も彼も直接手を下してはいないが、間違いなく善見が殺した者たちだ。
もう善見は戻れない所に一歩踏み出してしまった。
殺人犯へと成り果ててしまった。
そのことを身に刻み――。
「分かりました。……よく、分かりました」
善見は彩乃の共犯者に、なった。
彩乃の居る場所へと共に堕ちる存在になった。
「ならしっかりしろよ……」
「はい」
「これから29人の生徒たちを鏖殺するんだから」
「はい」
「お願い、だから……」
消え入りそうなほどか細い声。
彩乃が最期に見せた、人間としてのひとかけら。
その声に善見が返事をすることはなかった。
ここに居るのはふたりの殺人鬼であり、か弱い人間ではないのだから。
動き出してしまった歯車は、全てを押し潰すまで止まらない。
固く閉じられていた校長室の扉が開き、この狂宴に真っ赤な血をもたらした主が姿を表す。
古賀彩乃。
この学校のせいで、一番大切な存在である家族を奪われた存在だ。
当然、死んだ彼らに同情の念など持っているはずもなく、彼女は校長室の床に転がる死体を一瞥すると鼻で笑い飛ばした。
しかし彼女が校長室へと足を踏み入れたのは死者を嘲笑うことが目的ではない。
彩乃は目線を開け放たれた窓へと向ける。
「さて……もういい加減生き返ってもいいんじゃない」
彼女の言葉に従うように、下から伸びて来た手が窓枠を掴む。
「善見センセ」
腕の主は生徒指導を担当していた善見勧世だったが……彼は死んだはずである。
真っ先に逃走しようとして窓から身を乗り出し、ルール違反したが故に首輪が爆破されていた。
しかし、それは首輪が本当に人を殺し得る道具であると信じさせるための演技であり、きっかけを与えるための嘘だった。
「本当に、殺し合ったのですか……」
善見は死体を見て開口一番にそうぼやく。
彼の瞳は目線の先にある死体たちと同じく光を宿しておらず、闇のように真っ暗だった。
「どう? これで気はすんだ?」
「…………」
ゆっくりと、善見は首を横に振る。
「そんなわけ、ないじゃないですか」
何故、善見が演技までして首輪が本物であり、爆発したら死ぬと信じてもらわなければならなかったのか。
それは善見の目的が校長たちの本心にあったからだ。
「死んでほしくなかった……! 証明してほしかった……! 導くに足る心がけを持っていると!」
「教師も生徒も差し出した裏切り者のあなたがそれを言うんだ」
「だから、ですよ……」
善見は彩乃の復讐を手助けするために、彩乃の指示に従い行動した。
学校を閉鎖し、生徒たちを眠らせて首輪をつけた。
今後、保護者達から苦情が入った場合の対応、時間稼ぎも行う予定だ。
教師であるのに生徒たちを殺す手伝いをするなど、校長たちよりもよほどあくどい存在なのだ。
そんな善見が心がけを問うなど噴飯ものであろう。
「私はもう分からないんです! 生徒たちが! 教師が! 学校という存在が!! 誰も、何も、在り方すらも!!」
窓枠を握る善見の手が震える。
教師、それも生徒指導という厄介な職務を担っているだけあって、善見は色々と思い詰めてしまう質であった。
「だからあなたに裁いて欲しかった……この惨状を暴いて欲しかった……」
「あっそう。ご大層なお題目を並べてるところ申し訳ないんだけど、私にはどうでもいい。ましてや学校の未来なんて厄介なもの背負ってるつもりもないから」
校長たちはこの事件を風化させようとし、生徒たちは他人事を決め込んでいた。
だから彩乃は動いたのだ。
復讐を始めたのだ。
そこにあるものは彩乃自身の利己的な欲求だけ。
大儀などとは全く関係がなかった。
「分かっています。私が勝手に、私の理想をあなたに押し付けているだけだというのは……」
「――っ」
うじうじと力なく肩を落とす善見に思うところがあったのか、彩乃は足音を立てて歩み寄ると、
「アンタは――っ」
襟首をつかんで窓から校長室へと引きずり込んだ。
そのまま鼻先が触れ合うほど顔を近づけて怒鳴りつける。
「私の共犯者だろうっ! お互い目的のために利用しあっているだけの犯罪者だ!」
「それは……」
「見ろ」
顔を掴んで無理やり首を捻じ曲げ、3つもある死体を善見に見せつけた。
「お前が殺したんだ。お前と私で殺したんだ。今更命令に従っている風な態度を取って逃げるなっ!!」
「……逃げるつもりは、ありません」
本人に逃げるつもりが無くとも、分かっていないのならただの傍観者と変わりない。
それは逃げだ。
責任からの逃亡だ。
そんなだらしない真似を彩乃は許さない。
「私は優乃の復讐をする。だけど全員を問答無用で殺さないのは、大事なあの子が助けたいと思ったヤツが居るからだ」
彩乃はそもそもクラスの全員を殺すつもりだった。
学校そのものを破壊して、全てを否定するつもりだった。
でもわざわざ迂遠な方法を取ったのは、理由である優乃の望みがあったから。
そして、目の前で呆けている男のせいでもあった。
「なら殺さないでもいいヤツが他にも居たら。優乃の死を無駄にしないでくれる様な人が居たとしたら。それが優乃の救いになるかもしれないって私は思うから……。だから……!」
感情の高ぶりが溢れ出て、彩乃の頬を伝う。
誰のための涙かは彩乃自身にも理解できない。
分からないから、やり場のない感情が彩乃の中で渦を巻いて荒れ狂う。
「アンタは私を利用しろ。利用してアイツらを問い殺せ! 私もお前を利用して復讐をする。それだけなんだよ!」
「…………」
善見は頭を傾けて、3つの死体を順番に眺めていく。
うつぶせに倒れているが故に、死に顔すら見えない校長。
喉元にある首輪を握りしめたまま天井を仰いで絶命している学年主任。
そして、ふたりから離れたところで薄気味悪い笑みを浮かべたまま死んでいる教頭。
誰も彼も直接手を下してはいないが、間違いなく善見が殺した者たちだ。
もう善見は戻れない所に一歩踏み出してしまった。
殺人犯へと成り果ててしまった。
そのことを身に刻み――。
「分かりました。……よく、分かりました」
善見は彩乃の共犯者に、なった。
彩乃の居る場所へと共に堕ちる存在になった。
「ならしっかりしろよ……」
「はい」
「これから29人の生徒たちを鏖殺するんだから」
「はい」
「お願い、だから……」
消え入りそうなほどか細い声。
彩乃が最期に見せた、人間としてのひとかけら。
その声に善見が返事をすることはなかった。
ここに居るのはふたりの殺人鬼であり、か弱い人間ではないのだから。
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