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剣士の休日
人買い 弐
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そして小さな鍵穴が、その変色した床に施されている。
(地下か…!)
鍵なんて探している余裕は無い。
(練習では割る専用の板を使っていたけど、何回か当てればいけるかな。)
ハヨンは蹴りを入れ始める。一点目掛けて蹴るのを幾度か繰り返すと、割れ目が入った。
(これで上に飛び乗ったら、板が割れて落っこちて打つ…なんてことにはならないようにしないと。)
次にハヨンが拳で殴り付けるとやっと割れた。拳から流れる血のことなど気に止めている場合ではない。
ハヨンは地下へ続く階段を下りる。そこには縄で自由を奪われた人達が座り込んでいた。入ってきたハヨンが、人買いの仲間の一人ではないかという怯えの色が瞳から見てとれた。
「私は彼らの一味ではありません。あなた達を助けに来ました。私が縄を解いたらばれないようにそっとこの店を抜け出してください。」
ハヨンは小刀を懐から取り出して次々に縄を解いていく。手首に鬱血したような跡がある。長い間きつく縛られていたのだろう。
「おねぇさんありがとう。」
小さな子供の縄を解いた時、そう言われてなんだか泣きそうになる。この少女は大人達の汚い欲望に巻き込まれただけなのだ。何も悪いことをしていない。それなのにこんなに傷を負うなんて…とハヨンは溢れそうになる涙を耐えるためにぎゅっと唇を噛み締めた後、笑った。
(この世の中を変えたい。私にはたいした力はないけど、こんな小さな子供が笑って過ごせるようにしたい。)
城の中が派閥で争っている場合ではない、とハヨンは強く憤る。血が頭に上り、痛みを感じた。
(私の主はリョンヤン様だ。リョンヤン様は中立派。でも私はもう傍観しておくのは耐えられない…)
今までは確かに平民を大事にしてほしいとは思っていたが、派閥に巻き込まれるのが嫌で、自分の考えをひた隠しにしていた。でも、そんなことをしていたら、平民の暮らしをしていた自分が伝えられることもあるはずなのに平民達の声はいつまでも届かない。
(この国を、子供達を守るにはどうすればいいだろう。)
ハヨンは次々と縄を解きながら自分の意志と主の立場との二つで揺れ動いていた。
「私は店にいるもう一人の仲間に加勢します。だからあなた達は先に逃げて。」
縄を解いてもらうのが最後になった人達にハヨンは告げた。拘束されていた者たちは戸惑うように顔を見合わせる。
「でも…あなたは大丈夫なの?危険だと思うんだけど…」
「ええ、私は決して負けたりしない。」
そうでなければ生きて帰れないだろう。最悪のことは考えたくもなかった。
「本当に助けてくれてありがとう。またいつかお礼を…」
「いいえいいえ。私がしたいことをしただけだから。」
ハヨンは笑ってみせた。本当に何かを求めていたわけではない。この理不尽な状況に憤り、変えたいと思ったから。求めていたのは、何も悪くない人達を助けて笑顔になってもらえること。それだけだ。
「いつ、やつらがこっちに来るかわからない。だから早く逃げて。」
ハヨンがそう言うと、彼女達は階段をかけ上がって行った。何度かハヨンを心配してか、振り返る者もいる。気にしないでいい、という意味を込めて、手を振って見送った。
そしてハヨンはリョンのもとへ行くと、結構な数の大男が伸されていた。王族一の腕というのは嘘ではないらしい。
リョンは相手を気絶させるだけで、相手を斬る行為はしてなかった。血まみれの姿では城に帰るのも難しいし、今回はもともと視察するだけの予定だったので、殺しては駄目だと思ったのだろう。
「リョン、手伝うよ。」
リョンの背後に立ち、向かってくる巨漢たちを刀のさやで叩いた。巨漢の用心棒やごろつき達はうめき声をあげて、どすんと倒れていく。
「助かる。」
ハヨンが皆を解放できるように、囮となって派手に立ち回っていたからか、リョンの肩は大きく上下し、呼吸が荒かった。ハヨンはもうこれ以上リョンに負担をかけたくなかったので、容赦なく相手を突く。
全員を伸すまでずいぶんと時間がかかったが、中心の人物だったがらがら声の男は皆に守られていたせいで、店の戸棚に見事に隠れていた。ハヨンとリョンは男を壁際に追い詰める。
「な、なぁちょっと待ってくれよ。」
男が焦ったようにハヨンたちに話しかけた。
「あいにくそんなことで待つようなのろまじゃないんでね。」
リョンが素っ気なく返すと、ちっと舌打ちをし、男は懐から小刀を取り出して、ハヨンに飛びかかった。きっと、女だからまだ勝算があると考えたのだ。
ハヨンはその男の手首を持ち、男の体を反転させた。男はそのまま背中を強く打ち付ける。叫び声をあげてから起き上がれない様子を見ると、少し打ち所が悪かったらしい。
ハヨンは捕まっていた人を拘束していた縄を持ってきていたので、男を縛りあげる。
「私は彼をこの町に駐屯している兵士に引き渡してくる。」
リョンが駐屯地に行けば、彼がお忍びで来ていることがばれるからだ。出来るなら目立たずに終わらせたい。
「わかった、助かるよ。でもこいつを運ぶのは俺に任せて。さすがにあんたより背の高い男を担がせるのは気が引ける。」
「ありがとう。私も引きずって行こうかと思っていたから。」
そ、それはだいぶん拷問だな。とリョンは少し笑みをひきつらせる。リョンは男を俵担ぎにして歩き始めた。
「どうやら悪事を働いていたやつらのほとんどがあの店にいたようだな。」
「うん。…すみません。今から兵士を呼んで来ますので、それまで店の中のやつらが逃げ出さないように見張って貰えませんか。みんな怪我してろくに動けないので、襲ってきません。それに危なかったら逃げてもらって構わないので」
リョンに返事をしながら、店の騒ぎを家の窓からこっそりと伺っていた町の人々に声をかける。
「わかった。あなたに助けてもらったし、ここは任せて。」
とさっき店を抜け出した少女が物陰から出てくる。どうやら心配して様子を見ていたらしい。何人か男も手を貸すとやって来る。
「ありがとう。」
ハヨンは頭を下げてから、再びリョンと歩きだした。
「さっきの、やつを一瞬にしてひっくり返したあれはなんだ?」
リョンはハヨンに苦笑いしながら尋ねる。
「あんなやつされたら俺もひとたまりもないな。」
夕焼けを見て、さっきの喧騒とは大違いのために、少し穏やかな気分になりながらハヨンは答えた。景色というのはいい鎮静薬だ。
「あれは異国の武術なの。私の師匠が異国の人でね。面白い技をいろいろ教えてくださったの。」
「一回その人にもあってみたいな。」
どうやらリョンは根っからの武道好きらしい。そのあともどう手首をひねれば、とかどう重心を移せばなどとハヨンに尋ねてくるのだった。
(地下か…!)
鍵なんて探している余裕は無い。
(練習では割る専用の板を使っていたけど、何回か当てればいけるかな。)
ハヨンは蹴りを入れ始める。一点目掛けて蹴るのを幾度か繰り返すと、割れ目が入った。
(これで上に飛び乗ったら、板が割れて落っこちて打つ…なんてことにはならないようにしないと。)
次にハヨンが拳で殴り付けるとやっと割れた。拳から流れる血のことなど気に止めている場合ではない。
ハヨンは地下へ続く階段を下りる。そこには縄で自由を奪われた人達が座り込んでいた。入ってきたハヨンが、人買いの仲間の一人ではないかという怯えの色が瞳から見てとれた。
「私は彼らの一味ではありません。あなた達を助けに来ました。私が縄を解いたらばれないようにそっとこの店を抜け出してください。」
ハヨンは小刀を懐から取り出して次々に縄を解いていく。手首に鬱血したような跡がある。長い間きつく縛られていたのだろう。
「おねぇさんありがとう。」
小さな子供の縄を解いた時、そう言われてなんだか泣きそうになる。この少女は大人達の汚い欲望に巻き込まれただけなのだ。何も悪いことをしていない。それなのにこんなに傷を負うなんて…とハヨンは溢れそうになる涙を耐えるためにぎゅっと唇を噛み締めた後、笑った。
(この世の中を変えたい。私にはたいした力はないけど、こんな小さな子供が笑って過ごせるようにしたい。)
城の中が派閥で争っている場合ではない、とハヨンは強く憤る。血が頭に上り、痛みを感じた。
(私の主はリョンヤン様だ。リョンヤン様は中立派。でも私はもう傍観しておくのは耐えられない…)
今までは確かに平民を大事にしてほしいとは思っていたが、派閥に巻き込まれるのが嫌で、自分の考えをひた隠しにしていた。でも、そんなことをしていたら、平民の暮らしをしていた自分が伝えられることもあるはずなのに平民達の声はいつまでも届かない。
(この国を、子供達を守るにはどうすればいいだろう。)
ハヨンは次々と縄を解きながら自分の意志と主の立場との二つで揺れ動いていた。
「私は店にいるもう一人の仲間に加勢します。だからあなた達は先に逃げて。」
縄を解いてもらうのが最後になった人達にハヨンは告げた。拘束されていた者たちは戸惑うように顔を見合わせる。
「でも…あなたは大丈夫なの?危険だと思うんだけど…」
「ええ、私は決して負けたりしない。」
そうでなければ生きて帰れないだろう。最悪のことは考えたくもなかった。
「本当に助けてくれてありがとう。またいつかお礼を…」
「いいえいいえ。私がしたいことをしただけだから。」
ハヨンは笑ってみせた。本当に何かを求めていたわけではない。この理不尽な状況に憤り、変えたいと思ったから。求めていたのは、何も悪くない人達を助けて笑顔になってもらえること。それだけだ。
「いつ、やつらがこっちに来るかわからない。だから早く逃げて。」
ハヨンがそう言うと、彼女達は階段をかけ上がって行った。何度かハヨンを心配してか、振り返る者もいる。気にしないでいい、という意味を込めて、手を振って見送った。
そしてハヨンはリョンのもとへ行くと、結構な数の大男が伸されていた。王族一の腕というのは嘘ではないらしい。
リョンは相手を気絶させるだけで、相手を斬る行為はしてなかった。血まみれの姿では城に帰るのも難しいし、今回はもともと視察するだけの予定だったので、殺しては駄目だと思ったのだろう。
「リョン、手伝うよ。」
リョンの背後に立ち、向かってくる巨漢たちを刀のさやで叩いた。巨漢の用心棒やごろつき達はうめき声をあげて、どすんと倒れていく。
「助かる。」
ハヨンが皆を解放できるように、囮となって派手に立ち回っていたからか、リョンの肩は大きく上下し、呼吸が荒かった。ハヨンはもうこれ以上リョンに負担をかけたくなかったので、容赦なく相手を突く。
全員を伸すまでずいぶんと時間がかかったが、中心の人物だったがらがら声の男は皆に守られていたせいで、店の戸棚に見事に隠れていた。ハヨンとリョンは男を壁際に追い詰める。
「な、なぁちょっと待ってくれよ。」
男が焦ったようにハヨンたちに話しかけた。
「あいにくそんなことで待つようなのろまじゃないんでね。」
リョンが素っ気なく返すと、ちっと舌打ちをし、男は懐から小刀を取り出して、ハヨンに飛びかかった。きっと、女だからまだ勝算があると考えたのだ。
ハヨンはその男の手首を持ち、男の体を反転させた。男はそのまま背中を強く打ち付ける。叫び声をあげてから起き上がれない様子を見ると、少し打ち所が悪かったらしい。
ハヨンは捕まっていた人を拘束していた縄を持ってきていたので、男を縛りあげる。
「私は彼をこの町に駐屯している兵士に引き渡してくる。」
リョンが駐屯地に行けば、彼がお忍びで来ていることがばれるからだ。出来るなら目立たずに終わらせたい。
「わかった、助かるよ。でもこいつを運ぶのは俺に任せて。さすがにあんたより背の高い男を担がせるのは気が引ける。」
「ありがとう。私も引きずって行こうかと思っていたから。」
そ、それはだいぶん拷問だな。とリョンは少し笑みをひきつらせる。リョンは男を俵担ぎにして歩き始めた。
「どうやら悪事を働いていたやつらのほとんどがあの店にいたようだな。」
「うん。…すみません。今から兵士を呼んで来ますので、それまで店の中のやつらが逃げ出さないように見張って貰えませんか。みんな怪我してろくに動けないので、襲ってきません。それに危なかったら逃げてもらって構わないので」
リョンに返事をしながら、店の騒ぎを家の窓からこっそりと伺っていた町の人々に声をかける。
「わかった。あなたに助けてもらったし、ここは任せて。」
とさっき店を抜け出した少女が物陰から出てくる。どうやら心配して様子を見ていたらしい。何人か男も手を貸すとやって来る。
「ありがとう。」
ハヨンは頭を下げてから、再びリョンと歩きだした。
「さっきの、やつを一瞬にしてひっくり返したあれはなんだ?」
リョンはハヨンに苦笑いしながら尋ねる。
「あんなやつされたら俺もひとたまりもないな。」
夕焼けを見て、さっきの喧騒とは大違いのために、少し穏やかな気分になりながらハヨンは答えた。景色というのはいい鎮静薬だ。
「あれは異国の武術なの。私の師匠が異国の人でね。面白い技をいろいろ教えてくださったの。」
「一回その人にもあってみたいな。」
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