華の剣士

小夜時雨

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剣士の休日

街へ

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  次の日ハヨンは朝早くに起きて、朝靄がまだ消えぬうちに城の裏口から出ようとしていた。
  夜警をしていた兵士たちが自室に戻り始めていて、ハヨンとたびたびすれ違う。厨房の窓からはもくもくと煙が出ており、もう朝餉あさげの支度をしているのだろう。
  いつも中庭で鍛練していたので、城の者が活動していたのを目にしたことがなかったので、ハヨンには珍しい風景に見えた。

「ハヨン、おはよう」

  唐突に後ろから声をかけられる。まさか誰かに声をかけてもらえるなんて思っていなかったため、ハヨンは飛び上がりそうになった。

「お、おはよう。」

  慌てて返事をすると声をかけた本人、リョンがにやにや笑いながら立っていた。

「俺の挨拶にびっくりしたな?何か考え事でもしてたんだろ。」
「うん、ちょっとね。」

  珍しい反応だから面白かった、などといってくるので、ハヨンは少しばつが悪くなった。

「じゃあ私は今から里帰りだから、さよなら。」

  ハヨンはそのばつの悪さを隠すために、冷ややかな声で背を向ける。

「おいおい、ちょっと待てよ。」

  リョンに腕を捕まれる。ここでめげずに話を続ける辺りが彼らしい。

(こうやってリョンが話しかけてくるから、私たちはこうやって友達になったようなものだしなぁ)

  などと考えてしまう。からかうように話しかけてくるリョンので、ついつい不機嫌そうに返してしまうのだが、そうやって深く関わっていくうちに、なんだか彼とは悪友のような立ち位置にいるのではないかと考えてしまう。

「何?」
「一緒に行こう。」

  にやっと笑ったリョンは竪琴を持っており、どうやら町に行くようだった。そういえば服装も何だか芸人のような格好をしている。何だかややこしそうな予感がしてハヨンはため息をついた。

「リョン、いい加減頻繁にお忍びするのはやめたら?」

  きっとまた兵士のみんなが慌てるのだろうと考えると不憫でならなかった。ハヨンは王族を守る部隊の兵士でもあるため、兵士達の心情が手に取るようにわかる。

「いやいや。俺は町人の暮らしに憧れる男だかから無理だな。それにますます町の様子がおかしくなっているから見に行かないと。」
「…おかしくなってるって?」

  ハヨンはリョンの言葉に首をかしげた。

「この前の嵐で、農作物がだめになってしまった農家が多くてな…。それで泣く泣く自分の娘を売りに出したり、借金が貯まっているやつが売り飛ばされたりと人身売買が盛んになってきている。それに盗みもな。」

   そういえばあの嵐はすごかった、とハヨンはつい最近燐の国を襲った嵐を思い出した。

(あれでかなりの人が亡くなったらしいし…)

  ハヨンの故郷は幸い無事だと母からの手紙が届き、ほっとしたが、やはりそうでなかった人もたくさんいるのだ。

「それはじゃあ、見回りの兵士を増やした方がいいのかな。それでも限りがあるのはわかってるんだけどね。」

  ハヨンとリョンは並んで歩きながら考え始める。

「そうかもしれないな。兵士に見つからないようにする抜け道なんていくらでもある。まぁ、増やさないよりはましだけどな。とりあえず今日は町の様子を見て、どこの辺りの警備を増やすかを確認しようかなと思ってな。」

  そのときリョンは被り物を深く被り直す。見ると向こう側から白虎の隊員が近づいていた。

「よお、ハヨン。里帰りの褒美を貰ったらしいな。」
「はい。久々に母に会えるので楽しみです。」
「良かったな。…ところで隣のやつは誰だ?お前の恋人?」

  ハヨンはこの手の話に疎いので、猛烈な勢いで言葉を返す。

「ち、違いますよ!冗談はやめてください。ただの友達です。」
(王族と恋人とか…!恐れ多い…!!)

  ハヨンが懸命に否定するので、どうやら照れていると勘違いしたらしい。しかし本当は、ハヨンは照れているどころか、冷や汗をかいている。

「照れるなって。女の兵士ってのはまだ珍しいが、それを理解してくれる懐の広い男に出会えたんだからよ。兄ちゃん、ハヨンを大事にしなよ。」

  じゃあな、と笑いながら去っていく隊員をみて、ますます誤解を深められているのがわかったのでハヨンは落ち込んだ。

「ご、ごめんね。リョン。とんでもない勘違いされちゃって…」

  隊員が話しかけている間ずっと黙っていたリョンが顔をあげる。何だかふてくされた顔をしていた。

「何だよ、あんなに否定しなくてもいいだろ?さっきの人を少しからかってやろうと思ったのに。」
「何を?」

  ハヨンはリョンヘの言葉の真意がつかめない。しかし、何事もからかったりと、どんな状況も楽しもうと考えるあたりはいつものリョンだ。

「あんた、隊員がどう扱えばいいか困っているのわかってるだろう?」
「うん」

  何せ史上初の女性隊員だ。隊員どころか女官も、それ以外の人もハヨンとどう向き合えばいいかわからず、戸惑っている。

「それにハヨンは紅一点の存在なわけだ。だからハヨンのよさをみんなに気づいてもらいたいなと。だってハヨンは強いけど綺麗だし。高嶺の花みたいに、みんなが大事にする存在になればいいかな、と。」
「ちょ、ちょっと待って。よさを気づかせるのは結構だけど、高嶺の花ってなんで?」

  しかも高嶺の花なんて有り得ないだろうとハヨンは苦笑いする。リョンに良いところがあると言ってもらえるのは嬉しかったが、何だか話が変な方向に進みそうだ。

「だってその方が女とも揉めないし、隊員にあれこれ頼み事をするとき楽だろ?」
「…リョン、あんたの発想はぶっ飛び過ぎ。」

  確かに誰もを魅了して、それでいて誰の手にも入らないような、高嶺の花。それは男は憧れるだろうし、女も侮れない人として、侮辱する人はいなくなるだろう。
  しかし、ハヨンは思わずため息が漏れた。それはリョン、もといリョンヘのように、誰かを巻き込んでいくような、そんな魅力のある人だからこそできる芸当だ。ハヨンは自身のことを決して卑下したりはしないが、生真面目が故に、リョンのような魅力は持ち合わせていない。

「あれ?我ながらいい発想だと思ったのに。」

  おかしいなぁと呟くリョンは何だかかわいらしく見える。

「まぁ、この話は置いておくてして。とりあえず私も町を通って家に帰るから一緒に行こう。」

  ハヨンがそう言って再び歩き始めると、やった、とリョンが嬉しそうな声をあげる。

「ハヨンとこうして城を出るの、初めてだな」
「…それもそうだね。」

  いつもハヨンは、街に出るリョンを見送る側である。

「あんたも俺も別の目的があるけど、一緒に外に出るのは、ちょっと楽しみだな。」

  リョンの笑顔を見て、ハヨンも何だか楽しい気分になってきたのだった。










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