華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
51 / 221
宴にて交わされるのは杯か思惑か

得体の知れない敵

しおりを挟む
  広間に従者の叫び声が反響し、びりびりとハヨンたちの鼓膜を震わせる。

(何だかこの従者、様子がおかしい…!)

  何だか我を忘れているような、そんな雰囲気だ。目も遠いどこかを見ているように焦点が合わない。にもかかわらず、ハヨンたちの位置を正確に掴み、攻撃をする。

(正気を失ってるから忍びない…でも私たちやみんなの命がかかっているから…)

  ごめんなさいと心の中で詫びてから懐から暗器をとり出し彼に投げつけた。彼の体に刺さるが、彼は痛みよりも怒りが勝っているようで、獣のようなうなり声をあげながらハヨンに近づく。

(もう、武器は何も持っていない。)

  そもそもあまりにも武装していると怪しまれるので、暗器と短剣しか持っていなかった。その暗器は彼の体に刺さり、短刀は宴会場の端まで飛ばされた。
  ハヨンはこの猛獣のようになってしまった従者と、体術で戦うことを決意した。

(まだ死ぬわけにはいかない…!何としても彼の動きを止めなくては…!)

  ハヨンは従者に向かって構えを取る。武器がすぐ側にない今、素手で何としても捉えようと決意する。ふーっと一息で息を吐き出し、呼吸を整えた。自身の心の臓の音が頭の中で響くように聞こえる。
  従者は足で床を蹴って、獣のように跳躍する。ハヨンは彼の腕を掴もうとしたその時、何か強い光が突如現れて、思わず目を瞑った。従者は断末魔のような声をあげる。

(え、何…!?)

  暫くして従者の声がぱたりと止む。ハヨンが目を開けると、目の前に従者が倒れていた。

(…何で?)

  そしてハヨンは彼の姿を見てさらに驚いた。彼は軽度ではあるが、全身に火傷を負っていた。薄気味悪くて、喉から声がでなくなる。

(何の仕業?何が起こったの?)

  ハヨンが呆然と立ち尽くしていると、ばたばたと足音が聞こえた。

「大丈夫か…!」

どうやら援軍が遅れてやって来たらしい。そして、ハヨンと火傷を負った従者を見て呆気に取られた様子だった。しかし、この場にいた年長者の者が初めに気をとりなおし、宴にいた王族・貴族の安全確認や現状把握のために指揮を取り出した。

「それで、宴会でのことを教えてくれ。」

  ハヨンはというと、上官数人に事後処理を任せ、ハイルとヘウォンに説明することとなった。医務室のようなところで、ヘウォンと上司のハイルと3人で膝をつきあわせている状態である。
  他に警護についていた隊員の二人は宴会にいた人の避難誘導、残りの二人はハヨンと共に取り押さえようとするも、例の従者の手によって気を失った状態だったので、このことをまともに話せる人がハヨンしかいなかったのだ。
  ハヨンとて先ほどの従者との攻防は、限られた広間という空間で、誰一人傷つけぬようにと必死だったために、随分と消耗している。さらに相手が訳の分からない傷を負っているため、ハヨンはとても動揺していた。

(落ち着け…、落ち着いて状況を説明するのが今の私の仕事だ…)

ハヨンは少しでも心が落ち着くように、深く息を吸って吐いた。

「確かペ・サファン様、でしたっけ。あの方が陛下に短剣を贈ろうとしていたのですが、そのとき彼の従者がその短刀で陛下に斬りかかろうとしたんです。」
「うーん、それは避難させた者からも聞いたんだが、彼は避難する王族には手出ししなかったのか?」

  ヘウォンもこのおかしな状況に、頭を悩ませているようだ。今の彼の表情を見ると、いつもの朗らかな様子が鳴りを潜めている。

「はい。私と戦い始めてからなんて、王族の方はもちろん、当初の標的であった陛下に対しても目もくれない様子でした。」
「うーん、奇妙だな。王族に恨みがあったらお前に攻撃する前に避難させていた隊員や王族を狙うと思うんだけどな。」

  ヘウォンはどうやら従者の目的を明らかにしたい様子だったが、ハヨンはそちらよりも気になっていることがあった。従者が正気を失っていたこと、従者はなぜ火傷を負ったのかということ、強い光の正体は何だったのかという三つだ。ハヨンはヘウォン、ハイルに宴会場での奇妙なことを話してもよいだろうかと躊躇する。

(正気を失っているって本当と確かめた訳でもないし…。それにいきなり光が…って何のおとぎ話だって感じだし…。火傷なんて火はどこにもないから信じられないし…)

ハヨンが落ち着き無い様子だったからか、

「何でも話してくださいよ。笑いませんから。すべて大事な情報です。」

とハイルがハヨンの肩を優しく叩く。ハヨンは張り詰めていた糸がふっと途切れるように、緊張が解けた。そのことで、自分が非現実的なものと向かい合って本当は恐ろしく感じていたのだと気づく。

「えっと…、相手をしているとき、従者が正気を失っているように思ったんです。何だか目も焦点が合ってなかったし…。それに叫び声も人間の物と思えなかった…。」
「それは気が高ぶっていたものとは違っていたんだな?」

ヘウォンの尋ね方は、決してハヨンの言葉を否定するものではなかった、ハヨンにはそれがとても有り難い。

「いえ、それにしては私に対して的確に攻撃していて冷静なようにも見えました。後は暗器が刺さっても動き続けたんです。もはや人間の感覚を失っているかのように。」

そこまで話をした時、急に薄気味悪くなって、三人は少しの間黙りこんでいた。



しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...