華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
上 下
37 / 221
リョンヤン王子

悪寒が走る

しおりを挟む
「申し訳ございません。会議で少し遅れました。」

  リョンヤン王子の言っていた宰相のイルウォンは、そういいながら部屋に入ってきた。かなり急いでいたらしく、少し息があがっていた。

「お疲れ様です。」

  リョンヤン王子は気にしていないというように読んでいた書物から顔を上げて、やわらかく微笑んだ。そしてハヨンの姿を認めたイルウォンは、ハヨンに近づき握手を求めてくる。

「あなたがハヨン殿ですね。これから王子をよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。慣れないことが多いので、戸惑うこともあると思いますが、精一杯頑張ります。」

   そう受け答えしながら、ハヨンは彼の手を握ったとき、ぞわり、と悪寒がした。一気に酷い風邪になったような、そんな抑えようもない悪寒。

(なんで…。)

  表情に出そうなのをこらえる。そしてその悪寒は、イルウォンが離すと嘘のように消え去った。

(私はとくにイルウォン様に悪印象を持っている訳でもない…。でもこの悪寒、何なんだろう。…何か、嫌な予感がする。)

頭の中で警鐘が鳴る。

(なぜ?彼がやり手で、裏がありそうだから?いや、でも王とも仲が良いとリョンヤン様からお聞きした。それに、厳しそうではあるけれど、人に嫌がらせをするような弱いことは絶対にしないような人だ。) 

ハヨンは自然と流れた冷や汗を拭う。リョンヤン王子と講義をしているイルウォンをちらと見てみるが、別におかしなところもない。

「燐の国の主な輸出品は、織物、生糸、そして金属類ですが、最近は…。」

 イルウォンも穏やかに話している。ハヨンは暫くして、一つおかしなことを思い出した。なぜかイルウォンの手は人ではないような、まるで蝋人形をさわっているような、全く体温が感じられなかったのだ。


「では今日の午前の講義はここまでです。ところで殿下、公務も大切ですが、無理のないようにしてください。」

  六刻ほどの間講義は続いたが、休憩も挟まず、周囲の国との関係や歴史について延々と語り合っている様子は、ハヨンにとっては未知のものだった。

(こんなに座り続けて話を聴くなんて、ある意味で修行のようだ…)

  ハヨンは平民として生活してきたので、読み書きや計算は父親から習ったものの、その他に学んだことといえば懇意だった医術師の男の手伝いによって得た知識だけである。育った環境によってこんなにも学ぶことは違うのかと改めて知ることとなる。

「いやだな、イルウォン殿。私が無理をしているように見えますか?いつも規則正しい生活を遅れるよう、ちゃんと調整していますよ。」

  いたって真剣な顔をしたイルウォンは、そうやって笑うリョンヤンを見つめている。

「リョンヤン殿下。そうやって侍従達にはごまかせておりますが、私の目は騙されません。また隈を作っていらっしゃるではありませんか。確かに今は、地方で様々な問題が起きて、陛下やあなた達は忙しいでしょう。しかしあなたが体を壊してはもとも子もありません。」

  イルウォンの射抜くような目から、リョンヤンは少し気まずそうに目を逸らした。

「私はあなたが、夜中にこっそり部屋を抜け出し、執務室に忍び込んで、小さな灯りをつけてお仕事なさっているのに気づいていますよ。」

  リョンヤンもそこまで知られているとは思っていなかったようで、目をみはった。

「…わかりました。夜にやるのは止めておきます。」

(そういえば、リョンヤン様は体が弱いってヘウォン様が仰っていたな…。)

  幼い頃子供がなりやすい、重い病の大抵は患った事があるらしい。また、喘息持ちなので、あまり武術もやりたくとも出来ないとか。

(私もリョンヤン様に無理をさせないよう、注意しておこう。)

  悪寒のことは気になったが、リョンヤン王子への厚い忠義心を持つイルウォンに、ハヨンは素直に尊敬した。




しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...