華の剣士

小夜時雨

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新たな生活

新人同士

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 結局ハヨンは庭を少し散策したあと、もう彼に会うことは無いだろうと彼とのことを記憶の片隅へと追いやった。
 そして今、白虎の隊員が整列している前に、新人の二人と一緒に並んでいる。ハヨンは、自分が女なので、多少は注目を浴びてもしょうがないと腹を括ったつもりでいた。しかし…

(こんなにたくさんの視線がこちらを向くなんて予想してなかった…。)

 ほとんどがこちらに目を向けている。整列中なので、私語や目配せ等はないが、なぜ女が、という声が聞こえてくるような気がした。
 きっと心の中で周囲の人間がそう思っているに違いないと、考えすぎているせいだろう。

「今日から新しく入る仲間だ。皆、不慣れなことも多いからよくしてやってくれ。あとお前達はわからないことがあれば遠慮なく聞け。以上」

 くどくどと長く話すのは苦手らしい。ヘウォンはそうそうに話を切り上げ、訓練の流れになった。

「よろしくお願いします。」

ハヨンの組み手の相手になったのは、ハイルだ。

「はい、こちらこそ。」

 穏やかな笑みをみせながらも隙のない構えを見せる彼は、さすがである。
 両隣で組み手をしているのは、ハヨンと同じ新隊員のガンハンとドマンだ。ただ、組み手の相手はハヨンと違ってハイルのような年長者ではなく、ハヨンたちとそう変わらない年の隊員だ。

(もしかして話しやすいようにハイルさんが教育係なのかもしれない)

 他の隊員もハヨンをどう扱えばよいのか戸惑うのだろう。ヘウォンの気遣いはたしかにありがたかった。



「やっぱ大変だったなぁ。」
「そうだな。予想していたよりずっときつかった。」

 ハヨンと他の新隊員二人とで、馬小屋を掃除をしている。二人は顔見知りなのか、親しそうに話していて、ハヨンは少し疎外感を覚えた。

「それにしてもお前、体力あるんだな。」

 ガンハンが馬の頭を撫でながら、ハヨンの方へと顔を向ける。ハヨンは掃除をしていた手を少し休めて振り返った。

「うーん。そうかなぁ。最後の方は疲れたし、もう少し体力がつくように走り込みはしないとなぁって今日の訓練に参加して思った。」

 どうやら二人はハヨンを同期として、大きな偏見を持ったりせずに話してくれるようだった。周りに自分のことを受け入れてくれる人がいるのは心強いことだ。

「走り込みって…。俺もうくたくたで、部屋に帰ったら絶対すぐ寝ちまう自信あんのに…。すげえなぁ。」

 ドマンは信じられないものを見たかのような反応だ。

「やっぱり他の人より体力も力も劣るからね。その分鍛練して補いたいんだ。」

 認めたくない事実だが、受け入れなければ今の自分より強くなることはない。
 いくらヘウォンの試験に合格したとはいえ、隊員はみな毎日過酷な訓練を受けている一流の兵士だまだまだ新米の自分には足りない所がたくさんある。そう今日の訓練で、ハヨンは自分の実力を改めて思い知らされた。

「それにしても俺、試験当日にお前を見てたまげた。まさか女で受験するやつがいるなんて思っていなかったからなぁ。」
「それになかなかに自分にも他人にも厳しそうなやつだなって思ったし。だから今日、どうやって関わればいいのか最初は困ってたんだよな。」
「そうそう。でも思っていた以上に話しやすくてほっとしたよ。」

ドマンの言葉にガンハンも頷く。ハヨンはそう思われていたのか、と驚いた。てっきり女だから対応に困るだろうなと考えていたが、自分の雰囲気も自分が思っている以上に硬かったのかもしれない。
 それにしても、試験当日の頃から女だと気づかれているとは思っていなかった。男の服を着ていたし、周囲にいた受験者やヘウォンには間違えられたからだ。

「え、私が女ってわかってたの。」
「そりゃそうだろ⁉お前の隣の二人組がただ鈍かっただけだろ!」
(今の発言は私を男と間違えたヘウォン様も鈍いということに…。)

 しかしヘウォンの面子を立てるべくハヨンはこのことを黙っておいた。

「それにしてもお前も勇気あるわ。何で兵士になろうと思ったんだ?」

ハヨンは作業の手を思わず止めてしまう。

「私の恩人がこの城にいるの。いつかはその人を守りたいから、白虎に入るって決めたわけ。」
「へぇ!それは誰なんだ?」

 ハヨンの答えにドマンが身をのりだす。悪いが自分も知らないのだと答えようとしたが、

「おい」

と呼び止められてしまった。ガンハンがまずい、というように身を強ばらせる。
 声をかけてきたのはガンハンの教育係である隊員だった。

「話したいことがたくさんあるのはわかるが、喋る暇があるなら、先に掃除をしろ。」
「はいっ!すみません。」

 ガンハンが頭を下げると同時にドマンとハヨンも頭を下げた。

「ハヨン、だったか。悪いが寮では飯とか風呂の時間が順番で決められていて、こいつらが遅れると周りにも支障が起きる。二人を先に帰らせてもいいか。」
「はい、構いませんよ。」

 ハヨンは女官達と共に暮らしているので、そういったことには支障はない。残っている仕事はなかなかに重労働だが、一人でできないわけではないので、快く引き受ける。

「ごめんな、ハヨン。明日からはもっと手早く出きるように頑張るから。」

 ガンハン達も申し訳なさそうに立ち去って行く。その後ろ姿を見ながら、ハヨンは先程のことを頭の中で反芻していた。

(毎年新隊員が厩舎を掃除することになっている。それなら寮での順番が決まっていても間に合うように新隊員の予定は組まれているはず。それに私たちも話をしてはいたけれど、決して手際は悪くないし、遅くもなかった…。)

 つまりは先輩達が無理矢理理由をつけてガンハンとドマンを連れていったのだ。要するにハヨンに仕事を押し付けさせようとする嫌がらせである。

(まぁ、確信はないしなぁ。)

 ハヨンは古い干し草を運び出すのを始めた。もしこれを嫌がらせとしてしたのなら、先輩もなかなかにくだらない、小さな嫌がらせをするものだ、とハヨンは半ば呆れながら作業を終わらせた。



「流石に疲れた…。」

 厩舎の掃除を終え、一人きりの部屋で寝台に寝転んでハヨンは思わずこぼした。なれない訓練と重労働の掃除。ずっと腰に負担をかけていたようで腰骨が妙な熱を持っている。

(私は彼らにとって目障りなのだろうか…。)

 ハヨンの脳裏にガンハンとドマンの教育係の顔が浮かぶ。

(もし私に嫌がらせをして白虎を辞めさせようとしているなら、決して屈しない。)

 そんなちゃちな出来ごとで辞めようとするほどハヨンの決心はやわではない。

(いつか、あの人のために。)

 ハヨンは襲ってくる睡魔に素直に身をまかせながら目を閉じる。10年前に見たあの凛とした少年は、今はどこで何をしているのだろう。彼女はあの幼いながらも風格のあった立ち姿を思い出しながら眠りについた。









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