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長の議の間で
頼みごと
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「俺にできることなら引き受けますよ。」
「ハヨンの教育担当と身元調査を頼んだ。」
ハイルは絶句した。
「…。ヘウォンさん…。なぜそんな大事なことを忘れていたんです!?」
合格した直後、試験官は本人の身元について尋ねるのが規則となっている。敵国や、王家に恨みを持っている一族の者は危険人物とされ、合格を取り消されるのだ。
また自分の身元を名乗ったとしても、試験官は合格者の身元を調査し、偽りがあれば疑わしき人物として、不合格とされる。
ハイルは名のある武家の息子だったので、何も問題無かったが、自分の生まれによって合否を変えられるのは差別だと愚痴をこぼす同期もいた。
王族に最も近い部隊の白虎はなおさら身元について厳しかった。
「彼女の合格を決めた途端、このざまだろ?調べる暇、あったか?」
たしかに、ヘウォンは王の警護をしながらも、足繁くそれぞれの隊長に説明を行なっていた。ちなみに、向かった先は主には前代未聞だと騒ぎ続けたチェソンのところだ。
「全く、あなたって人は…。」
忙しかったとはいえ、重要なことを忘れていたのだ。ハイルは思わずため息をつく。
しかし自分もハヨンが女性であることばかり気にして、その場でヘウォンに身元調査をするように注意をしなかったことを思いだし、自分もまだまだ未熟だと叱咤した。
「まぁ、貴族の出自でありそうなので、問題はないかと思いますがね…。」
彼女はチュ・ハヨンと名乗っていた。苗字があるということは、貴族の血を引くはずである。多少衣装が簡素なものだったが礼儀正しく、佇まいには気品も感じられた。
「しかし、何で俺が教育担当なのです。去年入隊した者が教育担当をするのがしきたりでしょう。」
そう尋ねるとヘウォンは少し申し訳なさそうな顔をした。
「なんせはじめての女人の兵士だからな。初めは反発するものも多いだろう。隊のあいつ達を信じたいが、まだ未熟なやつらに任せては彼女に嫌がらせをする者もいるかもしれん。不馴れな環境で相談相手といえば教育担当の者だろう。彼女が悩みを溜め込めずに言える相手がいいと思ってな。」
「それこそヘウォンさんがされてはどうです。」
「お前も知っての通り、俺は女の扱いが下手だ。女でなくとも些細な悩みに気づくなんてこと、今まで上手くできたためしがない。」
ヘウォンは今まで数多くの女性を怒らせてきた。目上の者なら、まだ相手を敬うのでへまをすることはないのだが、どうもやたらと親しげに話しかけたりすると、女性の繊細な心を逆撫でてしまったようだ。
何度か想い人ができたが、必ず最後は我慢の限界だと女性の方から別れを切り出されていた。
強く、勇ましく、おおらかな性格ゆえ、男性からは尊敬され慕われるのだが、女性からみれば豪快ゆえにがさつで、声もおおきく、ちょっとしたことに気がつかないという印象を持たれてしまうのだ。
「でもお前は女の扱いをちゃんとこころえているだろ?揉め事なしに女をとっかえひっかえしていると聞くしな。」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺がまるで女たらしみたいな言い方、やめてくださいよ。」
「違うのか?」
「違います。」
ヘウォンに妙な噂を知られていることを知り、ハイルは慌てて弁解する。
「王都から帰るとき、いつのまにか女が後ろからこっそりついてくることがあるんですよ。いつも上手いこと言って追い返してはいるんですけど。それを見た兵が勘違いしたのかも知れません。」
「…。どのみちお前は女から好かれる体質のようだな。羨ましい。」
もう子供がいてもおかしくない年頃なのに、今でも独り身のヘウォンが少し恨めしそうに呟いた。
「しかしまぁ、断る理由は特にないので、引き受けます。」
ありがとうと言うヘウォンに、そのかわりまた飯を奢ってくださいね。とハイルが言うと、彼はうっ、と言葉を詰まらせた。
「念のためにチュ家の方に関わりがあるかどうか尋ねた方が良いですね。娘がいるという話を聞いたことが無かったので。」
貴族の中でも指折りの名家であるチュ家は、子供でも宴に参加することが多い。しかしここ10年は、一人も娘を見ていない。娘は全員他の家に嫁いだし、もう何年も息子しか生まれていなかったのだ。
「あの娘、いったい何者なのでしょう。」
「あいつは何から何まで普通にはさせてくれないようだな」
ハイルの呟きにヘウォンは楽しそうにそう返す。
「ヘウォンさん。楽しんでばかりじゃいられないかもしれませんよ?」
どうも一波乱ありそうだとハイルは思えてならないのか、ヘウォンを嗜めた。
(チュ・ハヨンか…。彼女の存在はこの王宮では吉に転ぶか凶に転ぶか…。)
ハイルは歩調を速める。
「おい、ハイル。どこに行くんだ?」
「チュ家の家系図を見に書庫へ」
彼女がここに来る前に不安な要素はすべて消した方がいいのだから。
「ハヨンの教育担当と身元調査を頼んだ。」
ハイルは絶句した。
「…。ヘウォンさん…。なぜそんな大事なことを忘れていたんです!?」
合格した直後、試験官は本人の身元について尋ねるのが規則となっている。敵国や、王家に恨みを持っている一族の者は危険人物とされ、合格を取り消されるのだ。
また自分の身元を名乗ったとしても、試験官は合格者の身元を調査し、偽りがあれば疑わしき人物として、不合格とされる。
ハイルは名のある武家の息子だったので、何も問題無かったが、自分の生まれによって合否を変えられるのは差別だと愚痴をこぼす同期もいた。
王族に最も近い部隊の白虎はなおさら身元について厳しかった。
「彼女の合格を決めた途端、このざまだろ?調べる暇、あったか?」
たしかに、ヘウォンは王の警護をしながらも、足繁くそれぞれの隊長に説明を行なっていた。ちなみに、向かった先は主には前代未聞だと騒ぎ続けたチェソンのところだ。
「全く、あなたって人は…。」
忙しかったとはいえ、重要なことを忘れていたのだ。ハイルは思わずため息をつく。
しかし自分もハヨンが女性であることばかり気にして、その場でヘウォンに身元調査をするように注意をしなかったことを思いだし、自分もまだまだ未熟だと叱咤した。
「まぁ、貴族の出自でありそうなので、問題はないかと思いますがね…。」
彼女はチュ・ハヨンと名乗っていた。苗字があるということは、貴族の血を引くはずである。多少衣装が簡素なものだったが礼儀正しく、佇まいには気品も感じられた。
「しかし、何で俺が教育担当なのです。去年入隊した者が教育担当をするのがしきたりでしょう。」
そう尋ねるとヘウォンは少し申し訳なさそうな顔をした。
「なんせはじめての女人の兵士だからな。初めは反発するものも多いだろう。隊のあいつ達を信じたいが、まだ未熟なやつらに任せては彼女に嫌がらせをする者もいるかもしれん。不馴れな環境で相談相手といえば教育担当の者だろう。彼女が悩みを溜め込めずに言える相手がいいと思ってな。」
「それこそヘウォンさんがされてはどうです。」
「お前も知っての通り、俺は女の扱いが下手だ。女でなくとも些細な悩みに気づくなんてこと、今まで上手くできたためしがない。」
ヘウォンは今まで数多くの女性を怒らせてきた。目上の者なら、まだ相手を敬うのでへまをすることはないのだが、どうもやたらと親しげに話しかけたりすると、女性の繊細な心を逆撫でてしまったようだ。
何度か想い人ができたが、必ず最後は我慢の限界だと女性の方から別れを切り出されていた。
強く、勇ましく、おおらかな性格ゆえ、男性からは尊敬され慕われるのだが、女性からみれば豪快ゆえにがさつで、声もおおきく、ちょっとしたことに気がつかないという印象を持たれてしまうのだ。
「でもお前は女の扱いをちゃんとこころえているだろ?揉め事なしに女をとっかえひっかえしていると聞くしな。」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺がまるで女たらしみたいな言い方、やめてくださいよ。」
「違うのか?」
「違います。」
ヘウォンに妙な噂を知られていることを知り、ハイルは慌てて弁解する。
「王都から帰るとき、いつのまにか女が後ろからこっそりついてくることがあるんですよ。いつも上手いこと言って追い返してはいるんですけど。それを見た兵が勘違いしたのかも知れません。」
「…。どのみちお前は女から好かれる体質のようだな。羨ましい。」
もう子供がいてもおかしくない年頃なのに、今でも独り身のヘウォンが少し恨めしそうに呟いた。
「しかしまぁ、断る理由は特にないので、引き受けます。」
ありがとうと言うヘウォンに、そのかわりまた飯を奢ってくださいね。とハイルが言うと、彼はうっ、と言葉を詰まらせた。
「念のためにチュ家の方に関わりがあるかどうか尋ねた方が良いですね。娘がいるという話を聞いたことが無かったので。」
貴族の中でも指折りの名家であるチュ家は、子供でも宴に参加することが多い。しかしここ10年は、一人も娘を見ていない。娘は全員他の家に嫁いだし、もう何年も息子しか生まれていなかったのだ。
「あの娘、いったい何者なのでしょう。」
「あいつは何から何まで普通にはさせてくれないようだな」
ハイルの呟きにヘウォンは楽しそうにそう返す。
「ヘウォンさん。楽しんでばかりじゃいられないかもしれませんよ?」
どうも一波乱ありそうだとハイルは思えてならないのか、ヘウォンを嗜めた。
(チュ・ハヨンか…。彼女の存在はこの王宮では吉に転ぶか凶に転ぶか…。)
ハイルは歩調を速める。
「おい、ハイル。どこに行くんだ?」
「チュ家の家系図を見に書庫へ」
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