11 / 221
温かいもの
道程 弐
しおりを挟む
一方ヒョンテはハヨンが鍛練の無い時間帯に、助手として手伝いをすることを許し、ハヨンは医術の知識を増やしていった。
彼はヨウとは対照的に穏やかで、いつも静かに話した。ハヨンの年が15になるとき王都に移り住み、それからは文でのやり取りをしている。どうやら小さな診療所を開き、そこそこ上手くいっているようだ。
ヒョンテはハヨンと出会った頃から王都で診療所を持ちたいと願っていて、王都にヒョンテでも買える空き家が売りに出るのをずっと待っていたのだった。
ヒョンテはハヨンの決意に笑いはしなかったが、当初は反対した。それはこの世の中で女が武人になるという厳しさを心配してのことだった。しかし、最後はハヨンの熱意に負け、兵士になっても一人で応急手当てができるようにと惜しみなくヒョンテのもてるだけの知識を与えてくれた。
彼女にとっては、ヒョンテはいつまでもお世話になっているような気がして、彼にも恩返しを必ずしたいと長年思っている。
(ヒョンテさんは次に王都に向かうときに報告しようかな…。やっぱりこういうのは直接言いたいし…。)
ハヨンはそう考えながら家に続く上り坂を歩いていると、ようやく家の屋根の部分が見えてくる。もうとっくに息切れもせずに登れるようになったこの急な坂道は、ヨウとハヨンの鍛練の場となっていた。
汗を流しながら息をきらして登っていた昔の自分を思いだし、ハヨンは少し懐かしく思った。
(私、少しは強くなったのだろうか。)
自分の強さに自信を持て、しかし決して自惚れるな、というヨウの言葉はなかなかに難しい言葉だった。自分を強いと思ってしまえば自惚れてしまいそうで、しかし弱いかと問われれば燐一の部隊、白虎に入ることになったわけで、弱いわけでもない。
ただ、ヘウォンの強さに圧倒されたのでまだまだ自分にはやるべきことがたくさんあることはわかりきっていた。
ようやく我が家が見えて、ハヨンはほっとした。王都までの移動と、宿をとって一泊しただけなのにこんなにも家を懐かしく思うのはそれぐらい自分の家に愛着があるからだろう。
(これくらいで懐かしいとか思ってどうするの…。)
これから先、何ヵ月もこの家に帰ったり母に会うことができなくなると言うのに、とハヨンは自分に言い聞かせる。家の戸に手をかけて開けようとすると、その前に勝手に戸が開いた。
「ヨウさん!?」
飛び出そうとしたヨウと思わずぶつかりそうになったハヨンは、すっとんきょうな声をあげる。
「おお、やっと帰ってきたか。」
どうやらハヨンの帰りを今か今かと待っていたようだった。ヨウは再び家の中へと入る。
「おかえり。ヨウさん、ずっとそわそわしてたわよ。」
くすくす笑いながら出迎えた母のチャンヒは、料理をしながら待っていたようだ。
「チャンヒさんは余裕過ぎる。いくらハヨンの実力があるとはいえ、前代未聞の女剣士だ。何を言われるのかわからんだろう。」
「その件ですが、無事合格しました。」
ハヨンにとっては二人ともが合格する前提で話してくれていたことが何よりも嬉しかった。
「そうか。良かったな。俺も厳しく教えた甲斐があった。あいつに言われたんだ。ヨウさんはハヨンを俺よりも厳しく教えてます。少し酷くはないですかってな。」
あいつとは、ヨウの一番弟子で、ハヨン以外に教えて貰った唯一の生徒だ。彼も同じく白虎で兵士をしており、また会うことがあるかもしれない。
「私は合格するためなら、血を吐いてでも練習しますよ。武道を始めるには遅い年ごろだったんですから、ちょうどいいくらいですよ。」
燐の国では、男は武道を習い始めるのは五歳の頃からという風習がある。五歳になれば、燐の国で伝統的な古武術を習うのが一般的だが、ハヨンは七つの頃からだった。
彼はヨウとは対照的に穏やかで、いつも静かに話した。ハヨンの年が15になるとき王都に移り住み、それからは文でのやり取りをしている。どうやら小さな診療所を開き、そこそこ上手くいっているようだ。
ヒョンテはハヨンと出会った頃から王都で診療所を持ちたいと願っていて、王都にヒョンテでも買える空き家が売りに出るのをずっと待っていたのだった。
ヒョンテはハヨンの決意に笑いはしなかったが、当初は反対した。それはこの世の中で女が武人になるという厳しさを心配してのことだった。しかし、最後はハヨンの熱意に負け、兵士になっても一人で応急手当てができるようにと惜しみなくヒョンテのもてるだけの知識を与えてくれた。
彼女にとっては、ヒョンテはいつまでもお世話になっているような気がして、彼にも恩返しを必ずしたいと長年思っている。
(ヒョンテさんは次に王都に向かうときに報告しようかな…。やっぱりこういうのは直接言いたいし…。)
ハヨンはそう考えながら家に続く上り坂を歩いていると、ようやく家の屋根の部分が見えてくる。もうとっくに息切れもせずに登れるようになったこの急な坂道は、ヨウとハヨンの鍛練の場となっていた。
汗を流しながら息をきらして登っていた昔の自分を思いだし、ハヨンは少し懐かしく思った。
(私、少しは強くなったのだろうか。)
自分の強さに自信を持て、しかし決して自惚れるな、というヨウの言葉はなかなかに難しい言葉だった。自分を強いと思ってしまえば自惚れてしまいそうで、しかし弱いかと問われれば燐一の部隊、白虎に入ることになったわけで、弱いわけでもない。
ただ、ヘウォンの強さに圧倒されたのでまだまだ自分にはやるべきことがたくさんあることはわかりきっていた。
ようやく我が家が見えて、ハヨンはほっとした。王都までの移動と、宿をとって一泊しただけなのにこんなにも家を懐かしく思うのはそれぐらい自分の家に愛着があるからだろう。
(これくらいで懐かしいとか思ってどうするの…。)
これから先、何ヵ月もこの家に帰ったり母に会うことができなくなると言うのに、とハヨンは自分に言い聞かせる。家の戸に手をかけて開けようとすると、その前に勝手に戸が開いた。
「ヨウさん!?」
飛び出そうとしたヨウと思わずぶつかりそうになったハヨンは、すっとんきょうな声をあげる。
「おお、やっと帰ってきたか。」
どうやらハヨンの帰りを今か今かと待っていたようだった。ヨウは再び家の中へと入る。
「おかえり。ヨウさん、ずっとそわそわしてたわよ。」
くすくす笑いながら出迎えた母のチャンヒは、料理をしながら待っていたようだ。
「チャンヒさんは余裕過ぎる。いくらハヨンの実力があるとはいえ、前代未聞の女剣士だ。何を言われるのかわからんだろう。」
「その件ですが、無事合格しました。」
ハヨンにとっては二人ともが合格する前提で話してくれていたことが何よりも嬉しかった。
「そうか。良かったな。俺も厳しく教えた甲斐があった。あいつに言われたんだ。ヨウさんはハヨンを俺よりも厳しく教えてます。少し酷くはないですかってな。」
あいつとは、ヨウの一番弟子で、ハヨン以外に教えて貰った唯一の生徒だ。彼も同じく白虎で兵士をしており、また会うことがあるかもしれない。
「私は合格するためなら、血を吐いてでも練習しますよ。武道を始めるには遅い年ごろだったんですから、ちょうどいいくらいですよ。」
燐の国では、男は武道を習い始めるのは五歳の頃からという風習がある。五歳になれば、燐の国で伝統的な古武術を習うのが一般的だが、ハヨンは七つの頃からだった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる