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3.凸凹コンビと黒い人

聖剣少年と黒い影 8

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 振り抜いた僕の右手は、校長の頬の横スレスレの所を通過して止まっていた。

 本当はその顔をぶん殴ってやろうかと考えた。

 ただ、殴るタイミングで一瞬、迷いが生じた。

 
 ——こうして暴力で全て片付けるのか?

 それじゃ僕を虐げてきた連中と同じじゃないか?

 その迷いが右手の方向を動かした。


 振り抜いた体制のまま停止し、僕は葛藤していた。

 こんな世界では、力で解決しなければならない事も出てくるだろう。

 けれど、今はその時じゃない。



 僕は、僕を虐げてきた連中を暴力で仕返しをしたい訳じゃない。

 無能の僕でもここまでのことが出来る。そして誰かに必要な存在となれる。




 ——そんな風に "見返し"  てやりたい。それは単純に暴力で "仕返し"  する事じゃない筈だ。

 


 
 僕は右手を引いて、校長を睨みつける。

 それと同時に校長は腰が抜けたようにその場に崩れ落ちる。

「あ……ああぁ……」

 情けない声を挙げる校長。


「謝礼なんて要らない。あなたも一応教育者なら、多くの人を育て、救う為にお金と時間を使え」


 僕はそう吐き捨てるように言い放ち、グンセさんとヒメさんの方向へと向かう。

 そして校長も教員達もその場に凍り付いたように、動くことはなかった。



 グンセさんが近寄った僕にフッと笑い掛ける。

「ハッ随分と大人な対応だったな?俺の若い頃なら後先考えずにぶん殴ってたぜ」

「殴っても何の利益にもなりませんから」

 ヒメさんも僕らに歩み寄り声を掛けてくる。

「私でもぶん殴ってたわよ。……というか今からでも代わりにやろうかしら?」

 ヒメさんが校長に目を向けると、校長はヒッと身を強張らせる。

「僕がせっかく我慢したんだからやめてくれ……」

 ヒメさんの言葉に肩を落とす。本当にしないとは思うけどヒメさんならやりそうだな。

 二人とも僕の気持ちを汲んで言ってくれてるのだろう。それは素直に有り難かった。




「よし。取り敢えずエラーの所へ急ぐぞ。時間が勿体ねえ」

「「了解」」

 そうして僕達はグンセさんの案内で発電所へ駆け足で向かい始める。


 
 少し離れてから足を止めて振り返ると、嫌な思い出の詰まったDH教育学校の校舎と、未だに硬直している校長達の姿。

 

 憎い気持ちが無いと言えば嘘になる。

 何故なら、僕は死ぬ事まで考えたんだ。その原因を作った所が憎く無い訳がない。

 けれど僕の気持ちは決まった。

 僕は今のこの気持ちを糧にして、行けるところまで駆け上がってやる。

 ——誰もが羨むような存在、高みまで。




 僕は校舎と校長達の姿を少し見つめた後、先に行ったグンセさんとヒメさんを走って追いかけた。



ーーーーーー



 発電所に近づくにつれて、明らかに大きくなる物音。

 それらは何かが爆発する男だったり、建物が崩れるような音だったり。そして徐々に人が大声で叫ぶ声も聞こえてくる。

 僕達は走りながら会話をする。


「物音が凄いわね。これだけ派手な戦い、被害出ないのかしら?」

「戦ってるのは手練れパーティーで全員ミスリルランクだ。そいつらのことは俺も知っているが、慎重派で馬鹿な真似はしねえよ」

「へー。グンセさんがDHの頃の知り合いですか?全員ミスリルランクって凄いですね」

「ま、アイツらが駆け出しの頃に少し面倒見ただけたがな。だがパーティー単位で見れば日本でも最上位に近いパーティーだろう」

 ミスリルランクのパーティーか。どのような動きをしているのかが、ちょっと気になる。

「……エラーが見えてきたぞ。気を付けろ」

 そう言われて前方を見ると、発電所に張り付いたエラーの姿とその周辺に5名程の人達。

 エラーが魔法でその人達を攻撃し、それをうまく捌いて時間を稼いでいるように見える。

 その人達はギリギリの戦いでは無く、余裕がある様にもみえる。



 その一番後ろで大剣を肩に担いで棒立ちしている男性がいた。

 エラーに攻撃を仕掛けている訳ではないので、アタッカーの仕事は少ないのだろうか。

 グンセさんはその人の隣へと駆け寄る。

「よう、レイジ。久しぶりだな」

 グンセさんが話し掛けるとレイジと呼ばれた男性は顔を向けて、声を掛けてきた人物に気づくと表情を明るくする。

「お!グンセのダンナ!久しぶりじゃん!」

 グンセさんとレイジさんは拳をぶつけ合う。

「エラーの一件で動いてるのは知ってたけど、まさかこんな所で会えるとか。あれから10年ぶりくらいかね?というかダンナも老けたなあ」

 その言葉にグンセさんの眉がぴくりと動く。

「……人が気にしてることをズバズバと。その口の軽さ、相変わらずみてえだな。指導が必要か?」

「おおっと。昔みたいに拳骨はやめてくれよ。俺ももう良い大人なんだし、日本屈指のパーティーリーダーでも有るんだから」

 レイジさんは両手を前に出して拒否する動作をする。

「良い大人には見えねえなあ。というかお前昔と変わらねえじゃねえか」

「性格はそうそう変わらないって。てかこんな所で長話も無いな。アレの処理終わらそう。……で」

 レイジさんは僕とヒメさんに目を向ける。

「お二人は黒き英雄さんと破滅の魔女さんかね?俺はレイジって言うんだ。よろしくな」

 レイジさんは無邪気に笑いながら話かけてくる。

「初めまして、宜しくお願いします。名前は明かせないので好きに呼んで下さい」
「初めましてヒメです。よろしくお願いします」

 そこで、エラーの魔法と何かが衝突する音が響く。

「……はあ。現状はこの有様だ。エラーが動かないお陰で時々魔法だけ飛んでくるが、それを盾と魔法で防いで時間を稼いでる。それと試しに銀の剣で斬ってみたが、普通のエラーと違って手応え無し。で、俺は役立たずで待ちぼうけって訳だ」

「図体だけじゃねえって事か」

「なんて言うかなー……普通の魔物で言うなら防御力が非常に高い。それと動きはそこまで早くないけど、攻撃もらったら吸収される恐れが有って近づきたくない」

「普通なら打つ手無し、か」

「ま、そうかな。でも、そこの英雄さんの剣なら話は違うんじゃない?それ、動画見たけどエラー特効みたいなもんでしょ」

 特効というのはあながち間違ってはいない。

 聖剣は光属性、魔素を消失する力、それと何故か銀では無いのにエラーに吸収されない。魔素の濃度で強化されているのであれば、聖剣なら斬れる筈だ。

 来い。

 僕は聖剣を出現させて右手に握る。それをみたレイジさんは感動したかよようにか「おおぅ!」と声をあげる。

「流石に少し怖いですけどやってみます。ヒメさん援護宜しく」

「分かったわ」

 恐らくエラーの魔法はヒメさんが防いでくれる筈だ。それなら僕が気をつけるのはエラーの体に触れないようにする事だけ。


「それじゃ、行くよ」
 
 僕がそう呟くと、ヒメさんはワールドエンドを片手に頷く。

 そこでレイジさんが大声でパーティーメンバーへ声を掛けた。

「お前ら!黒き英雄がエラーと戦う!後衛組は防御魔法で彼を援護!前衛組は後衛組を守れ!」

「「「「了解!」」」」

 パーティーメンバーは声を揃えて返事を返す。
 なる程、これがミスリルランクのパーティーか。今の返事を聞いただけでもうまく回っていることが分かる。

 僕はエラーの様子を見ながら近づいていく。

 既に10メートルはありそうな巨体。その大きな腕だけでも僕と同じくらいの大きさが有りそうだ。

 けれどレイジさんの言った通りその動きは遅くみえる。


 
 レイジさんのパーティーメンバーよりも、少しエラーに近寄った位置でエラーが僕の方に顔を向けた。距離としては100メートルも無い位だ。

 やはり狙うのは一番近い人間なのか。

 ……まるで、エラーは行動の優先順位が決まっている人形みたいだ。


 

 僕は歩き近づいていく。

 するとエラーが僕に手を向ける。

 その手からは黒くて丸い弾が放たれ、それは僕目掛けて一直線に飛んでくる。

 だが僕はそれを無視し、歩く速度を早めていく。

「"アイスウォール"!」

 ヒメさんの声が聞こえると同時に、僕と黒い弾の間に一瞬で5メートル程の巨大な氷の壁が出現する。

 黒い弾を氷の壁は阻み、その氷の壁は少し割れた程度でまだ健在だ。

「凄い……」

 レイジさんのパーティーの魔法使いが呟く。

 ヒメさんの持った高い魔力とワールドエンドの魔力が合わさり、現れた壁の強度はミスリルランクの魔法をも凌駕していた。

 才能とユニークが合わされば、ここまでの力を発揮する。

 僕の聖剣もそうなのかもしれない。

 でも、僕はこの聖剣を誰かに渡すつもりは絶対にない。



 エラー次々と放たれる黒い弾と、それを防ぐ氷壁。

 駆け足で近寄っていた僕とエラーの距離は後30メートル程に縮まっていた。

 ここからは一気に詰める。

「フッ!」

 僕はそこからエラーへと全力で走る。

 それでもエラーの反応は鈍い。


 20メートル。エラーが腕を引いてきた。恐らくその巨大な腕で狙ってくる。

 10メートル。腕が振り下ろされ、僕の移動先へと迫ってくる。


 そして5メートル。

「ハッ!」

 僕はそれを確認すると左側へと全力で跳躍する。

 エラーの巨大な手が僕の横を通り過ぎる。

 僕は右手の聖剣に力を込め、前方へと駆けながらエラーの腕に剣を突き刺す。レイジさんは硬い、と言っていたが聖剣は僅かな抵抗だけでエラーへと突き刺さった。

 そのまま前方へと駆けながら、突き刺した聖剣を走らせていく。

 切られた箇所からは魔素と思われる黒い霧が吹き出し、湯気のように消えていく。

「「おおっ!」」

 後方から声が挙がるのが聞こえる。グンセさんとレイジさんだろうか?

 
 ——これならいける。


 そう思った僕は聖剣をエラーの腕に残し、エラーの懐へと入り込んで行った。




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