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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~

第六十一話 南方大陸の隠された秘密 6

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「ねえ、フェルナンド。
 ああ、答えなくていいわ。
 あなたのつまらない命なんて興味がないの。
 でも、闇の牙に蒼い狼、その二師団からの援助とその後ろ盾の力は欲しいわね。
 あなたの主に伝えなさいな。
 エイシャ・ハーベスト女大公は帝国を欲している、とね。
 参加者は大歓迎よ?
 でも、邪魔をするなら‥‥‥そのつたない魔導で南方のどの国を騙したのかなんて知りたくもない」
 ああ、つかれたしお腹空いたわ。
 ほら、早く。
 その尾はマフラーにするから、よく手いれしておいてね?
 そう言うエイシャは、フェルナンドの知るあの幼い少女ではなかった。
 簡単に操れる。
 そう考えていたのに――
「ここでわたしを殺しても何の得にもならないわよ、フェルナンド?
 復讐には仲間が多い方がいいでしょ?
 早く用意なさい。
 わたしの夜食をね?」
「エイシャ、お前‥‥‥」
「何よ?
 お父様の復讐とかなんて考えてないわよ?
 それはあなたたちで決着をつけて頂戴」
「なっ!?
 知って‥‥‥いたのかー」
「知るも何も。
 こんなに都合よくコックだのなんだの。
 手配して来たのがあなたなんて誰でも不思議に思うわよ。
 気を付けなさい?
 シェイルズ様の麾下の闇の牙はあなたの行動なんてお見通しだから。
 せいぜい、消されないようにするのね」
 意味がわかるわよね、フェルナンド?
 あなたが生き延びる術は、ここで従うしかないのよ?
 そう、エイシャは妖艶に語り掛けていた。
 そして、開けたままの扉から入ってきたのはー‥‥‥。
「あら、シルドは行ったの、リム?」
「‥‥‥はい、奥、いえ‥‥‥御主人様」
 喉奥から苦しそうにその言葉を吐き出す双子の首にはあの時と同じ首輪に鎖がある。
 双子は四つん這いでまるで犬のように側に来ると、どこまでも悔しそうに涙を流しながら‥‥‥エイシャにその取っ手を捧げた。
 あなたが主です、と言わんばかりに。
「そう、ならいいわ。
 あら、尾も生やしてもらったのね?
 ほら、フェルナンドも残るそうよ。
 これからは二人とペット二匹。
 仲良くやれそうね?」
 結局、ダリアに向け、エイシャに向けた殺意が仇となった。
 二匹の獣人は心から涙する‥‥‥そしてその殺意は永遠に消えないものとなってこの境遇を作り出したフェルナンドに向けられることになる。


「で‥‥‥大公様。
 結局のところ、その獣人にした、と。
 そういうお話ですか?
 残る二人は?」
 翌朝。
「あー‥‥‥妻の護衛に、な?
 もう七年は戻るなと。
 そう言われた」
「はあ‥‥‥さようで」
 呆れた声でアルム卿はそう言った。
 獣人を側室にするなんてことを言いだすから、と。
「この街で囲うには良かったのでしょうがな、大公様」
「まあ、バレたものは仕方がない。
 この街はいいから、次の街へと行けと今朝、連絡が来ていたよ‥‥‥」
 肩を落として馬に乗るシルドの鞍の前にはダリアが。
 アルアドル卿の前にはアルメンヌが今回は、まともな服装をして座っていた。
 ただし、騎士や従僕のものではなく‥‥‥貴婦人の衣装を身にまとってだが。 
「あまり見ないでください、アルアドル卿。
 恥ずかしいから」
「でも、アルメンヌ‥‥‥」
 あちらは仲良いようですな、閣下?
 アルム卿の嫌味に、朝早く都市を出たシルドはため息をつく。
 ダリアが心配そうに振り返るが、大丈夫だよ。
 頭を撫でてやりながら、嘆息する天才魔導士の心にあったのはー‥‥‥。
「ま、女は。
 変わるものだな。
 行こうか」
 馬を進めながらシルドは確信する。
 僕には、エイシャ以外に必要ない、と。
 今週末、帰ったら怒られるだろうか?
 ああ、無情だよプロム、と。
 彼は馬上でにぎわう面々を他所に一人、嘆息していた。
 あの返り血を浴びた妻を見た時‥‥‥不謹慎にも抱きたい、肌を合わせたい。
 その衝動に駆られるほどに惚れている。
 自分のふがいなさに、シルドはため息をつくのだった。

 
 数週間後。
 ある貴族の元にある贈り物が届けられた。
 その箱を開けた人物は、中身を見て思わず叫びそうになる。
 そこには二本の獣の立派な尾から作られたマフラーと‥‥‥一枚の手紙が入っていた。
 手紙には、

 ニーエ様とその息子様は皇帝陛下の元に在り。
 存命にして、次期皇帝の座をこちらは求める気でいます。
 聖者サユキ様はもうこの地にはおらず。
 復讐は命を縮めますよ、ライナ様?
 ラズ高家の兄君にもよろしくお伝えくださいませ。
 帝位簒奪を狙うは我が大公家のみ。
 その旗の下に集うことを強制はしません。

              ブルングド大公妃ライナ様へハーベスト女大公より

 そう簡素にしたためられた内容に、ライナは夫に知られまいと‥‥‥密やかに手紙を燃やした。
 冬の到来になった時。
 その贈られたマフラーを巻いて、エイシャの元に向かうことを決意しながら。


「良かったのか?」
 フェルナンドはそうエイシャに告げる。
 執務室での二人だけ、いや、床に皿を置かれて食事の合図を待つ二匹を含めればもう少し増えるが‥‥‥
「何が?」
「だから、あんな手紙‥‥‥」
「読んだんだから、あなたも共犯よ。
 フェルナンド?」
「なんて主人だ‥‥‥」
 ぼやき、二匹に食べろよ‥‥‥そう合図するフェルナンドはとんでもない悪女に捕まった気がしていた。
 抜け出せない闇に引きずり込まれた気分だ、と。
 そのリムとリザから彼に向く視線の奥にはいつか復讐をしてやると――虎視眈々と獲物を狙う狩人の意思を感じていつも生きている気がしなかった。
 そんなフェルナンドにエイシャは面白そうに提案する。
「そう?
 なら、あなたも自分の手札を増やせばいいじゃない?
 リムとリザに子供でも産ませれば?
 命だけは助かるかもね?」
 その発言に双子の動きが止まる。
 御主人様、復讐だけは‥‥‥そう二頭の尾は言っていた。
「まあ、抱く時に喉笛を噛み切られなきゃいいけど。
 今夜にでも用意させようかしら?」
 フェルナンドの顔には恐怖の色が。
 双子の顔には復讐への歓喜の色が。
 エイシャの顔には魔女の微笑が‥‥‥浮かんでいた。 

                                   (第二部 完)

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