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新章 魔導士シルドの成り上がり ~復縁を許された苦労する大公の領地経営~

第四十九話 真紅の魔女ミレイアの微笑 6

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 シルドのその一言にエイシャは唖然とする。
 いい関係になっているかもって、シルド‥‥‥あなた、何を考えているの!?
 そう思ってしまった。
「あのね、あれでもあの子はわたしの従姉妹に近い関係なのよ、シルド!?」
 エイシャは思わず叫んでしまう。
 シルドだから安全だと思い預けたのに、まさか従者と親しい関係になんて‥‥‥
 妻の狼狽ぶりをシルドは意外に感じていた。
「だが、プロム。
 君はそう言いながらあんなあられもない格好をさせ、僕に胸を揉ませさらには愛を語らせ‥‥‥」
「後の二つはあなたの浮気だと記憶にとどめておきますわ。
 そんな問題ではないの!
 あれはー‥‥‥わたしの案ではないのだから――」
 なるほど。
 エイシャは嫌いなようでいてそれほど憎くは思っていないらしい。
 最初に会った時から変わったな、妻よ。 
 シルドはそんなことを考えてしまう。
 さて、そうなると誰からの指示か。
 それはつまり――
「ユニス様、だろうなあ?
 お前、いつまでするつもりだ?」
 シルドのその期限を指定するような言い方の裏にある意味にエイシャは気付いていた。
 いまは皇帝の力で守られているようなニーエ皇太子妃、いや、皇太子第二妃というべきか。
 その親子を救った、聖者サユキは‥‥‥もう、いない。
「わかりません。
 でも、向かう先にあるのは幸せだって言いたいけど。
 それはあなたも理解してるでしょ、オーベルジュ。
 お姉様は必要なら‥‥‥わたしたちを始末してでも殿下を皇帝にするわよ‥‥‥」
 不安と見えない未来に焦りを感じるエイシャは、今度は逆にシルドに抱き着いていた。
 あの、北方の辺境の地でこうして過ごせていれば一番良かったのに。
 
 どうして、あなたは復讐を選んだの?

 その一言をエイシャは言えずにいた。
 不満もある、後押しをしたのも自分だ。
 でも、幸せは――
「ま、心配するな。
 来るよ、必ずな。
 あれが家族を持ってしまっていたら来ないだろうがな‥‥‥」
 いま、帝国と王国を合わせても五指に入る魔導士のシルドとその相棒。
 彼がいれば――世界の果てまでもエイシャだけは逃がせるだろう。
 その時がどうなるかは誰にもわからない。
「来ないかもしれないと思うのはやめましょうか‥‥‥。
 それより、アルメンヌよ。
 あの子、あれでも子爵夫人なのに――」
「子爵夫人?
 既に離婚され、籍を抜かれているだろう?
 そう言っていたが?」
「あのねえー旦那様。
 そう簡単に離縁だの、貴族籍を抜くだの。
 帝国は貴族院と議会の承認もいるのよ?
 一応、陛下からそう指示は下っているけど。
 正式な報告は貰っていないわ」
 おい、待てよ。
 そう、シルドは慌てて起き上がる。
「そうなると、あれの二人がもし‥‥‥」
「そうですわね、不義密通がバレたら死罪ですね」
 死罪!?
 いや、それは貴族なら当然かもしれない。
 しかし、待て妻よー‥‥‥シルドはエイシャに冷たい視線を向けた。

「なら、僕に妾だのなんだの。
 どういうつもりなんだ!?」
 まるで夫を死罪にしたいような口ぶりではないか。
 そうシルドは焦っていた。
 エイシャはそこまで、自分を心の底ではまだ恨んでいるのか、と。
 ばかねえ、男は本当にばかばかりだわ。
 エイシャはため息まじりに言った。
「ねえ、シルド?
 あなたは大公様なのよ?
 子爵夫人を気に入って、上奏するように命じたといえば事前事後だろうが通るでしょ?
 その為に、あの子を預けたのにー‥‥‥」
 待て、待て。
 妻よ、理屈が通らない。
 それではまるで、アルメンヌを僕に抱け。 
 そう言ってるようではないか‥‥‥
「抱け、と言うのか?
 無理矢理に、でも‥‥‥???
 それが、君の本意でなくても、か?」
 エイシャは、ベッドの傍らにかけてある剣の柄に手をかけた。
 斬られるには嫌なんだがな?
 シルドは及び腰になっていた。
「そんな訳ないでしょ!?
 手を付けた、そういう事実を捏造すればいいの。
 もし、抱いた日にはー‥‥‥」
 ベッドにたちがるエイシャが抜いたその刀身は‥‥‥室内の灯りを鈍く刃が反射してまさにあの世からの迎えのような輝きにシルドには見えてしまった。
「も、もちろん、もちろんだ‥‥‥プロム。
 しかし、そうなると彼等はどうする?」
 ふん。 
 分かればいいのよ、あなたはわたしだけのものなんだから。
 エイシャは、満足気にシルドを見下ろしていた。
「さあ、どうでしょう?
 アルメンヌはずっと男性に守られることを望んでいるもの。
 あの子の心は、虐待に怯えていてー‥‥‥昔のわたしみたい。
 シルド、あなたがいなければわたしの心は壊れていたわ。
 誰があの子の心を救えるか、わたしにはわからないわ」
 ふーむ。
 シルドは頭を捻っていた。
 子爵夫人だのなんだのそう言うが、もう皇帝陛下の命令は降りているのだし。
 アルメンヌを僕が貰い受けた。
 そういう話をこのエイシャが子爵家にしていないはずがない、とそう思ったのだ。
「どこからか、邪魔が入っているのか?
 ベシケア辺りか?」
 帝国最南端の高家か、それとも、そのすぐそばに位置する大公家の一つか。
 いいえ、そうエイシャは首を振る。
「帝国の起こりは南方から‥‥‥。
 古い帝室につながる南方貴族の連盟が暗躍してるみたい。
 南の大陸との縁も深いし、あの亜人たちもその一つかも」
 帝国内部からの反乱、か。
 めんどくさい話になったもんだ。
「つくづく、僕らはトラブルにまみれて生きていかないといけないようだな、エイシャ。
 アルメンヌはアルアドル卿に任せよう。
 純粋な恋愛も、時には心を救うこともある」
 夫の決定にエイシャは最後は文句を言わずに従う。
 ルイ・アルアドル卿
 彼の善意とアルメンヌへの想いが、一人の傷ついて生きてきた女性を救えるのか。
 それは――

「神のみぞ、知る。
 ですか‥‥‥アルメンヌ?
 僕は、あなたを虐待してきた男たちのように暴力や‥‥‥性欲だけで抱く男ではないですよ?」
 扉の鍵を締め、今夜はアルアドル卿に身を任せようとしているのかアルメンヌは何か決意を称えた瞳で彼を見ていた。

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