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第四章 動乱の世界

第七十一話 白と黒の双翼の鷹

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 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 (ユニス視点)


 魔導というものは凄いものですね。
 まるであちらに実在していたかのような錯覚をまだ覚えています。
 先日、闇の牙と青い狼の連携により落ちたアバルン城塞の王城内。
 その広間の一角にシェイルズが作り上げた魔法陣がわたしとシェイルズの二人を包みこむと周囲にあった壁は消え、まるで別世界に移動したように見えました。
 シェイルズに転移魔法ですか、そう尋ねたら限りなく現実に近い幻影を見れる魔導です。
 そう返事が来ましたが‥‥‥あの北部の寒さといい、エイシャの家の扉を叩いた時の感触といい。
 まるで本物の様でした。
「どうやら、無事に帰還できたようですな、殿下。
 あのまま、王国側からの攻撃を受けていたら最悪、怪我を負ったと錯覚をして肉体が痛む時もありますから。
 何かお身体に異常はありませんか?」
「ええ、それは大丈夫ですが。
 しかし、凄いものを経験したというか。
 心がまだ高鳴っています‥‥‥」
「ええ、それは私も同じですよ、殿下。 
 あれは悪ふざけが過ぎます。
 あの鳩にでも見られた日には、私が暗殺されますよ」
 やはり殿下同士は似た者同士らしい。
 いつも後始末と世話を焼かされる、それに心と胃の痛みまで。
 そうため息をつくシェイルズが少しだけ気の毒でした。
「しかし、シルド殿とエルムンド侯は最初から幻影と見抜かれていましたな。
 あの家の中は、魔導の罠と防壁だらけ。
 あれ以上立ち入れば、心をあの場所に封じられていたかもしれません。
 誰だ、銀鎖の天才魔導師は一人だと言ったやつは‥‥‥」
 なるほど、シェイルズにこれ程言わせるまでにあの御二方は魔導に長けている様子。
 イズバイアがいて欲しい。
 そう思ったのはあながち間違いではなかったようです。
「ならば、帝国には白と黒の鷹がいるではありませんか?」
 そう誉めたつもりでしたが、シェイルズは暗い顔をしていました。
「その鳩が数日前からまさしく消えているのです。
 あのバカめ。
 足取りの痕跡をあそこまで消せるほどの技をどこで身につけた‥‥‥」
 普通ならばここで心配をして大騒ぎ。
 そうなるべきなのでしょう。
 しかし、シェイルズは殿下が。イズバイアが死んだ、とは言いませんでした。
 まるでどこかにいるが、行く先が掴めない。
 助けにすぐにでも行けない自分に苛立っているように見えたのです。
「では、殿下はまだ放っておいても良いようですね、シェイルズ」
 この一言には、少しだけ驚いた様子。
「殿下、あの鳩を少しも案じていられないのですか?
 生死不明だというのに」
「だって、あなたはもし本当に心配ならば‥‥‥ここにはいないはず。
 宰相やわたしが勝手に決めた爵位や正室、側室よりも。
 友情を取りに走るのではありませんか?」
「それは、殿下を置いては‥‥‥」
「でも、それをすると、いえ、されると思いますよ。
 例え、イズバイアが同じ立ち位置にいても。
 ここにはわたしを守って頂ける多くの仲間がいます。 
 でも、いま先程の呟きを聞いていた限りではーー」
 困り果てている宰相にわたしは宣言してみました。
「イズバイアに追いつけるのは、黒き鷹かあの銀鎖の御二方だけ。
 ではありませんか? 帝国旗の双翼の鷹が、どちらが欠けても成り立たない。
 そうわたしは思いますよ」
 本当に最後に本題を持って来られる御方だ。
 シェイルズはそう呟いて、ある報告をしてくれました。
「数日前、我が軍がこの半島を落とす少し前です。
 南と東の大公家に帝国の各騎士団が法王庁の陥落を目論見北上しました。
 そこで南下してきた二万の枢軸軍と交戦になる予定‥‥‥でしたが」
「その軍勢は、雪に足を取られて動けなくなり半数以下にまで減っていた。
 それも、疲弊しきっていた。そうですね?」
「まるで見てきたようにいわれますな。
 大部分は正解です。その過半数を捕虜にしようとしたところ、大規模な転移魔法で軍勢は逃げたとか」
 大規模な転移魔法?
 これはおかしいと思いました。
 あの戦場の近隣は高山地帯で雪原でもあり、退却させるにしても‥‥‥
「逃げると言っても、この城塞都市に転移させるだけでも一キロ圏内がようやく。
 そう言っていませんでしたか?
 あれだけの魔導師とミスリル鉱石を使用しても、と」
 シェイルズはそこを思い悩んでいる様子。
「殿下、転移魔法はよくて数キロ圏内。
 あのような山岳地帯では、移動先によほど広い平坦な土地が必要になります。
 何より、雪原踏破の装備を備えた帝国軍が追えないほどの長距離を数万もの人間を移動させることなど。
 そんな先例はー‥‥‥」
「でも、足止めは出来ていたのですよね?」
「ええ、それはあの鳩の仕業でしょう。
 ああいった雪山、それも高山は登るよりも降りるのが大変なのです。
 下る時には速度が付きますし、足元にどのような危険があるかを探る斥候も見落としやすい。
 何より、新雪と古い雪が混じり合い、ぬかるみを形成する。 
 鳩はそこを利用したのでしょうな。
 先に雪崩を起こし、新雪が固まっていない上にそれをばら撒いた。
 枢軸側からすれば古い雪がそこにあるわけですから、その上を行けば‥‥‥」
「崩落と加速がついて自軍の勢いで自滅した。
 そういうことですね?」
「その通りです、殿下。
 それは鳩の軍功になりますし、それを一人でできるのもあれくらいでしょう。
 ただその後の大規模な転移魔法。
 これは、銀鎖の二人でも制御しきれないでしょうな。
 かといって法王庁の総力を挙げてしたとしても、それほどに空間を操る魔導に長けた人間がいるとは聞いたことがありません。
 まるで、伝説の‥‥‥」
「伝説?」
「いえ、単なる戯言です。
 魔女の女帝ミレイアと聖者サユキが決死戦を行った際に、太陽神アギトに組した当時の軍勢を。
 そうあれもファイガ山脈での話だったはず。
 数万の敵兵に囲まれた味方を、聖者サユキがいまの枢軸の中心国の王都へと転送した。
 そういう伝説です」
 聖者サユキ、あの暗黒神ゲフェトを封じ込め、魔女ミレイアを下した最初の法王。
 そしてどこかへと旅立った放浪の賢者。
「千年前の亡霊が、よみがえる。
 そんな伝説もありますね、シェイルズ。
 この百年戦争の終結の理由もそれでした。
 枢軸側が暗黒神が復活するから、と。
 神などがいるなら、ニーエ様とユリウス様のような不遇も、この愚かな戦争も。
 最初から全て、その御業で訂正してくれればいいのに」
「まあ、それは願望ではありますが、現実はこの先どうするかです。
 シルド殿とエルムンド侯がどう動くのか。
 どうなさいますか、殿下?」
 わたしの中では、もうこれ以上の波紋は危険だとそう、考えていました。
 殿下のイズバイアの死去はそう、このわたしの暗殺したという話が王国を惑わすでしょう。
 そしてアバルン城塞の奪還に乗り出すための軍勢も、北部にはあります。
「先程の、シルド様に申し上げた期限まであと二日。
 その間に王国側が陸軍を立て直してこれるとは考えていません。
 来るのであれば、城塞の攻略を前提とした輜重部隊も必要。
 用意と移動で翌週半ばまでは時間が稼げるはずです」
「ではその間に、エニシス半島全域を手中におさめるように軍を拡大しますか?」
「いいえ、今から撤退準備を。
 この城塞には最低限度の、転移魔導でエシャーナ侯領土へ戻れる人数だけで防衛に当たります。
 三千もあれば、城内に幽閉している王国側の監視には十分。
 水路での退路も確保しつつ、艦船の三割を港においておけば魔導を封じられても逃げるだけは可能です」
「この城塞都市はあくまで、陽動。
 その為の、エシャーナ侯の早期帰還ですな?」
「お父様はここよりも大陸側の領土を切り取りたいようですから。
 痺れを切らしていないか心配ですね‥‥‥」
 あの実父の戦線復帰の張り切りようが未だに目に浮かびます。
 エイシャのお母様もわたしのお母様も。
 若い頃の父上様の扱いには苦労したのではないか、そんな過去の心配までしてしまいました。
 唯一、悔しかったのはエイシャの幸せそうな顔でしょうか。
 本当ならば今頃は婚約披露の席で、イズバイアと二人で笑顔でいれたはずなのにどこで狂ってしまったのか。
 後悔しても始まりませんが、悲しくはあります。
 そしてもう一つ。
「ところで、あと二日しかありませんが。
 戻って来れますか?」
 シェイルズはまるで見抜かれた、そんな顔をしました。
「ええ、殿下。
 二日とは言わず、四日。
 頂ければ」
「四日ですか?
 では、闇の牙の皆様と青い狼の皆様。
 それだけの期間、御助勢をお願いします」
 そう、その広間にはさきほどの幻影魔導の補助をしていた闇の牙の騎士たちと、この場をいざという時の城塞都市側の王国兵から守るために集められていた両騎士団の団長や精鋭の方々が守ってくれていました。
「では、殿下。
 鳩が鷹になっていることをお祈り下さい」
「はい、殿下を。
 イズバイアをお願いします。黒き鷹」
 宰相はこれまで見せていなかった両目を開いて、笑顔でその場から消えて行きました。
 どうか、イズバイア。
 無事で帰還してください、と。
 静かに願ったその夜はこうして過ぎていきました。
 
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