75 / 76
第五章 夢霊の女王と死霊術師
そして、悪夢は舞い降りた
しおりを挟む月光に照らされながら舞い降りるその優雅さは、まさしく黒曜と称するに相応しい‥‥‥
闇よりも暗く、墨のように光を吸い込みながらその鳥はやってきた。
どこか不穏な騒動の空気を漂わせながら。
「ラス。どこかで会う気がしていたよ」
「これは宮廷死霊術師様‥‥‥、イディス様がなにゆえこのような場に?」
「うん? 俺は上からやって来たんだよ。ラスたちと同じようにさ」
ふうん、とラスは降り立ったあたりをそっと見渡して何かを覚えたようだった。
バルバロス王の隣に座る彼を見て、珍しいとそう口にしたのだ。
「ロア族の王、お初にお目にかかります。天空よりの訪問、どうかお許しください」
「お許しと言われてもな。あなたがどこのどなたか、我らは何も知らない。領主様はご存知のようだが」
「領主‥‥‥?」
不思議そうにそう呼ばれたアーチャーとバルバロス王を見比べ、その後ろにうずくまるイオリを見――
今度は面白そうな顔を作っていた。
着ているドレスは以前に会った時のものと違いより豪奢を増しているラスは、美しいというよりも妖艶な美を放っていた。
「イディス様? 領主様とはまたこれいかに?」
「左遷、かな? ありていに言えばそんなとこだよ。あれ以降、勇者ライルにパーティーを放逐されて、いまはロアのお姫様を妻に迎えろと迫られている。そんなとこかな? まあ、預かりになりそうだが」
「アーチャー!?」
「いいから、俺のモノになりたいなら黙ってろ」
「うー‥‥‥」
そんな気もないくせに。
イオリもそれなりに賢くなっている?
だがアーチャーの手元から不機嫌を理由に盃を奪ったのを見て、これで静かになるだろうとアーチャーとバルバロス王は顔を見合わせていた。
納得がいかないという態度のイオリをそっと抱き寄せながら、死霊術師は改めてラスを見る。
席を用意しろという命が王から下り、彼女はルカとアーチャーの合間という微妙な場に席を設けらえていた。
「ご先祖様‥‥‥?」
「あら、あなたはバジェスの血を継ぐ末裔かしら? それでもまだ血があるだけましかもしれない」
「末裔と言いますか、いえ、バジェスの正統はすでに無く‥‥‥」
「それもそうね。我らの本流はあのカイネの時代に失われたもの。悲しいこと」
「カイネ? チェネブ神のことですか?」
「そうよ、あなたたちには歴史も満足に伝わってないの? 複翼もないなんて、憐れな子だこと‥‥‥」
「ラスっ」
言い返せない悔しさに言葉を堪えるルカを見て、思わずアーチャーは口をはさんでしまっていた。
魔族は古ければ古いほど、その血統も純血に近いものになる。
その意味では、どちらが高潔かといえばルカは俗、に近いものになってしまう。
だが、古ければ良い、新しければ駄目。
そんな価値観が、彼の肌には合わなかった。
「なんでしょうか、イディス様。ああいえ、領主様‥‥‥しかし、不思議なこと」
「何も不思議はないよ。ただ、この地は俺の下にある。まずは俺を立ててもらいたいな」
「ふっ、うふふ」
「何がおかしい?」
「だって、たかだか人間の領主なんて――この魔界を知らないにも程がありますよ、イディス様」
「魔王に対して不遜だ、とでも言いたいのか? あいにくと俺はライルのような身の程知らずじゃない。古き王たちに倣えという気は無いよ」
「ですが、宮廷‥‥‥いえ、新領主様。それを仰るな我が主は更なる主を得まして」
「ああ、そういう意味かよ。ラスクーナの国王、魔王エミスティア様、だったか?」
「ええ、さようでございます」
「第五位の魔王‥‥‥夢魔の女王が、この最果ての地に何の用かな」
とりあえず飲むかとイオリが抱きしめて離さない盃を奪うと、少女は眠たそうな顔をして無駄に抗い、ラスの持つ妖しさにぼうっと見入っていた。
「受けてくれるか?」
「頂けるならば。でもどのような盃になりましょうかね」
「上も下もない。ただの知己に再会した。そんな、祝いの酒でいいんじゃないか?」
「再会の盃ですか。ならば、まだ話にはなりますね、領主様」
ラスは控えているようで控えない。
丁寧でいるようで無礼。
へりくだっているようで、まるでその気を見せない。
あくまで自分はアーチャーよりもこの場にいる誰よりも古き偉大なるもの。
そんな雰囲気を崩さないでいた。
これを面白く思わないのは誰でもない、その子孫たるルカだった。
もっともこの天空はルカたち、現世の黒曜族の領分。
勝手にやってきて好き勝手を言われるのも、彼女には面白いはずがなかった。
「何ですか、ご先祖様。仮にも彼はこの最果ての地を託された身ですよ。少しは身を引いて頂きたいと思います‥‥‥」
「あら、この子ったら。そう見えていたの? 私にはそんな気は無かったのよ? あなた――」
「ルカです、氏族名を頂けるような身分ではありません‥‥‥」
「そう。なら、イニアスの氏族を名乗ると良いわ。私の持つ、限りない名の一つだから」
「イニアスって――」
溜まりかねて今度はルカがそう言ってしまう。
だが、ラスのあまりにも冷たい力強い目を見ると、ただ黙ってしまうしかなかった。
おまけにイニアス氏族、それはずっと昔に失われた旧い氏族名だ。
名乗れと言われても、自分には無理ですとしかルカには言えなかった。
「名乗れないと? 私が許可しているのに?」
「ラス様が許可なされても、我が王は許されません。私は名もなき一族の端に連なる者ですから。そんな大層な名前‥‥‥」
「名乗ったら命に関わるんだろ、ルカ?」
「ええ‥‥‥領主様の言われるとおりです」
はあっ、とルカが悲しそうにため息をつくとさすが同族、ラスも似たような声を漏らしていた。
似た者同士だよな、二千年の時間が経過していても。
そう思ったのはアーチャーだけではないらしい。
バルバロス王も困ったような顔をしていて、アーチャーはこの義父ともいえる彼のことを他人だと思えなくなっていた。
苦労人。
その一言がどことなく似合う感じが自分に似ていたからだ。
「ルカ、いいよ。俺があとから触れを出す。正式に名乗れるまで大事に抱いておけばいいさ」
「えっ? でもそれでは我が王が――」
「王よりも偉大なるご先祖様がそこにいるだろ? この決定に文句をつけるようなら、ラスはお前の王の城に乗り込んで行くだろうな」
「それは――困ります。でも、家族もいますし‥‥‥」
「ならパルド市に呼べばいいだろ。まあ、そう簡単には行かないだろうけどな」
身分って世知辛いわ。
そうラスが漏らすのを、死霊術師や周りの面々は聞いてあきれていた。
さっきまでは自分がその血統を盾にして、威張っていたのに。
果実酒が効いたのか、それとも落ちぶれた子孫を見て悲しくなったのか。
ラスはあの時、とそっと何かを思い出しているようだった。
「あの時、シェナ様とイゼア様がちゃんと夫婦になられていたら。竜神アルバス様がカイネに討たれなければ。魔神グレアム様がまだ存命だったら‥‥‥世界はまだ、魔族はまだ地上世界に生きていられたはずなのに」
「シェナ様に、イゼア様ですと??」
「ええ、そうよ。ロアの王」
そう、声を上げたのはバルバロス王だった。
彼はその二人の名を知っているようで、悲しそうな顔を浮かべるのはラスとよく似ていた。
「ロアの英雄。だが、虚空に去ったとも言われる」
「そう、かも? シェナ様は我が黒曜族の始祖ともいえるべきバジェスの最後の姫。イゼア様はロアの魔王の第一子だった」
「ロアが魔王?? そんな話は聞いておりませんが――」
「どこかで狂ったのでしょうね。ロアよりもレパードやグリムガルが覇を一族の中で競っているなんて。この魔界に降りて初めて知りましたよ」
「詳しく‥‥‥伺いたいですな」
「そうですか? 領主様が許可されるなら、古い話でもしましょかね。この酒のお返しに」
二人の視線がアーチャーに集まる。
だが、死霊術師はそれを首を振って否定した。
「俺がいないところでも出来る話だろ、それは。ラス、ここに来た理由を知りたい。まさか、いまさら子孫を従えに来たなんて――言わないよな?」
「まさか。そんな気はありませんよ。本当ならば主と共に深く眠るはずでしたので」
「なら、何をしにここに来た? しかも、この結界に入ってくるなんて、な?」
「それは――ここより少しばかり地下世界の入り口に近いあの街‥‥‥そう、パルドでしたね。そこで行われたからですよ、死霊術師様。魔人様の作り上げた結界を誰かが意図して操作した。あんな夢まがいなものを見せられるなんて――」
我が夢魔の女王は大層、不満だそうですよ。
そう、笑顔でラスは告げるのだった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユニークスキルの名前が禍々しいという理由で国外追放になった侯爵家の嫡男は世界を破壊して創り直します
かにくくり
ファンタジー
エバートン侯爵家の嫡男として生まれたルシフェルトは王国の守護神から【破壊の後の創造】という禍々しい名前のスキルを授かったという理由で王国から危険視され国外追放を言い渡されてしまう。
追放された先は王国と魔界との境にある魔獣の谷。
恐ろしい魔獣が闊歩するこの地に足を踏み入れて無事に帰った者はおらず、事実上の危険分子の排除であった。
それでもルシフェルトはスキル【破壊の後の創造】を駆使して生き延び、その過程で救った魔族の親子に誘われて小さな集落で暮らす事になる。
やがて彼の持つ力に気付いた魔王やエルフ、そして王国の思惑が複雑に絡み大戦乱へと発展していく。
鬱陶しいのでみんなぶっ壊して創り直してやります。
※小説家になろうにも投稿しています。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる