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第二話 ハッシュバルの森

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「これは、認めたくはないが、ある偉いさんの紋章だ」
「偉いさん?」
「ああ、ハイエルフのな。
 まあ、それは後から話すが。
 遊ばれて放り出されただけならまだいい。
 見てみな、この糸。眼の部分は眼球がどうなってるかわからんから、糸を除けないがな。こんな金糸。普通は使わない」
「どういうことだい?
 いや、拷問じゃないってことかい?
 貴族様の遊びだと?」
「いや、そのどちらでもないと俺は思ってるんだよ」
「意味がわからないねえ。
 ただー」
 あたしなら、どうするかね。
 アリシアはそう考える。
「この子、まさか口まで縫われてたのかい?」
 そうだ、とロッソはうなづく。
「あくまで水中で息ができないようにしたかった。
 それだけなら、縫い付けるだけでいい。
 でも、歯や舌まで抜く必要はない」
 弄びながら、口封じをしたかった。
 そういうことかい。
「気分が良くないねえ……。
 その紋章ってのはどこのどいつだい?」
「聞いていいのかい?」
 抜けれなくなるぜ?
 そうロッソは言いたそうだった。
「ここまで見せといて、今更何言ってんだい。
 少なくともー」
「少なくとも?」
「同胞がこんな目に合わされて黙って見過ごすほど、あたしらダークエルフは甘くないよ」
 あんたはもうちょい殺気を抑えな!
 とリザの頭を軽くはたいてアリシアは言う。
「そういうとは思ってた。
 ブラグレムのある貴族様のだ。
 そう、ある司教のな、やつだよ」
 ハイエルフの王族か……。
「また、厄介なことになったね」
「ああ、もう一つ厄介なことがある」
「もう一つ?」
「ああ、あんただ。
 この街にダークエルフが入ったってのがな。
 噂になってる」
「どういうことだい?
 まだ来てから数時間じゃないか」
 甘いな、とロッソは言う。
「ここは平原の上流に当たる街だぜ?
 いわば、ハイエルフの領域に近い街だ」
 ああ、そういうことか。
「なるほどね」
 なら、この街には長居はできなにねえ。
 この子も、だけど。
 そうアリシアは思う。
「抜けるなら、河だろうね?
 舟かい?」
「そうだな。
 馬よりは安全だろう。
 だが、彼女はすぐには動かせない」
 互いに困ったな、そういう顔になったその時だ。
 ドンっ。
 部屋の外で鈍い音がする。
「どうした?」
 リザが外を見て、目を伏せる。
「また、あれか……」
「あれ?」
 ロッソは深いため息をついた。
「もう一匹、人間族の拾いものがあるんだよ。
 これが、言葉がな……通じなくてな。
 しかもー」
「強いんです。おかげで、魔法の檻に入れても破ろうとして……」
 と、リザが困ったように言う。
 この強者たちをして困らせて、しかも魔法の檻でも抑えきれない人間がいる?
 なんだその面白そうなやつは。
 アリシアはその人間族とやらに会ってみようという気になった。
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