12 / 20
第二話 ハッシュバルの森
5
しおりを挟む「さすがですわ、司祭様……」
シャルネアは感嘆の声を上げると、すでに意識を失っているダークエルフの口をまず、数ミリ単位で縫い付けた。
次に目だが、閉じたままでは縫いづらかった。
「誰か、まぶたを引いておくれ」
兵士の一人が頭を固定し、もう一人がシャルネアが縫い付けやすいように上下のまぶたを閉じたまま引き上げた。
「あら、綺麗な顔になりましたわ」
こちらも布にされた刺繍であれば見事といえるだろう腕により、隙間なく縫い付けられた両目を見て、シャルネアは満足そうに言う。
「では、この物をいかがしましょうか、司祭様?」
ふむ、と司祭は考え、兵士に問う。
「この先に大きな河などあったかね?」
兵士は御者に確認を取ると、
「あと一時間も行けばあるとのことです」
司祭はうなづいた。
「では、そこで放ることにしましょう。
ところでー」
と、司祭は疑問を口にする。
「なぜ、このものは衣類をまとっていないのか?」
と尋ねた。
これに対し兵士の一人が、
「はい、歯をすべて抜くまえに……そのいろいろなものを下から漏らしまして……」
「ああ、それで汚れたから洗ってやったのですね。
なるほど、血もついていない。
善き善行を施しましたね」
「ありがとうございます。司祭様」
「では参りましょう。その物は後ろの荷台にでも括り付けておきなさい」
そう言うと、兵士たちにダークエルフの奴隷を荷台に放り上げさせて馬車を出させる。
しばらく走ると、前方に大きな河と帝国時代に建造された石橋が見えてきた。
「うむ、ここで良いでしょう。
来世は、ぜひ、ハイエルフとなって生まれ変わるのですよ」
満足そうにうなづくと、兵士たちにダークエルフの女を河へと放り込ませる。
こうしてフランドル司祭とその一行はその場から去って行った。
河に投げ込まれたダークエルフは途中から意識を取り戻していた。
そして、両手両足を拘束され、首輪に繋がれた鎖を解けぬまま、両目と口内の痛みで意識をどうにか保とうとしていた。
(フランドル司祭……シャルネア……ブラグレム王―)
必ず、復讐をしてやるとその心に誓い、濁流に呑まれながら下流へと消えて行った。
それは偶然という言葉が当てはまるかどうかは分からない。
二つの大河が交わる河口に自然に形成された三角州に古くからある交易都市ラハールに、はるか西方の国出身のダークエルフで、傭兵や冒険者と呼ばれる仕事を生業として都市から都市へと旅をしながら生きているアリシアがたどり着いた時だった。
「はいよ、旦那。
これ、旅証ね」
と、身分証明書のような役割を果たす旅証の札を胸から下げたアリシアが、その豊かな胸元からラハールの衛兵に取り出してみせた。
「あー、ん。
確かに……、ダークエルフが傭兵とは珍しいな」
「そうかい、この街にしばらくいようと思うんだけどねえ」
と、アリシアが衛兵に数枚の銅貨を握らせる。
「で、紹介してくれるとこを、ね?」
ダークエルフは貴重な宝石とも呼ばれている。
下手をすれば奴隷商に売られてそのまま、ハイエルフの貴族の奴隷行きだ。
警戒するに越したことは無い。
「ああ、それならー」
と、衛兵は数枚の紙を詰所から持ってくる。
「まあ、何か所かはあるがなー。
ここは連邦の奴隷禁止条例に加盟しているからな。
まあ、心配はないと思うがー」
と、何枚かを見比べて、
「この黒のー、あ、いや嫌味じゃないからな?」
と、前置きをして、
「黒の虎亭、なんかがいいだろうな」
「なんでそこなんだい?」
と、アリシアは尋ねる。
「亭主が香具師、あー、まあこの界隈の顔でな。
何より、名前の通り、獣人だ」
ああ、そういうことか。
つまり、この黒の虎亭の亭主はこの街の裏世界のボスなのだ。
そして、獣人もまた、奴隷商人の的になりやすい。
そういう理由から薦めてくれたわけだ。
「なるほどね、ありがとうよ、旦那」
道筋を簡単に聞き、挨拶をしてアリシアはその黒の虎亭へと足を運ぶ。
途中、非礼にならないようにとそれないの値が張る酒を、酒屋で選び、丁寧に包装させて酒屋を後にする。
簡単な道筋を聞いてはみたものの、黒の虎亭はなかなか街の奥まったところにありそうだった。
人通りが少なくなり、道幅が狭くなるものの、周囲には危険と言えそうなものは見えなかった。表向きは、だが。
「へえ、亭主はなかなかの漢のようだねえ」
感じる感じる。
そこかしこから射るような視線と共に、強者の匂い、血の混じった物騒な臭い、そして歓迎されていないが、まだ何かをしかけてくることはない。
そんな思いが、そこら中からアリシアに向けられていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。


【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる