伝説の湖畔の塔と三匹のエルフたち

星ふくろう

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第二話 ハッシュバルの森

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「さすがですわ、司祭様……」
 シャルネアは感嘆の声を上げると、すでに意識を失っているダークエルフの口をまず、数ミリ単位で縫い付けた。
 次に目だが、閉じたままでは縫いづらかった。
「誰か、まぶたを引いておくれ」
 兵士の一人が頭を固定し、もう一人がシャルネアが縫い付けやすいように上下のまぶたを閉じたまま引き上げた。
「あら、綺麗な顔になりましたわ」
 こちらも布にされた刺繍であれば見事といえるだろう腕により、隙間なく縫い付けられた両目を見て、シャルネアは満足そうに言う。
「では、この物をいかがしましょうか、司祭様?」
 ふむ、と司祭は考え、兵士に問う。
「この先に大きな河などあったかね?」
 兵士は御者に確認を取ると、
「あと一時間も行けばあるとのことです」
 司祭はうなづいた。
「では、そこで放ることにしましょう。
 ところでー」
 と、司祭は疑問を口にする。
「なぜ、このものは衣類をまとっていないのか?」 
 と尋ねた。
 これに対し兵士の一人が、
「はい、歯をすべて抜くまえに……そのいろいろなものを下から漏らしまして……」
「ああ、それで汚れたから洗ってやったのですね。
 なるほど、血もついていない。
 善き善行を施しましたね」
「ありがとうございます。司祭様」
「では参りましょう。その物は後ろの荷台にでも括り付けておきなさい」
 そう言うと、兵士たちにダークエルフの奴隷を荷台に放り上げさせて馬車を出させる。
 しばらく走ると、前方に大きな河と帝国時代に建造された石橋が見えてきた。
「うむ、ここで良いでしょう。
 来世は、ぜひ、ハイエルフとなって生まれ変わるのですよ」
 満足そうにうなづくと、兵士たちにダークエルフの女を河へと放り込ませる。
 こうしてフランドル司祭とその一行はその場から去って行った。
 河に投げ込まれたダークエルフは途中から意識を取り戻していた。
 そして、両手両足を拘束され、首輪に繋がれた鎖を解けぬまま、両目と口内の痛みで意識をどうにか保とうとしていた。
(フランドル司祭……シャルネア……ブラグレム王―)
 必ず、復讐をしてやるとその心に誓い、濁流に呑まれながら下流へと消えて行った。
 


 それは偶然という言葉が当てはまるかどうかは分からない。
 二つの大河が交わる河口に自然に形成された三角州に古くからある交易都市ラハールに、はるか西方の国出身のダークエルフで、傭兵や冒険者と呼ばれる仕事を生業として都市から都市へと旅をしながら生きているアリシアがたどり着いた時だった。
「はいよ、旦那。
 これ、旅証ね」
 と、身分証明書のような役割を果たす旅証の札を胸から下げたアリシアが、その豊かな胸元からラハールの衛兵に取り出してみせた。
「あー、ん。
 確かに……、ダークエルフが傭兵とは珍しいな」
「そうかい、この街にしばらくいようと思うんだけどねえ」
 と、アリシアが衛兵に数枚の銅貨を握らせる。
「で、紹介してくれるとこを、ね?」
 ダークエルフは貴重な宝石とも呼ばれている。
 下手をすれば奴隷商に売られてそのまま、ハイエルフの貴族の奴隷行きだ。
 警戒するに越したことは無い。
「ああ、それならー」
 と、衛兵は数枚の紙を詰所から持ってくる。
「まあ、何か所かはあるがなー。
 ここは連邦の奴隷禁止条例に加盟しているからな。
 まあ、心配はないと思うがー」
 と、何枚かを見比べて、
「この黒のー、あ、いや嫌味じゃないからな?」
 と、前置きをして、
「黒の虎亭、なんかがいいだろうな」
「なんでそこなんだい?」
 と、アリシアは尋ねる。
「亭主が香具師、あー、まあこの界隈の顔でな。
 何より、名前の通り、獣人だ」
 ああ、そういうことか。
 つまり、この黒の虎亭の亭主はこの街の裏世界のボスなのだ。
 そして、獣人もまた、奴隷商人の的になりやすい。
 そういう理由から薦めてくれたわけだ。
「なるほどね、ありがとうよ、旦那」
 道筋を簡単に聞き、挨拶をしてアリシアはその黒の虎亭へと足を運ぶ。
 途中、非礼にならないようにとそれないの値が張る酒を、酒屋で選び、丁寧に包装させて酒屋を後にする。
 簡単な道筋を聞いてはみたものの、黒の虎亭はなかなか街の奥まったところにありそうだった。
 人通りが少なくなり、道幅が狭くなるものの、周囲には危険と言えそうなものは見えなかった。表向きは、だが。
「へえ、亭主はなかなかの漢のようだねえ」
 感じる感じる。
 そこかしこから射るような視線と共に、強者の匂い、血の混じった物騒な臭い、そして歓迎されていないが、まだ何かをしかけてくることはない。
 そんな思いが、そこら中からアリシアに向けられていた。
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