伝説の湖畔の塔と三匹のエルフたち

星ふくろう

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第二話 ハッシュバルの森

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 何かに襲われて逃げているふうではなかったが、火急の何かをもって走っているのは傍目にも明らかだった。
 ラグナムという国に属するその街道はイフレーン街道と呼ばれている。
 西の端のハイエルフの国から高山地帯の各国を縦断する広さをもっていた。
 十四ほどあるハイエルフの国々の国境をまたいでいたがその馬車はこれまで数える中で、五つほどの国境監視所を一切の検閲を受けずに走破していた。
 中に乗るのは二人のハイエルフの男女とその他一人で、ハイエルフの男は既に老人といっていい外見であり、ハイエルフの女性はまだ若かった。
 階級というものをもし、服装で表すとしたら男性は非常に荘厳な雰囲気の衣装を身に着けていた。
 白を基調とし、金糸と銀糸による何かを形どったローブをまとい、その下には腰布で調整するような一枚布でしつらえらえた和服のようなものを見に着けている。頭上には銀色の冠をまとい、足元には革製のブーツを履き、その足はあるものの上にゆったりと置かれていた。
 ハイエルフの女性は男性と似た格好をしているが頭には頭巾に似たものを被り、顔は黒い絹製のベールで被われていた。
 馬車が舗装された道の隆起にそって上下するたびに、それは苦し気な声を上げたが、それは誰の耳にも意味のないものとして存在していた。
「困ったものだな」
 彼は片足でそれの腹を軽く蹴ると、床に両足を降ろした。
「これ、がお気に召しませんか司教様?」
「いや、そうではないよ。
 このようなものに感じる想いなど何もない」
 と、男性はそれを軽く蹴り上げた。
 うぐっと呻くその悲鳴を歓喜のように耳にして、男性は微笑んだ。
「あまり痛みを与えると、また買い変えなければなりませんので。
 どうか、多少なりとも慈悲を与えてやるのも神の御心かと……」
 女性が申し訳なさそうに彼に言う。
 たぶん、目上の者に意見を発言をすることははばかられるのだろう。
「おや、君はこんなどうしようもない黒いゴミにそんな感情を持つのかね?
 これらは、われらが光の御方の対極にいる闇の使途だぞ?
 ここで少しばかり、ほれ―」
 と、彼はそれの首につけられている鉄の輪に繋がる鎖を引き上げる。
 両手とひざ下から全てを馬車の床に鉄製の拘束具で抑え込まれたそれは、息ができなくなるが抵抗する術を持たない。
 顔色が青くなるまで楽しんでから、鎖を外すと、口枷をされたそれは激しく咳き込んだ。
「ほらな?
 いつでも処理できるごみのようなものだ。
 まあ、今はわしの足置き兼テーブルとして活用できれば。それでいい」
「しかし、このままでは餌も与えれませんし、排泄などの我慢も限界がかかるかと」
 ああ、それはそうだな。
 と司教様と呼ばれた老ハイエルフはしばし考えこんだ。
「ふむ。
 どうするかな。
 ここでの我々の会話をこの物は聞いておるしな。
 排泄をさせる度に馬車を止めるのは無駄というものだ。
 餌など与えるなど、費用の無駄というものだよ、シャルネア君」
 たしかに、と女のハイエルフはうなづく。
「君はいまはまだ若いが野心家でもあれば、私が仕えるブラグレム国、国王のご息女でもある。階位は低い宣教師ではあるがね。私は君の将来に期待をしているのだよ」
「光栄です、閣下」
「この旅も、あの忌まわしい塔が何かを始めたことを調べに行くためのもの。
 真紅の魔女め。
 帝国が滅んでより約三千年の時をえて未だに我らを苦しめようとしておる」
 今度は激しく怒りを込めて、床のそれを足蹴りにする。
 何度も何度も腹部を蹴られ、それは呻くどころではなかった。
「司祭様、いけません。
 気を失えば、この中が汚れます」
 それが失禁をしそうだと思い、慌ててシャルネアと呼ばれた女のハイエルフが止めに入る。
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