上 下
19 / 20
第二話 ハッシュバルの森

第4話 力ある物たちへのー挑戦。

しおりを挟む
 はるかな眼下には惑星が広がっている。
 成層圏を貫くかのような大樹と、それが根を張る扇形の大陸。
 それ以外にも幾つかの大陸が認められる。
 ここにある何か。
 世界を変える何かはどこにあるだろう?
 それを見つけ出すにはどうすればいい?
 沙雪は考える。
 一人の女子高校生が白い上下の作業服姿で、衛星軌道上からあぐらを組んで座り込みながら惑星を見下ろしてる姿なんて、誰も想像できない光景だろう。
 もし、地球でこの光景をみた宇宙飛行士などいたらどうするだろうか?
 卒倒するかもしれないね。
 なんてことを想像しながら沙雪は考える。
 秘密を隠す方法はいくつもある。
 この惑星に住む誰かに。
 小さな微生物にでもいい。
 大きさの大小なんて神は考えないだろう。
 それは、この時空間における法則性だから。
 それを超越した存在が、わざわざ”ここ”における配慮をする必要性は無意味に近い。
「あくまで、無意味に近い、だよね。
 さきは物理学とか数学とかあんまりわかんないけど……」
 人間基準で考えては駄目なのだ。
 考えるならば、より越えた存在。
 但し、適用するのは人間の基準。
 そこに、答えがあるはずだ。
「と、いうことはー?」
 ああ、そうか。
 沙雪は思い出した。
 いまの自分は、この惑星で唯一、観測されない存在だということを。
「つまり、さきが見てあげればいいんだよね。
 みんなが見れない誰か、を。
 そのためにはこの世界にあるモノを使ったらだめなんだよね、多分。
 使うとしたらブーちゃんが言ってたあれ」
 虚無の環流。
「でもそれにアクセスできたっけ?
 できても、戻す力はさきにはないよね、多分。
 うーん……。あ、さきどこにいたっけ?」
 ブラウニーは言っていた。
 ほぼゼロに近い光の速度は無に近い存在になる。
 それを二重に重ねることで内部を観測できないようにしてる。
 でも二つ目の輪の作る質量エネルギーだけは解消できずに永遠にその内側に蓄積される。
 位相をずらすことでその蓄積された力の干渉を避けさせている。
 でも力は無くならない。
 だから今度は、
「さきを量子レベルにまで粒子化させつつ、さきの存在をデータをして保存することとこの位相空間を独立させている。だから、さきはどこにいても沙雪TUEEEができる。
 じゃあ、あ、わかった」
 沙雪はポン、と手を打つ。
「もう一つ、さきの力で管理できる輪を、さきの外側に作ってやればいいんだ。
 この世界で普通に干渉できる波を作ってー」
 レーダーの様にこの惑星全土に照射すればいい。
 ただし、そのレベルをどうするかだ。
「レーダーの波って出力上げたらお肉だって焼けるって言ってたし。
 あれ、なんかのテレビ番組だったかなあ。
 そんなのこの星に流したら誰もが死んじゃう。
 それは駄目。
 お月様はあんなに綺麗なのになー。
 あの裏側は太陽の光が届かないから寒いんだよね」
 そんなとこ行ったら凍えちゃう。
 と、沙雪は疑問に思う。
 この宇宙空間も真空に近いはずだ。
 なんでさきは寒くないの?
 あ、待って。
 量子レベルでは時間の進み方が違う?
 温度の影響は受けない?
 じゃあ、摩擦熱は生まれない?
 ならなんで光の速度に近付くにつれて質量エネルギーは増大するの?
 時間の流れが関係しているとしても。
「はるかな過去からその空間には温度が存在するんだから、どれだけ時間の流れが違っても影響を受けないなんておかしいよ。それなら、その空間そのものが遮られてなきゃ。じゃなんでさきは平気なんだろ?」
 もしかして、時間と空間が連続しない何か、どこかにいれれば。
 そのー
「あ、そうか。
 だから、高次元なんだ。
 ふっふーん。
 さき、答え見つけたかも」
 戻ったらけいくんにこのアイデア話して褒めてもらおう。
 そんなことを考えながら彼女は探すための下準備を始めた。
 波を探すのだ。
 彼女と同じような、高次元に位置する存在たちが発している波を。
 沙雪はその波を内部に戻す仕様にしているから、誰からも感知できない。
 すべてが無い状態から別の場所に推移してもそこに物理的な変化はない。
 だが、それが何かを発しながら存在してるとしたら?
 影響を限りなくこの時空間に存在するモノに干渉しないように調整していたとしても。
 その足跡だけは見つけれるはずだ。
 問題はそれをどう見つけるか。
 どんな波を使えばいい?
 どこにでもあって、反射する波。
 通過する波では意味が無いのだ。
 この時空間に干渉できなくなるから。
 つまり。
「あなたね。
 太陽の光。
 あなたはそうやって、全部を見てきたんだ。
 一人で、孤独に……」
 そしてその視線をうまく利用して隠れているモノたちがいる。
 それはどこにいるか。
 上手に位相をずらした空間。
 でも、干渉できるだけの穴を開けている。
「神様、か。
 そうやって地球の神様も、さきたちを操ってきたの?
 それとも、守ってくれたの?
 ねえ、神様。
 さきは、けいくんに会いたいよ……」
 泣いたらだめだな。
 そう思うけど、涙が止まらない。
 真空なのに重力があるように頬を伝っていく。
 ぶーちゃんは数百年。
 さきはまだ、数日か数週間。
 だめだな、そう沙雪は思う。
 ブラウニーは言っていた。
 消滅した恋人を探していると。
「けいくんはあそこにいる。
 さきの考えが間違ってなかったら、ぶーちゃんが守れなくなっても。
 地球が守ってくれる。
 それとー」
 圭祐は自分の知らないところで、未来を観ていたのだ。
 そしてそれを彼なりの解釈で小説にしてきた。
 ただ、それがあまりにも突拍子もなくて、なかにあるストーリーはあまりにも残酷だったり、面白味にかけていたから、光が当らなかっただけ。
 まあ、そんなことはどうでもいい。
 いま大事なことは彼の小説に対する、世間の評価ではないからだ。
 どこまでが、正確に未来を描いていたか。
 そこが大事なのだ。
「居たなあ、あのキャラたち。
 なんて言ったっけ?
 えーと‥‥‥阿蘇さんに、真砂さん。碧ちゃんに、久遠さん。
 伊庭さんに陣内さん。一番世界を周って後始末で大変なのが千影さん。
 魔王さんにエミュネスタちゃん。運命に弄ばれるルシールさん。
 遠矢君に由樹君。明日香ちゃん。
 遠い未来から帰還した奏多ちゃん。
 マキナさん、マイラムさん。
 みんな、多分。
 今も、それか過去に。
 いるはずなんだよね。いいなあ、けいくん。
 みんなと出会えるんだから」
 そこにさきはいない。
 沙雪はその言葉を飲みこむ。
 あれらの物語は全て、圭祐がいわば覚醒するか、その存在が必要となった未来。
 その時点から描かれている。
 沙雪がいないのは現在の時間軸。
 つまり、彼がそうなる前の世界に沙雪が存在しているからだ。
「さきは、伝えたら消える。
 そういうだけの存在なんだろね、多分。
 それだけの駒なんだよ。ま、いっか」
 幸せはもう充分貰ってきたし。
 役割を果たせというならそれをやりましょ。
「おおっ。
 そうだよ、わかった。さき、天才」
 位相は波と波がぶつかり合った部分に存在する。
 それをつなげることで、高次元が干渉してくるなら。
「光が必ず集約されてるとこがあるはず。それを探せばいいんだ。
 必要な装置は、と」
 レーダーだと波の反射から波形を分析してデータとして記録して、と。
 沙雪の頭は回転する。
 統計を取ってから分析するわけだからそれを応用する?
 いやいや、それはあまりにも手間がかかり過ぎない?
 もっと情報を蓄積してる存在がないのかな?
 情報を……ちくせき……。
「あった」
 目の前にある太陽だ。
「ブーちゃんが言ってたもんね。
 惑星神がいるって。
 なら、太陽にも神様はいるはずだよ。
 でも、さきが見えてないだけだよね。
 見えたら、どうするのかなー?
 あの大きさだったら、フレアとか来たら普通にこの惑星も滅んじゃうし。
 世界ってややこしいなあ……。
 この世界の情報が欲しいだけなのに。
 どっかにパソコンとかあればいいのになー……計算。
 あれ、計算って……あ、そっか。
 さきの身体の存在そのものを維持するために2つ目の質量エネルギーを利用して維持させてるんだから。
 どこかでそれの調整をしてるはずだよねー。
 ってことは、さきそのものが量子コンピューター……?」
 いや、もっと高度な何かがそれを支えているかもしれない。
 なら、その機能の一部だけでもこの惑星を観測して沙雪に伝えるように作り変えれれば……。
 うーむ。
 これは困った。
 そこから先の考えが思いつかない。
 誰か助言者が欲しい。
 と、いうよりはこんな時こそ、神様の使いが来て欲しい。
「来ないよねー。
 さすがに。
 うーん。
 よし、諦めよう。
 別のこと考えよ。
 待ってよ。
 さきは人間で、結局、パソコンとかって人間の頭脳の一部を機械化しただけで……」
 そうだ。
 全ては自分の中にあるのだ。
 沙雪は気づいた。
 一から作る必要なんてないのだと。
 ただ、命じればよかったのだ。
 自分の存在を管理している部分に、この世界を観測する機械を作れと。
 その設計図だけを考えらいいのだ。
「まず、光を発生するとかじゃなくて。
 乱反射してきたものを収束させて、それを蓄積しつつ表示する装置と。
 その為にはこの惑星を瞬間的にじゃなく、最低でも数日は覆う膜がいるよね。
 でもその膜は光を通過させつつ情報をコピーさせるもので……。
 それと併行させて、位相をずらして存在してる誰かが出してるシグナルを計測してる波もあるはずだよねー。
 それはさきじゃない。
 彼が観てきたはず。
 この惑星の生まれた時からいるはずの、彼が」
 さきの目の前にある巨大な炎の塊。
 太陽が。
 世界が圭祐を守ろうとしていながら、それを滅ぼそうとする存在がいる。
 ブラウニーはそう言っていた。
 それはあながち、間違いじゃないかもしれない。
 沙雪はそう思う。
 多分、世界とブラウニー。
 二重に守られているのだ。
 その誰かから圭祐は。
 その誰かが隠した何かなら、誰かは誰かに密かに監視されてるかもしれない。
 その監視者がもしこの太陽であって、監視しているのがこの世界そのものならば。
 世界は沙雪に味方してくれる?
 いや、違う。
 味方とか敵とかはないはずだ。
 ただ、監視してきたその方法を追いかけれれば。
 沙雪にもその情報は手に入る。
「ねえ、探して。
 先の中にいる、ぶーちゃんの力でできたコンピューターさん?
 わかんないけど。
 さきと同じ別次元にいながら、この惑星に干渉してる誰かが干渉するために必要な穴を。
 太陽さんが視てきた波を見つけて。
 そしてー」
 それを見つけたらここにー。
 沙雪は右手を掲げる。
 そこに現れたのは小さな光の渦だ。
 限りなく亜光速にまで高めたその質量エネルギーを、その内側に。
 収束させて沙雪が視た、情報をそのエネルギー内で情報の観測を行わさせる。
 眼下にある惑星の極小バージョンでありながら、自ら分析する力を持つ光球。
 まず、それが一つ。
「うん。できた。
 面白いね、これ。
 あれみたい、ホログラムの立体映像。
 ふふん。やっぱりいるじゃん。
 多くないけど、大陸にー……」
 最低でも30以上の反応がある。
「じゃあ、これで一つはできたよね。
 もう一つはやっぱり泡を作るしかないか……」
 太陽の光と同じ泡を。
 沙雪の中で作り出すのは、2種類の泡がいる。
 ある距離までいくと壁となってくれる泡。
 その次にその壁にぶつかって反射してくる泡。
「うーん?
 泡って表現なんか変だけど。
 最初の壁を残すとあとからめんどくさいことになりそう。
 じゃあ、その壁を壊す泡と、それとは別に壁に蓄積された情報を持ち帰る泡がいるんだよね。
 ってことはそうか。それが位相をずらして戻すってことか」
 じゃあ、それが戻ってきたときに受けとめる泡もいるわけだ。
「よし、とりあえず、やってみよう。
 イメージ、イメージ。
 さきは、ある意味、神様なんだから」
 惑星の反対側ギリギリまで光を照射する。
 光はそこで止めればいい。速度をその時点でゼロに近い存在にしてやればいい。
 次に滞留した”壁”になった光を相殺するだけの質量エネルギーをぶつけつつ、その部分に蓄積されたあらゆる物理的情報を反射させる位相をずらした、音を与えればいい。
 そして、戻ってきたその波を沙雪のいる場所ですべて吸収する。
 それはさっき作った光球に吸収させて分析させ、投影させる。
 そうすればー。
「ほら。
 完璧。
 これで誰も気づかない地図ができた。
 測量だね、これ。
 ふふん、測量士と呼びたまえ……か」
 付近を見渡しても誰もいない。
 誰も……。
「あなたも、見えないもんね……」
 消え入るのがさきの役目。
「ま、いっか。
 さて、と。
 いま一番最近できた干渉の発生元は……」
 と、光球を拡大して沙雪はそれを表示させる。
 そこは、大陸のほぼ西側よりの場所に現れていた。
「そっかあ。
 この惑星自体の歴史とかまでは分からないんだね。
 住んでる人種とかどんな国がどんな歴史をたどって来たかとか、言語はどうとか。
 そこまではわかんないんだ。
 まあ、いいや。
 あそこ。
 行ってみよ」
 そういうと沙雪は人知れず、惑星への降下を開始した。



「ふーん?
 なんか違う人たちがいるね、この辺り……」
 沙雪が降り立ったのは高山地帯と砂漠地帯、西端の密林の三種類が重なろうとしている土地だった。
 白い肌の人々が多く、着ている服もどちらかと言えば、洋服よりは和服に近い。
 一枚の布を体型に近く仕立てあげたものを、腰布で巻いて着ている。
 暑さが分からないから外の温度を内側に体感できるように調整してみると、なかなかに蒸し暑い。
「あれ。
 これは入れない方がいいね、うん、間違いない」
 と慌てて遮断する。
 その割にはここに生活する人々は……。
「あの生地、どうなってるんだろう?
 地球だったら、多分、日本の夏並みの暑さはあるのに。
 どうみても生地厚いよね……???」
 沙雪が歩いている(と本人は観測している)場所は、現代の日本で生まれた沙雪からすれば単なる古い少しだけ栄えた田舎町、という印象だった。
 だが、実際はその国の国境付近を守る重要な要害であり、身長の何倍もある高い、都市を守る城壁がそれを意味していたが沙雪にはその認識がない。
 ただのイタリア辺りでみた中世のヨーロッパみたいな街並みだなあ、という印象だった。
 建物に掲げられている看板には様々な図形が、描かれている。
「これはー……、あ、木製の看板なんだね。
 それに焼き印みたいにしてるんだ。
 彫られている訳じゃないんだ。ふーん……」
 どうやら看板を作る技術を追求した職業があるというわけではないようだ。
 どちらかといえば、最初に作った焼きコテのようものを使いまわししているような印象だ。
「つまり、あの小説とかにあった職人さんの子供はその仕事を受け継ぐって文化ではないかもしれないー?」
 地球では18世紀後半までは家内制手工業が主流だった。
「地球の産業革命以降の文明があるのかな???」
 これは面白い。
 見知らない惑星の文化をそのまま、誰にも邪魔されずに知ることができる。
 こんなチャンス、滅多にない。
 沙雪はそれまで知った情報を総動員する。
 NGOで訪れた最初の中東の国。
 こことよく似た街並みもあった。
 あの子うるさい教授が語っていたっけ。
 そう沙雪は思い出す。
「この街には、中東みたいな人たちはいないけど。
 でも、変だよね。
 なんか綺麗すぎない?」
 仕方ない、と体外の情報を幾分体感温度だけ薄めて仕入れるように調整してみる。
「うん。やっぱり。
 独特の匂いはあるけど、異臭がない」
 教授は言っていた。 
 都市には数種類の作り方がある。
 世界中の都市の建設方法に共通するそれは、上から下へ。
 水の流れを利用して建設されるか、もしくは大きな水源を利用してその周囲に展開して作られる。
「でもこの都市?
 都市って言うほどの大きさかな、これ?
 上から見てみるか」
 城壁を超えて百メートルほど高度を上げてみる。
 方角は地球のを基準にすると、確かに北から南へと流れる大きな河川がある。
 それは関東生まれの沙雪からすれば河というよりは、海に近いほどの感覚だから、正しくは大河と言っても良いかもしれない。
 大河には巨大な橋が数本かけられている。
「ということは、この街というか周辺数百キロには戦争は少ないってことよね。
 だって、大きな軍隊が移動できるような橋をかけてたらいつ襲われてもおかしくないってことだし……」
 その割にはー。
「あ、違う。
 先に橋があったんだ。
 そうじゃないと、この城壁の高さとかおかしいよね。
 しかもあんな大きな橋。
 作れる技術があるなら……」
 そう。
 その城塞都市の城壁はほどんどがレンガのようには見えたがところどころ、土壁も混じっている。
「あんな土壁はつくらないよね。
 ローマ人が作った水道橋をあとの、王朝文明の人たちが利用したようなもんかなー???
 それにしても、あの橋」
 と、運河に数本かけられている橋に近寄ってみる。
「コンクリートって確か紀元前のローマ時代にでも使われたはずだけど。
 これはそんな古い技術じゃない。
 もっと高度なやつだ。
 さきたちの時代よりは古いけど。こんな精度……」
 試しに光球に作成されてから現在までの年数を測定させてみることにする。
「えーと……。
 あれだよね、木の年輪と同じだから。
 使われた地質とー」
 まず橋の材料を粒子を透過させるかそれとも音波で測るか。
「どっちがいいのかなー?
 あ、そうか。上でやったのと同じにすればいいんだ。
 で、上で測定した情報と照合すればいいのか。あれ? でも惑星そのものを透過させたわけじゃないからそれは意味がないんだよね……。
 あ、そうでもないか。
 位相をずらした波は全部を透過しながらぶつかり合うんだから……。
 それをいまの空間の情報にしてやれば……」
 なんかさき、いまとんでもないことしてない?
 人類の技術をはるかに飛躍させれるような気がしてならない。
「これは帰っても誰にも言えないなあ……」
 そう言いながら情報が解析されるのを待つ。
 その間に、北側。
 つまり、都市としては山側に近く、どう見ても裕福そうな家屋が無さそうな地域に目が行ってしまう。
「なんで山側にあんなスラムみたいなのができるんだろ?
 南アフリカのケープタウンだとお金持ちは上で、スラム街は下だったけど。
 あそこはー。
「うーん?」
 そういえば、ブラジルのリオデジャネイロはスラム街が山側に連なっていた。
「土地柄による?
 でもおかしいなあ。
 この都市、どう見ても山側の方の壁が高い。
 ってことは、北側に敵国があるってこと?
 じゃあ、なんでスラム街があっち側にあるの?
 重要な拠点として見るんだったら……橋の守りが大事じゃないのかなあ?
 あ、出た」
 と、光球が記す年代を見て沙雪は唖然とする。
 光球には自転周期と公転周期。
 つまり地球での測定方法を基準にさせたのだが……。
「三千四百年ー????!!!」
 あり得ない。
 経年劣化を考慮に入れてもあの橋は……。
「だってあんなにヒビ割れも無いような橋なのに?
 どういうこと?」
 それを聞いても光球は返事をしない。
 当然だ。
 そんな人工知能のような機能は組み込んでないからだ。
「あー……だめだ。
 これ、さきにはわかんないや。
 でもあれだね、過去に凄い技術をもってた文明があって、ここの人たちがその後に遺跡を利用してるだけってことだよね。
 ふーん……。で、反応が大きいのはー」
 と、沙雪の視線は都市の中央に大きく建てられた塔に目が行く。
「文化の研究は後回しでいいや。
 先にあっち、行ってみようかな……」
 塔、というよりはそれは聖堂、と呼ぶに近いような建築物だった。
 天を奉じるような先端部分から、広く四方に広がる建築物。
 どちらかと言えば、ピラミッドをより細くしたような形状に近い。
 入り口には数人の現地人がいたが、それよりも目を引いたのは繋がれている人々だった。
「なにあれ……」
 首輪に手足に鉄の枷をかまされ、鎖ですべてが繋がれている。
 それらの人々が六人ほど壁に繋がれており、その建物を訪れた人々が彼らを革製だかなんだか分からないが、鞭のようなもので打ちのめした後に天に祈りを捧げている。
「奴隷?
 何で鞭うちされてるの?
 あ、でも待って……。
 肌の色が違う。これって、黒人と白人みたいじゃない。
 この国は奴隷制からまだ抜け出てない?
 あーでも違うかも。
 戦争をした後の捕虜を鞭打ちの刑にしてるって可能性もあるし。
 けいくんなら、可哀想だって助けには行かない、よね……」
 少なくとも彼氏の小説の主人公たちは、ファンタジー世界を描いた物語の中では慈悲だの義侠心に駆られて弱気を助けるということは少なかった。
「国には法律がある。
 それが良かれ悪かれ、その国の基盤だ。
 それを他所からたまたま来た人間が、勝手に自分の意思だけで打ち砕く?
 そんなファンタジー、滅んでしまったほうがいい」
 あまりにも暴論だなあ、と沙雪は圭祐の語る創作論をいつも右から左に聞き流していたが、いざ目の前にしてみるとそれは言うほどに暴論でもないような気がした。
 少なくともここは文化的な機能を備えた都市であり、街中には平和に暮らす人々がいた。
 それはつまり、この都市や国が国家として機能しているということだ。
 山の中を歩いている人たちをいきなり襲う山賊とかの状況ならばまだ話は別だが、ここでは何もできなかった。
「中に入ってみたいけど。
 もし見つかると嫌だし……まあ、ここに来た時点で何かあるなら向こうに伝わってるよね」
 鞭打たれている人々を見過ごして何もしないのは、なにか間違っているような気もするが判断がつかない。 
 知りえている情報が少なすぎる。
 今は白人? のような人々の後について建物の中に入ることにした。
 数メートルはある傾斜の緩い階段を上がりきり、扉のない入り口から内部へと入る。
 てっきりキリスト教の教会のような内部風景をイメージしていたが、建物内部には広い池のような空間とそこを満たしている水? いや油のようなものが満たされたプールのようなものがあり、その最奥には巨大な木が生えていた。天井にはガラス張りのような構造になっており、そのプールに光が差し込むようになっている。
「あー……。
 あれだ。
 思い出した」
 ギリシャのアテネにあったゼウス神殿だ。
 神殿にはオリーブ油が満たされたプールがあり、その最奥には象牙製のゼウス像が鎮座していたという。
 光が差し込む窓は無く、その分、入り口を広く作ることでオリーブ油は太陽光を反射してゼウス像を照らし出していたという話を読んだことがある。
「入り口を広くして、それだけじゃ足りないから天井も採光できるようにしてるんだね。
 ということは、あのプールに満たされてるのは外部から水を引き込んでるのかな?
 木を神様としてるのかなあ?」
 んんん?
 って沙雪は眼を細める。
 あの木は……。
「あ、さきが巣を壊したあの親子がいたあの木だ……」
 途端、あの生臭い匂いが甦ってくる気がして顔をしかめた。
 その聖堂というべきだろうか?
 建物の中にいる人々は二十人ほどだが、誰もが白を基調とした服装をしている。
 上から更に白いローブを着こんでいる人々は多分、この聖堂の関係者だろう。
 彼らは礼拝にきたのだろう。
 足元のプールから水を両手ですくうと、それを半分飲み干し、あとは手から漏らしながら顔を拭ったあとに木に向かって地面に額をつけて礼拝をしていた。
「うわーあの水、衛生的にどうなの?
 あんなの飲んだら、病気になりそう。
 あーそっかあ。だからだ」
 だから、この街には上空から見る限り、排水路などが無かったのだ。
「地下で排水機能があるんだね。
 なるほど。でもこれだと、上流から毒を流されたら終わるような構造……」
 上水と下水に分けるという考えはまだ成立してないのか。
「ん?
 その割にはスラム街が上にあるのがおかしい。
 水を上から取るなら、汚れた存在が土地の上方にいるはずがないよねー。
 まあ、いっか。
 で、この中で特異点は、と」
 光球にその位置を表示させる。
「あれ……。
 あの木がそうなの?
 木が意思をもってる?
 でもさきがあの大木にいたときには何もなかったよねー。
 どういうことだろ?」
 と言っている間に、信者たちがプール沿いに木に向かって移動していく。
 そのまま、木の前で止まるのではなくー。
「え?」
 まるで木、そのものが存在しないように彼らはその空間を通過してそのまま後ろの出口から出て言った。
「どういうことだろ?
 幻影?
 面白いなあ、さきも行ってみよ」
 ブラウニーがいたらおい待て、と制止するような行動を彼女は平気でするようだ。
「へえええ……」
 木の中は別の空間だった。
 足を踏み入れるとそこは別種の光に満たされた空間になっている。
 信者たちについてくと、彼らは何もないかのように木のあちら側に出ているようだ。
 沙雪もそれに続き、そして裏側にでた。
「おもしろい。
 逆なら?」
 と来た方向を逆向きに行こうと考えて足を踏み入れてみる。
「あれ?」
 そこは先程の空間ではなかった。
 単なる、木の中に入ってしまっていた。
「何これ?
 一方向?
 意味わかんない」
 どうやら、あの木の入り口が曲者らしい。
 しかし、それを探ったところでここでは何かが見つかりそうではなかった。
 意味があるとしたら、その出口側だ。
 光球はそこからまるで道が続いているように何かが移動した痕跡を示していた。
「ふーん……。
 この木が大事なんじゃないんだね。
 誰かが、この木の特性を生かして……ここに何かを運ばせたんだ。
 それから、あそこから持ちだした。
 さき、騙されないからね……」
 ならば、この道を追いかけるだけの話しだ。
 沙雪は中空に飛び立つ。
 この道がいつ作られたかはわからない。
 いまはー追いかけるだけだ。



 高度を上げて光球にそれが移動したはずの足跡を見やすいように拡大してと表示させる。
「あれ、まだ動いてる……。
 移動してるんだ。
 距離はー」
 それは人の足や馬車ならば追い付くにはそれなりの日数を要しただろう。
 だが、はるか高度を上げてからの移動ならば追い付くには大して時間を要しない。
「見つけたー。
 へーこの世界にも馬がいるんだねー」
 のんびりと言いながら飛ぶ速度を落として馬車に近付いていく。
 と、それは先に見える橋に近付くにつれて速度を落とし、そして橋の上で停止した。
「あれ?
 なんで?
 こんな場所で……」
 誰かと待ち合わせて引き渡し?
 あれ?
 なにあれ。
 あの荷台……人じゃない!?
 沙雪は驚いて中空に止まってしまう。
 黒い肌の、多分、全裸の女性を兵士のような連中が持ちあげてー。
「ちょっと!?
 なんてことするの!!!!?」
 勢いよく運河の中に橋から投げ入れたのだ。
 馬車ー、あっちを追うべきだけど……。
 それどころじゃない。
 ここは見逃したら駄目だ。
 少なくとも、圭祐やブラウニーがいたら何も考えずに河に飛び込みだろう。
 いや、普通のファンタジー小説の主人公ならそうするだろう。
 そうして彼らは見逃すのだ。大事なこの後に続く手がかりを。
「じゃあ、任せたからね」
 そういい、沙雪は光球を分離された。
 それは意思を持っているかのように馬車の後を追いかける。
 まあ、あの痕跡を追いかけるだけの機能しか与えてないけれど。
 追跡装置を簡易的に作ったと考えればいい。
 沙雪は光球が馬車に追いついたのを確認して、河の上を水流より速度を上げて併走する。
「だめ、見えない……」
 光を利用して痕跡を見つける方法はここでは使えない。
 どうすれないい?
 ああ、そうか。
 水流の速度をまず計算すればいいのだ。
 その中で水深によって異なるどの水流に乗って流されていったかを確認すればいい。
 確認方法?
 そんなものは簡単だ。
 先程彼女の落ちた場所から流れている粒子の痕跡を、光球に追いかけさせながら最初に採取したデータから割り出せばいい。
「いたー。
 だめだ、深すぎるよ」
 仕方ない。
 彼女に追いついたがそれは上空での話だ。
 黒い肌の女性は、運河のほぼ深層に位置する激しい水流に巻き込まれている。
 沙雪は迷わずに水中に飛び込んだ。
 女性に追いつくまで大した時間はかからない。
 光が届かない水中だが、沙雪にはそれ関係なく視る世界を調整すればいいだけだ。
 問題はー。
「この人に触れても何も変わらない。
 どうしよう……」
 女性はところどころに出ている岩肌などにぶつけられ、少しの距離を併走する間にも怪我する確率が増えていく。
 どうする?
 二重に沙雪が展開しているエネルギーの壁の内側に迎え入れた場合、彼女はどうなる?
 と、ここで沙雪は大きな思い違いに気づいた。
 全ては沙雪が観測するから干渉できるのだ。
 つまり、単純に沙雪が展開する世界との遮断壁をこの女性の周囲に広げればそれだけでいいのだ。
「間に合って……」
 最後の判断。
 それが少し遅れていたら、その女性は頭部を岩肌にぶつけて死んでいただろう。
 それほどに水流は激しかった。
「良かった。でも、待ってよ……」
 この世界に迎え入れたけど、彼女をこのままにしていら押し寄せる内部への質量で押しつぶされてしまう。
 しかし、この内部にいる存在を粒子化して観測することを本人が出来なければ、粒子化した存在は粒子のまま再現できないだろう。
「よし、ならこうしたらいいはず……」
 沙雪は彼女の周囲に位相をずらした泡を展開することにした。
 それは初めての試みだ。
 ブラウニーがいたらこういうだろう。
 世界を創造する方法の一つに手を出すな、と。
 だが沙雪はそんなことは知らない。
「でもこれだとさきから見えないし?
 うーん??
 あ、そうか。だから穴を開けるんだ。
 なるほどね」
 と、この世界の沙雪が探している、誰かと同じことを沙雪はしたわけだ。
「さて、と。
 あなたは誰なの……」
 穴を通じて泡の中に潜り、沙雪は涙を流した。
 見た目は人に近い。
 彼女は全裸で、輝くような黒い肌をしている。
 髪色は沙雪の黒に似ていて、全身の造りも変わらない。
 耳の形が違う程度だ。
「なんで……。
 なんでこんなひどい……」
 女性の手足は水中で岩肌にぶつかった衝撃で折れている部分もある。
 だが、それはまだ許せる。
 問題は顔に張り付いた水に濡れた髪をそっと除けた時だ。
 その両目は金色の糸で縫い付けられ、口もまた同じようにされていた。
「信じられない。
 捨てた時点で殺そうとしたのはわかったけど……。
 ここまでやるんだ……」
 そして、最初に見たあの聖堂の外での光景が脳裏に浮かぶ。
 外壁に繋がれ、鞭打たれていた人々。
「そっか。あの人たちも罪を背負った訳じゃなかったんだね」
 どうする?
 あの馬車を追う?
 でもそれでどうなる?
 この子の時間を限りなく遅らせることは可能だ。
 それはつまり、生きる時間を模索することにつながる。
 この黒人といっていいのだろうか。
 彼女の生きる時間を優先するべきだ。
「うん……。
 ねえ、この先に確かあったよね。大きな街が……」
 光球に話しかける。
 それは二つの運河が交差する大きな都市を表示していた。
「よし。
 まずはここまで行こう。
 それでこの子を助けなくちゃ……」
 時間を遅らせたといっても、それは沙雪とほぼ同軸の時間軸に遅行させたということだ。
 逆にいえば、彼女の死は永久に近いほどに遠のいていくが、彼女自身が感じる時間が一定ということになる。
 つまり、外の世界からすれば二人の存在は動かない、時間が静止した状態に近いということだ。
 だが、彼女そのものに流れる時間は変わらない。
 沙雪のように粒子化して観測しなければそれは成立しないのだ。
 不老不死。時間の静止にはつながらない。
「そのはずだけど……。
 でも、血の流れが遅くなってる。なんで???」
 被害者の肌から流れ出ていた血はその勢いと止めるほどに、いや、彼女自身の時間が静止したようにも見える。
「あ、そうか。
 さきの内側の時間が静止してるから。
 少し位相をずらしても完全に泡を閉じない限りは……」
 より、大きい時間の流れにそれは支配されるということだ。
「良かった。
 なにも良くないけど。
 これで彼女の生きる時間は少しでも稼げるはず……」
 試しに脈を取ってみる。
 腕時計の示す一分に対して彼女の脈拍は一回も動かない。
 5分を経過してようやく1回だった。
 もし、平常の脈拍が100-80の間なら、彼女の時間は12時間で1分近い状態だということになる。
「このまま流れに沿って行くと着くのは6時間もかからない。飛んでいきたいけど……どうなるかわからないし」
 なにせ、他の存在をこの中に入れたことは今回が初めてなのだ。
 可能な限り、不確定要素は取り除きたい。
「いまはさきが、彼女にとっての王子様、か……」
 けいくん。
 そう頼りたい存在の名前を呼びたくなる。
 だがここで甘えたら、この先を生き抜いていけない気がした。
「間に合って。
 お願い……」
 そうして、数時間後。
 沙雪は見つけることになる。
 ロッソの店に魚を卸している漁船を。
「仕方ないっか。
 二人とも観測されてるようにしたら……見えるはず」
 そして二人は網にかかったふりをして、ロッソの元へと行くことになるのだが……。



「ああ、もう!!!
 いい加減にしろ! この!!!」
 何度ぶん殴っても揺れるが折れることのない牢屋の壁も鉄かと思っていた格子もかなりの力を注いで殴りつけても壊れようともヒビすらも入らない。
 ここ数日何度も休みなく衝撃を与えているが、まったく状況が変わらない。
 かといって、いま観測の変更を行えばあの子の状態悪化に繋がりかねない。
「はあ……!!!
 もういい、わかったわよ。
 後悔してもさき、知らないからね!」
 牢屋の外にいる、二足歩行の、ファンタジー小説で言うならば獣人とでもいうのだろうか?
 言葉が通じない彼らに、手ぶり素振りでそこをどきなさい、と示す。
 中から壊れないのならば、外から壊せばいい。
 どちらにせよ、沙雪とあの子には被害は及ばない。
「退かないと、死んでもしらないからね!?」
 小さく野球の球程度に凝縮した質量エネルギーを込めた光球を、鉄格子?の間から大きく振りかぶって向かい側の壁目掛けて投げつける。
 なにかわからないが、飛んできたそれを避けようとした獣人たちは、その威力を思い知ることになる。
 ズン……。
 壁に獣人一人分はあろうかというほどの高さの穴が開いた。
 奥行は二メートルはあるだろうか。
 沙雪は光球を十数個作り出し、浮かべてみせる。
 先程の爆発から逃れた獣人たちはそれを見て、驚愕の顔つきを浮かべた。
「さあ、ここを開けなさい!
 あの子を助けなきゃいけないんだから!
 さき、本当に怒るからね!!!」
 光球を再び放とうとしたその時だ。
 あの子に似た、それでいて違うが同族だと明らかにわかる、白い布を頭に巻き付けて二本の剣を腰から下げたダークエルフのアリシアを伴ってロッソが現れたのは。
 
 
しおりを挟む

処理中です...