伝説の湖畔の塔と三匹のエルフたち

星ふくろう

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沙雪が消えた夜

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「んもうー‥‥‥
 荷物がぁ!
 多いのよっーー!!!」
 その日、橘沙雪(たちばなさゆき)は日暮れまで作業に追われていた。
 明日の測量機器の準備に必要な補助資財のトラックへの搬入。
 日本製のもう十年以上は酷使されているであろう、ピックアップトラックだ。
 大きな箱バンの後ろが荷台になっているとイメージしてもらえばいいかもしれない。
 そこに、日本から運んできた様々な測量機器を積み込んで、更に道なんて呼べない道を走る。
 だから落ちないようにさんざんロープで固定してやらなければならない。
 一つでも荷崩れを起こすと、道なき道の隣はすぐ深い谷底だ。
 ようは高山地帯の合間を流れる運河のほとりを、山道に沿って次のポイントまで移動するのである。

 沙雪が興味本位で申し込んだNGO団体の募集。
 なぜか受かってしまい、これから現地の方々の役に立てると喜びやってきたのが数週間前のこと。
 それからは夏場になる前に雨季に入れば泥まみれになり。
 ぬかるみに足を取られたトラックの荷台を押して救出し。
 寝ていたらどこから来たのか沼ヒルに血を吸われそうになったり‥‥‥
 湧き水を飲もうとしたら現地民のガイドにダメダメと突き飛ばされ危うく崖下に落ちそうになるし。

(その湧き水は地層が腐葉土から成っていたから毒素が強かった)

 もうさんざんな毎日なのだ。
 それでも泣きながらも頑張ってきたのは、帰りたくても帰れないからだ。
 ここは標高数千メートルの高山地帯。
 車が無ければ歩いての移動はオオカミや肉食獣の餌食になるか、のたれ死ぬかどちらかしかないからだ。
「なにがNGOよ、なにが新しい新天地よ、なにが人助けよーー!!!!」
 沙雪は常に怒り心頭だった。
 だって、現地に流れている日本からの援助資金は現地の役人の懐に入るか。
 誰も使わない運河の橋の建設に消えてしまう。
 彼女たち本当のNGO活動をするボランティア団体にはそのはした金しか入らないからだ。
 その費用で機材を揃えて、アルプスのはるか奥地までいかなければならない。
 そこの付近の詳細な測量地図がまだないのだ。
 衛星から特定の電磁波を照射し、その反射を受けて地図を作成するといった方法もある。
 だけどなぜかその地域にだけは分厚い雲がいつもかかっていて、レーザーを通過させないのだ。
 そこで仕方なく、沙雪が所属する今回のNGO活動の公募が行われた。
 その国には日本からのNGO団体がこれまで何度も協力していて、日本がメインで人材を募集することになった。
 大学で地理を専攻したいと考えていた沙雪は、高校3年の夏休みを利用できるということでこの企画に応募したのだ。
 そして、現在に至るというわけである。

 まず、沙雪は単なる女子高校生だ。
 測量に関する知識も知恵もない。
 単なる素人である。
 そんな彼女が他の大学生で地理を専攻している男性や、現職の測量士のおじさん連中にまみれてできること。
 それはせいぜい、毎度の食事の用意と今回の様な機材の積み込みの手伝いだった。
「おーい、橘ー!」
 トラックの荷台部分のフックにロープを型結びしたものを引っ掛けて、力いっぱい引き絞って機材を固定していた沙雪は呼ばれてもすぐに動けない。
「すいませーん、ちょっと待ってくださいー」
 精一杯声を張り上げて返事をする。
 今夜のキャンプ地は道よりは多少、高台になったところにあった。
 昨夜の豪雨のせいで河が氾濫するかもしれないという話になり、急遽、機材を数台のトラックに積み込むことにしたのだ。
 もちろん、寝床も高台に移動するわけだから、声は上から降ってくるわけだ。
「はやくしろよ、今夜のメシ当番、お前たちなんだからな」
 地方の大学の地理学の百田教授が偉そうに言う。
 この頃になると、沙雪を含めた総勢16名のうち、6名の高校生たちも教授や他の大人たちの扱いが少しずつだが分かり始めていた。
「なら百田教授がここでこれやりますかー?
 腰が痛いってうめいてたの誰でしたっけ?
 わたしたちまだ時間かかりますから、別に後でもいいですよ。
 自分たちで食事の用意くらいできますからー!!!」
 精一杯の嫌味を言ってやった。
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