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 いま会うのはだめだな。
 ポーターの現場で頭を冷やしながらレオンは考えていた。
 どういう経緯であれ、自分たちは婚約をしたのだ。
 まだ結婚前だから、レオンはマキナ嬢の素肌すら知らない。
 だが、婚前契約がある。
 しかし、その効力はレオンと婚約をしてから後に効力を発揮するものであり。
 それ以前からのしかも、同性だのと言ったものにまでは何の意味も成さなかった。
 婚前契約書を交わした時点から、この国ではかりそめでも夫婦となる。
「旦那様、なんて呼ばれてもう二回目、か。
 妻を信じない夫にはなりたくない。
 聞いてみるか。
 あと二日待とう‥‥‥」
 二日後。
 二人は神殿の礼拝に共に向かう約束をしていた。

 ギース侯爵家にマキナを迎えに行く中で、レオンは憂鬱だった。
 悶々とした闇色の感情に襲われ、疑心暗鬼になりかけていた。
 それでも、相手が自分を選ぶ。
 そう神前で今日、誓ってくれるのであればーー
「彼女を受け入れよう」
 レオンはそう心に固く決めていた。
「旦那様!!」
 まだ幼い少女は喜びを隠せないように、馬車の中で彼に抱き着いてくれた。
 彼女の服装は神殿に向かう貴族令嬢らしく、肌の露出の少ないしかし質素なものだった。
 いずれはもっとその身分に合う、服装を贈りたい。
 この時は、彼はまだそう思っていた。
 神殿につき、二人で静かな大聖堂で祈りをあげた後のことだ。
 信者の為に据え付けられた木製の長椅子に横になって座り、レオンは心の靄を払うように聞いてみた。
「マキナ嬢、昨今の貴族子女の間ではその背に面白い、Eという文字を書く遊びが流行っているとか」
 その問いかけに、それまで知的な光を帯びていたマキナの両目から人間としての輝きが消えた。
「‥‥‥旦那様。
 それがどうなさいましたか?」
 どうやら、スローン卿の言葉は真実らしい。
 だが、自分は彼女を信じたい。
「その遊びはどうやら、人と人でない存在とに別れるらしい。
 人でないものにはEという文字があるのだとか。
 あなたは、永遠に僕を愛せますか?
 僕だけを?」
 その問いに、ギース侯爵令嬢マキナは涙を流して答えた。
「いいえ、旦那様。
 マキナの心は、その人である御方のためだけにあるのです」
 と。
「そうか‥‥‥では、僕らはもう終わりの様だね」
 家までは送らせよう。
 婚約を破棄するのは僕だ。
 賠償金は払う。それで少しでも、家族を大事にしなさい。
 レオンは徒歩で帰宅しようと長椅子を発った。
 その背に、ギース侯爵令嬢マキナは最後の挨拶の声をかけた。
「さようなら‥‥‥私の愛した旦那様」
 と。
 
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