聖女である御姉様は男性に抱かれたら普通の女になりますよね? だから、その婚約者をわたしに下さいな。

星ふくろう

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第一部 クローディアと氷の精霊王

熊、熊、熊っ。。。。!?

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 王国の東南東の丘。
 狼たちが近づくのをある地点からためらい始めたその時。
 精霊王はおいおい、とため息をついていた。 
 そこから先は、あいつらの縄張りだぞ、クローディア。
 彼の視線は自分の膝上に座る新妻‥‥‥まだ結婚式すらもしていないが。
 その縄張りの中で生きる連中である、氷雪熊の毛皮を着こんだ彼女に向いていた。

「理解、しているのか?
 これでは先にはなかなか進めないかもな?」

 え?
 風音が強いから聞こえませーんと、クローディア。
 わざとらしいその素振りは全てを知ってやっているのを明らかにしている。

「旦那様がそこにいれば、誰も恐れませんよ。
 狼たちも、彼らもー‥‥‥」

 と、クローディアは後続する二台のソリと、その荷台にあるモノを指差していた。

「あれだが、わざわざ持ってくる必要があったのか?
 家財道具などは先に戻したのにな。
 何を企んでいるのだ?」
「そうですねえー‥‥‥」

 クローディアはしばし、思案してから思いついたように精霊王を見上げた。
 なら、どう思います?
 そう質問する。

「戦争ってどうやって生まれると思います?
 というよりかは、いさかい、かな?
 ここのレベルだと」
「いさかい、か。
 国にもよるが、土地、臣民、金、もしくはーその国の宝、だな」
「宝?」
「人間や精霊などの持つ腕、スキル。
 知識、経験などや、宝石、国にとって譲れないもの。
 これは誇りなどにも分類されるが。
 で、それがどうかしたのか?」

 あれとどう関わるんだ?
 精霊王の視線は再び、後ろのソリに向いていた。
 まさか、あれが連中とのいさかいの問題源?
 そんなはずは無いだろうと思われるし、さてどうしたものか。
 やはり合点がいかないと彼は妻を見返していた。

「もう少し行けば、斥候。
 いや、前衛というか。
 連中の見張りに見つかるぞ?
 ああ見えて、魔獣は知恵がある。
 人間や精霊並みにな‥‥‥」
「そうですねえ、だから厄介なんですよ。
 でも、そんな氷雪熊の毛皮を着たわたしがいたらどうでしょうか?」
「そりゃあ、恨みつらみの怨恨の象徴だろう。
 敵討ちを考える連中もいるかもしれんな?」
「もしー‥‥‥」
「もし?」
 
 これが――、と語尾を伸ばしてクローディアは毛皮を指差した。
 正確には頭部。
 熊の口の中にクローディアの顔があるから、その頭の上にはいかつい氷雪熊の頭部がさらにあることになるわけであり。
 精霊王も手綱を握るジェスロもその顔には、ほとほと困りものだった。
 死してもさすが、魔獣の毛皮。
 その効力はまだ強く、ここに至るまでの間にこの魔獣以下の魔獣はソリの群れを避けて通っていた。
 
「これがどうかしたのか?」
「ですから、これの元の持ち主が!
 その恨みの象徴だったとしたらどうですか?」
「象徴‥‥‥?
 意味が分かりかねるな」
「旦那様、本当にこの土地の主ですか?」
「主だが?」
「なら、全てを把握しているものでは?
 仮にも精霊王だし」
「そんな把握をしていれば、お前に失言したあの王子の対応をその場で断罪していたがな?」
「つまり、主ではあるけど抜けも多い、と?」
「失礼なやつめ。
 お前も、その与えられた土地の全てを把握しているわけではあるまい?
 魔獣が住み着くならそれもそれでいいのだ。
 土地がそれを求めている、許しているならな」
「ふーん‥‥‥。
 なら、魔族が住み着いても構わない、と?」
「魔族も多くの種類がいる。
 こちらに歯向かわないのであれば、問題はないだろう?
 生物が住み着かない土地ほど、虚しいものはないからな」
「つまり、そういうことですよ、旦那様。
 そろそろかなー??」

 そろそろ?
 まさか??
 ジェスロはその言葉に周囲を見渡す。
 時をおかずして、狼たちが立ち止まりー‥‥‥。
 付近の雪山の影や岩陰から、彼ら。
 クローディアの着こんでいる毛皮が意思を持って歩き出したようなものが、数体。
 その異様な姿を現していた。

「で、でたー‥‥‥」
「はいはい、剣は抜かないでねー。
 つまらないことでようやくの平穏を崩したくないの。
 よっと――」
「あ、おい、クローディア‥‥‥!?」

 夫の膝上から勢いをつけて雪原に降りた精霊王妃は、そうなる前にテクテクと歩いて彼の城から王国を何度も往復した時のように、雪に埋もれることなく二本足で立っていた。

「はい、お久しぶりです
 彼らは元気?」
「グルルルル‥‥‥」
「あ、そう。
 まだ先なのね。
 え、彼ら?
 ああ、あれはー‥‥‥あのね。
 結婚したのよ。
 で、その報告に、ね?
 お土産つきで。
 だめ、かな――???」
「グル、ウル‥‥‥」
「あ、本当に?
 やった。
 じゃ、このまま行くわ。
 あなたたちは?」

 そう精霊王にもジェスロにも理解できない会話を聞かされたまま、クローディアは氷雪熊の数体と勝手に交渉を済ませてしまった。
 あっけに取られているジェスロ以下臣下たちに向かって、クローディアは王妃らしく命じていた。

「はーい、行くわよ?
 あともう少しだから。
 狼さんたちはー‥‥‥理解してたみたいだし」
「何、お前たち。
 そうなの、か‥‥‥??」

 ジェスロが確認するように見ると、狼たちが当たり前だろ、と方頬を挙げて牙を見せていた。
 魔獣に精霊の獣。
 どこか通じるものがあるのか?
 なんとも納得のいかないまま、ジェスロはソリに戻った王妃の言うがままにソリを向けることになってしまい頭を傾げていた。

「クローディア。
 いつの間に、あんなに仲良くなったんだ?」
「あら、旦那様。
 もうそこそこ前になりますよ?
 これを、まあいいことではないけど。
 彼と倒すために手を組んだの」
「討伐?
 しかし、同じ種族だろう?」

 と、そこまで言い精霊王は王妃が着ている毛皮と先程の氷雪熊たちとの豹紋に何やら違いがあることに気づく。
 これはまさか?
 彼は半信半疑で、そっとクローディアの毛皮に恐る恐る触れてその真実に気づいた。

「ブリザード・キング?
 氷雪熊のふりをしたのか?
 いや、違うな‥‥‥変異種でもない。
 まるで、魔界の風に影響されて進化したようにも見える。
 面白い‥‥‥お前、どうやってこれを狩ったんだ?
 聖女でも勝てない代物だぞ?」
「旦那様、魔族にも氷の女王様っていう存在がいるらしいですね?」
「それはー‥‥‥はるかな、古代の女神の名だな。
 しかし、こことは真逆の北の氷の大地に住まう存在だ。
 あれが何かしたのか?」
「だから、違いますよ。
 でも、氷山に乗ってあちらにいた氷雪熊の一体がこちらに流れ着いたとしたら?」

 ああ、そういうことか。
 精霊王は納得した。
 自然現象に沿って移動して来たとすれば、より上級の氷雪熊がこの地にいたとしてもそれは不自然でもないし、彼に感知できる網をすり抜けてくることも可能かもしれない、と。

「つまり、その暴君を討伐するのに手を貸した、と?
 クローディア、それは偶然か?
 それとも、何かの策略か?」
「うーん‥‥‥。
 半分は偶然。
 半分は――これも偶然というか、趣味というか、仕事というか‥‥‥」

 仕事?
 精霊王は眉をひそめた。
 神官時代に任せられていたのは、水源探索だったはず。
 それがどう関わってくるのか、と。

「ああ、そうか。
 温泉か。
 この地下にある湯溜まり、いや、マグマを探知したのか。
 しかし、お前それとこれをどう、かけ合わせたんだ?
 魔獣はどうあっても魔獣。
 それをしかも、人間で神属である神官のお前が魔獣と手を組むとは、な?」
「その答えは行けばわかりますよ。
 旦那様はもう知っていらっしゃると思いますけど、ね?」

 謎が飛び交う二人の不穏な会話を背に、ジェスロは更に生きた心地がしないまま――
 彼ら数十頭の氷雪熊が迎える丘の上を目指していた。

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