聖女である御姉様は男性に抱かれたら普通の女になりますよね? だから、その婚約者をわたしに下さいな。

星ふくろう

文字の大きさ
上 下
9 / 14
第一部 クローディアと氷の精霊王

精霊王のささやかなる報復

しおりを挟む
「さて、王子。
 お前もなかなに面の皮の厚い、欲にまみれた女性を妻に迎えたものだな?
 もう少し冷静に女性の内面を見るべきではなかったのかな?」
「くうっ―――!!!」
「どうした?
 そんな悔しまぎれの声など求めてはいないぞ?
 わたしはお前になんと命じたかな?」
「そっ、それは!
 精霊王様の御加護を理解しろ、と‥‥‥。
 しかし、そのような命じたと言われるのであればー‥‥‥それは、まるでこの国が精霊王様の支配下にある。
 そう、言われるような素振りではないですか!?」

 マクシミリアンは両手足の痛みに耐えながら、盛大に文句を言っていた。
 自分はこの国の王子だ。
 王の命令ならば受け入れるが、支配していないと言うならあなたに従う義理はない。
 そう、言いたいようにクローディアには見えた。
 えーと、どうします?
 また、凍らしますか?
 クローディアは、氷の精霊王を見て手ぶりで問いかける。
 しかし、精霊王は任せておけとばかりに片手をあげてそれを制止した。

「こ、これ!?
 このバカ息子がっ!」

 慌てて飛び出して来ようとする国王にも、精霊王は手で合図する。
 まあ、待て、と。
 それを見て国王はどうすればいいのか迷っていた。

「しかし、精霊王様。
 ここは、国の成り立ちなどを理解していない。
 いえ‥‥‥教育できていなかったわたしの失態。
 父親として教える義務がありますればっ!!」
「いいのだ、王よ。
 これも余興、ああいや。
 それは失礼か‥‥‥」
「いいえ!
 精霊王様がそれでよろしければ、問題ございません!」
「そうか、それはすまんな」
「はっ!!」

 と、そう王様は言っているがその顔には息子がどうなるのかという不安がちらほらと現れていて、クローディアはそれに気づいていた。
 精霊王は、人じゃないから気づかないのかもしれない。
 でも、旦那様は敢えてそれをしているような気もする――
 クローディアはこれはとことん、楽しもうとしている彼の本心がなんとなく理解できたからここは黙っていることにした。
 王様には少しばかり、申し訳ない気もしていたが‥‥‥

「さて、王の許可もでたことだ。
 王子マクシミリアン。
 お前の問いに答えてやろう。
 それはな、幾分かは正解だ。
 だが、大いなる勘違いをしているぞ、王子」
「勘違い‥‥‥?
 しかし、ここは王国でその宮廷であなた様はこんな無茶苦茶をされている!
 それは、神としての権力の乱用ではないですか!?
 さきほどまで、神は人の世には口出しをしないと言っておきながら‥‥‥矛盾だらけです」

 やれやれ。
 これほどの馬鹿にも困ったものだ。
 精霊王はクローディアをちらりと一べつすると、ため息をついて王子に向き直った。

「王子、その土地のある場所は現世で、結界まで張って自然の環境をわたしは変えている。
 神が人の世に干渉するのは過大にはよくない。
 だが、これは過大すぎる干渉だ。
 なぜ、可能か考えたことはないのか?」
「なぜ、と言われても。
 それは、初代の国王があなた様に嘆願し、この結界をー‥‥‥」
「そうだな。
 だが、他の神からすればこの行為は行き過ぎだ。
 わたしは罰せられてしまうかもしれない。
 はるか東にある風の精霊王の結界の王国もそうだ。 
 なぜ、許されていると思う?」
「そんな神の世のルールなど、人のわたしには分かりませんよ!
 何より、こんな無茶苦茶が許されるはずがない!
 おまけにあなた様はわたしの妻まで――愚かな提案をしたとは思いますが、それでも他者の妻を小馬鹿にして恥ずかしくはないのですか、精霊王?!」

 あんた、それ盛大な自分自身への逆砲火になってること、理解してる‥‥‥?
 クローディアも、王国の臣下たちも唖然としていた。
 よくそこまで自分本位な発言できるわねー。
 あーあ、王様の顔が赤くなり青くなりまるで、生死の境を行き来してるみたい。
 可哀想な王様。
 クローディアは、今では義理の親戚になっている彼に同情してしまう。

 あんな息子に、我が公爵家の恥ともいえる妹。
 似た者同士で好き合うとは昔から言われて来たけど、これはないでしょ。
 実に、その両親や姉である自分すらも‥‥‥恥をかかされた気分になってしまう。
 精霊王が自身の城で言っていた、父親を世間から愚か者あつかいされたままでは困る。
 その意味が理解できたような気がした。
 そして、精霊王ははっきりと言ってのけた。

「まったく恥ずかしくないな」
「なっ!?
 なんと恥知らずな‥‥‥」
「恥知らず?
 先にしたのは誰かな?
 ついでに言えば王子。
 考える癖をつけるべきだ。
 それでは良き主にはなれん。わたしがこの結界を張り王国を維持しても他の神から叱りやそしりを受けないその理由はな、ここがわたしに与えられた管理地だからだ。
 ついでに言えば、この土地はわたしやその前任だった精霊王たちの受け継いできた土地だ。
 人間が入ってくる数千年近く前からな?
 お前たちは借り受けていることを理解していないのではないか?」
「借り‥‥‥受け?
 では、この大地の上にいる限り、あなたが真の主だと‥‥‥そんな、そんな馬鹿な。
 それを知りながら、自国を名乗っている我が王国は何なのですか。
 他者の土地で、国を名乗るなどー‥‥‥ありえない」

 信じられないと、マクシミリアンは首を振る。
 これまでもってきた王族としての矜持が、誇りが音を立てて崩れ落ちた。
 そんな気分に彼はなっていた。
 一方、クローディアはといえば――

「面白い‥‥‥」

 不謹慎過ぎたけどでもいいじゃない。
 自分を馬鹿にして捨てた男がここまで情けない顔をするなんて。
 その妻の妹も、誰にも合わせる顔がないって感じになってるし。
 こんな胸の空く思いはなかなか出来ないわ。さすが、旦那様。
 氷の精霊王の名のごとく、容赦ないのが素敵。
 と、妙なところで感心しながらうんうん、とうなづいていた。
 もっとやって下さいよ、とは言わないが期待の視線を彼に送りながら、何度もうなづいていた。
 それを見て精霊王も満足したかのように見えたが‥‥‥

「ありえなくはないぞ、王子。
 その浅薄な考え方がだめだというのだ。
 狭量すぎる視界の狭さもな。
 誰かの土地を借りて商売をする商人を、誰が責めるのだ?
 王国であろうと、商会であろうと、個人の家庭であろうと大差はない。
 そこにはきちんとした、小さいかもしれないが国があるではないか。
 民に土地に金。
 その三つが揃い、初めて国は機能する。
 だが‥‥‥お前の国は傾きかけているようだな?」
「わたしの‥‥‥国?」

 はっとなり、マクシミリアンは隣を見た。
 そこにいるのは妻である王子妃であり、彼女の視線はじっと精霊王に注がれている。
 瞳にあるのは、畏怖や怒り、憎しみではなく‥‥‥新しいおもちゃを見つけた子供のように嬉々としたものにマクシミリアンは感じた。
 こいつ、まだ――
 側室の夢どころか、この王国を飲み込みさらに精霊王に近づける未来を新たに考えているようにしか見えない。

「お前‥‥‥見るのはわたしだけでいいんだぞ‥‥‥??」
「ええ、承知していますわ、マクシミリアン」

 素直な返事の裏にはとてつもない欲望が秘められているようで、王子はさらに厄介な問題を自分から背負い込んだことに気づいていた。
 王国の未来に見える、大きな陰りの要因になることも理解しながら‥‥‥

「承知などしていないだろう、妻よ。
 この手足どうこうよりも、お前の問題だ」
「はい?
 それはどういう‥‥‥?」
「精霊王様。
 確かに、このマクシミリアン。
 聖女様をけなしました。
 そのことについては‥‥‥真摯に謝罪致します」
「ほお?」
「マクシミリアン?
 あなた、そんな素直なふりをしても精霊王様に伝わるなどと安易な‥‥‥」
「だまれ、妻よ。
 お前のその心に渦巻くものを知ればこうなるわ‥‥‥」

 王子夫婦の会話に、精霊王はまだまだ崩壊しそうだなこの王国は。
 密やかにほくそ笑むと、クローディアにどうだ、満足か?
 そう勝利の視線を送るのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

処理中です...