聖女である御姉様は男性に抱かれたら普通の女になりますよね? だから、その婚約者をわたしに下さいな。

星ふくろう

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第一部 クローディアと氷の精霊王

王子妃は屈辱の敗北を知る

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「精霊王‥‥‥様!?」

 その言葉を、彼をいち早くそうだと認めたのは王子妃アンナだった。
 憧れと尊敬と畏怖と‥‥‥そして、どす黒い欲望がうごめくその視線で見つめられて、氷の精霊王はなんだこいつ、ばかか?
 そんな顔をしていた。

「まあ、そういうものだが、さて?」

 王子妃とは知っているが、お前が気安く声をかけてくるのもどうなんだ?
 精霊王はアンナを一瞥すると、クローディアに視線を向けた。
 おい、紹介しろ、と。
 クローディアに手で合図をする。

「あ、はいー‥‥‥異母妹のアンナでございます、旦那様。
 わたしの婚約者である王子の求婚を、実の姉の前で受け入れた恥知らず、ですかね?」
「御姉様!?
 なんてことを!?
 わたしはただ、王子様の御命令に従っただけ――」
「はっ?
 誰が?
 あなた言ったでしょ?
 あの時なんて言ったか覚えてないの?

 まさか、妾の子供である御姉様が‥‥‥庶民の血を引くいやしい身分の御姉様が。
 王子様の妻、なんて。
 過分な待遇、受けれるなんて思っていませんわよね?
 ねえ、御姉様?
 この婚約、お母様が正室の娘である、このわたくしに下さいな?

 って。
 わたしはちゃんと覚えているわよ、アンナ?」
「そっ、そんなことー‥‥‥」

 室内の一同はすでに平伏から顔をあげた状態で、アンナを見ていた。
 そんな発言をする人間が王子妃?
 いずれの王妃になるのか、と。
 端にいる侍女までがああ、自分たちの扱いが酷くなる。
 そう思うようにアンナを見て、嫌そうな顔をしている。
 しかし、中にはその発言は正しいと思う人間もいるようで、立ったままのクローディアには様々な考え方があるものねーと思えるようになっていた。

「まあ、妾の子供がどうこうはー仕方ないかもしれないわ。
 正室の母親をもつあなたのほうが、身分も血筋も上なのは間違いないもの。
 問題は、ね?」
「問題、は‥‥‥?」
「聖女は精霊王様の地上における代理人である。
 そこを軽んじたから、旦那様は怒ってあなたたちを氷漬けにしたのよ。
 神様を侮辱したから。
 身分の違いは‥‥‥わたしだって理解してるわ」

 ふうん、それは理解してるんだ。
 賢い御姉様。
 この場にいる衆人環視の目をうまく、すり抜けるおつもりですか?
 アンナはそう思い、心で舌なめずりをする。
 姉はいま、認めているのだから。
 庶民上がりの、卑しい存在だ、と。

 この場にいるのは誰もが貴族であり、上流社会に生きる庶民なんてその辺りにいる雑草。
 物としか考えていない人間ばかり。
 それは王子様も同じ事、そしてー‥‥‥精霊王様も、多分。
 なら、勝てるんじゃない?
 聖女様よりは王子妃の方が上だもの。
 その座をくださいな、御姉様?
 そう、考え始めたアンナは精霊王に向き直った。

「精霊王様、初めてお目にかかります、王子妃のアンナと申します。 
 姓名の詳しくは省かせていただきます」
「ふん、何かな?」
「姉に対する態度は、妹として出過ぎた真似でした。
 夫である王子マクシミリアンの態度も同じくです。
 どうか、ここは怒りを御収めくださいませんか?
 彼の手足がこれでは、妻としてあまりにも悲しく、その愚かさをいま深く反省しております!!!」
「ほう‥‥‥?
 反省、なあ?」

 精霊王の目はマクシミリアンに注がれた。
 彼は――アンナにより動いてはなりません!
 平伏するのです、旦那様。
 そう、ささやかれて床に頭を垂れていた。

「くそう、なぜ王子であるわたしがこのような!?」
「しっ!
 マクシミリアン、あなた手足をもがれたいのですか?
 静かになさい」

 そんなひそひそ話が聞こえているが、精霊王は素知らぬふりをする。
 何かを考えているな、この安直な考え方をする王子妃とやらは。
 ただ、王子を元に戻したいだけの小芝居かそれとも??
 彼は数百年ぶりに見る人間の醜態が面白くて仕方ない。
 代々の聖女も、初代の建国王もあれだけ聡明だったのに、と。
 猿芝居を見て笑いと堪えきれなかった。
 
「どう思う?
 なあ、愛しのクローディア?
 この王子夫妻、本当に反省していると思うか?」
「旦那ーいいえ、精霊王様。
 彼らの反省よりも、神に対する侮辱は死罪に値するか、と?」
「なるほど」

 精霊王はクローディアに目で合図する。
 もう少し困らせていやれ、と。
 王子夫妻は死罪と聞いて真っ青になっていた。
 そして、それを止めたいが出来ないと悲しむ人物が一人ー‥‥‥。

「精霊王様、会話に口をさしはさむことをどうかお許しください!」
 
 あ、さっきのしばらく、とかって叫んで許しを乞うていた人だ。
 クローディアは彼をじっと見た。
 あれ?
 どこかで見たような‥‥‥?
 寝起きのような格好の上にあれだ。
 大臣の喪章と思っていたのは誰かの上着を被せられたからだ。
 そして、起きがけのままに、髪型すらも整えていないで彼はここに来ていた。
 誰だっけ?
 あの髪型をきちんとして、服を着せたら――

「げっ!?
 王様!!??」
「あ、はい!! 
 聖女様、いいえ――精霊王妃になられましたクローディア様。
 この度は、おめでとうございます!
 祝辞を述べたいところですが、どうかこの愚かな子を持った私に、どうか‥‥‥発言を」
「いいぞ、王よ。
 当代の王になって数十年か。
 王国は飢えもせずに繁栄している。
 それはお前の器でもあるからな。
 わたしは嫌いではない」
「ありがとうございます!!
 我が主神、我ら王国の守り神!!
 偉大なる氷の精霊王様。
 この国が繁栄を重ねてこれたのも、あなた様と代々の代理人たる聖女様のおかげでございます」

 へえ。
 王様、意外にまとも。
 その子供があれかあ‥‥‥
 クローディアは両手両足が凍り付いて痛みに顔をしかめているマクシミリアンを見た。
 なんであの元豚王子様が産まれたんだろう、と。

「王よ?
 ところで、そのような世辞はどうでもいい。
 王妃はどうした?」
「はっ!
 あれはー‥‥‥我が子が氷に閉じ込められたと聞いて、これは神の怒りに触れたのだと。
 そう思い、母としてどうにか助けて頂きたいと神殿に向かい祈っているはずでございます。
 まさか、こちらに精霊王様が来られるのであれば、共にお迎えをしたのですがー‥‥‥」

 あらら。
 王妃様も、まあまあまともだった。
 クローディアは失笑する。
 王子の妻にもしなっていたとしても、この王様とここにはいないけど息子思いの王妃様ならうまくやれていたかもしれない?
 いやいや、それよりはアンナだ。
 あれが、どう義理の両親に調教されていくのか。
 その様を見たくなっていた。

「そうか、王妃までそう考えているのか。
 ならば、どうするかな、我が妻よ?
 わたしはお前が軽んじられたから怒りを持ったのだが?」
「旦那様、それは誤解を招きます。
 聖女が軽んじられたから、と訂正しておきますね。
 王子様もアンナも、まだ反省したとは思えないんですよねー。
 だいたい、氷塊から出さなければまだあの氷の塊の中にいて気づきもしなかったでしょうし。
 王子に至っては、自分がなぜこうなったかを理不尽だ、なんて叫んでる始末。
 王様には怒りはないですが、王子様がこれでは将来が不安ですね――」
「なるほどな。
 確かに、その甘えが抜けきれんのは好きではないが、王子がどうなるかはわたしたちには干渉はできんぞ?」
「え――っ!?
 それは面白くないわ‥‥‥」
「しかし、仕方ないだろう?
 王国の問題は王国で解決すべきだ。
 わたしたち精霊はそこには干渉してはならんからな。
 まあ、聖女を選んで結界を維持する程度にしておかんと、わたしの支配になるではないか?」
「はーい、わかりましたよ。
 なら、王子様が精霊王様の加護をきちんと理解できているか、それが見えるようになれば許したらいいと思います」
「それはつまり、どうするということかな?」

 氷の精霊王はクローディアに意地悪く微笑んでいた。
 さあ、思いっきり仕返しをしてやれ、と。
 そして、そこに思いがけない爆弾を放り込んできたのは‥‥‥アンナだった。

「精霊王様!!
 お待ちください、それならば妙案があります! 
 このアンナに、考えが!!」

 え!?
 何言い出すのよ、この女は?
 クローディアはいい加減にしろ、と怒鳴ろうとするが精霊王に止められてしまう。
 彼はなにか興味を持ったようだった。

「ほう、それは何かな?」
「はいっ!
 王子の妻として、その行いを常に見届け、側で支えつつご報告申し上げます!!」
「ふむ、で、それはどうやるつもりかな?」
 
 嬉々として叫ぶようにアンナは言った。

「わたしを、このアンナを王子妃兼‥‥‥」
「兼?」
「精霊王様の側室に迎えて下さいませ!!
 血筋は由緒正しいものでございます!!!」

 は?
 クローディアは空いた口が塞がらなかった。
 なんだ、この妹は?
 そのうち、ようやく手に入れた安息の場所までわたしから奪う気なの?
 クローディアがだめだ、こいつ。 
 もう、殺してしまおう。
 どうでもいいわ、そう手をあげようとした時だ。
 氷の精霊王は静かに告げていた。

「すまんな、王子妃よ。
 お前の数億倍、わたしはクローディアだけを愛しているのだ。
 その心意気は買うがな?
 せめて、王子妃で我慢しておけ。
 お前では、力不足だ。
 愚かな王子妃よ、理解したか?」
「そんなー‥‥‥」

 力なく崩れ落ちたアンナを見て、クローディアは胸が空いた思いに満たされたのだった。
 溺愛すぎますわ、旦那様。
 そう思いながら、ついつい笑ってしまう。
 それは室内の他の人間たちの失笑とも重なり、起こった笑いの渦の中でアンナは屈辱に顔を歪めていた。
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