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第一部 クローディアと氷の精霊王
クローディアの憂鬱
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クローディアと氷の精霊王レグウスが挙式を挙げる少し前にさかのぼる。
役得、役得と言いながら故郷の王国を目指したクローディアは、精霊王の部下たちとともにそこに向かっていた。
一面に広がる大雪原。
その中で、寒さをまじかに感じながらクローディアは、まだ悩んでいた。
そう、あの二人の術を解くことに関して、である。
そして叫んでいた。
「納得がいかないわ!!!!」
やっぱり気に入らない。
氷の精霊王に諭され、彼の部下に護送されていく途中。
クローディアは、すこぶる機嫌が悪かった。
これで王国で術を解除してもまあ、安心して精霊王も城には戻れるだろう。
そう安心していたのも大きいのか、王国に行く道すがらあの毛皮の口から顔だけをだしている姿はやめたほうがいいと精霊王の部下に言われてもそれを被ったまま。
クローディアは叫んでいた。
数頭の白い小牛ほどもある狼たちが引くソリが数台、群れをなして雪原を駆け抜けるなかの叫びだった。
「納得とは‥‥‥あの、聖女様?」
彼、夫となるべき精霊王の部下だという金髪の男は恐る恐る、クローディアに声をかけた。
どうも自分が一番近い場所にいるのがまずかったらしいといまさらながらに、彼は後悔をしていたが。
しかし、それは遅かったことを思い知る。
なにより、この聖女様。
自分たち、氷の精霊であっても倒すことの難しい、魔獣の毛皮?
いや、その全身の中にすっぽりと収まるような。
まったく着ぐるみといっていいかっこうで文句を言うのだから。
その魔獣が吠えているようで、心臓に悪いことこの上なかった。
「だからね、えーとあなた、お名前は?」
「ですから、俺はジェスロですって! もう二度目ですよ?
うしろの髪が黒いのがラッセル、その隣の赤毛がゼノです。
あなた様のお世話をしろと、レグウス様から‥‥‥」
「ああ、そうだったかしら?
寒すぎて、頭の回転が鈍っているのかも。
ジェスロさん、ラッセルさん、ゼノさん、ね‥‥‥。
だからね!?」
「は?
はあ、ですからなにが起きに召さないんですか、聖女様?」
「だから、あの二人をただ凍結から覚ましただけじゃ意味ないじゃないの!!
気が晴れないわ」
「気が晴れないって‥‥‥。
俺たちが王様から言われてるのは、聖女様を護衛して無事に城まで戻って来い。
それだけなんですがーねえ‥‥‥??」
「それだけ!?」
「ええ、それだけです」
信じられない!
あの旦那様、まだー‥‥‥だけど。
大事なことを部下にすら話してないなんて、本当に結婚する気があるのかしら?
そう疑ってしまう、クローディアだった。
「もう、いいわ‥‥‥。
王国まではもうすぐねー」
「ええ、そうですね。
結界の中に入ったらあいつら氷狼は動けなくなりますから。
俺たちが護衛に付きます」
護衛。
仮にも王の直属の部下たちだ。
そりゃ安心して城にも入れるわねーそんなことをぼんやりと考えながら、結婚かあ。
なんでこんなことになったんだろ。
でも戻れば精霊王様ー‥‥‥レグウス様だっけ。
妻にして下さるって言うし。
ちょっと失礼な物言いしすぎたかな。
そう思い悩んでいた時だ。
そんな彼女に、ジェスロはそっと話しかけてくる。
「あの、ですね、聖女様?
いえ、奥様になられることはみんな、知ってるんですよ。
あの部屋にいた侍女の噂で、たいたいの事情は聞いているんだ。
ああ、いや聞いているんですが」
「別に敬語なんてつけなくてもいいですよ、ジェスロさん。
どうせ、わたしより年齢上なんでしょ?」
どこか疲れた顔でクローディアは、ジェスロにそう言った。
どうせって酷い言われ方だな。
彼は苦笑いをしながら、これでももうじき自分の主の妻になられる女性。
いまからきちんとしなければ、と姿勢を正していた。
「ええ、まあ。
もう、数百年は生きていますがそれは関係ありません。
ただ、我が王の心中も察して頂きたいのです。
まずは、王国でのもめごとを綺麗にして、それからでないとこの‥‥‥精霊の世界というのもいろいろとめんどくさいんですよ。
最近じゃ、精霊王と人間の婚儀が流行っているのか、やれやれ」
「いやにあれね。
認めたいけど、認めたくない人たちもいるみたいな言い方してません?」
「その通りですよ、聖女様。
人間にもいろいろあるように、精霊にもいろいろとあるんです。
なにせ、氷の精霊王。
その他にも、たくさんの王や女王がおりますからね」
「氷の!?」
「いえいえ、火や水や風、まあそんなものですよ」
そう、めんどくさいのね精霊も。
クローディアはそう思いながら、そういえばと記憶を探る。
聞いたことがある。
この北の大地で同じように帝国に追われ、どこかの精霊王に庇護を求めて結界の中で栄えている国家がある、と。
あれはなんていう名前だったっけ?
「あ、そうだ。
ラグーン王国。
あそこは、誰の精霊王様なの?」
「ラグーン?
あれは、風の精霊王エバース様の加護を受けている国ですね。
我が主とも、仲の良い御方ですよ。
最近、いつかな?
数年前に、結婚されたはず。
確かあの奥方様も、元は風の精霊王様の聖女だったとか」
「ふうん‥‥‥いろいろといるのね」
「まあ、うちの王様は初めての結婚ですからね。
もしかしたら、御夫妻でいらっしゃるかもしれません」
いいわよ、来なくても。
わたしは静かにひっそりと暮らせればそれでいいもの。
どうも最近の一連の騒動、というか昨夜、そのウサ晴らしができたと喜んだものの王国にいたら、聖女がやったのではないか。
なんてバレて処刑されたらどうしようと逃げた矢先であの精霊王様の告白だ。
不幸の後には、幸せがあるとは聞くけど、自分だって報復したからあの二人。
王子と異母妹は被害者。
それが、氷から解けたらさてどんな報復を企むかわかったものじゃない。と、クローディアは内心、生きて帰れないかもしれないと悩んでいたのだ。
そんな彼女を見たジェスロは心配いりませんよと声をかけてくれた。
「聖女様。
俺たちが御守り致しますから。
どうかご安心ください」
「‥‥‥うん。
でも、あなたはどう思うの?」
精霊の価値観は人とは違うかもしれないと思いながら、疑問を投げかけてみる。
ジェスロはうーん、と唸りながら考えていた。
「あの、さっき言った赤毛のゼノは最近、嫁さんを貰ってですね。
俺はまだ独身なんですが、やっぱり家とか身分とかよりも約束じゃないかと。
詳しくは知りませんよ?
ただ、いきなり婚約破棄されて他の女に行くような男は、ねえ?
斬られても仕方ないんじゃないかと、そうみんな考えるんじゃないですか?」
「でも、それはー‥‥‥王とか聖女の役割とか。
そんなものまで絡んでいたら?」
「うーん‥‥‥でも、うちの王様はしませんね。
これは断言できます。
あの方は、自分から言いだしたら変えませんよ頑固だし、めんどくさい。
あ、これは内緒で。
でも、ちゃんと一本筋の通っている御方です。
ただ――」
「ただ?」
「あの通り、ひねくれた性格ですからね。
いや、そう見えるだけで不器用なんですよ。
人間と絡んだことなんて、俺たちもそうですけど。
普通はないから」
「ああ、そういうことですか。
なら、惚れやすいの?
なんでわたしを?」
ジェスロはその問いには黙ってしまう。
なんでだろとクローディアが小首を傾げていると、赤毛のゼノが発言してきた。
「聖女様。
王様はあれなんですよ。
暇だから、外界を見るのが好きなんですよ。
だからー」
「おい、ゼノ!」
「いいじゃないか、ジェスロ。
いずれはわかることだろ?」
「まったく‥‥‥。
つまりですね、我が王は、聖女様の神官時代に、温泉があまりにも多く出るからと不思議がって――」
「いつも、あなた様を見ていた、と。
そういうことですよ。
たぶん、いまもね」
戻ったらお叱りかな、これは。
そう笑う彼等を見ていて、クローディアは少しだけ心が晴れた気がした。
孤独だと思っていたのに。
本当に、不器用な旦那様だと。
独り微笑んでいた。
「で、どうしますか?
戻るなら、戻りますが?」
ジェスロが声をかけてくる。
戻ろうにも、もう王国の王都は見えかけていた。
クローディアは微笑んで彼に言った。
「いいえ、行きます。
行って、あの二人に説教よ!!」
その勇ましさに、どこか大丈夫か?
そんな心配をしながら彼等は王国へと向かうのだった。
役得、役得と言いながら故郷の王国を目指したクローディアは、精霊王の部下たちとともにそこに向かっていた。
一面に広がる大雪原。
その中で、寒さをまじかに感じながらクローディアは、まだ悩んでいた。
そう、あの二人の術を解くことに関して、である。
そして叫んでいた。
「納得がいかないわ!!!!」
やっぱり気に入らない。
氷の精霊王に諭され、彼の部下に護送されていく途中。
クローディアは、すこぶる機嫌が悪かった。
これで王国で術を解除してもまあ、安心して精霊王も城には戻れるだろう。
そう安心していたのも大きいのか、王国に行く道すがらあの毛皮の口から顔だけをだしている姿はやめたほうがいいと精霊王の部下に言われてもそれを被ったまま。
クローディアは叫んでいた。
数頭の白い小牛ほどもある狼たちが引くソリが数台、群れをなして雪原を駆け抜けるなかの叫びだった。
「納得とは‥‥‥あの、聖女様?」
彼、夫となるべき精霊王の部下だという金髪の男は恐る恐る、クローディアに声をかけた。
どうも自分が一番近い場所にいるのがまずかったらしいといまさらながらに、彼は後悔をしていたが。
しかし、それは遅かったことを思い知る。
なにより、この聖女様。
自分たち、氷の精霊であっても倒すことの難しい、魔獣の毛皮?
いや、その全身の中にすっぽりと収まるような。
まったく着ぐるみといっていいかっこうで文句を言うのだから。
その魔獣が吠えているようで、心臓に悪いことこの上なかった。
「だからね、えーとあなた、お名前は?」
「ですから、俺はジェスロですって! もう二度目ですよ?
うしろの髪が黒いのがラッセル、その隣の赤毛がゼノです。
あなた様のお世話をしろと、レグウス様から‥‥‥」
「ああ、そうだったかしら?
寒すぎて、頭の回転が鈍っているのかも。
ジェスロさん、ラッセルさん、ゼノさん、ね‥‥‥。
だからね!?」
「は?
はあ、ですからなにが起きに召さないんですか、聖女様?」
「だから、あの二人をただ凍結から覚ましただけじゃ意味ないじゃないの!!
気が晴れないわ」
「気が晴れないって‥‥‥。
俺たちが王様から言われてるのは、聖女様を護衛して無事に城まで戻って来い。
それだけなんですがーねえ‥‥‥??」
「それだけ!?」
「ええ、それだけです」
信じられない!
あの旦那様、まだー‥‥‥だけど。
大事なことを部下にすら話してないなんて、本当に結婚する気があるのかしら?
そう疑ってしまう、クローディアだった。
「もう、いいわ‥‥‥。
王国まではもうすぐねー」
「ええ、そうですね。
結界の中に入ったらあいつら氷狼は動けなくなりますから。
俺たちが護衛に付きます」
護衛。
仮にも王の直属の部下たちだ。
そりゃ安心して城にも入れるわねーそんなことをぼんやりと考えながら、結婚かあ。
なんでこんなことになったんだろ。
でも戻れば精霊王様ー‥‥‥レグウス様だっけ。
妻にして下さるって言うし。
ちょっと失礼な物言いしすぎたかな。
そう思い悩んでいた時だ。
そんな彼女に、ジェスロはそっと話しかけてくる。
「あの、ですね、聖女様?
いえ、奥様になられることはみんな、知ってるんですよ。
あの部屋にいた侍女の噂で、たいたいの事情は聞いているんだ。
ああ、いや聞いているんですが」
「別に敬語なんてつけなくてもいいですよ、ジェスロさん。
どうせ、わたしより年齢上なんでしょ?」
どこか疲れた顔でクローディアは、ジェスロにそう言った。
どうせって酷い言われ方だな。
彼は苦笑いをしながら、これでももうじき自分の主の妻になられる女性。
いまからきちんとしなければ、と姿勢を正していた。
「ええ、まあ。
もう、数百年は生きていますがそれは関係ありません。
ただ、我が王の心中も察して頂きたいのです。
まずは、王国でのもめごとを綺麗にして、それからでないとこの‥‥‥精霊の世界というのもいろいろとめんどくさいんですよ。
最近じゃ、精霊王と人間の婚儀が流行っているのか、やれやれ」
「いやにあれね。
認めたいけど、認めたくない人たちもいるみたいな言い方してません?」
「その通りですよ、聖女様。
人間にもいろいろあるように、精霊にもいろいろとあるんです。
なにせ、氷の精霊王。
その他にも、たくさんの王や女王がおりますからね」
「氷の!?」
「いえいえ、火や水や風、まあそんなものですよ」
そう、めんどくさいのね精霊も。
クローディアはそう思いながら、そういえばと記憶を探る。
聞いたことがある。
この北の大地で同じように帝国に追われ、どこかの精霊王に庇護を求めて結界の中で栄えている国家がある、と。
あれはなんていう名前だったっけ?
「あ、そうだ。
ラグーン王国。
あそこは、誰の精霊王様なの?」
「ラグーン?
あれは、風の精霊王エバース様の加護を受けている国ですね。
我が主とも、仲の良い御方ですよ。
最近、いつかな?
数年前に、結婚されたはず。
確かあの奥方様も、元は風の精霊王様の聖女だったとか」
「ふうん‥‥‥いろいろといるのね」
「まあ、うちの王様は初めての結婚ですからね。
もしかしたら、御夫妻でいらっしゃるかもしれません」
いいわよ、来なくても。
わたしは静かにひっそりと暮らせればそれでいいもの。
どうも最近の一連の騒動、というか昨夜、そのウサ晴らしができたと喜んだものの王国にいたら、聖女がやったのではないか。
なんてバレて処刑されたらどうしようと逃げた矢先であの精霊王様の告白だ。
不幸の後には、幸せがあるとは聞くけど、自分だって報復したからあの二人。
王子と異母妹は被害者。
それが、氷から解けたらさてどんな報復を企むかわかったものじゃない。と、クローディアは内心、生きて帰れないかもしれないと悩んでいたのだ。
そんな彼女を見たジェスロは心配いりませんよと声をかけてくれた。
「聖女様。
俺たちが御守り致しますから。
どうかご安心ください」
「‥‥‥うん。
でも、あなたはどう思うの?」
精霊の価値観は人とは違うかもしれないと思いながら、疑問を投げかけてみる。
ジェスロはうーん、と唸りながら考えていた。
「あの、さっき言った赤毛のゼノは最近、嫁さんを貰ってですね。
俺はまだ独身なんですが、やっぱり家とか身分とかよりも約束じゃないかと。
詳しくは知りませんよ?
ただ、いきなり婚約破棄されて他の女に行くような男は、ねえ?
斬られても仕方ないんじゃないかと、そうみんな考えるんじゃないですか?」
「でも、それはー‥‥‥王とか聖女の役割とか。
そんなものまで絡んでいたら?」
「うーん‥‥‥でも、うちの王様はしませんね。
これは断言できます。
あの方は、自分から言いだしたら変えませんよ頑固だし、めんどくさい。
あ、これは内緒で。
でも、ちゃんと一本筋の通っている御方です。
ただ――」
「ただ?」
「あの通り、ひねくれた性格ですからね。
いや、そう見えるだけで不器用なんですよ。
人間と絡んだことなんて、俺たちもそうですけど。
普通はないから」
「ああ、そういうことですか。
なら、惚れやすいの?
なんでわたしを?」
ジェスロはその問いには黙ってしまう。
なんでだろとクローディアが小首を傾げていると、赤毛のゼノが発言してきた。
「聖女様。
王様はあれなんですよ。
暇だから、外界を見るのが好きなんですよ。
だからー」
「おい、ゼノ!」
「いいじゃないか、ジェスロ。
いずれはわかることだろ?」
「まったく‥‥‥。
つまりですね、我が王は、聖女様の神官時代に、温泉があまりにも多く出るからと不思議がって――」
「いつも、あなた様を見ていた、と。
そういうことですよ。
たぶん、いまもね」
戻ったらお叱りかな、これは。
そう笑う彼等を見ていて、クローディアは少しだけ心が晴れた気がした。
孤独だと思っていたのに。
本当に、不器用な旦那様だと。
独り微笑んでいた。
「で、どうしますか?
戻るなら、戻りますが?」
ジェスロが声をかけてくる。
戻ろうにも、もう王国の王都は見えかけていた。
クローディアは微笑んで彼に言った。
「いいえ、行きます。
行って、あの二人に説教よ!!」
その勇ましさに、どこか大丈夫か?
そんな心配をしながら彼等は王国へと向かうのだった。
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